てっぺんにつくには、おもいのほか時間がかかった。というのも、てっぺんに近くなるにつれて、山が平らになり、下から見上げるよりも、頂上までは距離があることがわかったからだ。
それでも、なんとかお日さまが頭の真上に来るころまでにてっぺんに到着した。
不思議なことに、てっぺんには雪がなかった。風がとばしてしまうのかもしれない。
到着した三人は、息をのんだ。それまで、山の向こうにも世界があるなんて考えてもいなかった。
山の向こうの世界は、登ってきたほうよりも険しく、山がいくつもいくつも地の果てまで重なっていた。
空が息苦しいほど近くにみえ、遠くのはてで、地面とひとつになっているところもあれば、近くにいけば大き波もたっているだろう海とひとつになっているところもあった。
とにかくどの方向をみても、空と海と森だけだった。たしかにそこには小さな生き物がたくさんいるにちがいない。でも、いまこの山のてっぺんからはみえない。
さきほど、登ってくる途中でみた風景に感じたゆたかさとは別のものがあった。
この世界を独り占めしているという心地よさと同時に、このままここにいつづけると、なにか自分を見失ってしまうような感覚。怖さという感覚がいちばんちかいかもしれない。
「キー、薬はどこにあるんだケロ」
「あのちっぽけな神社みたいやつのなかじゃないカー」
なだらかな山のてっぺんのちょうどまんなかにそれは建っていた。三人のなかでいちばん背の高いキーよりもほんの少し高い木の建物だった。
小さな扉がついている。キーはおそるおそる扉の取っ手に手を掛けて、あけようとしたが、もしかしたら、何百年ものあいだ一度も開けられたことのないその扉は、びくりともしない。
キーは顔をまっ赤にして、ついでにお尻までまっ赤にして開けようとしたが、だめだった。
「ダメだキー」
「早くしないと夜になってしまうカー」
「こんなところで、夜になったら、みんな凍えてしまうケロ」
「そんなこといったって開かないものはしょうがないキー」
「絶体絶命の球はないのカー」
「そういえば、あの白い球はどうしたケロ」
「ここにあるキー。しかし、これは、迷子になった子どもにあげるもんだキー」
「そりゃわかっているけれど、ものは試しっていうじゃないカー」
キーは、どうしていいかわからず、白い球を扉の前にそっと置いた。そしてそのままそろりそろりと後ろに下がる。三人とも息をひそめて扉をみつめるが、なにも起こらない。
「ふぅー。ダメだな。薬はもうここにはないんじゃないカー」
「しかし、扉はなんで開かないんだケロ」
「ふるくなってさびついているんだろうキー」
そのときカタカタという音が聞こえた。扉のなかから聞こえてくるようだ。
三人は扉の前で顔をくっつけるようにみつめている。
「カタカタ」
今度は、はっきりと聞こえた。
「なかに何かいるんじゃないカー」
「ネズミかなケロ」
「もう一回だけ扉をあけてみるキー」
キーは扉に手を掛けた。するとどうだろう、さきほどは、力一杯ひっぱってもぴくりともしなかった扉が、こんどはキーの手を押し返すような力で開こうとしていた。
「キキキッッキー」
扉の隙間から、お日さまよりもまぶしい光が漏れてきた。それをみていると、この世がまるで、暗闇のように思えてくるような、圧倒的なすごい光だった。いまでは扉だけでなく、その小さな建物の壁の隙間から、四方八方に光が矢のように飛んでいった。
間近でその光にさらされていたキーは、光にとけてしまったのではないかと、ケロとカーは心配になってしまうほどであった。
やがて、扉が完全に開くと、まるで、そのなかに密封されていた光がすべてでてしまったかなのように、光はシュルシュルと消えた。そのとき気のせいか子どもの泣き声が聞こえた。
扉のなかを覗くと、そこに紫色の水晶の球がひとつあった。ころりと、無造作においてあった。まるでさっきまで、子どもが遊んでいたような感じだった。
「なんだこれはカー」
「きれいだケロ」
「これが薬なのか。フーの病気はこれで治るのか」
「ほかになにもないんだから、そうなんだケロ。早くもってフーのところにかえろう」
「そうだな」
キーがその紫の球を手に取ろうとした。でも、それはとてつもなく重いものだった。両手でもっても、ちっとも動かなかった。
「重くてダメだ」
「どうするんだカー」
「二人とももうすこし頭を使えよ。ここは山のてっぺんだケロ。おまけにそいつは丸い玉だ。重たいもんでも、転がせば、あとは勝手にしたまで落ちていくさケロ」
三人は力をあわせて紫の球を転がそうとした。最初はやはりぴくりともしなかったけど、ごとりとようやくその建物から出てきた。
地面の上はでこぼこしていので、転がすのはちょっと骨が折れたけど、三人は力をあわせてがんばった。なんとか、てんぺんのはしっこまでもってきたときには、お日さまは海にだいぶ近くなっていた。
「いくぞ。せーの」
最初は嫌々をするようにしていた球も、手足がないのでふんばっていることもできず、ついに山の斜面を転がっていった。徐々に速度を上げて、山を下っていく。
「しまったキー。このままいくとあの大きな池にドボンしちまうキー。急げっ、あとを追うんだ」
キーは手足をつかって走っていく。ケロはぴょんぴょんと跳ぶように。カーはもちろん矢のように空を飛んでいく。
石は遥か先をころがっている。
さっきまで、金魚鉢のような大きさだった池は、すっかり大きくなって、球を静かな湖面に飲みこもうとしていた。
「やばいぜっ」
「なってこった」
「ケロ、おまえがバカなこというからだ」
「そんなこといっている場合じゃないキー」
だが、まにあわなかった。紫の球はまるで三人から逃げるように転がり落ちて、目の前で、ぽっとーんと池に飲みこまれてしまった。 一瞬、水は紫に染まり、すぐにまた、なにごともなかったように静かになった。
あわてて、ケロが飛びこむが、池は深くて、紫の球はみつからなかった。ケロはあきらめきれなかった。カーにいわれたことが気にならなかったわけじゃない。でも、みんなで苦労して山を登り、ようやくみつけたものを、こんなことでなくすのががまんできなかった。
キーとカーは池の畔で途方に暮れていた。
「ケロもうあきらめろキー」
「ケロ、さっきはひどいこといった。ごめんカー」
それでもケロはあきらめずに、池の深くへ潜っていった。
いちばん星が水面に映るころに、ケロはようやく池の底からあがってきた。冷たい水のなかにずっといたので、ヘトヘトに疲れているようだった。
「ダメだケロ」
一言いうと、ケロはぺたりと倒れてしまった。
かすかに望みをつないでいた二人も、急にからだが小さくなってしまったように元気をなくし、倒れたケロにそっと草を掛けてやり、自分たちも寝ようとしたが、悔しくて悲しくて寝ることができない。ケロがうらやましかった。