都府楼

切なくて切なくて 君を歌えば    君の言葉だけが 真実になる


「都府楼」この漢字3文字のタイトルから受ける古めかしい感じと、色あでやかな大陸的漢風なイメージにぞくぞくしました。 あふれるような色によって、知るはずもない都府楼の外観が見えてくるようにさえ思います。 「千年あとまでも想いつづけると」という君に、「黒髪に霜のふるまで」(まほろば)の君の姿を重ね合わせてしまいました。 聴く者を、歌っている時代その場所にタイムスリップさせるかのような、まさしさんの得意とする言葉のマジックでしょう。 叫ぶような歌い方は、「まほろば」や「飛梅」を思わせ、さらには臨場感を強め、通にはこたえられない一曲ではないかと思います。

生きているから、人の心は変る。うつろう。 人の心が変らなければ、哀しみや苦しみは、ほんとに無くなってしまうでしょう。そしてリフレインでは主人公も千年の想いを月に 託しています。 別れた後になって、とても大事な人だったと気づく恋。なくしてからわかる大切さ。想いつづける真実の恋。せつない。
千年あとまでも 想い続けると あの月の光に 恋を託した



都府楼について

・【「都府」は大宰府の唐名「大都督府」から】「大宰府」庁舎の門楼。

・大宰府(現在は太宰府と書かれる)は、西海道(九州)諸国の監督、外国使節の接待、沿岸の整備などを司った特 別の官庁で、 「遠の朝廷」(とおのみかど)とも呼ばれた。都府楼と呼ばれる政庁の跡や観世音寺などがあり、史跡に指定されている。

・「道真公が詩の中で「太宰府政庁」を漢風に歌ったことから そう呼ばれるようになった。」(「心の時代」ライナーノーツより)

・「その昔、一大文化都市だった太宰府(昔は、太とかかず大と書いたのだそうです)には、観世音寺という古いお寺や、 学校院の跡、それから、都府楼なんて地名は、それはもうロマンチックで泣けてしまう。」(さだまさし「さまざまな季節に 」より)

都府楼跡(写真)     ・観世音寺(写真)


はじめは「逢い初め川」といい 出会って「思い川」という

「逢初め川」という川が、実際にあるのか調べてみました。そして太宰府天満宮そばの光明禅寺の前を流れる川が「藍染川」と 呼ばれることを知りました。そしてこの川は、謡曲「藍染川(あいぞめかわ)」の 舞台であり、悲恋の伝説が残されていたのです。直接、この歌の主題に関わりはないかもしれませんが、興味深く思いました。
もし「藍染川の伝説」がヒントになっているならば、思いつづけることによって叶う恋(命を吹きかえす想い)という意味の歌に 受け取ることができます。

「まっさん歌枕」(まさしんぐWORLD Vol.132)でさださんは「「思い川」は御笠川(みかさ川)の呼称のひとつ、「いにしえ川」は 僕の創作である。」と書いています。(1/5追記)

朱の楼門 朱の橋 池の水面に 空の青

「楼門」は二階造りの門、やぐらのある門のことで、古い大きなお寺にはほとんどあるのではないでしょうか。

この歌の明らかな特徴として色(あるいは色を想像させる言葉)が多くでてきます。耳で聴いた歌詞を頭の中で再現できる (視覚的効果がある)と思います。
  赤・・・「朱の楼門」「朱の橋」「赤々と燃え」(「篝火」)
  白・・・「白鷺」「白い手」「白萩」「白衣」(「尾花」「月の光」も含まれるか?)
  黄・・・「銀杏黄葉」
  青・・・「空の青」(池の水面」「鷽の鳥」)
  緑・・・「樟の葉の緑」(青とみることもできる)
  黒・・・「闇」
そして日本独特と言える朱色を歌詞に使うことで「都府楼」のイメージがより明らかになっています。

<参考>日本の住まいと色
神社仏閣などハレと結びついたものは非日常的な建築ですから、その表現にも鮮やかな色を象徴的に使う。慶事の紅白の幔幕も弔事の 黒白の幕も、鮮やかな色によって非日常的空間を作っている。建築そのものにも、日常と非日常の違いを色彩で区別しようとした 傾向がかなりあるのではないか(朝日選書「日本の色」)

きっと 千年あとまでも 想い続けると 樟の葉の緑に 恋を託した

「樟」(「楠」とも書く)は、くすのき科の常緑樹。暖地に生じる常緑高木で、高さ30メートルにも達します。全体的に 香気がある樹木で、樟脳を取り、また木材は器具を作ります。
「樟」は、成長は遅いがしっかりと根を張ることから、私の気持ちは永遠に変わらないと誓っているのでしょう。
2番では、主人公が千年変わらない(悠久の)月の光に誓っています。甍を闇に浮かべるほど月は明るく照らすことから、 「私の想いも永遠に変わらない。明らかなものである。」ということだと思いました。

秋思う祭りの宵に 独り来て恋を訪ねる

「秋思祭」は、道真公の名詩「秋思祭(九月十日)」にちなんで、 陰暦9月10日に催される祭り。 政庁跡(都府楼)を舞台に、月あかりの中、巫女が優雅な舞いを奏上します。

ぼくの心の鷽の鳥 まことに替える間もあらで

「鷽の鳥」は@スズメに似た小鳥。からだは青灰色で、雄は腹に淡紅色の部分があります。(鳴き声が口笛に似ている。スズメ科。 )
しかし、この歌では生きている鳥ではなくA木製で「鷽」をかたどったもの。太宰府天満宮で陰暦1月7日に行なわれる 「鷽替え」の神事に用いられるものでしょう。
「鷽(うそ)」と「まこと」を対句になっていますが、まことに替える間もなくて(二人で来たあと間もなく)恋は終わったと いうことでしょうか。(「ほふる」は鳥や獣のからだを切り裂くこと)

<うそ替え>
夜、明かりを消した境内で参拝者が木製の鷽を、袖の下に隠しながら交換しあうというもの。 そのことによって1年間ついた嘘を、天神様(菅原道真)の誠に替えてもらう意味がある。その時、神社が一つだけ出す 金製の鷽が当たった人は、その年の吉運を得ると言われる。

月山に 刻を尋ねる

  都府楼東側の月山と呼ばれる丘は、漏刻台(水時計)が置かれていました。