剱岳・立山縦走 (2/3)

8月29日 晴れ

2:30起床。なんだか頭が痛い。夜行疲れが完全にとれていないのか、それとも高山病か。テント内の気温は15.6℃。標高2500mの高所にしては暖かい。外を覗き見ると素晴らしい月夜で、剱岳も完全に姿を現していた。周囲のテントのうち半分くらいはすでに起きていた。前剱だか一服剱だかの斜面に灯りが揺れているのが見えた。ここではみんな行動が早い。
暗いなかで朝食をとり、パッキング。おそらく使う場面はないだろうと考えて、ストックは置いていくことにした。望遠レンズを持っていこうか最後まで悩んだが、ウエストに装着しなければならないので岩場で邪魔になるだろうと思い、置いていくことにした。また、軽量化の意味も含めて、三脚も置いていくことにした。

4:20 剱沢発(高度計:2545m)

まだ暗い中をヘッドライトを着けて出発。まずはテント場管理棟の脇から急な坂を下っていく。下に見えるはずの剱沢小屋の明かりがまったく見えないため若干不安になったところで、さらに「←剣山荘近道 | 剱沢小屋→」といった標識を見かけ混乱する。剣山荘へは剱沢小屋を経由していくものとばかり思っていたがどうもそうではないらしい。ここは剣山荘への道をとった。

4:50 剣山荘(2475m)

道
1番目の鎖場を振り返り見下ろす(05:06)
すぐにまた急な下りとなり、間もなく雪渓のトラバースとなった。夜明け前の雪面はまだカチカチで、スリップしないように慎重に渡った。渡って少しして振り返ると剱沢小屋の明かりが見えた。上からは見えない造りになっているようだ。ヘッドライトの端っこにツガザクラの花が見えた。あたりは花畑のようだ。
巨岩を渡って少しするとようやく剣山荘に着いた。小屋からはこれから山頂へアタックする登山者たちが続々と出発するところだった。東の鹿島槍の空がオレンジ色に染まってきた。
剣山荘の裏手へと道は続く。15分登ると第1の鎖場が。金属のプレートが打ち付けてあって、「1番目鎖場」とあった。後続の大学生パーティが「うわ、もう鎖っすよ」「おお俺興奮してキター」「まじ超ヤバいっす」と楽しそうにわめいているのが聞こえた。もうこの頃はだいぶ明るくなってヘッドライトは消しても歩けた。この鎖場は難なく通過。鎖は使わなくても問題ないくらいだった。5分後、第2の鎖場に到着。ここもどうということはない。

5:15 一服剱(2640m)

日の出
鹿島槍と五竜の間から朝日が出てきた(05:19)
夜明けは5時20分ごろで、一服剱で迎えたいところ。朝日があたって真っ赤に燃える剱を見たい。ちょっと焦って歩を早めたら、どうにか間に合った。
この日は地平線近くに雲があったせいか、期待していたような赤い剱岳は見られなかった。ていうか、一服剱から目の前に見えるのは前剱だった。それにしても、ここを一体どうやって登るというのだろう。なんというか、猛烈な迫力の岩壁である。塩見岳の天狗岩の登りを思い出した。

5:53 前剱大岩

道
一服剱からはすぐに岩くずの道になる(05:32)
ヘッドライトをしまってから出発。一服剱を出るとすぐに岩くずの道になった。20分ほどで3番目の鎖場、前剱の大岩に到着。ここで渋滞というほどではなかったが前がつかえており、少し待った。ここはプレハブ小屋ほどもある大きな岩の脇の裂け目を鎖を伝って登っていく感じ。ちょっと鎖は使ったが、特に難しくはなかった。
登りきって振り返ると、南アが見えているのがわかった。

6:10 前剱着(2825m)

さらに10分ほど進むと4番目の鎖場となり、このあたりでいよいよ剱岳の本体が姿を現した。鎖はこれまた呆気なくクリアして前剱到着。前剱は直下を巻けるが、しばらく休んでいなかったので、きっちり山頂に寄って休息をとることにした。
ここまで来ると西側の展望が開けて白山や富山の街が見えた。剱御前の後ろあたりから薬師岳も出てきた。剱はまだまだ遠く感じた。もっと上に行けばもの凄い景色が待っている、という予感がする。
しかし、それにしてもこの岩塊の凄さは・・・一服剱からの前剱の眺めも凄かったが、ここはその比ではない。使命を帯びたシバアサマがこれを見たときはどんな気持ちになっただろう。もちろん、100年前にはカニのたてばいなんてなかったのだ。

6:26 前剱発(2820m)

鎖場
7番目の鎖場は釘と鎖を頼りに登る(07:05)
鎖場
7番目の鎖場の長い鎖を降りる(赤い服の人は下山中で、12番目の鎖を登っている)(07:08)
前剱を出るとすぐに5番目の鎖場、難所の聞こえも高い前剱の門が現れた。ネットで情報収集していてさんざん写真を見ていたので「おお、これか」という感じだった。下は切れ落ちているので高度感はそこそこあったが、そんなにはるかに見下ろせるわけでもないし、足場もしっかりしていたので、恐怖感はなかった。先行パーティも写真を撮るのに「おい、もうちょっと辛そうな格好しろよ」てな感じで、あたりは和やかな空気に包まれており、緊張感は限りなくゼロに近かった。ちょっと気合を入れてきただけに拍子抜けした感じ。
このあとコルへの下りになるのだが、なにも考えずに素直に前のパーティについて行ったら下山専用道を下りて行ってしまった。通らなかった上り専用道に6番目の鎖場があったもよう。
というわけで次の鎖はナンバー7「平蔵の頭」。ここでまた下り道と上り道とに分岐。この分岐の手前は稜線の西側で、日陰でひんやりと気持ちよかった。この7番目の鎖は鉄釘とのミックスでちょっとアスレチック気分。それを乗っ越してから長い鎖を使ってコルへと下降する。ここは下山用の鎖(No.12)がすぐ隣に並んでいて行き違う。特に問題のない第8の鎖場を過ぎて平蔵のコルへ。

7:18 平蔵のコル(2845m)

カニのたてばい
カニのたてばいを見上げる(07:19)
ここからが有名なカニのたてばい、9番目の鎖場である。ここはさすがに順番待ちの列ができていた。左上の方を見上げるとはるか上を人が動いているのが見えたが、おそらくその辺がカニのよこばいなのだろう。渋滞待ちは10分ほどで、ウェブの記録では30分待ちとかいうのも見かけるから、上出来のほうだろう。待ち時間の間には振り返って景色を眺めたりしていた。日陰なので涼しくて気持ちいい。
鎖と釘がミックスされたたてばいは、さすがに長かった。結構そこら中にホールドはあるし難しくは感じなかったが、最後の方の釘3本で、もう考えるのが面倒になって力任せに体を引き上げてしまった。やはり後ろから人が大勢やってくるというのはプレッシャーだ。釘3本のあとで小さな岩棚に乗り上げて右にトラバースすれば、核心部は終了。
ちゃんと計測していないが、取り付いてから通過するまで7,8分くらいかかったようだ。通過後間もなく、よこばいとの分岐があった。よこばいの鎖場ナンバーは10。ということは、この先山頂まではもう鎖はないということだ。

8:02 剱岳登頂(2995m)

富士山
遠くには八ツ、富士、南ア(08:25)
山頂
人が少なくなった剱岳山頂(09:37)
たてばいの後は、ちょっとすれ違いに難儀したが、難なく山頂までたどりつけた。
山頂はかなり混んでいたので、北方稜線の入り口の方まで行って休んだ。展望は360度で素晴らしかった。遠く富士山も浅間も南アも八ツも白馬も槍も御嶽も笠も黒部五郎も水晶も薬師も白山も全部見えた。もちろん、すぐ隣りの後立山連峰は白馬から針の木まで完璧に見えた。ここまで高くなると能登半島の形がよくわかった。浅間の奥にはあまりに遠すぎてどこだか見当もつかないような山も見えた。夏山っていいなあと心から思った。眼下を見下ろすと、北方稜線のギザギザが凄かった。源次郎尾根を人が歩いているのが見えた。剱沢はいかにもカールな地形だった。
結構な人数の団体がいたらしく、彼らが去ったあとはかなり広くなった。立山や槍が見える南面に移動して、まったりと景色を楽しんだ。

9:50 下山開始(2995m)

渋滞
カニのよこばいの入り口で待つ人々(10:07)
鎖場
カニのよこばい(10:14)
下山は、先ほど確認したカニのよこばいの分岐までは同じ道だ。ペンキ印にしたがっていく。
よこばいは、まず大きく下ってから横にスライドし、ハシゴを下りてからまた鎖を下る。ウェブ上の情報でも、またエアリアマップの解説にも、このスライドの最初の一歩が難しいと書いてある。実際、人が詰まっているのだが、いざ自分の番になってみたらあっさり通過してしまってどこが難しいのかわからなかった。相棒K(身長155cm女性)も同じ感想で、彼女は鎖のずっと下の方の岩棚に乗って平然としていた。みんな鎖に惑わされているのではないだろうか。
自分の場合、鎖よりもはるかに怖かったのがハシゴに乗り移るときだった。鎖をまたぎつつ体を反転させてハシゴに取り付くわけだが、鎖に足が引っかかって頭から真っ逆さまに落ちていく自分をうっかり想像してしまってちょっと下半身がむずむずした。

10:24 平蔵小屋跡(2855m)

鎖場
12番目の鎖場を登る(10:30)
剱岳
振り返れば大迫力の剱岳(10:33)
平蔵小屋の跡地を通り過ぎて、11番目の鎖を下って平蔵のコルへ。すぐに12番目の鎖にとりつく。平蔵の頭への上りで、すぐ左には上り専用の7番目の鎖が並んでいるところだ。ここも見上げるとかなり垂直に見える。登りきってリッジの裏側に回って下りると7番目の鎖場との分岐点。往きと同じく、まだ日陰になっていて気持ちよかった。
少しするとケルンのある小広場があって、前剱を巻くつもりなのでここで休憩をとった。それにしても暑い。

11:14 前剱(2800m)

岩
この岩峰にNo.13の鎖場がある(10:58)
剱沢
前剱の大岩から一服剱越しに剱沢(11:23)
往きに間違えて下りてきてしまった鎖が前剱の門への下山路で、鎖場ナンバー13。下山路ではあるが、ここは前剱への登りとなる。往きのナンバー5と違って、こちらは道じたいは問題ない。が、頭上に上り専用道があるために落石に注意して速やかに通過する。
道は前剱直下で上り下りが合流する。予定どおり前剱は巻いていった。すぐにナンバー4の鎖場にかかる。鎖場の数字は13が最後だが、ナンバー1~4は上りルートと共用のため、ふたたび通ることになる。

11:55 一服剱(2645m)

イワヒバリ
一服剱にやってきたイワヒバリ(12:03)
前剱
前剱を振り返る(中央下に前剱の大岩が見える)(12:06)
一服剱との最低鞍部にはイチゴの実やアザミやトリカブトの花がわんさかあった。登り返しがキツく感じられた。山頂では腰を下ろしてゆっくり休んだ。
休憩を終えて下り始めて少しして、振り返って見たら前剱の後ろの方に雲が湧いていた。テント場に戻ったら剱を眺めながら夕方までのんびり過ごしたいと思っていたが、これではもう無理かもしれない。

12:31 剣山荘(2505m)

剣山荘
振り返ると前剱も雲の中に(小屋は剱山荘)(12:46)
花畑
剣山荘の近くに広がるアオノツガザクラの群落(12:52)
往きにも通った鎖場No.2と1をまた通過して、剣山荘に到着。ここまで来れば一安心だ。なにしろ暑く、甘くて冷たいものが欲しくてたまらなかったので小屋の売店で100%ジュースとカルピスウォーターを買って飲んだ。疲れた体に染み渡った。
ほっと一息ついてから剱沢小屋へ向かう。往きは真っ暗でわからなかったが、実はこの道の周りの花畑が素晴らしい。広い斜面にクリーム色のアオノツガザクラが一面に咲いていて、ところどころにチングルマが混じっていた。チングルマの多くは穂になっていたが、もっと早い時季なら花が多くてまた違った美しさが楽しめたことだろう。ほかにはミヤマキンポウゲやミヤマリンドウなど。相棒もすっかりリラックスしたようすで、花の写真撮影を楽しみながら歩いていた。

13:17 剱沢小屋(2505m)

剱岳
雪渓から剱岳が見えた(13:12)
最後に雪渓を渡るときにふと振り返ると、隠れてしまったはずの剱岳が完全に見えていた。素晴らしい眺めだ。
剱沢小屋は前年に建て替えたばかりの新しい建物。剱岳の方(北)を向いて建っており、背後のテント場の方角は大量の石垣で完璧にガードされていた。道理で、往きの暗闇の中では見えなかったわけだ。
まだテントに戻っても暑いと思い、小屋の建物の日陰のベンチでのんびり過ごすことにした。今度はアルコールが欲しくなったので小屋で氷結レモン(缶チューハイ)を買って飲んだら、1本だけでかなり酔っ払ってしまった。挙句に先ほどのカルピスとの相乗効果で胸やけが・・・

13:57 剱沢キャンプ場(2555m)

テント場
夕方の剱沢キャンプ場(17:55)
剱沢小屋からは10分ほどでテント場に帰り着いた。後片付けもそこそこに、テント近くの大岩に寝そべって剱を眺めていると気持ちよくなってウトウトとしてしまった。剱は見えたり隠れたりを繰り返していたが、17時過ぎに夕食をとっていると次第に雲が少なくなって、ずっと見えるようになった。少し雲がまとわりついているくらいだと、迫力があってイイ。登った山を眺めながら過ごせる幸せを噛みしめた。
この夜は素晴らしい星の夜だった。星座早見盤を持ってきていたのだが、あまりにも星が多すぎてどの星をつなげていいか見当がつかなくて、まったく役に立たないほどだった。月が出て明るくなる20時過ぎまで、ずっと空を眺めていた。この日のテントは30張りほどだった。
この日の最高高度は2,995m、最低高度2,480m、積算上昇690m、積算下降700mだった。買って半年たっていないプロトレック・マナスルは今朝まではピカピカだったが、この頂上アタックでかなり箔がついた。
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