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   名物編 大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌〔名物編〕   大田南畝関係
     (動物・植物・食物・器物・鉱物等)
  【し】※◯は欠字、◎は表示不能文字
名物詞書・詩歌出典巻・頁年月日
しおり
栞(枝折り)
「枝折にかけるうた 竜田山去年の枝折は林間の酒あたためてしれぬ紅葉ば」放歌集
千紅万紫
②164
①248
文化8年
1811/10/
しか
鹿
 鹿 (別資料)
しばい
芝居
 芝居 (別資料)
ししまい
獅子舞
「太神楽の獅子をみて 銭相場やすきも悪事災難は十二文にてはらふ獅子舞」放歌集②175文化8年?
1811/12/?
じしん
地震
「壬申十一月四日未牌、地大いに震ふ 地動為何異 公卿已放衙 未迎南至日 其若散陽何」南畝集18
漢詩番号3707
⑤263文化9年
1812/11/04
しずみわく
沈枠
「沈枠といふは石を積て水にづむる枠なり
 沈枠いつか木扁を書かへてひよみの酉になすよしもがな」〈枠の字が酔になる〉
玉川余波②114文化5年
1808/12/
しそまき
紫蘇巻(日光産)
「日光御幸畑、種抜漬唐がらし本紫蘇巻一箱を人のおくりけるに
 ことのはのたねぬきづけの唐がらしお礼を本に何と紫蘇巻」
放歌集②152文化8年
1811/04/
しばらく
暫(歌舞妓)
「素袍柿色映朝曦 帽子紫霞引棹姫 春夏秋冬四番続 一番目幕欲明時」
〈「素袍柿色」から「暫」としたが、狂詩の年代は天明期のものと思われるがよく分からない〉
巴人集②451天明?
しびきあみ
地引き網(上総)
「上総浦にて地引網ひくものへによみて贈る
 あら海をつくせるりやうの地引こそまことに上つ総々しけれ」
放歌集②169文化8年
1811/10/
しも
「霜 顔見世のしらじらあけざめでたけれかしらに霜の翁わたして」めでた百首夷歌①79天明3年刊
1783/01/
しもやしき
下屋敷
「別荘花 殿様のこずえの花の折々はかざす頭のしもやしき守」巴人集②437天明4年
1784/02/
しゃくなげ
石楠花
「石楠花。陰字を得たり 緑情合夏色 紅意擅春陰 似発佳人笑 叢々簇笈玉簪」南畝集9
漢詩番号1726
④86寛政3年
1791/04/
「石南花 くれなゐのふゝめるうちは色こくてひらけばうすくさくさくなぐさ」
「石南花 石南花発旧書斎 一点千燈日夕佳 顔子所栽端正樹 余輝卓爾立庭階」
紅梅集
南畝集20
漢詩番号4356
②333
⑤449
文化15年
1818/03/
しゃくはち
尺八
「甘露門に尺八有り。放下着と名づく。白獅上人の吹く所の者なり
 白獅絃絶幾千秋 甘露門虚第二流 席上一枝無孔笛 何人放下着著悠々」
南畝集18
漢詩番号3876
⑤309文化11年
1814/02/
しゃくやく
芍薬
「芍薬 穆々とふかみ草かも芍薬のたすくるはこれ花の辟公」あやめ草②102文政5年
1822/04/
しゃけ
「さつきの比、塩引の鮭多くみえければ 流行にをくれたる身は此比の鰹にまじる塩引の鮭」放歌集②194文化9年
1812/05/
しゃち
「両国ばしのほとりにて此比尾張の海にてとりしといふしやち鯨のみせ物あり
 いさなとりいざやみんとて両国のはしによりつくわれ一の森」
七々集②300文化13年
1817/02/
しゃみせん
三味線
「寄三味線恋 色糸の根緒にむすぶのかみこまをかけてもうきは何のばちかは」巴人集
徳和歌後万載
②404
①31
天明3年
1783/05/
「三弦子
 幼女弄三絃 々繁調可憐 笑他琴瑟樸 聘此淫哇妍 作俑中山国 余波永禄年
 滔々皆靡々 洗百一師涓」
南畝集20
漢詩番号4510
⑤493文政2年
1819/11/
しゅうう
驟雨
「驟雨 空斎白日足閑眠 髣髴松涛落枕辺 坐起驚看風雨色 忽駆炎暑過階前」南畝集3
漢詩番号0386
③136安永4年
1775/07/
しゅうかいどう
秋海棠
「秋海棠 雨洗紅粧緑蘂斜 秋風嫋々断腸花 蓬莱宮裏楊家女 憶昨春眠倚碧紗」南畝集2
漢詩番号0296
③100安永3年
1774/07/
「窓前の秋棠花 春睡纔酔月夜魂 断腸休説馬嵬原 再尋蓬島紗窓冷 化作秋棠染涙痕」南畝集18
漢詩番号3919
⑤322文化11年
1814/08/
しゅちゅうか
酒中花
「戯れに酒中花の詩を詠ず。 一芥の舟、杯酒の中に浮ぶ。花卉点点として動て愈出づ。繊妙愛すべし。酒中花と名づく。貴游の子弟の戯れなり
 芳樽綺席絶塵埃 怪見芥舟泛挙杯 珠蘂漸含華露動 金花忽映玉漿開
 非関広客憎弓影 還比寿陽向鏡台 点々細闘繊麗巧 何人好剪綵霞裁」
三餐余興⑧13明和?年
177?/
「酒中花のちらし(報条)
 桃李物いはず山吹口なし。その口なしと色々と、たくみ出たるひとつのもの、南の花にたはぶれし、蝴蝶の翁がふみにみえし、芥の舟のそれならで、一たび盃の中にうかべば、花の唇はじめて動き、柳の眉たちまちにひらく。なべての世に行はれるは、浅草のはつかに、やなぎやのいとすくなし。いま製する所は、よし野はつ瀬のたねをうつし、まきゑ沈金の盃をいとはず、つみてはひたし、のみては興ず。もし酒中の趣をしるものあらば、いさゝか一枝の春をおくらんといふ事しかり」
四方のあか②152天明8年刊
1788/01/
しゅんが
春画
「十千亭主人、二帖を寄す。一は則ち北村季吟翁の冠服図考、一は則ち西川祐信の秘戯図なり。戯れに賦して謝と為す 北叟衣冠象 西川秘戯図 併投南畝子 東壁供遊娯」南畝集13
漢詩番号2192
④235享和2年
1802/10/
しょういんにっき
松陰日記
「予、嘗て松陰日記四巻を抄す。其の第三・第四巻、天明乙巳、人に借して之を亡ふ。屋代詮賢、諸を獲て遺らる。実に寛政癸丑四月朔なり。落花枝に上り、返璧復た完し。卒かに一律を賦して、以て詮賢に謝す
 少小抄書四十年 于今白首尚紛然 一瓻醇酒聊抽帙 二巻縹緗忽失篇
 坐上半圭分且合 市中清鏡破還円 千秋逸事松陰記 此日因君得復全」
南畝集9
漢詩番号1847
④124寛政5年
1793/04/
しょうがいち
生姜市(芝神明)
「生姜市に遊ぶ
 秋風吹き送る葉は生姜 画き出す藤の花千木箱
 目腐れ市の名勿体無し 雨は晴る天照太神の光」
千紅万紫①246文化8年
1811/09/11~
しょうぎ
将棋
「将棊玉【さいかのきよくのこじつけ也】 助言(ジヨゴン)
 玉角徘徊して桂香を望む 飛車走り去つて王と称せず
 盤上静かなる時一戦無し 歩兵は翻つて成金の光と作る

 「三才図絵」将棋は信長公の時より起る。「将棋経」にくはし。玉は玉王なり。角は角行、桂は桂馬、香は香車。王と称するは、竜王の事。飛車、歩兵はしれた事。これほど駒をならべたてゝ金銀のこまのみへざるは、いづれにしてもふつていなものと身につまされておもひ侍り」
通詩選諺解①494天明7年刊
1787/01/
しょうじきそば
正直蕎麦
「一行院の門前にしやうじんきそばといへるかんばんあり
 はやらするきそばのふだの一行にかくしやうじんの文字のとく本」
紅梅集②319文化14年
1817/12/
しょうじょう
猩々
「猩々賛  あしの葉をふき、竹の葉をくむ、あしのよつきじ、竹のもよつきじ」四方留粕①212未詳
しょうぶ
菖蒲花
「菖蒲花 菖蒲磁斗裏 看発紫茸花 秀色朝々好 将餐一片霞」南畝集20
漢詩番号4466
⑤482文政2年
1819/04/
しょくきんえん
蜀錦園
「蜀錦園 柳原のやなぎ、並木の桜、こきまじへたる浅草の、みやこぞ春の錦より、夏にもかゝる藤波の、たちならべたるみくら町、錦番城のにしきなるべし
 蜀江の波のあやおる西陣のにしきをあらふむらさきの藤」
放歌集②200文化9年
1812/07/
しょくけいえん
蜀雞園
「蜀雞園 蜀雞の神はかたちをかがやかし、蜀雞の冠はかたちを大にす。もとよりひろき広莫の野に無何有のさとの雞合、団扇をあぐるかた屋はたそ
 敷島の道ひろびろと長点を長鳴鳥のかけろとぞなく」
放歌集②200文化9年
1812/07/
しょくとえん
蜀都園
「蜀都園 蜀は三都の賦の一にして、白狼の夷歌章をなせしは色紙の価もこれがために貴かるべく、そのはじめは桑楊の庵に觴の光を泛べて一つきふたつみつき連、岷江の流の底ぬけ上戸とはなりけらし
 青柳もくは子のまゆにこもり江の水や巴の文字にながれん」
放歌集②200文化9年
1812/07/
しらうお
白魚(麪条魚)
「麪条魚 油瀹麪条魚 条々玉筋如 請看黄白色 不与酒人疎」南畝集20
漢詩番号4337
⑤444文化15年
1818/02/
「しら魚を肴に酒のみて しら魚をふた樗蒲ばかりうちくひてのむ百薬の長半の酒」紅梅集②326文化15年
1818/02/
しらたま
白玉
「秋野 秋の野をわけゆく道は一筋の糸につらぬく露のしら玉」七々集②258文化12年
1815/09/
しらゆき
白雪(伊丹酒銘)
二望嶽
「二望獄を咏ず。聯句 【二望獄は酒名】
 一葦東西載杜康 国瑞 飛来飛去路偏長 覃 賈帆再閲芙蓉雪 覃 詞席新驚琥珀光 国瑞
 七十灘頭萍跡遠 国瑞 二千里外鬱金香 覃 氷青練漉愈生昧 覃 寧譲紫霞仙子觴 国瑞」
「当地は池田、伊丹近くて酒の性猛烈に候。乍去宿酔なし、地酒は調合ものにてあしく候。此間江戸より酒一樽船廻しにて被送候。伊丹製にて富士を二度見申候ゆへ二望嶽と名付置申候。本名は白雪と申候。至って和らかにて宜候」 (山内尚助(穆亭)宛)
南畝集12
漢詩番号2001
書簡9
④174
⑲21
享和1年
1801/05/