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Piece1 飲み会における男女の法則(4−2)
混雑しているカフェ・テリアで、真っ先に彼を見つけたのは、ティアナ・フィシスであった。
学生の人数に合わせて、大学の食堂は複数あり、どれもかなり広い。それでも昼時になると、どこでも行列ができるほど賑わっていた。
カフェ・テリアの隅、窓際の席で、半ば寝ぼけたような表情でサラダをつついている男がいた。クシを通したのかと疑いたくなるほどのぼさぼさのうらは色の長い髪を、後ろで一つに結わえ、よれよれのシャツとジーンズに身を包んでいる。いかにも、だらしない男の典型のようだが、磨けばかなりいい男にはなるであろう。
そんな彼の目の前に、勢いよく昼食のトレイを置いたティアナは、不機嫌な表情のまま腰を下ろす。
「めっずらしい。ヒサトがいる」
ティアナの隣りには桃山が、ヒサトの隣りには平成が座る。桃山の口調は驚いているというより、楽しんでいるといった様子だ。それから
「いつもバランス栄養食品の人が、どうしたの」
縁のない、ただ鼻に引っかかっているだけの眼鏡を直しながら、ヒサトがロを開こうとした瞬間、
「どうせ昼起きて、食べ物がないからここに来たんでしょ。授業にも出ないで」
髪をかき上げ、呆れた調子でティアナは、ヒサトへと視線を投げる。当のヒサトはと言うと、笑ってもいいものか、怒っていいものか、複雑な表情でティアナとサラダを見比べていた。
「なによ、その恰好。どうして歩いて10分の寮にいて、授業に遅刻するわけ。身だしなみぐらいきちんとしたらどうなの。全く、だらしないんだから」
「誰かさんみたいに格好ばかりに金かけてらんないもので」
消え入りそうな声で、ヒサトは呟いた。ティアナの視線が、冷たく光る。相変わらずの二人にすっかり慣れたのか、それらを無視して、桃山と平成は黙々とフォークを動かしていた。
「お金の問題じゃないでしょっ。この無精者」
言い返すヒマも、避けるヒマもなかった。言葉と同時にティアナのノートが、ヒサトの頭を張り倒していた。
「相変わらずだねぇ、お姉さんは」
笑い声とともに、妙に軽い声で間に入った男がいた。彼は桃山の隣りに座ると、続けて、
「目立ってるよ、ここ」
そう言う彼の方が、遥かに目立っていた。色素の薄い茶の髪は長く、後ろで一つに結わかれているが、ヒサトのそれとは違い、明らかに手入れの行き届いたものだった。端正な目鼻立ちだが、近寄りがたいという雰囲気はなく、性格なのだろう、調子の良さがにじみ出ている。ヒサトとは全く正反対のタイプだ。ノリの効いたシャツに、黒のパンツ。丈の長い黒のソフトベストに、白の麻のジャケットを着ている。胸元に緩く結ばれたスカーフ。耳朶に光るルビーのピアスが良く似合っていた。
「あのさ、今日コンパあるんだけど、どう。頭数、足んなくてさ。会費、半額でいいから」
「あ、オレ行く」
即答したのは、平成だった。
「平成が行くんなら、あたしも行こっかなぁ」
「助かる、桃山ちゃん。ティアナは、勿論、来るよな」
ティアナは大仰に肩を落とすと、フォークを手にしたまま頬杖をつく。
「女のいる所には、必ず顔を出す。有名よ、緋城瑠耶さん」
「大学の野郎の点数表つけてるって人に、言われたくないなぁ」
くすり、とティアナは微笑むと、瑠耶に向き直る。自信にあふれた、妖艶な笑み。こんなときのティアナは、同性ですらどきりとするはど魅力的だ。
「リュウ、その軽口と女グセさえなければ、満点あげてもいいのよ」
瑠耶は諸手を上げると、降参とでも言いたげに苦笑した。それから、再び身を乗り出すと、
「ヒサトは、どうする」
「あ、オレは、その、課題が……」
「行くわよ。ね、ヒサト。当然じゃない。リュウ、他に誰が来るの」
ヒサトの言葉は、あっさりとティアナに無視された。この瞬間、今晩の飲み会にヒサトが出席することが確定した。ヒサトの意志とは、全く無関係に。
「うん、仏文科の連中と、体育学部の奴らだろ。それから、ティアナと桃山ちゃんには、是非にと要望がありまして」
「なに、最初っからそのつもりだったの。にしても、仏文科と体育学部。どういう組み合わせよ」
「いいじゃないの、ティアナ。ね、場所は」
「“エル・ド・ラド”だよ。会費は約束通り半額で。仏文科の、麻生さんに払ってね」
「リュウが幹事じゃねぇの。相変わらず、女のためならなんでもする奴だな。今度、可愛い娘紹介しろよな」
「桃山ちゃんに怒られるから、ヤダ」
「なんであたしが怒るのよ」
桃山の抗議を、彼は絶品の微笑みで誤魔化した。
「それじゃ、七時に“エル・ド・ラド”で」
瑠耶はウインクを残すと、足早にそこから立ち去った。