ピコ通信/第129号
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ジュネーブ 5月4〜8日/第4回POPs条約会議(COP4)
新たに9化学物質を追加 マラリア対策/DDT依存を低減し 化学物質を使わない手法を拡大 1. はじめに 2009年5月4〜8日、ジュネーブで「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」の第4回締約国会議(COP4)が開催され、新たに9種の残留性汚染化学物質が追加されるとともに、アフリカなどでマラリア対策に大量に使用されているDDTへの依存を減らし、化学物質を使わない手法を拡大する40か国参加のプロジェクトが立ち上げられることになりました。 2. POPs条約が対象とする化学物質 POPs(Persistent Organic Pollutants:残留性有機汚染物質)とは、難分解性、高蓄積性、長距離移動性、有害性(人の健康・生態系)を持つ化学物質を指します。 POPs条約ではこれらの特性を持ち、廃絶、削減すべきPOPsを条約の付属書にリストしています。付属書には、A:廃絶、B:制限、C:非意図的生成物の3種があります。 2004年5月に発効した当初のPOPs条約では下記に示すいわゆるダーティ・ダーズン(汚い12物質)を対象としていました。 ■付属書 A(廃絶) アルドリン、クロルデン、ディルドリン、エンドリン、ヘプタクロル、ヘキサクロロベンゼン(HCB)、マイレックス、トキサフェン、ポリ塩化ビフェニル類(PCBs) ■付属書 B(制限) DDT(特定免除:疾病媒介動物駆除、地域限定、密閉系中間体) ■付属書 C(排出の削減または廃絶) ポリ塩化ダイオキシン類、ポリ塩化フラン類、ヘキサクロロベンゼン(HCB)、ポリ塩化ビフェニル類(PCBs) (注:HCBとPCBsは付属書 BとC) 3. 新たに追加された9物質 今回のPOPs条約では下記に示す9物質が追加されました。そのうち5物質は現在、使用されていない農薬と副産物なので議論の余地はないのですが、他の4つの物質については議論があり、POPsから人の健康と環境を守るためのPOPs条約の目標を下げることになるいくつかの重要な特定免除がありました。 免除に関し、2009年5月11日国際環境法センター(CIEL)プレスリリースによれば: ▼リンデンはシラミと疥癬の製薬用途に5年間の免除が認められました。 ▼オクタBDEとペンタBDEは難燃剤として製品中に含まれています。POPs条約ではPOPsを含む製品のリサイクルを禁止していますが、欧州連合(EU)が廃棄物になった時の管理についての懸念を提起し、この2種類のBDEについては2030年までリサイクルを認めるという免除が付与されました。 他の加盟国はPOPsのリサイクルという抜け穴に抵抗し、POPs含有製品が途上国に投棄されるという懸念を表明しました。 ▼パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)は、半導体、医療機器、消化泡、金属メッキなど様々の用途に大量に製造されており、多くの国はPFOSの代替がないとして、既存の用途のほとんど全てが免除されることになりました。 この広範な免除は、極めて残留性が高く有害なPOPであるPFOSの製造と使用を許すことを意味し、ヒトを含む生態系に及ぼす悪影響が継続することになります。 日本では経済産業省が2007年8月に、国内調査に基づき、7種の代替困難用途をストックホルム条約事務局に通知しており、今回のCOP4において強力に付属書Bを主張したと思われます。POPs条約の国内担保法である化審法の改正案が5月12日に参議院を通過しましたが、政府はPFOSが付属書Bとなることを見越して、改正案で早手回しに「エッセンシャル・ユース」について第一種特定化学物質の運用緩和を認めています。 ■付属書A(廃絶) ▼α−ヘキサクロロシクロヘキサン:リンデンの非意図的副産物 ▼β−ヘキサクロロシクロヘキサン:リンデンの非意図的副産物 ▼オクタ BDE (ヘキサブロモジフェニルエーテル及びヘプタブロモジフェニルエーテル):難燃剤(免除:2030年までリサイクル可) ▼ペンタ BDE (テトラブロモジフェニルエーテル及びペンタブロモジフェニルエーエル):難燃剤(免除:2030年までリサイクル可) ▼クロルデコン:農業用殺虫剤 ▼ヘキサブロモビフェニル:難燃剤 ▼リンデン:頭シラミ対策用クリーム;以前は農薬に使用(特定免除:頭シラミと疥癬用薬剤) ▼ペンタクロロベンゼン:染料担体、抗菌剤、難燃剤 ■付属書B(制限) ▼パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、その塩類、及びパーフルオロオクタンスルホンフッ化物
今回のCOP4で特筆されるべきことのひとつに、アフリカ、東地中海、中央アジアの約40か国が参加する世界的プログラム"媒介動物管理におけるDDTの持続可能な代替の実証と拡大"の立ち上げがあります。 潜在的な蚊の繁殖場所をなくし、網で家を守ることから、蚊の忌避する樹木の植樹や蚊の幼虫(ボウフラ)を食べる魚まで、化学物質を使わない手法(non-chemical methods)に取り組むというプロジェクトです。 これは、2003年から始まったメキシコと中央アメリカにおけるDDTの代替の実証プロジェクトが成功したことを受けたものであり、この殺虫剤を使わない技術管理体制はマラリアの発症を60%以上削減したとしています。 2006年9月15日、世界保健機関(WHO)は開発途上国におけるマラリア対策のためにDDTの屋内使用を推奨するという、とんでもない声明を発表し(注)、世界の環境NGOの厳しい非難を受けました。 ---------------------------------------- WHOニュースリリース 2006年9月15日 WHOはマラリア対策のためのDDTの 屋内使用に健康証明を与える ---------------------------------------- 【2006年9月15日 ワシントンD.C.】 マラリア対策としてDDT及びその他の殺虫剤の広範な屋内使用が廃止されてから約30年経過したが、世界保健機関(WHO)は本日、この対策が再びこの病気と戦う取り組みの主要な役割を担うと発表した。 WHOは、今、マラリア流行地域だけでなく、アフリカ全土を含む恒常的な高いマラリア伝染地域においても、農薬の屋内残留性散布(IRS / indoor residual spraying)を使用するよう勧告する。 "科学的及びプログラムに従った証拠がこの再評価を明確に支持している"−と WHOのHIV/AIDS、結核、及びマラリア部門の副部門長アナフィ・アサモア・バー博士は述べた。"屋内残留性散布(IRS)はマラリア媒介の蚊を原因とする感染症の数を急速に減らすために有用である。屋内残留性散布(IRS)は他のマラリア予防対策と同様にコスト効果があることが証明されており、DDT は適切に使用されれば健康影響はない"。 (以下省略) ---------------------------------------- POPs条約会議の「マラリア対策におけるDDT依存の低減と化学物質を使用しない方法の拡大」という決定は、WHOのとんでもない声明を否定する画期的なものです。 当研究会は、"サパ=西アフリカの人達を支援する会"が展開しているマラリア予防対策の蚊帳について、「農薬ペリメトリンを練りこんだ農薬蚊帳(オリセット)」から普通蚊帳に切り替えることを求める」キャンペーンを支持しています。(ピコ通信2009年4月第128号)。これは化学物質を使わない手法を求めるPOPs条約会議の決定にまさに適うものです。 「DDT依存低減と化学物質を使わない手法」に関しては、POPs条約会議の5月6日のプレスリリースが大きく取り上げましたが、同会議に出席した主要NGOであるIPENのプレスリリースや日本の環境省のプレスリリースでは一切触れておらず、化学物質問題の関心領域に対する当研究会とのギャップの大きさを痛感させられました。 (安間 武) (注):WHO ニュースリリース 2006年9月15日 |