ピコ通信/第86号
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9月17日/国際市民セミナー報告 (下)
どうなるEUの新化学物質政策−REACHをめぐる議論と展望− REACHの現状と将来 パール・ロザンダーさん(国際化学物質事務局代表/ウェーデン) Mr. Per Rosander (The International Chemical Secretariat) http://www.chemsec.org/ (1)はじめに 私が所属する組織、国際化学物質事務局(ChemSec)は2002年に、スウェーデン天然資源保護協会、WWFスウェーデン、地球の友スウェーデン、スウェーデン青少年自然保護協会によって設立されました。 その目的は、市民団体やNGOsとともに有害化学物質の削減を、西ヨーロッパだけではなく世界の他の場所においても推進することです。 私どもは立法を促進するために政策プロセスに関与しています。また、積極的に産業界とも対話を図っています。それは個々の会社の自主的な取り組みを支援するためですが、有害な化学物質汚染を削減するための国内及び国際的な取り組みに参加するよう働きかけるためでもあります。 (2)REACHは現在どうなっているか? 1998年に各国の環境大臣による最初の討議が行われて以来、改革案は徐々にはっきりとしたものになってきました。規制案は欧州委員会によって2003年に正式に発表されました。現在、政治的なプロセスとしての共同決議手続きが、欧州議会(全てのEU加盟国の市民の中から普通選挙で選ばれた議員からなる)と欧州閣僚理事会(加盟25カ国の閣僚からなる)の間で行われています。 欧州議会と閣僚理事会は数ヶ月間、この規制案を議会委員会と特別部会でそれぞれ検討しています。議会はこの規制案を本年11月末には採決し、その数週間後に閣僚理事会が意見表明するであろうと予想されています。そして最終の合意は2006年の中頃になされ、その数週間後に立法化されることが期待されます。 REACHは、段階的登録期間を持つよう設計されているので、REACHの導入は11年かけて徐々に行われることになります。大量に使用される化学物質、及び有害な特性を持つ化学物質は優先的に登録されます。しかし、現在使用されているほとんどの化学物質にとっては、REACHに対応できるようにするための長い猶予期間があると考えられます。 (3)議会での主要な論点 ■どのくらい多くのデータが生成されなくてはならないのか(そしていつまでに)? REACHの核心は我々の周囲にある化学物質についての知識を増大することにあります。現在、9割の化学物質についてはほとんど情報がないので、人間や野生生物に深刻な脅威を及ぼす化学物質を指摘することは不可能です。REACHは年間1トン以上製造される全ての化学物質に対して、データの基本セットを提出するよう求めています。化学物質のデータが示されない場合には"データのない物質は市場に出さない"("No data - No market")という原則にしたがって、その物質はEUでは許されないということです。 生産量が1〜10トンの化学物質(REACHが対象とする全化学物質の3分の2を占める)に対するデータ要求は、初期の提案に比べ、非常に低くなっています。それなのに欧州化学工業連盟は、テストは産業界、特に中小企業には対応できないと強く主張してきました。 ■非常に有害な物質の代替は必ず行わなくてはならないのか? 当初のREACH(訳注:2001年白書にあるREACHの概念)のもう一つの要は"代替要求"です。もし化学物質が非常に有害な特性を持つことがわかったなら(REACHでは発がん性・変異原性・生殖毒性物質(CMRs)及びそれに相当する懸念のある物質として定義)、それらの物質の使用は、より有害性が低い化学物質が存在しない、又は社会経済的理由で代替物より有害な物質の使用が正当化される場合にのみ、認可される−ということを意味します。 この原則は2003年のREACH提案ですでに損なわれていますが、この原則の奪還を目指して論争が続いています。代替が最終文書で強化される可能性があるようにも見えます。 ■輸入製品はどのように扱われるのか? (略) ■生成される情報に誰がアクセスできるのか? REACHの目的の一つは、情報がサプライチェーンの川下の会社や廃棄物管理プラントにまで、そして、その情報を知りたいと望む誰に対しても確実に行き届くようにすることです。情報へのアクセスは労働者保護のためだけでなく消費者の保護のためにも重要です。 しかし、多くの化学物質製造者は、データの多くは機密として扱われるべきであると要求してきました。NGOsはデータの開示の結果、企業にダメージを与えるということを企業が証明した場合に限り機密を認め、情報への一般的なアクセスができるようにすべきであると要求しています。 ■製造者は一般的に彼らの製品に対してどのような責任を持つべきなのか?(注意義務) REACHは市場にある約30,000種の物質を対象とします。しかしREACHの対象外となる物質、あるいはREACH要求とは直接的に関連しない物質から生ずる結果に対して、産業側にはどのような責任が求められるのでしょうか?一般的"注意義務"条項は、当初のREACHに含まれていましたが、その後のREACH案からは削除されました。NGOsといくつかの加盟国は"注意義務"は安全確保の条項であると主張しています。 (4)議会での最近の議論 ■登録の優先をリスクベースとする提案 議会の域内市場委員会(IMCO)の修正提案の核心は、登録テスト要求は、その化学物質の製造量・輸入量に基づくという現在の提案とは異なり、健康と環境に及ぼすリスクに基づくという方向にもって行こうとするものです。この"リスクに基づく優先度"は、化学産業界によって最初に提案されたものです。 環境団体はこの考え方に非常に批判的です。REACH を開発することとなったもともとの引き金は、化学物質のデータの欠如でした。健康と環境へ及ぼす影響への特性についての基本的なデータを持たずに、我々はどのようにして優先順位をつけることができるのでしょうか? (5)利害関係者の立場と活動 まとめとして、様々な関係者によって表明された主要な論点を示します。 環境団体・NGOからの主な要求 ■非常に高い懸念のある化学物質の使用の認可は、他により安全な代替がなくその使用が社会にとって本質的である場合にのみ与えられるべき。代替は必須でなくてはならない。 ■1-10トンの物質の登録から削除されたテストと化学物質安全報告書は、危険、曝露、安全使用を評価するのに十分な情報を提供できるよう、登録要求に含まれなくてはならない。 ■輸入成形品に使用される化学物質は、欧州域内で製造される成形品と同様な情報要求を持たねばならない。 ■サプライチェーンを通じて川下ユーザー、小売業者、消費者が、購入する製品に含まれる化学物質について知ることができるよう公衆の知る権利が確保されなくてはならない。 欧州労連(ETUC)からの主な要求 ■"注意義務"は全ての化学物質に対して再度、導入されるべきである。(他はNGOとほとんど同様であり省略) 産業界の立場 産業界は、REACH改革に対し、しばしば敵として(あるいは少なくとも非常に疑わしものとして)認識されています。しかし、"懐疑派"だけでなく、REACHは化学物質を管理する上でより効率的で経済的であるとしてREACHを積極的に推進する企業も増えてきました。 "懐疑派"のほとんどは、欧州化学工業連盟又は産業分野の連合である"REACH連合"によって代表される化学物質製造者です。 "推進派"はしばしば大きな小売業者です。彼らの化学物質への関心は主に彼らの製品ができるだけ有毒性がないようにすることです。他の産業分野でよりよい化学物質管理に大きな関心を寄せているのは建設業です。 " 推進者"らによる主張は、多くの企業が意見を表明しているケムセックの出版物『REACHの中で我々が必要とすること』に見ることができます。 (訳注:当研究会日本語訳 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/ChemSec/chemsec_reach.html) (6)REACHの影響を予測する 欧州委員会の見積りによれば、もしREACHが化学物質によって引き起こされる疾病の10%を削減するなら、それは毎年約4,500人の死を防ぐことを意味するとしています。この見積りから、欧州委員会はREACHの潜在的な利益は30年間で約500億ユーロ(約6兆5,000億円)であると計算しました。 欧州委員会と連携を取りながら産業界自身が実施した最近の大規模な調査では、産業側には特に重大な影響は認められず、むしろコストは既存の枠組みの中で十分に吸収できることを示しました(KPMGによる調査報告)。 興味深いのは、化学物質製造者がREACHを実施するための年間コストは、EUにおける彼らの総売上高の約0.05%に過ぎないということです。また、REACHのためのコストは年間市民1人当たり1ユーロ(約140円)以下です。健康と環境に対する大きな利益をもたらすなら、これは間違いなくEUが負担することができる金額です。 (文責:化学物質問題市民研究会) ※当日の資料集(A4判 75頁)は1部500円(送料別)でお分けします。当会事務局へFAX、メール等でお申し込みください。 |
なぜ日本でREACHセミナーを開いたのか
−2005年国際市民セミナー閉会の挨拶から− 安間 武(化学物質問題市民研究会) REACHに関する国際市民セミナーは昨年に引き続き、今回が2回目であり、スウェーデンからお招きしたインガー・シェーリングさんとパール・ロザンダーさんにREACHとは何か、そしてREACHの現状と展望についてお話をしていただきました。 この場をお借りして、なぜ私たちがEUのREACHに関し、日本で市民セミナーを開催したのか、その理由を簡単に説明させていただきます。 人の健康と環境を守るという目的のためにREACHが基づいている基本理念、例えばデータのない化学物質は市場に出さない、予防原則、立証責任の移行、代替原則、一世代目標、情報公開、市民参加、こういった高いREACHの理念を頭に描きながら、日本の化学物質政策の現状を見た時に、日本の状況は、新しい化学物質政策REACHを必要としたヨーロッパと全く同じ状況であることに気がつき、日本の化学物質政策を変えさせていかなくてはならないと考えたからです。 そのためには日本の市民のみなさんに、ぜひREACHの理念を理解していただき、そして日本の化学物質政策を変えさせていく大きな力となっていただきたいからです。化学物質汚染のない地球を求める東京宣言の賛同・署名を求めるキャンペーンもその一環でした。 日本では現在の化審法が1973年に施行されましたが、EUと同様にこの化審法が施行される以前の既存化学物質については、30年以上経過した現在でも、ほとんどの化学物質について安全情報がなく、したがって市場に出ているそれらの安全性が確認されていないのです。 国はREACH等の動きにあわてたのか、既存化学物質について30年間以上放置しておきながら、今年になって急遽、厚生労働省、経済産業省、環境省の3省が合同で推進会議を2回開き、5月中旬にわずか2週間のパブリックコメントにかけただけで、6月1日付けで「官民連携既存化学物質安全性情報収集・発信プログラム(別名ジャパン・チャレンジ・プログラム)」を立ち上げました。このプログラムは、アメリカ会計検査院(GAO)がうまくいっていないと指摘しているアメリカの高生産量化学物質(HPV)に関する自主的収集プログラムを真似したもので、全くお話になりません。 REACHに対する日本政府の対応は、2003年7月にREACHのインターネット・コンサルテーションにおいて、また2004年6月には世界貿易機関(WTO)に向けて、経済産業省が全く産業界保護の立場だけからのコメントを表明しました。REACHは人の健康と環境を守るための化学物質規制案であるにもかかわらず、環境省はREACHについて一言も公式な発言をしていません。 一方、REACHにあれほど反対しているブッシュ政権のアメリカにおいてさえ、今年の6月13日にアメリカ会計検査院が「EPAの化学物質管理の能力を改善する必要がある」という内容の勧告書を出しました。この勧告書は、アメリカの化学物質政策の状況がEU及び日本の状況と非常によく似ていることを示しています。この勧告を受けて、1か月後の7月13日に、REACHの理念を織り込んだアメリカ有害物質規制法(TSCA: Toxic Substances Control Act)の改定案(別名:子ども安全化学物質法 Kid Safe Chemicals Act)が民主党のジョン・ケリーやヒラリー・クリントン、エドワード・ケネディら5人の有力議員により提案されました。 残念ながら、日本では政府や議会の中にこのような動きは全く見られません。したがって、われわれ市民が政府や議会に働きかける必要があるのです。 市民のみなさん、日本の化学物質政策を産業保護のためだけではなく、人の健康と環境を守るという本来の化学物質政策に変えさせていこうではありませんか。 参考資料 ![]() ![]() |