Our Stolen Future (OSF)による解説
ビスフェノールAのエストロゲン様効果が
生体条件で膵臓 β 細胞機能をかく乱し
インスリン耐性を誘引する


Environmental Health Perspectives, in press. Online 20 September 2005 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future New Science
The Estrogenic Effect of Bisphenol-A Disrupts the Pancreatic β-Cell Function in vivo
and Induces Insulin Resistance

オリジナル論文:Environmental Health Perspectives, in press. Online 20 September 2005
The Estrogenic Effect of Bisphenol-A Disrupts the Pancreatic β-Cell Function in vivo
and Induces Insulin Resistance

Paloma Alonso-Magdalena, Sumiko Morimoto, Cristina Ripoll, Esther Fuentes, and Angel Nadal

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年10月19日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/05_10_osf_bisphenol_A_insulin.html


 アランソ・マグダレナらは、大人のマウスのビスフェノールA(BPA)への低用量慢性曝露がインスリン耐性を誘引することを示した。
 彼らがこれらの実験で用いた用量は、現状のヒトの曝露の範囲内で、米EPAが影響を与える最低レベルとして定義した用量よりも5000倍低い値であった。

ビスフェノールAは写真のボトルのような多くの消費者製品に使用されるポリカーボネート・プラスチックを作るために用いられる。このプラスチックの化学的結合は弱いので容易に分解し、食品や水に溶け出す。
 ヒトのインスリン耐性はタイプU糖尿病の先駆けであり、現代社会の主要な流行病のひとつである”新陳代謝症候群(metabolic syndrome)”の中心的な疾患である。ヒトのインスリン耐性はまた鬱血性心不全(congestive heart failure)とも関係している。
 著者らは、BPAへの曝露はタイプU糖尿病、高血圧症、及び異常脂質血症(dyslipidemia)のリスクを増加させると結論付けている。

 これらの結果は、ビスフェノールAが公衆の健康懸念である糖尿病に関係しているのではないかという大きな疑問を提起する。糖尿病の罹患率は過去数十年間及び現在において増大しており、世界で1億2,500万人の糖尿病患者がおり、これは流行病の域に達している。このことはBPA曝露に対する新たな公衆衛生基準を開発することの重要性 (訳注)に光を当てている。現在の基準は1980年代の科学的調査に基づいている。

(訳注):ビスフェノールAの低用量での影響に関する論文が新たなリスク評価の必要性を示す(当研究会訳)

何をしたか?

 研究チームはマウスにいくつかの用量のビスフェノールAを注射し、エストラジオールを注射されたマウスの影響と比較した。彼らは一回の注射による短期的影響と、4日間にわたる1日2回の注射による慢性影響を観察した。実験により10μg/kgから100μg/kg の間の用量が使用された。インスリン不耐性に関する実験では、彼らはまた経口でBPAを投与した(4日間にわたり100 μg/kg )。

 これらの投与の影響を評価するために、彼らは標準測定技術を用いてインスリンとブドウ糖(グルコース)調節に重要な一連の細胞パラメータの測定を行ったが、それらには血液中のブドウ糖濃度、血漿インスリン濃度、及び島細胞(islet cells)のインスリン濃度と放出が含まれる。

 ブドウ糖耐性を確立するために、彼らは投与されたマウスを一晩絶食させ、その後ブドウ糖を投与し、血清レベルを投与前及び投与後の測定と比較した。

 インスリン耐性のレベルを確立するために、彼らは餌を与えたマウスにインスリンを注射し、その後の血清中ブドウ糖の変化を追跡した。

何が分かったか?

 アランソ・マグダレナらは、急速及び長期、両方の影響を見出した。まとめると、彼らは次のことを示した。

  • 急速に(30分以内)コントロール群に比べて血糖値が減少し、血液中のインスリン濃度が急上昇した。
  • 長期的に(4日以上)膵臓細胞のインスリン生成と分泌が増加し、血清中インスリンの濃度が増加し、インスリン耐性が進んでブドウ糖耐性とインスリン不耐性を損なった。
急速な影響

 この実験は、エストラジオールとビスフェノールAへの低レベル曝露に対応して、血糖値の急速な変化と血中インスリンの増加をもたらすこと明らかにした。
 コントロール群のマウスの血糖値は、絶食マウスにコーン・オイルを注射した後30分以内に上昇した。これは予測されたことであり、下記グラフに示されている。コントロールマ群のウスの血糖値は注射後30分以内に約30mg/dl 増加した。


 ビスフェノールA(BPA)またはエストラジオール(E2)がコーンオイルに加えられると血糖値の増加は少なくなる。その結果はBPA及びE2のレベルがが10ppbにおいて統計的に有意である。BPAが100ppbでは血糖値は減少する。 * p < 0.05 コントロール群との比較

 血清中のインスリン濃度は、わずか10μg/kgのビスフェノールA(BPA)またはエストラジオール(E2)の一回の投与の後、急上昇する。* p = 0.024 ** p = 0.004 (右のグラフ)

 これらの結果は、ブドウ糖調節に対する急速な干渉を示している。このラボでの以前の実験が、この急速応答はエストロゲンのための”非古典的細胞膜受容体(non-classical membrane receptor)”によって媒介されることを示しており、それはまたビスフェノールAによっても活性化される。 他のラボでの結果は細胞核の外側にあるエストロゲン受容体を経由しての急速応答と一貫性がある。

 アランソ・マグダレナらは、古典的細胞核エストロゲン受容体、ER の活動を活性化することが知られている化合物、ICI182,780 がこの実験で見られたエストラジオールとビスフェノールAに対する急速応答を妨げないということを示すことにより、この解釈を支持した。

長期的影響(4日間)

 100μg/kgのエストラジオールとビスフェノールAを4日間続けて注射されたマウスでは、ベータ細胞が存在する膵臓中の島(islets)と呼ばれる細胞クラスター中のインスリン濃度が反映して膵臓β細胞がインスリン生成を増大する。* = < 0.05
 少しではあるがしかしまだ顕著なインスリン濃度の増加が 10 μg/kg で見られる。
 上述した急速影響とは対照的に、長期影響は抗エストロゲン化合物 ICI182,780 によって阻害される。これは長期影響が古典的細胞核エストロゲン受容体によって媒介されることを示す。


 4日間の投与後、エストラジオールとビスフェノールAに曝露されたマウスは、ブドウ糖分泌によってもっと多くのインスリンを生成しようとした。
 このことは左のグラフが示している。3つの異なるレベルにおけるコントロール群とエストラジオールまたはビスフェノールAを投与されたグループに対するブドウ糖投与の結果である。
 7 mM のブドウ糖投与で、BPA投与のマウスはコントロール群よりも多くのインスリンを分泌し、16 mM のブドウ糖投与では、E2及びBPA双方の投与マウスが多くのインスリンを分泌した。


 アランソ・マグダレナらは、インスリン分泌が高い(上のグラフ)とマウスの血清中のインスリン濃度が高くなり、過インスリン血症と呼ばれる症状を引き起こす(左のグラフ)。投与後4日間、エストラジオール投与のマウスは1.7倍、BPA投与のマウスは1.5倍、コントロール群のマウスに比べて血中インスリン濃度が高かった。

 これら最後のマウスでは、エストラジオール投与マウスの血中ブドウ糖濃度はコントロール群に比べて僅かに低い(p=0.65)が、一方血清中インスリン濃度は1.7倍高い。BPA投与のマウスは血清中のインスリンは1.5倍多いが、血中ブドウ糖濃度は実質的に同じである(p=0.93)。アランソ・マグダレナによれば、このパターンは”インスリン耐性の明確な症状”である。投与マウスにおいてより高いインスリン濃度では、もしインスリンに対する応答が正常なら、血中ブドウ糖濃度は著しく低いはずである。

 テストの最後のシリーズで研究チームはブドウ糖とインスリンの耐性をテストした。
  • ブドウ糖耐性をテストするために(下記グラフ左)、12時間絶食したマウスにブドウ糖を投与し、その後の2時間、血清中のブドウ糖を測定した。投与マウスはブドウ糖を投与する前に、BPAまたはエストラジオール μg/kg/day(示されていない)を4日間にわたって受けた。

  • インスリン耐性をテストするために(下記グラフ右)、絶食マウスに注射でインスリンを投与し、その後45分間、血清中のブドウ糖濃度を監視した。示された例では、BPAはインスリンを投与する前に4日間にわたって100 μg/kg/dayのBPAをコントロール・オイル中に混ぜて経口で投与した。
 

 マウスを絶食させてBPA投与すると、インスリン耐性のパターンと一致して細胞質がブドウ糖を吸収するのが遅くなり、血清中ブドウ糖濃度は高くなる(上のグラフ左)。

 コントロール群にインシュリンを注射すると血清中ブドウ糖の濃度は下降した。経口でBPAを投与されたマウスには下降は見られなかった(上のグラフ右)。E2とBPAの注射でも同様な影響が観察された(示されていない)。

何を意味するか?

 この実験によりアランソ・マグダレナらは、”E2そして特にBPAを投与されたマウスはインスリン耐性が進んだ”と結論付けた。
 今までの研究で、エストラジオールがインスリンの調節に関与しており、異常なレベルになるとヒトにインスリン耐性をもたらすことが示されていた。したがって、ビスフェノールAのようなエストロゲン様物質がインスリン調節に影響を与えるということは驚くに当たらない。

 しかし印象的なことは、この実験でビスフェノールAがこのような低いレベルでブドウ糖とインスリン代謝物に変化をもたらしたということである。アランソ・マグダレナらは、米EPAによって安全とされたレベルよりも5倍低い用量で、新生児の臍帯血で報告されているレベル以下で、そして米EPAが現時点において有害影響が見られる最低レベル(LOAEL)として特定した用量よりも5000倍低いレベルで、急速影響を示している。

 これらの結果は、EPAの LOAELより十分低いレベルで有害影響があることを示してきた過去8年間における多くの研究の中で最新のものである(2005年10月現在)。

 これらの結果はまた、活動が弱いエストロゲンは細胞核中にある受容体によって媒介される一方で、BPAは細胞膜上のエストロゲン受容体を通じて働く時にエストラジオールと同様に強力であることを示すラボ研究と一貫性を持っている。

 低用量ビスフェノールAの発達影響に関する専門家であるフレッド・ボンサール博士によれば、これらの結果は、アメリカ国民の95%が経験しているBPA曝露レベルにおいて、インスリンとブドウ糖代謝物に重要な変化を与えることを示したものである。

 BPAの低用量影響に関して、現在、入手できる100以上ある動物実験による研究に比べて、この論文の唯一の例外は、アランソ・マグダレナらが彼らの実験を、胎児ラットではなく大人のラットで実施したということである。ほとんどすべたの他の低用量影響は胎児の曝露によって観察されている。通常、大人は保護酵素が出来上がっており、発達プロセスも完了しており、したがって、かく乱に対してもはや脆弱ではないので、大人に影響を与えるためにはより高い用量が必要である。このことは、胎児のBPA曝露が後のインスリン調節に与える影響を検証することは非常に重要であるということを意味している。

 これらの結果は、ビスフェノールAと、インスリン耐性、タイプU糖尿病、高血圧症、肥満などを含む有害なヒトの健康状態であり、公衆衛生当局が現在世界的な流行病でアメリカだけでも5,000万人以上がその影響を受けていると認めている”新陳代謝症候群(metabolic syndrome)”との関連性について、重要な疑問を提起するものである。この症候群は過去30年間で流行病の域に達しており、同時にヒトのビスフェノールAへの曝露は至る所で起きている。

 BPAのヒトの健康に与える影響に関する疫学的研究はほとんど行われていない。したがって、ヒトへのこの曝露の結果について確固とした結論を出すことはできない。糖尿病とインスリン耐性に関する生理学的プロセス及び代謝プロセスについてはかなり多くのことが知られており、マウス実験はヒトの健康についての疑問に対し非常に有益であることが示されている。このことは、ヒトのインスリン代謝に関するBPAの影響についての研究は最重要であることを示唆している。

ビスフェノールAに関する動物実験で、低用量曝露が下記を含む広い範囲の有害影響を引き起こすことが現在、示されている。

 実質的に、この研究の全ては過去10年以内に発表されている。この論文をもって、アランソ・マグダレナらはBPAの有害影響リストにインスリン耐性を新たに加え、また恐らくタイプU糖尿病も関連があることを示唆している。アメリカ環境保護局(EPA)と食品医薬品局(FDA)が1980年代の研究結果に基づいた安全基準を使い続けているということは、驚くべきことである。


化学物質問題市民研究会
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