レイチェル・ニュース #819
2005年6月9日
環境からの損傷が遺伝的にたどる新たな道
エピジェネティクス

ティム・モンターギュ
Rachel's Environment & Health News
#819 - A New Way to Inherit Environmental Harm, June 09, 2005
by Tim Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/6434

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2005年10月18日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_05/rehw_819.html

(2005年6月9日発行)
ティム・モンターギュ(Tim Montague )

 新たな研究が、環境は健康にとって人々が考えているよりはるかに重要であるということを示している。最近の情報によれば、健康への有害影響は、遺伝子の突然変異なしに、子や孫に引き継がれることがありうる[1] 。これらの遺伝的変化は繊細な化学物質の影響によって引き起こされ、この新たな科学的研究分野はエピジェネティクス(epigenetics)と呼ばれる[2]。

原注[1]:ここでは遺伝子変異はヌクレオチド塩基(C,A,T,G)配列の変化として定義する。エピジェネティク変異(訳注:後天的な化学作用により変異が生じる機構)は、DNAに対する遺伝的変化であるが、それらは配列変化ではないと理解されている。

 1940年代から科学者らは、遺伝子が次世代に情報を伝え、不具合な遺伝子が、がん、糖尿病、その他の疾病引き起こすということを知っていた。しかし、科学者らはまた、遺伝子だけが全てではないということも知っていた。等しい遺伝子を持つ一卵性双生児でも非常に異なる病歴を持つことがあるからである。一卵性双生児の片方が完全に健康であっても、他方が精神分裂病やがんになることがあるので、単に遺伝子だけではなく、環境が重要な役割を果たしているに違いない。

 驚くべきことに、科学者らは現在、これらの環境的影響はヒトの健康にまで密接に関わる”エピジェネティクス(epigenetics)”と呼ばれる機序によって世代から世代に伝えられるということを発見した。エピジェネティクスは環境的影響が、遺伝子自身の変異なしに、受け継がれ[1] 、糖尿病、肥満、精神障害、心臓疾患などの疾病の発現を世代を超えて伝え続けるかも知れないことを示している。

 言い換えれば、あなたが今、がんに罹っていれば、50年前にお祖母さんが有害化学物質に曝露したことによって、たとえお祖母さんの遺伝子は変更されていなくても、あなたにがんが引き起こされたかもしれないということである[1]。または、今日、食べた魚に含まれていた水銀はあなた自身には直接的に害を与えなくても、あなたの孫に害を与えるかもしれない。

 このエピジェネティクスという新規分野は健康に対する環境影響の理解においてひとつの革命を起こしている。この分野はまだわずか20年の歴史であるが、十分に確立されている。2004年、国立健康研究所(National Institutes of Health)は、ボルティモアのジョーンズ ホプキンス医科大学に”共通人間疾病エピジェネティクス・センター”設立のために5億円を授与した。

 ワシントン州立大学ミカエル・スキナーと同僚らの最新情報が6月3日発行の科学誌『サイエンス』に発表された。スキナーは、妊娠中にホルモンかく乱物質に曝露した母ラットから生まれたその後の4世代の雄ラットの生殖能力は著しく低下したことを見出した[3]。母親から生まれた第一世代は有毒物質に曝露しているが、四世代後までその有毒影響が検出された。

 この研究がなされるまでは、科学者らはエピジェネティク影響を第一世代の子孫にしか認めることできなかった。これらの新たな発見は環境中の有害物質からの悪影響は数世代に及ぶので、従来考えられていたよりはるかに長く継続することを示唆している。

 したがって、有害物質への予防的アプローチは、従来考えられていたよりもはるかに重要となる(レイチェル・ニュース参照: 765, 770, 775, 781, 787, 789, 790, 791, 802, 803, 804.)。

 過去60年間、医師や科学者らは、生命及び人間と動物の病気の遺伝的原因のいくつかを遺伝子ベースの概念につなぎ合わせて作ってきた。遺伝子は、生命の本質的な基本ブロックであるたんぱく質の製造を制御する。遺伝子は、DNAの長いらせん構造中に埋め込まれた有限の文字列(Cs、As、Ts、及びGsで表現されるヌクレオチド塩基からなるコード)からなる。DNAは、遺伝子からなる大きな分子構造で、次世代に遺伝情報を引き渡す。

 ヒトの遺伝子コードには約30億の”文字”がある。遺伝子が突然変異する−すなわち誤植転写があると、細胞、組織、そして全体としての有機体にまで影響を及ぼすと以前から科学的に理解されている。例えば、日光に当たり過ぎる(紫外線)ことによって引き起こされる遺伝子突然変異は、体中に広がる皮膚がんになる異常な制御不可の細胞の成長をもたらす。日陰に入りリスクを減らしなさい。

 しかし現在、科学者らは病気は遺伝子の突然変異なしに世代から世代に引き継がれることがあるということを観察している[1]。DNA分子自身が他の分子を付加して、遺伝子そのものを変えることなく遺伝子の振る舞いを変える[1]。これらの追加分子の付加は環境的影響によって引き起こされるが、これらの影響は、もし生殖細胞、すなわち精子や卵子に影響を与えれば、ひとつの世代から次の世代に引き渡されることがある。

 科学者らは現在までのところ、DNA分子に影響を与え、したがって遺伝的変化を引き起こすことができる3種類の”エピジェネティク”変化を発見している。ひとつはメチル分子である。

 科学者らは、ジョーンズ ホプキンス大のアンドリュー・ファインバーグとその同僚らが、がん細胞はDNAのメチル化発生が異常に低い(cancer cells had unusually low incidence of DNA-methylation)ことを発見した1983年に、がんのようなヒトの疾病とメチル化のような繊細な遺伝子変化との間の直接的な関連性に目を向け始めた[4]。

 メチルはひとつの炭素原子と3つの水素原子からなる分子である。それらは一斉にひとつのDNAのらせん構造に付加し、DNAの三次元構造とDNAらせん中の特定の遺伝子の振る舞いを変更する。その結果メチル化は個々の遺伝子の活動の音量調整のような働きをする。遺伝子突然変異は誤植であり比較的容易にテストできるのに対し、エピジェネティク変化は文章の印刷書式(例えば、フォント、サイズ、色)に似ており、ほとんどよくわかっていない。過去20年以上にわたって、ファインバーガーや多くのがん専門からがヒトや実験動物のがん発症に与える広範な影響について報告している[5] 。

 そこで、エピジェネティクスはDDTのようなよくある化学物質に関する我々の従来の概念を変えつつある。DDTは強力な環境的有毒物質であり、生物の体内に入り込むと天然ホルモンのように振る舞い、性及び生殖の発達に異常をもたらす。1940年代と1950年代のDDTの広範な使用は、鳥の卵の殻を薄くし、雛がかえる前に卵が割れてしまうので、(ハヤブサのような)ある種の鳥の個体群における大幅な個体数減少に関連した。

 (DDTのような)残留性環境汚染物質は廃止されたので、我々はこの問題を解決したと誤って信じさせられている。その思考は論理的である。環境中から有毒物質を取り除けば、有毒な影響は取り除かれる。しかし、スキナーと彼の同僚らの発見はそうではない。

 スキナーの研究は危険な有毒物質を廃止してもこの問題は終わらないということを告げている。なぜなら数十年前の曝露によって引き起こされた損傷がエピジェネッティクの経路を通じて世代から世代に受け継がれていくことがありうるからである。

 スキナ−らは妊娠ラットのあるグループにはメトキシクロル(殺虫剤)を、あるグループにはビンクロゾリン(殺菌剤)を投与した。メトキシクロルはDDTの代替品であり、穀物や家畜、そして動物飼料に用いられる殺虫剤である。ビンクロゾリンはぶどう酒産業で広く使われている殺菌剤である。それは、実験動物で生殖異常を引き起こすことがありうることが知られている、難燃剤からプラスチック添加剤まで広く使用されている一連の化学物質の中のひとつである。

 メトキシクロルもビンクロゾリンもホルモンかく乱物質であることが知られている(レイチェルニュース参照:486, 487, 499, 501, and 547)。これらの農薬を投与された母ラットの雄の子らは生殖能力が低下したが(精子数の減少、精子の質低下)、この発見は驚くに当たらない。しかし科学者らはこれらの子らを繁殖させたが、その子らもやはり繁殖能力が低かった。これは全くの驚きである。テストを行った4世代の雄の子孫の90%以上の生殖能力が低下していた。

 スキナーの報告書は、遺伝子突然変異では投与された動物におけるそのような強力な信号を生成しそうになく、DNAのメチル化が観察された雄の生殖能力低下を引き起こすメカニズムのようであると結論している。

 妊娠中に母ラットに投与すると、明らかに雄の子どもの遺伝子物質が再プログラム化され、したがってその後の全ての雄の子孫にはこの環境要素によって生殖能力低下が起きる。

 スキナーはラットにおけるこの発見は、数十年間にわたる複合有毒物質の累積影響も一部加えて、最近数十年間のヒトの乳がんと前立腺がんの劇的な増加を説明していると信じている(レイチェルニュース参照:346, 369, 375, 385 and 547)。

 スキナーはラットに与えた用量は、ヒトが環境曝露から受けると予想される曝露量に比べて高かったことを認めている。彼は現在もっと低い用量でのラット実験を続けている。

 もちろん、この情報の全ては有毒物質の管理が従来考えれていたよりも重要なものになるとしている。将来の世代の健康が危うくなっている。

 エピジェネティックス研究の発展は有毒性テストと化学物質リスク評価を非常に複雑なものとしている。エピジェネティックス研究は多くの追加的毒性テストが必要であるということを我々に告げている。現在までのところ、エピジェネティック・テスト実施のための標準化された、権威ある、政府承認のプロトコールは存在しない。そのようなプロトコールが出現するまでは(それには何年もかかるであろうが)、そして多くの金のかかるテストが完了するまでは(それは多くの金と年月が必要であろうが)、リスク評価者らは、エピジェネティクスに関する限り、計器飛行(lying blind)をしているということを認めなくてはならないであろう。


* Tim Montague is Associate Director of Environmental Research Foundation. He holds an M.S. degree in ecology from University of Wisconsin-Madison and lives in Chicago.

[1] Here we define a genetic mutation as a change in the sequence of nucleotide bases (C,A,T,G). We recognize that epigenetic changes are heritable changes to the DNA, but they are not sequence changes.

[2] To see nine articles on epigenetics from the popular press, including an excellent series from the Wall Street Journal, go to http://www.rachel.org/library/getfile.cfm?ID=531

[3] M. Anway, A. Cupp, M. Uzumcu, and M. Skinner, "Epigenetic Transgenerational Actions of Endocrine Disruptors and Male Fertility," SCIENCE Vol. 308 (June 3, 2005), pgs. 1466-1469. Michael Skinner is director of Washington State University's Center for Reproductive Biology; http://www.skinner.wsu.edu

[4] Andrew Feinberg and Bert Vogelstein, "Hypomethylation distinguishes genes of some human cancers from their normal counterparts," NATURE Vol. 301 (January 6, 1983), pgs. 89-92.

[5] Andrew Feinberg and Benjamin Tycko, "The history of cancer epigenetics," NATURE REVIEWS (February 2004) Vol. 4, pgs. 143-153.


訳注:ミカエル・スキナーらの4世代ラットの生殖能力低下に関するに当研究会紹介関連記事:


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