EHP2005年8月号 NIEHS News
米国内分泌学会でのワークショップ
内分泌かく乱化学物質の認識が高まる

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 113, Number 8, August 2005
NIEHS News / Growth Spurt for EDC Recognition
http://ehp.niehs.nih.gov/docs/2005/113-8/niehsnews.html#grow

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年8月14日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_05/05_08/05_08_NIEHS_News_EDCs.html


 久しぶりに、後世にある分野でのひとつの転回点(ターニング・ポイント)であったと証明されるであろう科学会議が開催された。出席者の名札も捨てられポスターも処分されたずっと後になって思い出されるであろう生命発生時の出来事に関する会議である。2005年6月3日にサンディエゴで開催された内分泌かく乱化学物質(EDCs)に関するフォーラムについて出席者は、EDCsの分野の拡充および科学そのものの進歩にとってもひとつの画期的な出来事であったと述べているが、そのことはすぐに実証されるであろう。

 内分泌かく乱化学物質(EDCs)を科学の最前線にという意図の下に、米国内分泌学会(The Endocrine Society)は第87回年次総会の一日前にワークショップを開催した。内分泌かく乱物質は以前から同学会の議題ではあったが、このフォーラムは内分泌化学物質という議題に特化して公式に組織され、丸一日行われた最初の会議であった。

 「内分泌会議においては、米環境健康科学研究所(NIEHS)及び米環境保護局(EHP) からは、様々な内容の発表がなされたが、実際に過去においては多くの関心を生み出すことは難しかった」とNIEHSの環境病と医療プログラムのディレクターであるケニス・コラーチはこのフォーラムの基調演説の中で述べている。「現在、米国内分泌学会は、内分泌かく乱物質分野について相互作用と発展のために、従来に増してより積極的な役割を果たしており、内分泌かく乱物質の研究を支援しEDCsに関する公式の学会プログラムを確立するために強力な使命を果たそうとしているように見える」と述べた。

 著名な内分泌かく乱化学物質(EDC)研究者であるアンドリア・ゴア、R.トーマス・ゾイラー、ジェラルド・ハインデルらが組織し、200人以上の毒物学者、疫学者、臨床医、その他の内分泌学分野関係者が参加したフォーラムにおいて、分野を超えての取り組みと理解に対する努力は成功していることが示された。コラーチは、臨床医におけるEDCsへの認識を増大させることが特に大事であると信じており、「ヒトに見られるEDCsの影響のいくつかは患者らが示す症状に対する内分泌学者の診断によって集められるので、研究の理解という観点から臨床医の教育が特に重要である」と述べている。

 コラーチとNIEHS特別会員科学者であるレサ・ニューボールド及びジョーン・マックラクラン(現在はツレーン大学)はEDC研究におけるパイオニアであり、コラーチはこの分野の進捗に意を強くしている。「25年あるいは30年前には、非常に小さなグループであったが、現在では他の分野からもますます多くの人々の参加を得ている。このフォーラムで行われている教育という観点からも、全く成功している」と彼は述べた。

胎内で、そして後の世代まで

 コラーチ、ニューボールド、そして何人かの他の講演者は、子宮中でのEDCsへの曝露は、生まれた後々の疾病や生殖障害の原因として疑われる遺伝子環境への作用を起こす可能性があるということを指摘しつつ、この分野における最新のそして最も重要な概念について参加者にわかりやすく説明した。発達中の胎芽(妊娠8週目まで)は、初期の発達期における重要な時期、特に性の分化及び生殖器官の形成時においては外因性のEDCsに対する非常に低いレベルでの曝露に関しても特に感受性が高いと考えられている。ヒトへの発がん性物質としてよく知られる人工の女性ホルモンであるジエチルスチルベストロール, DES は、胎児の曝露に深刻な影響をもたらす可能性があるEDCの恐らく最も有名な例であろう。この化合物は1940年代から1970年代にかけて流産を防止するために500万人以上の女性に処方され、これらの女性から生まれた多くの子どもたちは、免疫系障害、がん、生殖器官異常や不妊などの生殖系疾患などがあった。

 このフォーラムではまた、EDCsの影響に関する様々な最近の重要な発見を報告する発表が行われた。ワシントン州立大学生殖生物学センターのディレクターであるミカエル・スキンナーが、2005年6月3日にサイエンスに公表し、フォーラムで発表した研究は、非常に遠大な示唆を含むものである。

 スキンナーのグループは、二つのEDCsモデル−抗雄性ホルモン様殺菌剤ビンクロゾリンと雌性ホルモン様殺虫剤メトキシクロルのマウスの胎芽の精巣発達への影響に関する研究を行った。彼らは妊娠中の母マウスにEDCsを曝露させると雄の子孫に精子数の減少を引き起こすことを見出した。もっと重要なことは、これらのマウスの交配を続けると4世代目までに共通の特性を有する個体群に変化するということを見出した。すなわち、雄の生殖系列(germ line)が永久に組み替えられ(reprogrammed)ていた。「ヒトに類推すれば、祖母が環境有毒物質に曝露しているかも知れず、その二世代後のあなたは、たとえその有毒物質を見たことがなくても、疾病を患い、それをあなたの孫に伝える可能性がある」とスキンナーは述べている。

 世代をまたがる影響は、通常のDNA突然変異とは異なり、メチル化を通じてDNAの化学的変更によって引き起こされる後生的な現象として見出された。各世代の子孫の90%がこの共通の遺伝子群を引き継いだが、これは遺伝子の突然変異が通常1%以下であることと比べて非常に高い発生頻度である。

 「我々は今後の分析において、ある有毒物質の影響が実際に次世代に伝えられることがあるかどうかを見るために、世代をまたがる影響についての研究を行いつつ、このことについて検討する必要がある」とスキンナーは述べている。この影響を持つ他のEDCsを含む、化合物のタイプを特定することも重要であろう。スキンナーは、このことは彼の研究チームが追いかけている調査の中に含まれているとしている。

 雄の生殖能力への影響以外にも、このグループは雄も雌も成熟すると、早熟、前立腺疾患、肝臓疾患、腫瘍の生成など他の疾病に罹ることを見出した。このことは、環境的曝露の後生的世代を超えての影響は、今までは認識されていなかった疾病の機序(メカニズム)になっているかもしれないということを暗示している。世代を超えて伝わることがあるこの組み換えメチル化パターンを持った遺伝子を特定することは多くの新しい診断指標(マーカー)又は治療目標の開発をもたらすであろう。スキンナーと彼の同僚らは現在、候補遺伝子の確立、及び特定の疾病との関連性に関する初期調査の段階にある。

 最後に、この発見は、後生的影響を持つどのような環境的要素も従来考えられていたよりも生物進化において著しく重要な役目を果たす可能性があるということを提起している。「もし、曝露してこの永久的な遺伝子変化が起こる動物の集団があれば、実際にその動物の種の進化を潜在的に変えることができる。これは生物進化においていくつかの未知のパラメータの機序を説明し与えることができるものである」とスキンナーは述べている。

生命発生時の分岐

 他の発表としては、ロチェスター大学医療センター産科・婦人科教授シャンナ・スワンが彼女のグループが実施したヒトに関しては初めての研究調査である”出生前のフタル酸化合物への曝露が及ぼす男性精巣の発達への影響”についてを発表した。フタル酸化合物は多くの家庭用品、プラスチック、化粧品などの中で使用されている化学物質の一族であり、集団調査によれば、事実上ほとんど全ての人々が体内に汚染物質としてある程度のレベルで持っていることがわかっている。環境健康展望(EHP)2005年8月号で発表された研究調査で、このチームは、以前のフタル酸化合物への曝露に関するげっ歯類での研究調査の結果と整合性がある、子宮内のフタル酸化合物の濃度と正常な性的発達のマーカーとして、特に肛門とペニスの基部との距離に関する男児の生殖器特性への有害影響との関係を見出した。

 「精巣の発達は胎児の時期に妨げられ、その結果は出生時及び成人してからも影響を与えるということである。我々はげっ歯類においてすでにその”影響”を確認したが、今回、初めてヒトにも起こるという証拠を得た」とスワンは述べた。(この研究調査の詳細は本号の p. A542を参照のこと。Phthalates and Baby Boys-Potential Disruption of Human Genital Development
訳注:この論文に関するOur Stolen Future (OSF) の紹介記事を 「胎児期のフタル酸エステルへの暴露で男児の肛門性器間距離が短縮」 として当研究会翻訳紹介)

 このフォーラムにおける他の二つの発表は特に注目に値するものである。ひとつはミズーリ・コロンビア大学生物科学部教授フレデリック・ボン・サールが発表した彼の研究グループによるビスフェノールAの濃度変化と内因性エストラジオ−ルとの相互作用影響に関する研究である。ビスフェノールAは缶詰用缶内部のライニング、哺乳ビン、飲料水ボトル、さらにはラボでの動物用ケージ、給餌給水装置などを含む、ポリカーボネート・プラスチック製品中で広く使われている。この化学物質はそのような製品、特にそれらが引っかき傷を受ける又は擦り切れた時に生物作用を引き起こしうる量が漏れ出すことが示された。ボンサールによれば、ラボでのビスフェノールA曝露影響の実験動物にホルモン作用を伴うので以前には認識されなかった、実験に対する干渉の源となった可能性があった。

 現在の規制で認められている無害(no effect)濃度より十分低い濃度であっても、ボンサールと彼の同僚らは、胎児のエストラジオールのバックグランド・レベルの微小の変化で実験動物における前立腺の成形異常を観察した。彼は、参加者に対し、もし胎児が女性ホルモンの非常に微小な変化に極端に感受性が高いということを理解すれば、製品から漏れ出すビスフェノールAのレベルであってもヒトの健康を脅かすことは明らかであると述べた。
訳注:この論文に関するOur Stolen Future (OSF) の紹介記事を 「プラスチックや経口避妊薬中のエストロゲン様化学物質はマウスの胎児の前立腺と尿道の発達を妨げる」 として当研究会翻訳紹介)

 他のプレゼンテーションでは、フラグスタッフのノーザン・アリゾナ大学大学院生ステファニー・ウィッシュが主会議場の発表で溶解性ウランはEDCであり、ナヴォホ族の人々の生殖健康に影響を与えているかもしれないことを示唆した。ウィッシュと彼女の同僚らは卵巣切除したマウスに硝酸ウラニルを入れた飲料水を与えた。卵巣がないにもかかわらず、これらのマウスは硝酸ウラニル曝露に対して女性ホルモン用の反応を示したが、このことはこの化合物がエストロゲン(女性ホルモン)様であり、恐らくEDCであることを示唆している。これらの結果はEPAの硝酸ウラニルの飲料水中の安全レベル以下であっても観察されたが、それはナヴォホ族の居住区域であるフォー・コーナーの多くの飲料水源の硝酸ウラニル濃度はこのレベルを超えている。

 内分泌かく乱化学物質(EDCs)は深遠で複雑な影響を人間の健康に与えるかもしれないという科学的証拠が積み上がるとともに、正確にリスクを評価し治療を行うために必要な知識を得るためには包括的で複合領域的なアプローチが求められるということがますます明確となってきた。やがて時が経てばわかることであろうが、このフォーラムは様々な領域をまたがる多くの重要な関心、熱意及びコミュニケーションをもたらした画期的な出来事であり、そのことは将来、重要でかつ新たな発見につながるであろう。

アーニー・フード(Ernie Hood)

下記、当研究会の」日本語訳記事を参照ください。
2005年7月20日アメリカ医師会機関紙(JAMA)掲載記事紹介/内分泌かく乱化学物質/疾病への潜在的な原因として探査


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