レイチェル・ニュース #716
2001年1月14日
バイオテクの基本−1
レイチェル・マッシー
#716 - Biotech: The Basics -- Part 1, January 14, 2001
By Rachel Massey
http://www.rachel.org/?q=en/node/5249

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年1月31日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_716.html



 遺伝子技術とは、ある生物の遺伝子を他の生物に人工的に組み替える技術のことである。DNAからなる遺伝子は、細胞が増殖するためにプロティン(タンパク質)を作り、そのプロティンが新しい細胞のほとんどの機能の基礎を形成するための指示情報を持っている。遺伝子技術は生物間の遺伝子物質を混ぜ合わせるという、自然では起こり得ないことをも可能にする。人間は、ある生物種、例えばヒラメから遺伝子を取り出し、これを他の生物種、例えばトマトに組み込み、魚の持つある特性を持ったトマトを作り出すことが出来る。

 1980年代から始まり、過去10年間に急速に進んだことであるが、企業は、重要な食物であるトウモロコシや大豆など多くの作物の遺伝子を組み換えている[1]。わずか数年ばかりの間に遺伝子組み換えの行われた原料を含む多くの食料品中がアメリカのスーパーマーケットに出回り始めた。例えば、乳児食、混合即席食品、タコス皮などの加工食品である[2]。これらの食品にはそのことについての表示がないので、消費者は遺伝子組み換え食品をいつ食べたのかを知ることもできない。

 遺伝子技術は非常に強力な技術であるが、そのメカニズムは基本的な遺伝子操作を行っている人々にも十分には理解できていない。このシリーズでは遺伝子組み換え作物によって明らかになった主要な問題点を検証する[3]。

 世界中で栽培されているほとんどの遺伝子組み換え作物は、ある除草剤をかけても枯れることがない、あるいは、ある種の昆虫をを殺すように作られている。除草剤耐性作物は1998年と1999年の遺伝子組み換え作物の総作付け面積の71%を占め、その残りが殺虫作物(あるいは殺虫作物と除草剤耐性作物の両方)である。あるウィルスによる感染症に耐性を持つ作物がわずかに(1%以下)栽培されている[4]。

 除草剤耐性作物は、除草剤を散布することで作物自身も枯れてしまうことがないよう耐性を持たせている。現在、アメリカの食料品には、モンサント社の除草剤“ラウンドアップ・レディ”(活性剤はグリホサート)に耐性を持つように作られたトウモロコシや大豆、あるいは他の除草剤に耐性を持つ遺伝子組み換え作物を原料とするものがたくさんある[1]。

 遺伝子組み換え殺虫(又は農薬)作物は、その作物を食べる虫にとって有毒なものである。例えば、トウモロコシの遺伝子を組み換えて、トウモロコシを喰うヨーロッパ・キクイムシ(チョウ・ガの幼虫)を殺すようにすることが出来る。これは土壌中のバクテリア、バチルス菌(BACILLUS THURINGIENSIS (Bt))がもたらす遺伝物質をトウモロコシの遺伝情報に組み込むことで実現できる。バチルス菌(Bt)は、ある種の昆虫に有毒なプロティン毒素を自然に生成するので、有機農業家は、時には自然の殺虫薬としてBtをトウモロコシに散布する。遺伝子組み換えのBtトウモロコシでは、どの細胞も通常バチルス菌の中でのみ見られる毒素を生成する。

 残念ながら、遺伝子組み換え作物は人間の健康と自然環境に対し悪影響を及ぼすことがある。また、遺伝子組み換え作物のテストや規制が十分でないために、アメリカ政府は、企業が組織的な安全性チェックを行わずに、わけの分からない物質を我々の食品中に入れることを許してきた。

 我々が遺伝子組み換え食品を食べたくない、いくつかの理由を下記に挙げる。

  • 通常、日常食品に外部の遺伝子が加えられるとアレルギーを引き起こすことがある。

     遺伝子組み換えにおいては、既知の、あるいは未知のアレルゲン(アレルギーを引き起こす物質)を、以前には含まれていなかった食物に組み込むことがあり得る。例えば、ブラジルナッツの遺伝子を組み込んだ大豆は、ナッツアレルギー性の人の血漿中にアレルギー反応を引き起こすことが知られている(REHW #638参照)。ナッツアレルギーは深刻で死に至ることもある。ナッツアレルギーはよくあることであり、ナッツアレルギー性の人の血漿のテストを行うことが可能なので、研究者はこのような危険性を事前に察知することが出来る。そうでない場合にはアレルギー性テストは非常に難しいものとなる。遺伝子組み換えにより、以前には人間の食品には含まれていなかった物質が生成されるようになると、その物質に誰がアレルギー反応を起こすか知る術もない。

  • 遺伝子組み換えにより通常の日常食品が有毒なものになる可能性がある。

     ある場合には、意図的に導入されたある特性が毒素を生成することがある。バクテリアが自然に生成し、そのバクテリア中に存在するBt毒素は人間に対し比較的安全であると考えられている。これらのバクテリアの中では毒素は“善毒素”として存在し、ある昆虫の消化器に入って活性化するとその昆虫にのみ危険な物質となる。それとは対照的に、遺伝子組み換えによるBt作物は、以前には昆虫の消化器内でのみ見られた活性化した毒素を生成する[5] 。人間はこのような形の毒素に曝された経験がほとんどない。さらに、今までに人間は、どのような形のBt毒素も大量に摂取したことがなかった。もしBt毒素が我々の日常食品に導入されることになれば、それらを食べる毎に我々はBt毒素に曝されることになる[6, 64-65頁]。さらに、殺虫剤が全ての細胞に組み込まれた食材を食品に加工する前にいくら洗い流しても落とすことは出来ない。

     有毒性は意図せずに組み込まれた特性によってもたらされることがある。例えば、ある植物が、通常はその葉に多くの毒素を含み、果実には少量しか含まないのに、新しい遺伝子を組み込んだ後には、毒素は果実の方に集中するようになるということがある(REHW #696 日本語訳 参照)。

    このようなことを知って不愉快にも驚かされるのは、外部の遺伝子がどのように細胞中に組み込まれているのか正確に知っていないからである。外部の遺伝子は色々な方法で細胞に組み込まれる。“遺伝子銃”で細胞中に吹き付けられるものもあるし、バクテリアやウィルスを使って目的のセルに運ぶ方法もある[7]。
     この遺伝子操作を行う“技術者”も、新しい遺伝子が目標とする生体の遺伝子コード中のどこにたどり着くのか実際にはコントロール出来ない。“技術者”は本質的には、細胞中に存在するDNAの任意の場所に遺伝子を組み込むことになる。その結果、新たに組み込まれた遺伝子は、時には既存の遺伝子指示情報の途中にたどり着き、これらの指示情報をかく乱することがある。

     例えば、外部遺伝子が植物の果実に毒を出さないよう指示する遺伝子情報の途中に組み込まれたとする。組み込まれた外部遺伝子は既存の遺伝子機能をかく乱し、その結果、その植物が果実に異常な濃度の毒素を出すようになるかも知れない。この現象は“組み込み突然変異”、新しい遺伝子が組み込まれた場所に起因する予測することの出来ない変異、として知られている[8] 。
     遺伝子組み換えはまた、一つの遺伝子が複数の特性に影響を与える現象として知られる“多面発現性”により、食品中に予測不可能な新しい毒素を生成することがある。(REHW #685 日本語訳 参照)

  • 遺伝子組み換え作物は間接的に抗生物質耐性を進め、人間の病気治療を難しくし、時には不可能にする。

     外部遺伝子を目標とする細胞に組み込むのに、どのような方法が採られようとも、“遺伝子技術者”には細胞にうまく組み込めたことを確認する方法が必要である。一つの方法は、目標とする細胞に抗生物質耐性の遺伝子を付加することである。外部遺伝子を組み込んだ後に“遺伝子技術者”は全ての細胞を抗生物質で処理する。そうすると新しい遺伝子が組み込まれた細胞は抗生物質耐性を得ているので、それらだけが生き残る。

     これらの生き残った細胞から新しい植物が作られる。この植物の各細胞は新しく組み込まれた遺伝子を持つとともに、抗生物質耐性の遺伝子をも併せ持つ。食物連鎖の中で、場合によってはこれらの遺伝子が人間や動物の消化器官中のバクテリアの遺伝物質中に取り込まれることがあり得る。
     『応用環境微生物』誌で発表された1999年の研究によれば、人間の口中のバクテリアが食物から抗生物質耐性の遺伝子を取り込む可能性があることを示した[9]。
     疾病を引き起こすバクテリア中の抗生物質耐性はすでに公衆衛生において深刻な脅威となっている。それは医療や農業で抗生物質が過度に使われているので、我々には、生命を脅かす肺炎や結核、サルモネラ菌食中毒などの病気を抗生物質なしに治す能力がなくなっているからである[10](REHW #402参照)。
     食品中に抗生物質耐性の遺伝子が入り込むことで、我々の将来の健康に対する問題が増大する。

 イギリスの医師達の主導的な協会である“イギリス医療協会”は、1999年の報告書で遺伝子組み換え作物に抗生物質耐性の遺伝子を使用することを中止するよう主張した。
 「遺伝子組み換え(GM)食品に抗生物質耐性の遺伝子を指標として使用することを禁止すべきである。それは微生物中で形成される抗生物質耐性が人間の健康に影響を与えるということが、21世紀に直面する公衆衛生上の主要な脅威の一つとなるであろう」と同協会は述べている[11]。

(次回に続く)

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レイチェル・マッシー
Environmental Research Foundation (ERF) のコンサルタント
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[1] Union of Concerned Scientists, "Foods on the Market," available at http://www.ucsusa.org. Choose "biotechnology" in the bar at the bottom of the screen, then click on "Foods on the Market."

[2] Consumers Union, "CONSUMER REPORTS: Genetically Engineered Foods in Your Shopping Cart," Press Release, August 23, 1999. Available at http://www.consumersunion.org/food/gefny999.htm.

[3] For one recent overview, see Environmental Media Services (EMS), REPORTERS' GUIDE: GENETIC ENGINEERING IN AGRICULTURE, Edition 1 (October 2000), available from EMS, Washington, D.C., (202) 463-6670 or at http://www.ems.org. Also see Pesticide Action Network North America (PANNA), "Genetically Engineered Crops and Foods: Online Presentation," available at http://www.panna.org/panna/resources/geTutorial.html.

[4] Clive James, "Global Review of Commercialized Transgenic Crops: 1999" ISAAA BRIEFS No. 12: Preview, produced by International Service for the Acquisition of Agri-Biotech Applications (ISAAA). Available at http://www.isaaa.org/Global%20Review%201999/briefs12cj.htm.

[5] See Michael Hansen, "Potential Environmental and Human Health Problems Associated with Genetically Engineered Food." Presentation delivered at CREA International Seminar on Transgenic Products, Curitiba, Brazil, October 11, 1999. Available from Consumer Policy Institute, Yonkers, N.Y.: 914-378-2455.

[6] National Research Council, GENETICALLY MODIFIED PEST-PROTECTED PLANTS: SCIENCE AND REGULATION (Washington, D.C.: National Academy of Sciences, 2000). ISBN 0309069300.

[7] Union of Concerned Scientists, "Fact Sheet: Genetic Engineering Techniques." Available at http://www.ucsusa.org. Choose "biotechnology" in the bar at the bottom of the screen, then click on "Genetic Engineering Techniques."

[8] See Food and Drug Administration, "Premarket Notice Concerning Bioengineered Foods," FEDERAL REGISTER Vol. 66, No. 12 (January 18, 2001), pg. 4710.

[9] Derry K. Mercer and others, "Fate of Free DNA and Transformation of the Oral Bacterium STREPTOCOCCUS GORDONII DL1 by Plasmid DNA in Human Saliva," APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY Vol. 65, No. 1 (January 1999), pgs. 6-10.

[10] See World Health Organization (WHO), OVERCOMING ANTIMICROBIAL RESISTANCE (Geneva, Switzerland: World Health Organization, 2000). Available at http://www.who.int/infectious-disease-report/2000/.

[11] British Medical Association Board of Science and Education, "The Impact of Genetic Modification on Agriculture, Food and Health -- An Interim Statement," May 1999. Summary statement available at http://www.bma.org.uk/public/science/genmod.htm.



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