レイチェル・ニュース #696
バイオテクの問題−2
2000年5月11日
ピーター・モンターギュ
#696 - Biotech In Trouble--Part 2, May 11, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5081

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年5月20日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_696.html



 先週のREHW #695で、遺伝子操作食品(genetically-engineered-food)産業は衰退して行くであろうということを述べた。昨年の7月、遺伝子操作(GE)食品業界を強力に支援するアメリカの農務長官ダン・グリックマンは、農業バイオテク産業を衰退著しい原子力発電産業になぞらえた[1]。(医療バイオテクは、農業バイオテクが結果を意図的に自然環境に放出するのに対し、放出を意図的に抑制しているので、農業バイオテクとは異なる産業であり、別の話である。)

 ヨーロッパでは遺伝子操作食品への表示義務があり、また、これらの食品を買う人はほとんどいない。ニューヨーク・タイムズ紙が2ヶ月前に報道したように、ヨーロッパでは大衆の遺伝子操作(GE) 食品に反対する気運が非常に盛り上がったので、それらの栽培や販売はほとんど行われなくなった[2]。日本政府もまた、GE食品の表示を求めている。アメリカでも圧倒的多数(80%〜90%以上)の人々が、GE食品の表示を望んでいるが、GE企業はそのような表示は”どくろマーク”を表示するようなものだと考えており、クリントン/ゴア政権も大衆側ではなくバイオテク企業側を支持している。公平にみて、共和党の大統領であったとしても異なったアプローチをとるとは思えない。バイオテク企業はアメリカの選挙で大きな投資を行ってきたので、結果として政府は、彼らの利益を国外のみならず、国内においても代弁してきた。遺伝子操作食品に関しては驚くべきことに、バイオテク企業が政府なのである。

 1980年代の前半に、バイオテク企業は政府の部局内部に彼らに都合の良い人材を育成し、規制を緩やかで寛容なものにさせてきたので、バイオテク企業は新しい遺伝子組み換え食品を国中の食料品店に意のままに送り出すことが出来た。これらの”取締官”が政府の中にいる限り、バイオテク企業は莫大な利益を得ることが出来る。この構造は、まさに”回転ドア症候群”である。

 1986年に作られたアメリカのGE食品に対する法規制は自主規制をベースとするものであった[3,pg.143]。アメリカ農務省(USDA)は遺伝子操作作物を規制し、アメリカ医薬品食品局(FDA)は遺伝子操作作物を原料とする食品を規制する。もし作物そのものが農薬であるような場合にはアメリカ環境保護庁(EPA)が関与する。しかしながら、どの部局も長期的安全性テストは実施していない。ニューヨーク・タイムズ紙は昨年7月に「アメリカ農務省長官グリックマンは、USDA、FDA、EPA のいずれもそのようなテストを行うのに必要な人材と設備を持っているにもかかわらず、どこの部局も遺伝子組み換え食品(genetically modified foods)の安全性についての責任を負っていないということを認めた」と報じている[1] 。またグリックマンは、アメリカではすでに7000万エーカーの畑に遺伝子組み換え作物(genetically modified crops)が植え付けられ、アメリカの食料品店で売られている食品の2/3は遺伝子組み換え作物を原料としたものであると述べた[3,pg.33] 。

 アメリカ科学アカデミー(NAS)は、バイオテク食品に関する最新のレポート(2000年4月)の中で安全性テストの重要性について強調した。NASは安全性に関する問題として下記のことを提起している[pg. 63]。
  • 新しいアレルギー誘発物質(アレルゲン)が食品に入り込むかもしれない。
  • 新しい毒素(トキシン)が食品に入り込むかもしれない。NASによれば、アメリカの農業生態系の生物や人間はバイオテク作物に関わったり、これらを食べたりすることによって、新しい毒素に曝されることが十分予想される[pg. 129] 。
  • 食品中の既存の毒素(トキシン)のレベルが変わったり、作物の食用部分に移動するかもしれない[pg. 72]。
  • 新しいアレルギー誘発物質(アレルゲン)が花粉中に入り込み、環境中に広がるかもしれない。(NASは花粉を通じて広がる新しいアレルギー誘発物質(アレルゲン)の人間の健康に対する関わりについては沈黙したままである。もしバイオテク企業のやり方に任せるならば、我々はこれらについて試行錯誤によって知るしかないが、試行錯誤には重大な欠陥がある。一旦、新しい遺伝子が環境に放出されてしまうと、もはやそれらを回収することはできない。化学物質汚染とは異なり、バイオテク汚染は取り消しが出来ない。)
  • 新しい遺伝子が作物中に組み込まれた時に生成される未知のタンパク質(プロテイン)は、予測の出来ない影響を与えるかもしれない。
  • 作物中の栄養成分が減少するかもしれない[pg.140] 。
 予測できないプロテインやトキシンやアレルゲンの生成により、多面発現性(Pleiotropy)が生じることがあるとNASは述べている[pg. 134]。多面発現性とは、単一の新しい遺伝子を加えることにより、1つの生物体に複数の影響を生み出すことをいう。例えば、寒冷気候に強いトマトを作ることを意図してトマトに新しい遺伝子を組み込んでも、偶然にそして全く予期せぬこととして、そのトマトがある人々に対してアレルギーを引き起こすかもしれない。そのような多面発現性効果を予測することは非常に難しいとNASは述べている[pg. 134] 。NASはこのような遺伝子組み換え食品の”意図せぬ変化”について、USDA、FDA、EPA の全てが、もっと注意を払う必要があると述べている。

 残念ながら、NASが指摘するように、現在のテスト方法では、多面発現性効果による全ての問題点を明らかにすることはできない。例えば、もし新しいプロテインが食物中に生成されても、それがアレルギー反応を起こすかどうかを予測するための信頼性のあるデータは存在しない。アレルギー反応は些細な事柄ではなく、「食物アレルギーには共通性があり、多様な症状が現れる。ある場合は症状が重く、命にかかわるものもある」とNASは述べている[pg. 67] 。

 遺伝子組み換え食品のアレルギー誘発性をテストするための、新しいテスト方法を開発すべきであるとNASは何度も表明している。(例えば、[3.pg. 8] でNASはそのようなテストを”是非実現すべきこと”としている。)NASは特に、アレルギー反応を起こす人間の免疫反応を実際に測定するようなテスト方法を開発するようリ薦めている。今日、市場に出回っている遺伝子組み換え食品については、実際の人間の免疫システムによる計画的な実証試験が行われていない。(そのような食品を食料品店の棚に置くということは、一種の無計画な実証試験であるが、誰もそのデータを収集しない。)

 人間の健康の問題に加えて、NASレポートは、遺伝子組み換え(GM)作物に起因するかもしれない農業と環境の問題について議論している。
  • GM 作物中の新しい化学物質が、害虫を捕食する、あるいは害虫に寄生する生物を殺すかもしれない。これにより、ある害虫に対する自然界の生物的抑制を失うことになりかねない[pg.74]。
  • 作物自身が動物に対して毒性を持つようになるかもしれない[pg.75] 。
  • GM 作物の落ち葉が土壌中の微生物の組成を変えるかもしれない。これにより植物の養分吸収や、土壌中の微生物に対する毒性について、変化をもたらすかもしれない[pg. 75] 。
  • 遺伝子操作を受けた作物の遺伝子が抜け出して、野生の”種”の遺伝子に入り込むかもしれない。これは遺伝子フローと呼ばれ、「GM 種子が商業ベースで広く出回り栽培された時に、GM 作物の遺伝子全体の封じ込めが可能であるとは見なされていない[pg. 92] 。言い換えれば、遺伝子フローは現実に起きている、すなわち、野生の植物は遺伝子操作を受けた作物から遺伝子を受けているということである。バイオテク企業は、そのことの意味と結末について考えることなく自然界に手を加えている。
  • 作物が、それ自身が農薬になるよう遺伝子操作を受けると(例えば、BTを含むトウモロコシ、ジャガイモ、その他の穀物は、現在アメリカでは、数千万エーカーも作付けされている)、元々ターゲットとしていなかった生体にも影響を与えることがある。言い換えれば、農薬作物は、殺そうと意図していた特定の害虫以外の生物にも影響を与えるかもしれない。「ターゲットとしていなかった影響というものは、よく分からず、予測することも難しい」とNASは述べている[pg.136]。
 要約すれば、農業バイオテクは稲妻のようなスピードで先を争って採用されたが(GE作物の作付け面積は、1994年にはゼロであったものが、1999年には7000万エーカーにも達している)、長期間テストは行われておらず、また結果についての理解も十分なされないままに普及した。NASはこれらについて、”不確実性”と言う言葉で引用しているが、NASは、関連部局が”不確実性”を理由に、最小のデータしかなくても、物事を決定しているということを認めている[pg. 139] 。

 アメリカの食料品店の2/3の食品は遺伝子操作を受けた作物を原料としている。それらが政府の認可を受けたとしても、それは自主的なものであるし、NASによれば、政府は”しばしば”最小のデータしかなくても新しいGE作物や食品を認可してきた。これらの新しい食品に関して最も重要なことは、現状ではテストをする方法がないために、テストについては無視されてきたということである。

 まとめると、バイオテク産業と政府内の仲間は、計器だけを頼りのブラインド飛行をしているようなもので、我々はそのヨタヨタ飛行機に乗っている何も分からない乗客ということになる。クリントン/ゴア政権とバイオテク企業は、どの食品が遺伝子操作をしたものであるかを人々が知ることを望んでいないが、それは驚くにあたらない。どのバイオテク企業も、今日売られているバイオテク食品は味が良く、栄養価も高いなどと主張していない。それらをぶっきらぼうに市場に出すだけなので、消費者はとても正気では、これらを食べたり、子ども達に与えたりすることは出来ない。

 アメリカでは数千の新しい遺伝子組み換え食品が表示なしに導入されているので、NASが言うように深刻な問題が発生するとすれば、バイオテク産業の”責任に関する保険(liability insurance)”はどうなっているのであろうかと人が不思議に思うのはごく自然なことである。バイオテク産業のウェブ・サイト(www.whybiotech.com)で、”責任に関する保険”について議論がなされているのを見たことがないので、これは恐らくバイオテク業界で最も深刻な問題の1つなのであろうと思われる。

 最近スイスの会社であるスイス・レーがGE食品に関する報告書を出した[4] 。スイス・レーは、保険会社が壊滅的な損害を受けることを回避するために保険をかける再保険会社である。スイス・レーによれば「遺伝子操作には特に長期間にわたり曝されるリスクがあり、遺伝子操作による損害は未だかってほとんど経験したことがないので、その結果を予測することは非常に難しい」と述べている。

 スイス・レーは次のように自問自答している。
  • 問い:遺伝子操作のリスクに関する保険はどのようにすればよいか。
  • 答え:現状ではこの問いに対し、直接的な回答を出すことは出来ない。全ては、バイオテク業界、保険業界そして社会が、3者の対話に基づいた”損害に関する適切なシナリオ”について、合意に達することができるかどうかにかかっている。これにより、遺伝子操作によるリスクはもっと予測の出来るものとなり、また通常の保険に比べてもっと興味深いものにすることができる。保険業界の立場から言えば、そこに到達するためには、まだまだ時間がかかる。
 予想出来ないリスクを一方的に受け入れると、保険市場への参加者が大きな損害を被る危険を冒すことになるうえ、そのことを抑制することもできなくなる。
 そうならないようにするために、スイス・レーの報告書は、農業バイオテクの拡大に反対する市民のために要点を記している。
  1. 汚染者が支払うべきであるという原則の下に、バイオテク企業は彼らが引き起こしたどのような損害に対しても、それが彼らの過失であるという証明がなくても、きちんと責任を持たなくてはならない。
  2. 農業バイオテク企業が自己に保険をかけることは許されない。アスベスト産業の例が示す様に、自己保険のために倒産し、数十万件の負債に対する支払いが行えないというような事態になる恐れがある。
  3. 訴訟においては遺伝子フロー、花粉ドリフト、アレルギー性に対する不適切なテスト、穀物栽培がうまく行かない等に起因する損害についても追及する必要がある。保険業界は企業や政府部局に対する訴訟に注目する必要がある。
  4. バイオテク企業の株主は、取締役会や証券取引委員会(SEC)に対して、予測できないリスクについて公表されていないことがあるのではないかという懸念を表明すべきである。また保険会社の株主は、農業バイオテク企業の保険については、重大な損害を被ったり、リスクに曝されることを抑制することが出来なくなる可能性があることに関する懸念を表明すべきである。
ピーター・モンターギュ
===== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) =====

[1] Marian Burros, "U.S. Plans Long-Term Studies on Safety of Genetically Altered Foods," NEW YORK TIMES July 14, 1999, pg. A18.

[2] Carey Goldberg, "1,500 March in Boston to Protest Biotech Food," NEW YORK TIMES March 27, 2000, pg. A14.

[3] National Research Council, GENETICALLY MODIFIED PEST-PROTECTED PLANTS: SCIENCE AND REGULATION (Washington, D.C.: National Academy Press, 2000). ISBN 0309069300. Pre-publication copy available at http://www.nap.edu/html/gmpp/

[4] Swiss Re, GENETIC ENGINEERING AND LIABILITY INSURANCE; THE POWER OF PUBLIC PERCEPTION (UNDATED). Available from http://www.swissre.com/e/publications/publications/flyers1/genetic.html



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