レイチェル・ニュース #685
2000年2月3日
作物畑での問題
(遺伝子組み換え農産物)

ピーター・モンターギュ
#685 - Trouble in the Garden, February 3, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5006

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年3月2日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_685.html



 1999年に、ウォール街の投資家達は農業バイオテクノロジーへの信頼をなくした[1,2,3] 。
 農業バイオテクが全くだめになったというわけではないが、1999年に投資家達は、産業界が驚愕のあまりひっくり返るほど農業バイオテク関連の株価を下げた。
 2000年1月7日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、「世界中に広がった遺伝子組み換え食品に関する論争と農業バイオテク関連株による損害のために、農業バイオテク関連企業は、長期的に見ても、もはやうまみのある投資先ではなくなった」[2]。

 最も打撃を受けたのは、医薬品と農産物のバイオテクノロジーの将来に賭けて、”生命科学”企業に変身しようと、5年の歳月と巨額の投資を費やしたセントルイスの化学会社の巨人、モンサントである。

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙は1999年12月21日付けで次のように報じている。
「巨額の投資を行い、医薬品と食品の双方の分野での有効な技術をベースとしたモンサントの総合”生命科学”企業構想は暗礁に乗り上げた。構想の一方の柱である農産物バイオテクノロジーが論争の的となったので、モンサントは今後はバイオテクの推進を差し控えるだけでなく、分散独立路線をとることを余儀なくされた。それに対する投資家達の反応は厳しいものであった[3] 。

 モンサントは1999年後期にファルマシア・アップジョーンと合併することに合意したが、合併した新会社はセントルイスではなくニュージャージー州ピーパックにあるファルマシア本社で運営されることになった。モンサントの農業バイオテク関連事業は分離した子会社に移管し、持ち株の19.9%は売却されることになった。

 農業バイオテクにおける他のリーダー2社、スイスの医薬品会社の巨人、ノバティス社、及びアングロ・スイス系の医薬品会社、アストロ・ゼネカ社は、両社の農業バイオテク部門を統合して売却し、”農産物バイオテクから手を洗う”ということを1999年に発表したとウォール・ストリート・ジャーナル紙は報じている[3] 。

 このように1999年末までに、農業バイオテク関連企業は世界中で厳しいビジネス環境にあるということを認識した。
その理由を挙げると下記のようになる。

**FDAの担当部局が遺伝子組み換え食品は従来の農産物と”本質的に同等である”と宣言したけれども、FDAの科学者達はその安全性について深刻な疑義を表明していた。このたび、アメリカ食品医薬品局(FDA)に対する訴訟が起こされ、これらを記録した政府の文書が公開されることになった[4] 。
 これらの文書により、遺伝子組み換え食品を早期に、かつ大規模に導入するという政治目的のために、アメリカの法規制において科学が妥協したということが明白となった。

**保険業界は、遺伝子組み換えにより引き起こされる損害への補償についての方針を明確にすることを一貫して拒否してきた。ミネアポリス市の農業・貿易政策研究所(IATP)の研究部長、スティーブン・スパンは昨年6月に次のように述べている。
 「その技術のリスクが未確認であるために、その技術によって開発された製品に保険がかけられないというような技術の商業化に当っては、どのような法規制によって対処すべきかを問うことは価値がある。
 その問いに対してすぐに思い浮かぶことは、国に責任があることを拒否するということは、アメリカの農業関連企業もアメリカ政府も、自分たちが認定した製品の安全性や製品の信頼性を検証するプロセスについて、世の中に公表しているほどには自信がないということを示唆している」[5]。

**遺伝子組み換え農産物は農場経営者に対して新たな環境問題を作り出し、すでに経済的に厳しいアメリカの農場経営を、さらに苦しいものにし始めていることを示す研究論文が増えている[6]。

**ヨーロッパや他の海外の諸国は、遺伝子組み換え食品の安全性は十分に証明されておらず、そのような食品の輸入を禁じるか、あるいはそのことを表示すべきであると主張し続けている。FDAの科学者達によって提起された疑念と増大する経済・環境問題により、遺伝子組み換えによる種子、農産物、食品に対するヨーロッパ人の抵抗はますます大きくなっている。

**遺伝子組み換え食品を推進している世の中一般の論拠、すなわち、そのような食品が世界を養うという論拠は経済原則によってではなく、願望思考に基づくものであるということが1999年になって明らかになった。アメリカの遺伝子組み換え農産物は、”世界を養う”ためにはあまりにも高過ぎるということは明白である[6] 。

**遺伝子組み換え食品の表示を拒否する根拠は、1999年にバイオテク関連企業がある特徴を備えた新しい農産物、例えばビタミンA が増強された米、を発表し始めたことにより、明白になった。

 長年、バイオテク関連企業、アメリカ農務省(USDA)、アメリカ環境保護庁(EPA)及びFDAは、遺伝子組み換え食品の表示を行うことは不可能であると主張してきたが、それは、そのためには食品会社は組み換え原料を通常の原料から分離しなければならず、それは簡単にはできない、というのがその理由だった。全ての農産物は穀物搬送用エレベータの中で混合されてしまうのだから、分離など不可能だと述べていた。

 この馬鹿げた、不誠実な主張は1999年に姿を消してしまった。バイオテク企業が遺伝子組み換え技術により、ある特徴を付けた食品を発表するやいなや、表示問題は嘘のように消えてしまったのである。表示は突然、易しいということになった。なぜなら特徴を付けた食品にそのことが明確に表示されていなければ、消費者は高い金を出してそれを買うはずがないからである。

 世論調査によれば、80%以上のアメリカの消費者は遺伝子組み換え食品の表示を望んでいる。表示は実現可能であるということが確認された現在、バイオテク企業、SDA、 EPA そして FDA は世論の意向に従い、”全ての”遺伝子組み換え食品の表示を行おうとしているのであろうか? とんでもない。
 政府と業界は、表示は必要ないと主張している。その理由は、遺伝子組み換え食品が通常の食品と”本質的に同等”であるからだという。それどころか、彼らは表示をすると、あたかもバイオテク食品が通常の食品と異なるものであるかのような”誤解”を与えるというのである。

 バイオテクに関するアメリカの法規制は、遺伝子組み換え農産物と従来の農産物との間には”物質的な相違”はないという前提に基づいている。この主張は、この法規制が発行される前に、FDAの科学者達によって徹底的に否定されたものであった。

 FDAは1989年〜1992年の間に、人間と家畜用の遺伝子組み換え食品に関する法規制について検討した。これは当時のブッシュ大統領とケリー副大統領が産業界のために”規制緩和”を提唱した時期である。
 1992年にケリー副大統領によって発表されたFDAの規則によれば、モンサントやデュポンのようなバイオテク企業は、その食品が”一般的に安全であることの認定 generally recognized as safe (GRAS)"は各社が決定してよいことになっている。

 つまり、ある会社が、新しい遺伝子組み換えによるトウモロコシや大豆やジャガイモや小麦が”一般的に安全であると認定”すれば、その製品が市場に出される前の安全検査は必要ないということになる。FDAは、これらの規則は、他の規則と同様に科学的な根拠に基づくものだと言っている。

 しかしながら1999年に、アイオワ州フェアフィールドのバイオ−インテグリティ同盟(Alliance for Bio-Integrity)によって起こされた訴訟により、FDAは44,000ページに及ぶ内部資料を初めて公開することを余儀なくされた[4]。FDAが提唱したバイオテク食品の”本質的に同等”思想に対して、FDAの科学者達がコメントした一連の書類はこの資料の中にあったのである。

 論争のポイントは、植物に新しい特徴を期待して、その植物に新しい遺伝子を組み込んだ時に”多面性発現効果”が起こるかどうかということである。
 多面性発現効果とは植物に遺伝子を組み込んだ結果、2つ以上の変化がその植物に現れることをいう。例えば、干ばつに強い植物にするという遺伝子が、その植物を小型に生育させるという作用も併せ持つ場合、小型にするということは、予測されていなかった”多面性発現”効果である。

 FDAの法規制は、従来のトウモロコシやジャガイモや小麦や大豆などに新しい遺伝子を組み込んでも、多面性発現効果は起こらないという前提に立っている。従って、FDAは遺伝子組み換え農産物は従来の農産物と”本質的に同等”だと言うわけである。

 その内部資料によって、FDAの科学担当スタッフ達は新しい遺伝子が農産物に組み込まれると多面性発現効果が起こると信じていることが明白になった。

〔以下の引用分の中で【 】で囲まれる部分は、意味を明確にするために筆者が付け加えたものである。通常の( )で囲まれた部分は原文ままである。ピーター・モンターギュ注〕

 1992年初頭にFDAが提案したバイオテクに関する規制についてのコメントとして、FDAの微生物学者、ルイス・プリビルは1992年3月6日に、次のように記している。

 「これを読んで、非常に産業界寄りのものであると感じた。特に、不測の効果に関する部分に・・・。これは産業界のお気に入りのアイデア、すなわち、FDAが懸念しなくてはならないような不測の効果は起こらないというものである。しかし、再三再四、言っているように、彼らの主張を裏付けるデータは何もないが、一方、自然界で起きている多面性発現効果の多くの事例は、文献で紹介されている。(従来の交配技術ではなく)、現在の【遺伝子組み換え】技術をもって行うように、自然界で植物の遺伝子構成(ゲノム)への遺伝子組み込みが起こると、多くの多面性発現効果が生じるということは明らかである」とプリビル博士は述べている。

   さらに「限られた試験環境の中で行われたために、育種家【モンサントやデュポンや他のバイオテク企業を意味する】は、これらの影響の多くについて、気がついていない。もっと多くの実験植物をもっと広い生育環境に配置して、その結果を見るまでは、FDAが言っているような、多面性発現効果の疑いはないなどということは、言えない」とプリビル博士は述べている。

 同じ主題について、FDAの食品化学技術部門の化学汚染物質担当部が記した1991年11月1日付けメモによれば、「多面性発現効果は、遺伝子組み換えを行った植物について30%までの頻度で生じる。これらの効果の多くのものは、その後に、交配と選択の手法により管理することができる。
 それにも関わらず、自然に発生していた有毒物質の増大、以前には見られなかった有毒物質の発生、環境からの有毒物質蓄積の可能性の拡大(例えば農薬や重金属)、養分の摂取に関する思わぬ変異などの望ましくない影響は、遺伝子組み換えの行われた植物について、これらの変化を一つづつ検証しなければ、育種家は見過ごしてしまうであろう。そのような検証は個別に実施されるべきである。すなわち、その製品が市場に出される前に、全ての変化は検証されなければならない。」と述べている。

 科学者達の懸念にもかかわらず、FDAは、多面性発現効果は起こらないという前提のもとに、バイオテク食品に関する規制を発行した。従って安全性検査は要求されない。全てのバイオテク食品は安全であるということになった。

 このように、法規制に対する科学的裏付けが妥協の産物であるということが明るみに出れば、バイオテク食品についての信頼性など瞬く間に地に落ちるような状況なのである。

次週に続く

ピーター・モンターギュ
===== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) =====

[1] I am indebted to Steven Suppan, research director at the Institute for Agriculture and Trade Policy(IATP) in Minneapolis, who provided me with several brief, thoughtful summaries of the state of agricultural biotechnology. Contact: ssuppan@iatp.org. Telephone (612) 870-3413.

[2] Christina Cheddar, "Tales of the Tape: Seed Co. May Yet Reap What They Sow," WALL STREET JOURNAL January 7, 2000, pg. unknown.

[3] Scott Kilman and Thomas M. Burton, "Biotech Backlash is Battering Plan Shapiro Thought Was Enlightened," WALL STREET JOURNAL December 21, 1999, pg.A1.

[4] The FDA documents are available at http://www.bio-integrity.org/list.html. And see Marian Burros, "Documents Show Officials Disagreed on Altered Foods," NEW YORK TIMES December 1, 1999, pg. A15.

[5] Steven Suppan, unpublished paper, "National Summit on the Hazards of Genetically Engineered Foods, June 17, 1999, Capitol Hilton Hotel, Washington, D.C. 2 pgs.

[6] Some of this literature is summarized in Charles M. Benbrook, "World Food System Challenges and Opportunities: GMOs, Biodiversity, and Lessons From America's Heartland," unpublished paper presented January 27, 1999, at University of Illinois. Available in PDF format at http://www.pmac.net/IWFS.pdf.

Descriptor terms:
biotechnology; monsanto; dupont; novartis; pharmacia; astrozeneca; agriculture; hunger; fda; regulation; labeling; alliance for biointegrity; pleiotropy;



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