わかりやすい予防原則 (ファクト・シート)
我々の健康と環境を守る共通の考え方

情報源: Environmental Health Alliance
The Precautionary Principle
A Common Sense Way to Protect Our Health & Environment


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2004年1月24日


予防原則とは何か?

 1998年予防原則に関するウィングスプレッド宣言では、この原則を次のように述べている:
 ”ある行為が環境又は人間の健康を脅かす恐れがある場合には、原因と結果に関するいくつかの関係が科学的に完全には確立されていなくても、予防的措置がとられなくてはならない” (訳注:ウィングスプレッド宣言

 予防原則に関するほとんどの声明が、同様な表現をしている。
 人間の健康と環境が危うい時には予防措置をとるために科学的確実性を待つ必要はない。

”予防(precaution)”には何か特別の意味があるのか?

 予防は多くの格言を背景とする共通の概念である。
 ”注意せよ”、”後悔するより安全”、”驚く前によく見よ”、”傷つけないことが第一”。

 ”予防原則”は、ドイツ語の Vorsorgeprinzip の訳である。Vorsorge は字句どおり ”forecaring 事前の注意” である。それは予見と準備の概念に由来し、単なる警戒 (caution) ではない。

 この原則は人間の健康と環境に適用される。予防原則を支える倫理的前提は、我々自身を含む全ての生物が依存する地球の生態系を保護し、維持し、回復することに対して人間は責任があるということである。

なぜ我々は、科学が何が有害であるか又は何が害を引き起こしているかを示す前に、措置をとるべきなのか?

 時には、確実性を待っていると手遅れとなることがある。ある行為、技術あるいは物質が有害であるかもしれないと信ずるに足る然るべき証拠がある場合には、我々はその有害性を防ぐために措置をとらなくてはならない。もし、常に科学的確実性を待っていたら人々は害を被り死に至り、自然界は取り返しのつかないダメージを受けるかもしれない。
 例えば、喫煙は、その因果関係が決定的に立証される以前から肺がんを引き起こすことが強く疑われていた。それまでに多くの喫煙者が肺がんで死んでいた。しかし多くの他の人々は、喫煙が肺がんと関係があることを示す証拠が増大するのを見て、すでに喫煙を止めていた。これらの人々は、科学的不確実性が若干あったにもかかわらず、賢くも予防措置を講じていた。

我々はどのように予防原則を実施するのか?

 予防原則は不確実性がある場合に賢明な意思決定をするための指針として使われる時に最も強力な武器となる。人間と環境に対する害を防ぎ、行為の結果についてよりよく知り、そして適切に行動することに寄与するのが予防的措置である。

 これらの実施に最も関連すること:
  • 代替案、特に廃棄物と有毒物質をなくす”クリーン”技術を探すこと
  • 立証責任は被害者や潜在的な被害者ではなく、行為の提案者に移行すること
  • 健康と環境を守る目標を設定しそれに向けて働きかけること
  • 健康と環境に影響を与える政策決定には民主主義と透明性があること
なぜ予防原則が今、必要なのか?

 長年にわたって不注意で有害な行為の影響が積み重なっている。人間及び自然界の能力はこれらの有害性を吸収するのに限界がある。すでに多くの警告の兆候がある。
  • アメリカでは慢性疾患及びその症状で1億人以上−人口の3分の1以上の男性、女性、そして子どもたちが影響を受けている。がん、ぜん息、アルツハイマー病、自閉症、先天性欠損障害、発達障害、糖尿病、子宮内膜症、不妊症、多発性硬化症、そしてパーキンソン病などが共通して増えている。
  • 実験動物、野生生物、そして人間に関し、多くの報告書が、環境汚染の程度と悪性腫瘍、先天性欠損障害、生殖障害、行動障害、免疫系機能障害などとの関連性を示している。生物学的システムの発達と機能についての科学者たちの理解が深まるにつれ、その結論は同じようなものになる。
  • その他の警告の兆候は、植物と動物の種の滅亡、生態系の破壊、成層圏オゾンの減少、そして地球温暖化である。
 内分泌かく乱、気候変動、がん、そして種の減少などの深刻で明らかな影響は一つの原因だけに関係するものではない。原因と結果が複合的である、潜在期間が長い、曝露のタイミングが微妙である、曝露していない”コントロール群”としての人々が存在しない(全ての人が曝露している)、あるいは、要因の特定ができない、というような場合には、科学的確実性を得ることは不可能かもしれない。

多くの環境規制が存在する。すでに予防措置はとられているのではないか?

 原則という言葉は使われていなくても、予防(Precaution)はアメリカの環境と食品・医薬品のいくつかの立法においては基礎をなしている。これらの法律は、予見、予防、そして注意の概念を導入しており、その多くが規制当局者に対し、有害性が証明されていなくても可能な予防措置をとる権限を与えている。例えば、
  • 予防措置として、食品医薬品局(FDA)は、全ての新しい医薬品は市場に出される前にテストされることを要求している
  • 1996年の食品品質保護法は、農薬は子どもに対し安全であることを証明するか、あるいは除去することを求めている。いくつかの農薬は廃止された。
  • 国家環境基本法(NEPA)は2つの点で予防的である。
    1) 連邦政府の資金で実施される全てのプロジェクトについて環境影響評価を行い、その実施結果を予見し注意を払うことを強調している。
    2) 代替案の検討が義務付けられている。国家環境基本法(NEPA)は予防的措置に関する国の最良の事例の一つである。
 その他の法律も予防を意図している。野生保護法ではある地域を聖域として保護している。職業安全衛生法は雇用者に対し、安全な作業環境と職場を提供することを義務付けている。滅亡危機種法は生態系を保護する目標を設定している。水質法は国の水の化学的、物理的、生物学的な安全性を回復し維持するための厳しい目標を設定している。
 しかし残念ながら、予防措置はアメリカの環境政策における一般規則ではなく例外事項であった。そして、予防的意図をもった法律さえ、抜け道が作られ、効力がなくされ、弱体化されている。

なぜこれらの法は人々と環境を守ることができなかったのか?

 多くの規制は、有毒物質の使用と製造を防ぐことよりも、汚染を浄化し環境に排出される量を規制することを目標としている。これらの法律は、人間と生態系はある量の汚染を有害性をともなわずに吸収することができるという前提に立っている。しかし、現在我々は、どのレベルの汚染なら、たとえあっても安全であるかについてを知ることが、いかに難しいかが分かっている。しかし、ほとんどの自然保護と有毒物質管理の政策における最大の弱点は、科学は予防的措置がとられる前に有害性を決定的に証明をすることができるし、またしなくてはならないという期待を前提としていることである。この前提は、それらが有害な影響を与えるものであっても、製品、技術、そして開発プロジェクトの便益を勘案することで、規制に抜け穴を作り出す。

予防原則はどのようにして経済を停滞させることなく全てを変えるのか?

 予防的政策は、よりよく、より安全で、最終的にはより安価な代替案を探すこと、そしてよりクリーンな製品と技術を開発することを奨励する。人々が危険性の増大とより安全な代替案について知るようになるにつれ、これらのやり方は望ましい倫理をもたらすだけでなく、スマートなビジネスをもたらす。21世紀の市場では安全な製品と持続可能な技術への要求が増大するであろう。
 ドイツやスウェーデンなど予防原則を取り入れている国々では現在、環境的に健全な技術を輸出している。予防原則を取り入れていない国々は時代遅れで汚染した設備と技術をもってリスクを残したままとなる。
 公衆が技術開発に発言権を持てば、社会と将来の世代はもっと多くの便益を受け、被害と資源の枯渇にかかるコストへの支払いを減らすことができる。

予防原則はどのように使われるのか?

 予防原則は環境法と規制の再構築のベースとしなければならない。また、産業、科学、消費者の選択、教育、都市計画、及び法の実施などに適用することができる。特に予防原則に基づいた政策実施例を以下に挙げる。
  • サンフランシスコ市は環境コードで予防原則をその第一章に挙げている。手始めに同市はこの原則を市の調達先決定に適用している。 (訳注:サンフランシスコ環境コード 第1章 予防原則方針声明
  • 欧州連合(EU)は、予防原則に基づく包括的な政策を形成しつつあり、それにより全ての化学物質は健康と環境に対する影響をテストすることを求めることになるであろう。製品が安全であることの立証責任は化学物質製造者側に置いている。さらに政府当局に問題ある化学物質を規制する権限を与えている。(訳注:REACH (EU 新化学物質政策)
  • 最近の2つの国際条約、バイオセイフティに関するカルタヘナ議定書、及び残留性有機汚染物質に関するスットクホルム条約(POPs条約)は遺伝子組み換え生物とある有毒物質の規制に関して予防原則を引用している。
  • ロサンゼルス統合学区は学校における農薬の使用を制限するために予防原則を採用した。(訳注:最も害の少ない方法を選ぶ−ロサンゼルス学区の害虫対策方針−レイチェル・ニュース#684
    多くの北米諸都市が同様な条例を持っている。
  • ニューヨーク州では州が資金を出す新たな技術開発には予防原則を適用することを立法化した。マサチューセッツ州ではある種の化学物質の廃止規制法に予防原則を導入することを検討中である。
  • ベリゾン無線社(Verizon Wireless)は2001年7月にアメリカの携帯電話使用者に対し携帯電話から発せられる電波によって子どもが潜在的に危険に曝されることを述べた文書を送付した。

科学と環境健康ネットワーク(SEHN)によるファクト・シート
BE SAFE キャンペーンと予防原則綱領は
健康環境正義センター (Center for Health, Environment & Justice)
P.O. Box 6806, Falls Church, VA 22040, 703-237-2249
によって推進されています。予防原則綱領に署名をお願いします。
ウェブサイトhttp://swww.besafenet.com
当研究会による BE SAFE キャンペーンの紹介



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