レイチェル・ニュース #684
2000年1月27日
最も害の少ない方法を選ぶ
−ロサンゼルス学区の害虫対策方針−

ピーター・モンターギュ
#684 - Preferring the Least Harmful Way, January 27, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5005

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年2月29日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_684.html



 ロサンゼルス市はアメリカでは最大の公立学校制度を運用している。1999年3月23日、ロサンゼルスの統一学区当局は学校での農薬使用に関する画期的な方針を打ち出した。以下にその方針の一部を紹介する。
  • ロサンゼルスの統一学区当局(以後、学区当局)は統合害虫管理、Integrated Pest Management(IPM)を実施することをその方針とする。

  • 農薬は、人間や環境、特に子ども達に対して危険である。農薬が、がん、神経異常、先天的異常、遺伝的変異、生殖異常、免疫機能不全、内分泌かく乱、急性中毒、等、人間の健康に有害な結果をもたらすことはよく知られている。
     害虫対策は、生徒と職員の健康を守り、学習環境を維持し、また校舎や校庭の保全を考慮して行われなくてはならない。単に美的観点からという理由だけでは農薬を害虫対策のために使用しない。生徒と職員の健康及び環境が何にもまして重要なことだからである。

  • さらに、人や環境や資産を守るために害虫問題に対応する場合、学区当局は最も安全で最も危険の少ない方法を採用する。学区当局のIPM方針は長期的観点からの予防に重点を置き、適切な害虫対策の方法を選ぶ場合には、化学的手法ではないことを第一に考慮する。学区当局は最終的には化学的手法を用いないよう努力する。

  • 予防原則は学区当局の長期的目標である。この原則によれば:
    • 人間の健康を脅かさないような農薬などは存在せず、また
    • 製造者は、人間の健康に有害であることを証明するよう政府や社会に求めるのではなく、自分たちの製品には指摘されているような危険性はないということを実証すべきである。

  • 現時点では全てを予防原則に基づいて実施することは不可能であるし、10年経っても難しいかもしれない。しかしながら学区当局は、科学的なデータにより予防原則が適用できることが立証できたならば、速やかにこれを実施することとする。
 我々にとって、この方針の中で最も重要であると思われることは、ロサンゼルス学区当局が害虫対策に当たって、最も危険の少ない方法を選択するということを明言していることである。害虫対策として適用可能な技術が2つあれば、害の少ない方を選択する。これは単純であるが、人間の健康と環境を危うくする技術について決定するうえで、有力な手法である。

 カリフォルニアで農薬被害を減らすよう活動している130以上の組織の連合体である”農薬改革のためのカリフォルニア人 Californians for Pesticide Reform(CPR)”に我々は敬意を表する。
 CPRに関する情報は
49 Powell Street, Suite 530, San Francisco, CA 94102
TEL (415) 981-3939又はE-mail: pests@igc.org にコンタクトするか、ウェブサイト http://www.pesticidereform.org/ にアクセスすれば得ることが出来る。

 例えば、1999年1月の彼らのレポート、FIELDS OF POISON は、農薬による農場労働者の中毒に関するカリフォルニア州保険衛生当局のお粗末な失態を報じている。CPRは”北米農薬監視行動ネットワーク(PANNA)”、”アメリカ農場労働者連合”、AFL-CIO、及び”カリフォルニア地方法律援助財団”と共に行った調査について、報告書を出版した。英語とスペイン語の報告書を
ウェブサイト http://www.panna.org/panna/resources/documents/fieldsAvail.dv.htmlで見ることができる。

訂正:狂牛病

 先週のレポート(REHW #683) で、モンタナ州保健衛生当局が狂牛病に罹っている疑いで屠殺された80頭のヘラジカの死体を埋め立て地に埋めたと報告したが、これは間違いであった。
 事実は、埋め立て地に埋めるという計画が実施される前に、地元での反対が広がったため、1月の初旬に可搬式焼却炉がノースダコタから持ち込まれ、80頭のヘラジカの死体は焼却された。かかったコストは5万ドルであり、政府の予算である緊急環境基金の中から賄われたとのことである。灰はヘラジカが育った農場に埋められた。

   これらのヘラジカは、ヘラジカや鹿が罹る狂牛病の一種である慢性消耗病(CWD)に罹っている疑いで、州当局によって屠殺された。生きているヘラジカについてCWDの検査は行われていない。しかし、昨秋、80頭のヘラジカの中の1頭に、この病気の兆候を見出していたモンタナ州当局は、予防原則に則った処置を行った。引き続く検査の結果、80頭の中の3頭にCWDの兆候があることがわかった。従って、このヘラジカの群の1頭でも囲いを破って逃げ出していたら、野生のヘラジカの間にCWDが広がる危険性があったわけである。これらはモンタナ州のヘラジカの中で、初めて確認されたCWDの症例である[1] 。CWDは、コロラド州やワイオミング州の野生の鹿やヘラジカの中に見つかっているが、モンタナ州の野生のヘラジカの中では見つかっていない。

 モンタナ州の司法長官、ジョー・マズレックは、モンタナ州の2つの地場産業である家畜の飼育と狩猟を守るために、予防措置としてモンタナ州における猟獣農場の新設の許可は当分しないよう、また、他の州からのヘラジカと鹿の移入を禁じるよう、要求した[2] 。

 伝えられるところによれば、マサチューセッツ州は、ヘラジカを囲って飼うとCWDに罹りやすくなり、囲いを破って逃げ出すと、野生の間にCWDが広がる恐れがあるので、ヘラジカの飼育を禁止した。これなども予防原則の実施の表れである。我々が知る限り、それ以外の州でヘラジカの飼育を禁じたところはない。

 アメリカ食品医薬品局(FDA)とカナダの保健衛生当局は昨年8月に、1980年1月1日から1996年12月31日までの間に、通算6ヶ月以上イギリスに滞在していた人達は、その期間に狂牛病に感染している可能性があり、この病気は血液を介して伝染する可能性があるので、これらの人達からの献血は断るよう、各血液センターに指示をした[3] 。人間の狂牛病が輸血により感染するという証拠はまだないので、これもまた、予防原則に基づく処置であった。アメリカ獣医協会の機関誌は「現状の研究では人間の狂牛病が輸血により感染するという可能性を否定することはできない」と報告している。

 最近の SCIENCE 誌は、野生動物から人間への伝染病の感染は過去20年間で世界的な広がりを見せており、これは近年の経済のグローバリゼーションによるものだと論じている。

 エイズを起こすウィルス、HIV-1は、チンパンジーにその源を発すると現在では信じられている[5,6] 。チンパンジーの肉はアフリカの一部の地域では珍味とされており、そのために野生のチンパンジーの個体数が激減して、絶滅することが現実の問題となっている[6]。チンパンジーは殺され、その肉は、世界中の富める国に木材を輸出するために森林を切り倒している伐採キャンプの夕食のテーブルに供されている。
 HIV-1ウィルスがいつ、チンパンジーから人間に感染したのかはわからないが、エイズが人間に発症したことが初めて報告されたのは1983年のことであった。その後、世界中で3500万の人々がHIV-1ウィルスに感染している[6]。  鶏にその源を発するインフルエンザ・ウィルスにより1997年に香港では少なくとも4人が死亡した[7]。この鳥類のインフルエンザ・ウィルスが人間に感染した後、幸いなことに、人間同士での感染はあまり起こらなかった。豚やある種の霊長類もまた、人間に感染し死亡させるインフルエンザ・ウィルスを持っている。

 アメリカ北東部で発生したライム病(関節炎)は、鹿の生息環境が変化して鹿ダニが人間に感染したことが原因であるとされている。

 地球の温暖化により、マラリヤやデング熱を媒介する蚊の生息域が中南米及びアジアで拡大した。1990年代の初頭にはデング熱(その痛みのために、”骨をも砕く熱病”として知られている)はメキシコとの国境に近いテキサス州にも発現した[4] 。

 野生動物から人間への伝染病の感染は、食料や繊維、動物、木材等の国際間の取引によって、著しく増大している。このことによる出費は、我々の経済を”グローバル化”する時に勘定に入れていなかった巨額の出費の一部である。
 埋め立て地からの滲出液や表面流去水など生物的に汚染された廃水や船のバラスト水なども同じく、野生動物から人間への伝染病の感染の原因となっている。

 グローバル化した経済活動のために、世界中の多くの場所で従来その地に無かった種が驚くべき速さで広まった。外来種はその地で、たちまち進化して新しい種となった。例えば、過去にハワイ諸島では新種の昆虫の発生は50,000年に1種程度であったが、最近の数十年間は15〜20年に1種の割合で発生している[8] 。

 スタンフォード大学の生物学者ピーター・ビトセックは種を亡ぼす原因として、外来種の移入が、生息環境の消失に次ぐ2番目のものであると推定している[8] 。
 ビトセックと彼の同僚達は地球規模での”種のシャッフル”は地球の温暖化と同じくらい重大な問題であるが、人々のライフスタイルを変える必要や、石油富豪の激怒をかったりすることがないので、地球の温暖化に比べれば、このことはより容易にコントロールすることができると考えている。

   ビトセックは、人間の思慮深い行動により、外来種によるダメージを最小限に押さえることができると論じている。例えば、新種の植物や動物が現れた時には政府は警告を発することができるし、市民はその侵入種を探し出し、排除することができる。我々はこのような現代の問題に直面しても無力ではないが、その行動には皆との協調が必要である。

 思慮深い行動のひとつは世界経済のグローバル化のスピードを抑えることであると我々は信じている。自由貿易の崇拝者ではない人物をリーダーとして選ぶことも、我々がとることの出来る重要な行動である。

ピーター・モンターギュ
===== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) =====

[1] Erin P. Billings, "Three game farm elk had wasting disease," MISSOULIAN January 11, 2000, pg. unknown. See http://www.missoulian.com/archives/index.inn?loc=detail&doc=/2000/ January/11-798-news03.txt

[2] Missoulian State Bureau, "Gubernatorial Candidate Urges Caution," MISSOULIAN January 15, 2000, pg.unknown. See http:// www.missoulian.com/archives/index.inn?loc=detail&doc=/2000/January/15-452-news11.txt

[3] "Frequent travelers to UK banned from donating blood," JOURNAL OF THE AMERICAN VETERINARY MEDICAL ASSOCIATION, October 1, 1999, pg. unknown. See http://www.avma.org/onlnews/javma/oct99/s100199g.htm

[4] Peter Daszak and others, "Emerging Infectious Diseases of Wildlife--Threats to Biodiversity and Human Health," SCIENCE Vol. 287 (January 21, 2000), pgs. 443-449

[5] Feng Gao and others, "Origin of HIV-1 in the chimpanzee PAN TROGLODYTES TROGLODYTES," NATURE Vol. 397 (February 4, 1999), pgs. 436-441

[6] Robin A. Weiss and Richard W. Wrangham, "From PAN to Pandemic," NATURE Vol. 397 (February 4, 1999), pgs.

[7] Kanta Subbarao and others, "Characterization of an Avian Influenza A (H5N1) Virus Isolated from a Child with a Fatal Respiratory Illness," SCIENCE Vol. 279anuary 16, 1998), pgs. 393-396

[8] Peter M. Vitousek and others, "Biological Invasions as Global Environmental Change," AMERICAN SCIENTIST Vol. 84 (September-October 1996), pgs. 468-478

Descriptor terms:
wildlife; pesticides in schools; schools and pesticides; occupational safety and health; farm workers; pesticide policies; substitution principle; precautionary principle; alternatives assessment; mad cow disease; chronic wasting disease; cwd; aids; hiv-1; africa; chimpanzees; mosquitoes; debgue fever; malaria; emerging infectious diseases; infectious diseases; lyme disease; influenza; globalization; species extinction; alien species; introduced species; species loss;



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