欧州環境庁(EEA)2013年1月 レイト・レッスンズ II
2. 予防原則と誤った警報−教訓 (概要編)
Steffen Foss Hansen and Joel A. Tickner

情報源:European Environment Agency
EEA Report No 1/2013 Part A Summary
2 The precautionary principle and false alarms - lessons learned
Steffen Foss Hansen and Joel A. Tickner
http://www.eea.europa.eu/publications/late-lessons-2/late-lessons-chapters/late-lessons-ii-chapter-2

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico
掲載日:2013年2月21日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/LL_II/02_False_alarms_summary.html


 早期警告からの遅ればせの教訓の報告書の中で検証されているほとんどのケースは、”誤った否定(false negatives)”、すなわち早期の警告が存在するのに予防的な行動が取られないケースに関するものである(訳注)。予防原則に関わる議論では、一般に普及したこの原則の適用は、多くの規制的に誤った肯定(false positives)−しばしば不当な公衆の”恐れ”から生じる小さなリスクの過剰規制と存在しないリスクの規制をもたらすことがある。過去の誤った否定(false negatives)はもちろん、誤った肯定(false positives)の理解と教訓は公衆の健康と環境についての意思決定を改善するために重要である。

 本章は、政府の規制が予防に基づきなされたが、後にそのような規制は不必要であったことが判明した、”誤った肯定(false positives)”の発生をレビューする。合計88のケースが”誤った肯定(false positives)”の疑いがあると特定されたが、後の詳細な分析によれば、それらのほとんどは、誤った肯定(false positives)というより、真のリスクであるか、又は”陪審員はまだ外で協議中(まだ結論が出ていない)”か、又は規制されていない警告か、又はリスク対リスクのトレードオフであることがわかった。

 この分析は、4つの誤った肯定(false positives)を明らかにした。アメリカの豚インフルエンザ、サッカリン、食品放射線処理、及び南部トウモロコシごま葉枯れ病である。それぞれから多くの重要な教訓を学ぶことができるが、それらの間には、いつ、なぜ、それらのリスクは誤って真実であると信じられたのかという点では、ほとんど類似性はない。これは教訓そのものである。科学と政治が背後にあるので、それぞれのリスクは独自であり、したがって柔軟なアプローチと問題の特質への適合が必要である。1976年に豚インフルエンザに対応するためにとられた措置は、ある意図しない死亡と人的被害をもたらし、他の潜在的に深刻な健康リスクに向けられるべきであった資源を転用するということにもなったが、特定された誤った肯定(false positives)の犠牲(costs)は、主に経済的なものであった。しかし、誤ってとられた規制措置による正味の犠牲を決定するためには、代替技術とアプローチを使用する場合のコストとベネフィットを含んで、規制の影響の完全な評価が必要である。

 全体としてこの分析は、誤った肯定(false positives)の基になった恐れは置き忘れられており、正当化される予防的行動を回避するための理論的根拠とされるべきではないことを示している。誤った肯定(false positives)は、誤った否定(false negatives)と比較するとはるかに少なく、たとえそのリスクが真実ではない、あるいは当初恐れられたほどには深刻ではないことが判明しても、注意深く設計された予防的行動は革新を促進することができる。複雑なリスクを特性化し防止し、”問題”領域から”解決”領域に議論を移す、新たなアプローチが必要である。本章で教訓を学ぶことにより、もっと効果的な防止的決定を将来行なうことができる。

 非常に多くの”思い違いの(mistaken)誤った肯定(false positives)”に比べて、正真正銘の(genuine)誤った肯定(false positives)の欠如は、一部にはリスクコミュニケーションにおける故意の戦略の結果であり得る。いくつかの参照と漏らされた文書は、ある規制対象の団体(会社)が、彼等の製品が有害である可能性がある場合には、意識的に高名な科学者やメディア専門家、政治家を雇用していたことを示している。疑惑の捏造、リスクの科学的証拠の無視、及び過剰規制であるとの主張は、いくつかの産業団体やシンクタンクが予防的な意志決定を弱体化するためのの意図的な戦略であるように見えることがある。



訳注:不確実性と無知に対応して、このようなより進んだ予防的アプローチをとれば、正規の科学に内在している今の偏向を切り替えさせることにもつながるだろう。すなわち、現在の科学では"誤った肯定"(false positive)を犯すまいとする姿勢が強い(このため逆に"誤った否定"〈false negative〉を犯すことが多くなる)が、この傾向から離れて、2種類の誤りがバランス良く生じる方向に転換させることにつながるだろう。
 このことにより、後で安全だとわかるかもしれない物質または行為を制限するコストが発生する機会が増大するであろう。しかしながら、アスベストの例は、"誤った肯定"の発生〔たとえばグラスファイバーを発がん性ありとした判断〕と"誤った否定"の発生〔たとえばアスベスト疾患を否定したこと〕との間に、倫理的に受入れ可能で経済効率的なバランスがあれば、社会が全体として利益を得るということを強く示唆している。
「早期警告からの遅ればせの教訓:予防原則 1896-2000」 欧州環境庁編  5章 アスベスト:魔法の鉱物から悪魔の鉱物へ (安間 武 訳)

http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/late_lessons/5_asbestos.html


化学物質問題市民研究会
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