イギリス環境食糧地域省 2005年11月30日
人工ナノ粒子による潜在的リスクを特性化する
イギリス政府第一次研究報告書

内容(目次)

情報源: DEFRA, 30 November 2005
Characterising the potential risks posed by engineered nanoparticles
A first UK Government research report
http://www.defra.gov.uk/environment/nanotech/nrcg/pdf/nanoparticles-riskreport.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年1月13日
更新日:2006年3月 8日

内 容 (訳注:項目の後ろの数字は原文のページです)
序言 1
エグゼクティブ・サマリー 5
1 はじめに 11
1.1 背景 11
1.2 目的と対象 11
1.3 定義と範囲 12
1.4 プロセス 14
1.5 報告書の構造 15
2 国民参加と社会的研究 16
2.1 はじめに 16
2.2 ナノ技術の用途と適用を理解すること 17
2.3 国民参加の活動 17
2.4 経済社会研究協議会とナノ技術 18
3 粒子の性質、特性化、計測 20
3.1 はじめに 20
3.2 引火と爆発の可能性 21
3.3 実施中の活動 21
4 曝露 23
4.1 はじめに 23
4.2 曝露源 23
4.3 曝露経路 24
4.4 大気経由の曝露 24
4.5 職場の曝露を最小化すること 25
4.6 土壌と水経由の曝露 26
4.7 意図的直接曝露 27
4.8 実施中の活動 27
5 人と環境へのハザード 29
5.1 人の健康と安全へのハザード 29
5.1.1 はじめに 29
5.1.2 トキシコキネティックス−人の体内への進入と分布 29
5.1.3 細胞間の移動とその細胞毒性 30
5.1.4 酸化ストレス、炎症性影響、及び遺伝毒性 30
5.1.5 呼吸器系、心臓血管系、及び脳 31
5.1.6 皮膚、消化器、及びその他の器官 32 5.1.7 人へのハザード評価のためのテスト戦略と手法 33
5.1.8 疫学 34
5.1.9 実施中の活動 34
5.2 環境的ハザード 35
5.2.1 はじめに 35
5.2.2 水中と土壌中での影響 36 5.2.3 非意図的放出に関連するより広範な影響 37
5.2.4 生態毒性ハザード評価のためのテスト戦略と手法 37
5.2.5 実施中の活動 38
6 研究資金調達とキャパシティ・ビルディング 39
7 報告と検証 43
8 結論 44
付属書
1 略語 45
2 枠組み計画プロジェクト 47
3 資金調達メカニズム 49


エグゼクティブ・サマリー
■背景とはじめに

1. 政府は、英国王立協会・王立技術アカデミー(RS/RAEng)報告書『ナノ科学、ナノ技術:機会と不確実性』[1]に応えて、ナノ粒子が人の健康と環境に及ぼすリスクに関連する我々の知識にギャップがあることを認め、この分野における実施中及び計画中の研究に関する第一次報告書を作成することを約束した[2]。したがってこの報告書は、RS/RAEng 報告書の勧告[3]に対する政府の回答に記述されている公約を満たすものである。

2. この第一次報告書は、ナノ粒子により及ぼされる潜在的なリスクを特性化し、これらの重要性に目を向けて現在実施中の活動及び資金調達メカニズムを記述するために、研究対象のプログラムを規定する。それは、許容できないどのようなリスクをも管理するための適切な枠組みと措置の開発を導くであろう。

3. この報告書は、RS/RAEng 報告書、政府回答、及び、欧州委員会の新規及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会[3]が懸念ある領域として特定した自由人工ナノ粒子に焦点を当てる。ナノ粒子という言葉はこの報告書においては全ての形状の人工自由ナノ物質を表すものとして用いられている。

4. RS/RAEng 報告書に対する政府回答をフォローして、我々は、イギリスにおける現状及び今後の予見できる人工ナノ粒子の製造と使用とともに、ハザード[4]と曝露[5]の二つに関する観察研究を公約した。この報告書は、主にこれらの研究で収集された証拠に基づき作成されたが、この報告書の準備中に収集された他のソースからの証拠も含まれている。研究対象は、政府省庁、機関、研究委員会間の調整された取組によって、また関係者との議論を通じて特定され展開された。

脚注:
[1] The Royal Society and Royal Academy of Engineering (2004) Nanoscience and Nanotechnologies: opportunities and uncertainties. London: The Royal Society. See:http://www.nanotec.org.uk/finalReport.htm
訳注:英国王立協会・王立技術アカデミー報告/2004年7月29日 ナノ科学、ナノ技術:機会と不確実性−要約と勧告(当研究会訳)

[2] HM Government (2004) Response to the Royal Society and Royal Academy of Engineering Report: Nanoscience and nanotechnologies: opportunities and uncertainties. London: DTI. See: http://www.ost.gov.uk/policy/issues/index.htm

[3] SCENIHR (2005) Opinion on the appropriateness of existing methodologies to assess the potential risks associated with engineered and adventitious products of nanotechnologies. Brussels: European Commission. See: http://europa.eu.int/comm/health/ph_risk/committees/04_scenihr/scenihr_cons_01_en.htm
訳注:業的及び非意図的ナノテクノロジー生成物に関連した潜在的リスク評価のための既存方法論の適切性に関する EU / SCENIHRの意見 −エグゼクティブサマリーと委員会の意見 (当研究会訳)

[4] Tran, L., et al. (2005) A scoping study to identify hazard data needs for addressing the risks presented by nanoparticles and nanotubes. Edinburgh: Institute of Occupational Medicine.

[5] Mark, D., et al. (2005) A scoping study to identify exposure data needs for addressing the risks presented by nanoparticles and nanotubes. Buxton: Health and Safety Laboratory.

5. ナノ粒子のリスク管理の枠組みを開発するために、さらなる研究が必要な3つの主要な領域が特定されている。
  • 標準化を含んで、性質、特性化、及び計測
  • 人と環境の曝露
  • 人の健康と環境へのハザード
6. 4番目の領域は、ナノ技術が提起する社会的及び倫理的次元であると理解している。

7. 何よりも重要なことは用語と定義の開発と国際的な合意である。

■国民参加と社会的研究

8. 政府は、RS/RAEng 報告書に応えて、ナノ技術が提起する社会的及び倫理的次元に目を向けることを約束した。ナノ技術に関するオープンで建設的で見聞のある社会的な対話を実現するための構造とプロセスの適切な準備にかなりの進捗が得られた。これらには通商産業省(DTI)の科学毎の体制を通じて、また経済社会研究委員会(ESRC)によって資金供与を受けた多くのプロジェクトが含まれる。2005年8月、政府はナノ技術に関する国民参加のプログラム概要を発表した。

9. 関係者参加のプログラムは、研究重要事項と成果が完全に透明で全てを含むフォーラムで公式化され討議されることを確実にするために研究プログラムの開発と実施の全てを通じて継続されるであろう。今日までに示された懸念はナノ技術の開発と使用に関連する適切な管理と規制の必要性と、それらの利用による便益の公平な配分に集中している。

10. 世界経済で成功することによって提起される研究課題に対する約束の範囲内で将来の研究に関し、経済社会研究委員会(ESRC)はナノ技術の社会的及び経済的次元に向けて、当初の他の資金調達パートナーとともに250万ポンド(約5億円)の共同出資を行っている。

11. この分野の作業を推進するための政府の政策及び研究グループであるナノ技術問題対話グループ(NIDG)とナノ技術研究調整グループ(NRCG)は、現在の国民参加の活動の成果を追加的に検証し、必要性なら、ナノ技術周辺のさらなる国民参加の活動と社会的研究プロジェクトを委託するであろう。これは定期的な見直し対象となる実施中のプロセスである。

■特性化、性質、及び計測

12. ナノ粒子とその物理−化学的性質の確固とした測定と特性化の手法は、それらのリスクの評価を補強する。これは政府の回答の中で研究の優先領域として特定されている。この領域では3つの研究対象が特定されている。

13. まず最初に、曝露とハザード評価に関し、どのような測定(サイズ、形状、表面特性)が採用されるのか、そしてそれらの測定はどのようになされるのかについての明確な特定が必要である。次に、これに関連して、測定、特性化、曝露とハザード評価に用いるために標準化され、よく特性化されたナノスケール参照物質の確立が必要である(毒物学における比較ベンチマーク用途)。最後に、さらなる研究が求められるひとつの注目される領域は引火と爆発の可能性に関するナノ粒子の性質を理解することの必要性である。これにはそのような可能性を評価するための手法の評価と、必要なら開発を含む。

14. 政府は、この領域は優先度が高いことを認識しており、既に産業と学界に、新規技術対策プログラムとして260万ポンド(約5億2,000万円)の資金手当てがなされている。

■曝露

15. 人と環境曝露を決定する要因は、ナノ粒子の源、それを源から人と環境にもたらす経路、及び移動中の運命と挙動である。ナノ粒子製造と使用に関する現在の我々の理解の下に、多くの潜在的ナノ粒子への曝露源が特定されている。それらには、職場、意図的及び非意図的環境への放出、及び消費者用及び医療用の製品からの直接適用が含まれる。 16. しかし、我々のナノ粒子の源の理解は不完全であり、曝露源についてもっと多くの発見が重要な研究対象であるということは明らかである。政府は、イギリス全土でナノ技術の製造と使用を図面に示すことからこの作業を開始したが、そのことはナノ粒子、その特性、及び程度を特定するのに役に立つであろう。

17. ナノ粒子への人と環境曝露についての理解は、重要な経路(大気、土壌、地表と地下水、直接適用)における測定と特性化を可能とする技術によって補強される。このことは、計測と特性化の分野における研究対象と基本的に関連しており、凝集のような自然環境中でのナノ粒子の潜在的な挙動を考慮する。大気、水、土壌、及び生物(人を含む)における曝露評価技術の開発が政府の回答中で重要な領域であると特定されたが、今回の報告書の中でも強調されている。そのような技術の最適化と開発は、我々が屋内及び自然環境中でのナノ粒子の運命と挙動をもっと完全に理解することに役に立つであろう。このこと及び源の理解は、どの生物が曝露の危険に曝され、その曝露はどのような形をとるのか我々が特定することを可能にするであろう。

■人の健康へのハザード

18. RS/RAEng 報告書への政府の回答は、消費者、医療、職業、及び環境曝露の結果としてナノ粒子が人の健康に及ぼすかもしれないハザードを理解することの必要性を重要な研究として明確に特定している。

19. 人の健康領域で6つの重要な研究対象が政府によって特定された。それらは、ナノ粒子が人の身体にどのようにして入り込むことができるのか、体内でどこに行くのか、それらの毒物学的及び病気を引き起こす効果−それらは呼吸器系、皮膚、消化器系などの重要な取り込み口と深く関係している−を理解することを目的としている。非人工ナノ粒子に関する研究による証拠が毒性と炎症のような影響の特定のメカニズムを示している。これらの影響がナノ粒子曝露にも関連があるかどうか理解するために研究が必要である。

20. 最も重要なことは、人の健康ハザード評価及び、どのような適切な既存標準手法がいつナノ粒子に適用されるのかについての評価のためのテスト戦略の開発である。これは重要な優先事項であるように見え、国際的な開発と調和が必要である。この分野では国際舞台でなされている相当な量の作業があり、OECDのような組織が今後これを推進していく上で最適である。政府はそのような国際的な取組を通じて実施される作業を支援するであろう。

■環境へのハザード

21. より広い環境中のナノ粒子は、植物、微生物、無脊椎動物、魚、哺乳類を含む多くの生物種に対し、個体レベルで又は集団レベルで潜在的に作用し、生態系全体の構造と機能に影響を与えつつ、有害影響を及ぼす可能性がある。ナノ粒子が生物に及ぼすリスクは、曝露源の程度と特性、環境中での性質と挙動、環境中での運命、生物中での毒性と残留性、及び、食物連鎖を通じての生体蓄積性と生体拡大性に依存するであろう。

22. ナノ粒子の源、物理的特性、及び環境中での運命と挙動についてのより良い理解は、どの生物がナノ粒子に曝露されているリスクがあるかを特定することに役に立つ。

23. 環境曝露のひとつの特定領域は、汚染地下水及び汚染土壌の浄化かもしれない。土壌中及び地下水中の微生物、植物相、及び動物相のナノ粒子の体内取り込み、毒性、及び影響を確立するための研究が、研究対象として特定されている。もっと一般的には、無脊椎動物、脊椎動物、及び植物を含む主要な生態系グループに対するナノ粒子の体内取り込み、毒性のメカニズム、及び影響を理解する必要がある。そのような作業の主要な面は、生態毒性学を特徴付けるために人の毒物学研究からの知識の移転を活用することであろう。最後に、テスト戦略と関連する手法の開発は、人のハザード評価とともに優先対象として特定されており、それらは国際的な取組の一部として満たされるきである。

■研究資金調達とキャパシティ・ビルディング

24. この第一次報告書の主要な目的は、ナノ粒子の安全性に関連する科学的不確実性に目を向けた世界的な取組に貢献することができるイギリスの研究集団を開発するための第一歩として、イギリス及びヨーロッパにおける研究優先度と資金調達機会の周知を高めることである。

25. 既に長期間、政府と関連機関は多くの重要な領域における研究を支援している。通商産業省(DTI)、工学自然科学研究委員会(EPSRC)、安全衛生局(HSE)は学界と産業界とともに測定と特性化の分野における研究資金として合計650万ポンド(約13億円)を出している。近い将来さらに400万ポンド(約8億円)が出るであろう。このことは、健康と環境安全の研究を強化するために戦略的に非常に重要である。

26. 環境に関しては、環境食糧地域省((Defra)、環境保護局、及び自然環境研究委員会(NERC)は、いくつかの研究対象を取り揃えている。、環境食糧地域省((Defra)は、知識のギャップのいくつかに目を向けるために今後2年間で100万ポンド(約2億円)を費やすであろう。安全衛生局(HSE)は、エアゾール浸透、個人防護装置、及びフィルターの有効性のような問題をカバーする国際的なナノ粒子ベンチマーキング労働安全衛生研究プロジェクトにおいて研究に資金を出し、パートナーとなっている。

27. 人の健康に関しては、身体システム臨床科学研究委員会の計画の一部として、医学研究委員会(MRC)が、毒性、呼吸器系医療、及び環境健康の分野の研究を支援している。医学研究委員会(MRC)はまた、分子細胞医学委員会を通じてナノ粒子に関わる基礎研究を支援している。また、環境健康キャパシティ・ビルディング・プログラムに20万ポンド(約4,000万円)を準備している。バイオ技術生物学研究委員会(BBSRC)は、本報告書のいくつかの項目を補強する知識を提供する研究に資金を出している。

28. 研究委員会資金の多くは、広範な研究資金調達メカニズムを達成する ”応答方式 (responsive mode)” (訳注:担当領域であれば、研究者が自由な発想で研究課題を提案することができる)を通じて提供される。これは環境と健康に関する新たな研究委員会横断的プログラムのような管理されたプログラムを含む。それは、研究提案はいつでも、どの分野、どのような金額、どのような期間に対してでも提出することができる非常に柔軟性のある資金提供を提示するものである。政府の他部署を含む他の資金提供者との共同提案は特に歓迎される。研究委員会のそれぞれは、この報告書で特定された関連研究対象に向けた高品質の応募を歓迎するという意向を示している。

29. 本報告書は、これらの目的に合致した国際的に取り組まれている作業をハイライトしているが、例えば、第6次フレームワーク・プログラムの下で資金調達されている Nanoderm プロジェクトは、ナノ粒子を含む形成物に対するバリアとしての皮膚の特性を研究するための新たな手法を開発することを目指している。近い将来、第7次フレームワーク・プログラムの下で、さらなる資金調達の機会があるであろう。我々はまた、他の利害関係者、特に産業界は本報告書にある研究対象の多くに合致することに役立つ重要な役割を演ずるであろう。

30. この領域の研究の多くが本質的に分野横断的特性を持つことを認識しつつ、研究委員会は、関連する研究対象に目を向けた首尾一貫し調整されたアプローチを確実にするであろうし、イギリス研究委員会の賛助の下に調整グループを設立した。研究共同体を鼓舞することを目的として、研究委員会は、活気に満ちた新しい研究提案を特定し推進するために、研究者、政策立案者、及び利害関係者が集まる主要なネットワークを支援している。

■報告と次のステップ

31. このプログラムの下に政府と研究委員会の資金による研究はピア・レビューされ、独立科学諮問委員会による検討が行われるであろう。本報告書及び引き続く報告書は公開されるであろう。

32. 政府は、本報告書内の研究対象に合致する方向で継続的に進捗を見直すであろう。これは全ての関連する領域がカバーされていることを確実にするであろう。この進捗状況を取りまとめ、我々の知識と研究対象を更新する第二次報告書は2007年末に発表されるであろう。



化学物質問題市民研究会
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