EU/新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(EU / SCENIHR)
工業的及び非意図的ナノテクノロジー生成物に関連した
潜在的リスク評価のための
既存方法論の適切性に関する EU / SCENIHRの意見


情報源:EU / SCIENTIFIC COMMITTEE
ON EMERGING AND NEWLY IDENTIFIED HEALTH RISKS (SCENIHR)
- Opinion on The appropriateness of existing methodologies
to assess the potential risks associated with
engineered and adventitious products of nanotechnologies
Adopted by the SCENIHR during the 7th plenary meeting of
28-29 September 2005


報告書のエグゼクティブ・サマリー4.委員会の意見 を日本語訳して紹介しましたが、
SCENIHRの意見はパブリックコメントにかけられて修正版が2006年3月10日に出たので、
その修正版の日本語訳は、下記でご覧ください。
SCENIHR_002_05_modified_opinion.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2005年11月19日
更新日:2006年 8月19日

内容
エグゼクティブ・サマリー
1.背景
2.委託事項
3.科学的根拠
3.1はじめに
3.2定義と範囲
3.3ナノ科学とナノ技術
3.3.1はじめに
3.3.2事例−工業的ナノ構造と物質及びそれらの適用
3.3.3ナノ構造生成の本質:トップダウン対ボトムアップ 化学的及び物理的自己組織化
3.3.4ナノスケール物質の特性
3.3.5結論
3.4ナノ粒子:物理的及び化学的特性
3.4.1ナノ粒子−ナノ粒子反応
3.5遊離ナノ粒子の発生源
3.5.1水相中でのナノ粒子の生成
3.5.2ガス相に浮遊するナノ粒子の生成
3.5.3空気中ナノ粒子の環境発生源
3.5.4空気中ナノ粒子の職場発生源
3.5.5消費者製品中の及び消費者製品からのナノ粒子
3.5.6結論
3.6ナノ粒子の検出と測定
3.6.1ガス浮遊ナノ粒子の自然位及びオンライン検出原理
3.6.2水中ナノ粒子の自然位及びオンライン検出原理
3.7ナノ粒子と生体組織との反応の可能性
3.7.1はじめに
3.7.2生体組織中のナノ粒子−表面効果
3.7.3サイズ、形状、表面及びバルク組成
3.7.4溶解性及び残留性
3.7.5結論
3.8ナノ粒子の毒物学
3.8.1粒子の毒性の媒介物
3.8.2吸入される粒子
3.8.3ドラッグ・デリバリー用粒子
3.8.4毒物学的テスト
3.8.5結論
3.9曝露シナリオ
3.9.1サンプリング
3.9.2曝露評価アプローチ
3.9.3結論
3.10リスク評価方法論
3.10.1はじめに
3.10.2一般的曝露考慮
3.10.3ハザード考慮
3.10.4ナノ粒子リスク評価の範囲
3.10.5曝露評価方法論
3.10.6ハザード特定とハザード特性化方法論
3.10.7リスク特性化と統合リスク評価
3.10.8リスク評価目的に求められる知識の重大なギャップ
3.10.9リスク評価に関連する規制とその他の側面
3.10.10その他の必要とされる開発
3.10.11結論
3.11知識における必要性の優先度
4.委員会の意見
5.少数意見
6.参照
7.謝辞


エグゼクティブ・サマリー

 ナノ技術の重要性が高まる中で、そして、”ナノ技術製品のライフサイクルを通じての潜在的リスクの評価”の重要性をハイライトしたナノ技術の欧州戦略〔1〕に関する欧州連合理事会の結論、及びナノテクノロジー行動計画〔2〕が発表されたことを受けて、欧州委員会は新興の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)〔3〕の独立系専門家にナノ技術の潜在的リスク評価のための既存の方法論の適切性に関する科学的意見を求めた。
 この報告書は委員会の意見と関連する科学的背景を提供する。

〔1〕Towards a European strategy for nanotechnology, COM(2004) 338 Final adopted on 12 May 2004 and approved by the Council of European Union on 24 September 2005
〔2〕Nanosciences and nanotechnologies: An action plan for Europe 2005-2009 (COM(2005) 243) adopted on 7 June 2005
〔3〕http://europa.eu.int/comm/health/ph_risk/committees/04_scenihr/04_scenihr_en.htm

 SCENIH は、現状のリスク評価方法論はナノ技術に関連する危険性を取り扱うために何らかの修正を必要とし、特に既存の毒物学的及び生態毒性学的手法はナノ粒子に関する問題の全てに目を向けるためには十分ではないかも知れないという結論に達した。曝露評価に関しては、従来の質量濃度特性化に加えて、ナノ粒子の数及び/又はその表面積に関する情報は必ず必要である。様々な媒体中における遊離ナノ粒子への典型的な曝露に対する日常的測定装置は不適切である。さらに、既存の評価手法はナノ粒子の環境的運命を決定するためには適切ではないかもしれない。

 ナノ粒子への生理学的反応についてはほとんど知られていない。従来のいくつかの毒物学的及び生態毒性学的テストはナノ粒子の危険性を評価するのに有用であることが示されているが、既存手法については、ナノ粒子が前から存在する医学的症状を悪化させるかどうかの評価を含む危険性評価、及び、ヒトの体と環境中でのナノ粒子の分布の検出に関し、修正が必要かもしれない。委員会はリスク評価に必要な知識に重大なギャップがあることを指摘する。これらには、ナノ粒子の特性化、ナノ粒子の検出と測定、用量・反応、運命、ヒト及び環境中におけるナノ粒子の残留性、そしてナノ粒子に関連する毒物学及び環境毒物学の全ての側面が含まれる。
 特に重要なことは、ヒトの体内におけるナノ粒子の移動及び、亜(sub)細胞と分子レベルでの反応メカニズムに関連する問題である。職業曝露の監視及びナノ粒子の人間の健康に与える潜在的影響に関する疫学的データは、今後の研究における優先事項である。

 この報告書はナノ物質の特性を述べ、遊離ナノ粒子の発生源を特定し、それらの検出と測定を議論し、その後、ナノ粒子と生体組織との間の反応を検証する。この報告書はナノ粒子の毒性と潜在的曝露シナリオにまず目を向け、その後、曝露評価、ハザード特定と特性化、リスク特性化、及び総合評価を通じて、”科学的意見”の中心であるリスク評価方法論に目を向ける。この報告書は、ナノ技術のリスクとリスク評価に関連する規制に目を向けるために必要とする知識のギャップの評価によって科学的背景と”意見”を補足するものである。


4.委員会の意見
 下記の結論が、工業的及び非意図的ナノテクノロジー生成物に関連した潜在的なヒトの健康と環境のリスクを評価するための既存の方法論の適切性の分析から導き出されるかもしれない。

 ナノ技術の全ての生成物の毒物学的特性を支配する体系的なルールを特定できるようにするために十分なデータは、現時点では入手できないということを認識すべきである。したがって、リスク評価はケースバイケースで実施される必要がある。ナノ技術の適用のためのリスク評価を実施するために、方法論的問題の特定にあたり、曝露とハザード両方の検討が必要である。

 ナノ技術製品に関わる有害健康リスクの可能性を考慮する時に、二つの異なるナノ構造のタイプが特定されるかもしれない。ひとつは構造自体が遊離粒子であり、もう一つはナノ構造がより大きな物体の一部をなしているものである。ナノ構造は、ナノスケール特性によって影響を受けるかもしれない生体組織に作用するかもしれないが、より大きな物体のナノスケールの特徴(例えば医療ディバイス上のナノ構造的特徴)が、人間の健康及び環境へ追加的なリスクを及ぼすとは考えられない。塊(かたまり)を含んで、遊離ナノ粒子に関する状況は全く異なる。人間の健康と環境リスクに関する可能性ある懸念を呼び起こす遊離ナノ粒子の特性は、生成、適用、分布、残留、及び有毒性である。これらの懸念には、ナノ成分の物理的、化学的、又は生物学的分解が含まれ、それらは潜在的にナノ粒子を放出する。このような懸念は環境リスク評価のためにこれらの製品のライフサイクル評価の必要性を示している。

 遊離ナノ粒子は、自然に発生するもの、産業用あるいは自家用プロセスによる非意図的な生成物、又はそのユニークな特性に依存して特別に設計された製品かもしれない。これらの特性は、主としてナノ粒子については容積当りの面積が大きいこと及びナノメートルの領域で起きる量子効果によって影響を受ける。物理化学的特性を注意深く記述すること(特性化)が重要であり、そのために適切な方法論が日常的使用のために利用できなくてはならない。

 ナノ粒子に関していくつかの異なる曝露シナリオを特定することができる。全ての個人は生活を通じて天然由来のナノ粒子及び人間の活動により非意図的に生成されたナノ粒子に日常的に曝露している。人間への主要な曝露経路は、大気中に存在するナノ粒子を吸い込むことことによるものである。また、化粧品のような消費者製品や医薬品、食品中などでの工業ナノ粒子の使用が急速に増大しているということは、皮膚、胃腸、そして非経口による曝露経路が今後もっと顕著になるということを意味している。環境に関しては、ナノ粒子の放出と分布は大気、水、土壌を通じて起こるかもしれない。したがって環境にあまねく生きる生物種はこれらの粒子に曝露するかもしれない。人間(消費者と労働者)及び微生物を含む環境中の生物種に関する曝露データが緊急に必要である。

 ナノ粒子への個人と環境の曝露の評価、したがって、健康リスクの評価は、可視光による検出限界以下である粒子を日常的にサンプリングすること及び粒子を数えて測定することの困難さのために、難しかった。。用量の表現のために質量濃度データだけを使用するということでは不十分であり、一般的に個数濃度と表面積が曝露評価及びリスク評価にとって関連性がある。これらは現在の規制に導入されていない。様々な媒体中における遊離ナノ粒子への典型的な曝露を日常的に測定可能とする方法論と装置の開発が重要な優先事項である。

 ナノ粒子に関連するハザードを検討するときに、ナノ粒子の表面電荷や吸着物の種類とともにサイズ、形状及び成分が重要である。表面変化、凝集、及び分解又は劣化の現象もまた重要である。生理学的環境で容易に分解するナノ粒子については粒子特有の効果はなくなるが、それらが分解して有害な分子になるどうかという懸念が残る。本質的に不溶解性の粒子は生体残留の可能性があり、その結果、長期間の曝露及び関連するナノ粒子特有の影響をもたらす。したがって、生物学的評価に用いられるナノ粒子の特性化が重要である。

 分布、蓄積、代謝、及び器官特有の毒性を含んで、ナノ粒子の生物学的挙動に関する発表されたデータはほとんどない。入手可能なデータの多くは、同じ物質の同じ質量濃度では大きな粒子よりナノ粒子の方がしばしば大きな有毒影響を及ぼすということを示す実験データであり、それらは呼吸器系に関連するものである。DNA、RNA、又はたんぱく質のような生体分子とのナノ粒子の相互作用はまた、粒子のサイズを減少するようにみえる。ナノ粒子に特有なメカニズムはまだ特定されていないが、いくつかのナノ粒子に対する毒性のメカニズムは活性酸素種の誘導とその結果起こる細胞による酸化ストレスである。

 ナノ粒子の移動は、より大きな粒子に比べて広い範囲に、また異なる部位に行われる。したがってそのような粒子は全身的に分布しと蓄積する可能性がある。ナノ粒子は人体での取り込み口から移動して身体の他の部分、例えば血液や脳に達することがあるという証拠が存在するが、その研究調査非常にわずかしか行われておらず、この移動と重要性の程度は明確ではない。ナノ粒子が胎児にまで達するかどうかははっきり分らない。明らかに、ナノ粒子の非経口投与に関わる医療での適用で、全身的な分布があり得る。現段階では、工業ナノ粒子へのそのような全身的な曝露から生ずる人間への有毒性の証拠は希薄である。現状の化学物質及び製品のハザード特定と特性化のためのテスト指針は、いくつかの潜在的に適切な手法が存在するにもかかわらず、ナノ粒子の全身的な分布を特定することを求めていない。

 ナノ粒子とナノ構造の安全評価は同等のバルク物質(かさの大きな物質)の毒物学的特性だけに依存することはできない。ナノ物質は、その物質の意図された用途を含んでそれぞれの調剤に対しケースバイケースで評価される必要がある。ナノ技術の製品のリスク評価を実施する時に、製品仕様、意図する用途、及び人間と環境の両方への潜在的な曝露シナリオの特定に目を向けた新たなテスト実施戦略が求められるであろう。従来の毒性及び生態毒性テストはナノ粒子のハザード評価に有用であるということが既に示されている。しかし、ある手法には修正が求められ、いくつかの新たな手法が必要かも知れない。ナノ粒子は前からある医学的症状を悪化させることがあり、ある病気への感受性を高めるかも知れないが、そのことがテスト実施戦略の変更を求めるかもしれない。

 上述の分析の結果として規制とリスク管理、例えば、毒性テスト指針、職場及び環境の品質基準の設定、及び製品の分類とラベリングが予想される。

SCENIHR が提起する問題

問題1
 既存の毒性及び生態毒性評価手法は、ナノ粒子に関わる製品とプロセスに関連するハザードの多くを評価するために適切であるが、全てのハザードに対応するためには十分ではないかもしれない。特に、関連ある暴露シナリオを確実に反映させるために、テスト・システムへのナノ粒子の引渡しの仕方には特別の注意を払う必要がある。現在の科学的知識はナノ粒子の潜在的な有害影響の全てを解明することができると仮定することはできないので、分析評価は追加的テストによって補われるか、修正されたテスト手法に置き換えられることが必要かもしれない。

 曝露については、用量の表現として質量濃度データだけでは不十分であり、個数濃度及び/または表面積が含まれる必要がある。様々な媒体中で遊離ナノ粒子の代表的曝露の日常的な測定を可能にする装置は現状ではまだ入手できない。環境曝露評価のために用いられている既存の手法は、環境中の様々な場所でのナノ粒子の分布、分配、及び残留性の決定のために、必ずしも適切ではない。

 もし、上述の様な不確実性があるのなら、ナノ粒子のための現状のリスク評価手順は修正の必要性がある。

問題2
 既存の方法論が適切ではないと考えられる状況として下記の3つがある。
  • 日常的方法論はまだ有効になっておらず、及び/又はテスト指針に含まれておらず、及び/又は規制として受け入れられていない。
  • 科学研究が評価されるべき現象を特定しており、既存方法論はそれらに適応できるようにする必要がある。
  • ナノ技術の進歩は追加的な手法原則とその開発を要求するかもしれない。
新たな又は修正されるべき方法論のための要求分野には下記が含まれる。
  • ナノ粒子の物理化学的性質の日常的及び注意深い特性化のために、適切な方法論が有効にされなくてはならない。
  • 様々な媒体中で遊離ナノ粒子の代表的な曝露の日常的な測定を可能とする方法論と装置が開発されるべきこと。
  • 従来の毒性及び生態毒性テストはナノ粒子のハザードを評価する上で有効であるということが示されたが、ナノ粒子が前からある医学的症状を悪化させることがあるかどうかの評価を含んで、ハザード評価のプロセスを最適化するために、いくつかの手法は修正を必要とし、いくつかの新たなテスト方法もまた必要かもしれない。
  • この文脈に関連して、ナノ粒子移動の検出のためのいくつかの潜在的に適切な手法が存在するが、これらはもっと開発し、ナノ粒子の全身的分布の評価のための新たなテスト戦略と指針に反映する必要がある。
 もっと具体的に言うと、上述の方法論はヒトの生体組織及び環境中の各場所でナノ粒子がどのように分布するかに関する情報をもっとはっきり提供する必要がある。この情報は、この報告書の3.10.5の figure 6 に示される曝露評価アルゴリズムに使用することができる。

問題3

 一般に、ナノ科学とナノ技術を扱う科学的出版物の数が急速に増大しているにもかかわらず、ナノ粒子の特性、人間と環境中のナノ粒子の検出と測定、運命(及び特に残留性)、及び、人間と生態系の満足の行くリスク評価を可能とするナノ粒子に関連する毒性及び生態毒性の全ての局面に関する知識とデータが十分でない。

 ナノ技術製品のリスク評価の改善に関連して満たされるべき知識のギャップには次のようなものが含まれる。
  • 非常に広い範囲のナノ技術製品の製造プロセス、処方、及び使用から放出されるナノ粒子のメカニズムと動態の特性化
  • 人間及び環境双方のナノ粒子への実際の曝露レベルの範囲
  • 非ナノサイズの粒子や他の物理的形状、例えば同じ物質の繊維、からナノサイズの物質の、及び異なるサイズ範囲と形状のナノ粒子間で、毒性を外挿することができる程度
  • 目標器官が特定できハザード評価のための用量が決定できるための曝露後の毒性動態データ。これには、目標器官の用量反応特性データ、及びナノ粒子の亜細胞の位置及び細胞レベルでの機械的作用影響についての知識を含む。
  • ナノ粒子の製造とプロセスに関わる労働者の職業曝露と健康影響に関する情報
  • 環境と微生物を含む環境生物種中でのナノ粒子の運命、分布、及び残留と生体蓄積
  • 環境中のそれぞれの場所及び異なるtrophic levelsと曝露経路における様々な環境生物種へのナノ粒子の影響
 さらに加えて、化学物質、微生物、及び他の刺激(stressors)の媒介として作用するナノ粒子の能力を含んで、明確にされる必要のある基本的な特性のいくつかの領域がある。



化学物質問題市民研究会
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