The Conversation 2016年3月29日
我々はナノテクノロジーのリスクについて
最早、多くを語らなくなったが、
そのことはリスクがなくなったということではない

アンドリュー・メイナード

情報源:The Conversation, March 29, 2016
We don't talk much about nanotechnology risks anymore, but that doesn't mean they're gone
By Andrew Maynard
https://theconversation.com/we-dont-talk-much-about-nanotechnology-
risks-anymore-but-that-doesnt-mean-theyre-gone-56889


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2016年4月2日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/
160329_A_Maynard_We_dont_talk_much_about_nanotechnology_risks_anymore_but.html


 2008年にカーボン・ナノチューブ−炭素原子から作られる並外れて微細なチューブ−がメディアで大きく報道された。イギリスの新たな研究が、ある条件の下であるアスベスト繊維が引き起こすのと同じように、これらの長くて細い繊維状のチューブが、マウスに害を引き起こすことができることをまさに示した(訳注1)。

 その研究の協力者として、私は当時、新しいナノスケール物質のリスクと便益を探求することに大いに関与していた。当時は、このような物質はどの様に危険となり得るか、そしてどのようにそれらをより安全に製造できるかを理解することに熱烈な関心があった。

 カーボンナノチューブが非常に異なる理由のために再びニュースとなった数週間前まで(訳注:March 03, 2016 )早送りをする。今回は潜在的なリスクに関する問題ではなく、現代彫刻家のアニッシュ・カプーアがカーボンナノチューブ・ベースの顔料−今までに製造された中で最も黒い顔料であると主張されている−に対する独占権を与えられたというニュースである。

 2000年代の初期にはナノテク支持者ですら健康と環境への可能性あるリスク、及びそれらの投資者と消費者の信頼に及ぼす影響について持っていた懸念など、どこかに蒸発してしまったように見える。

 それでは、何が変わったのか?

カーボンナノチューブの懸念、又は懸念の欠如

 カプーアの話の中心である顔料は、イギリスのサレー・ナノ・システムズ社によって開発されたヴァンタブラック S-VIS(Vantablack S-VIS)と呼ばれる物質でる。それはカーボンナノチューブ・ベースのスプレー塗料であり、極めて黒いので、それを塗布された表面はほとんど光を反射しない(訳注2)。

 元々のヴァンタブラック(Vantablack)は、宇宙ベースの光学機器に入り込む迷光の量を減らすために、宇宙用途に設計された特殊なカーボンナノチューブのコーティングであった。 遠い宇宙での使用なら、その毒性が何であれ、それが誰かの体内に入り込むチャンスはゼロに近い。それは無毒ではないが、暴露のリスクは非常に小さい。

 それとは対照的にヴァンタブラック S-VIS は人々がそれに触れる、吸入する、又は非意図的に摂取さえするかも知れない場所で使用されるよう設計されている。

 誤解のないように言うと、ヴァンタブラック S-VIS はアスベストと同等ではない。それが依存するカーボンナノチューブは非常に短く、お互いにきつく束になっているので、針状のアスベスト繊維のような挙動はない。それでも、その目新しさ、低密度、及び高表面積の組み合わせは、人の暴露の可能性と相まって重大なリスク疑念を提起する。

 例えば、ナノ物質の安全性に関わる専門家として私は、スプレーによる、又は表面から剥離したわずかな物質がいかに容易に吸入され得るのか、又は体内に入り込むことができるのか;これらの粒子はどの様に見えるのか;それらのサイズ、形状、表面積、多孔性、及び化学的特性が細胞を損傷する能力にどのように影響を及ぼすのかについて何が知られているのか;それらは”トロイの木馬”のように作用し(訳注3)、もっと多くの有害物質を体内に運ぶことができるのか;そしてそれらが環境中に飛び出した時に何が起きるのかについて何が知られているのか、ということについて知りたいと思う。

 これらは全て、新規物質がもし不適切に使用されれば有害となるかどうかを理解することに高い関連性がある疑念である。そしてさらに、ヴァンタブラック S-VIS についてメディアが取り上げがないことは注目に値する。元々の用途(ヴァンタブラックの)は、安全であるように見え、その効果について人々を驚かせた。新たな用途(ヴァンタブラック S-VIS)はもっとリスクがあるように見えるが、まだ安全性についての議論は始まってない。可能性あるナノテクのリスクについての公衆の関心はどうなったのか?

ナノテクの安全性に関連する連邦政府の資金提供

 2008年には米連邦政府はナノテクノロジーの健康と環境への影響調査に年間 6,000万ドル(約67億円)近くをつぎ込んでいた。今年は米連邦機関は、ナノテクノロジーの潜在的な健康と環境リスクを理解し対応するための研究に1億540万ドル(約117億円)を投資することを提案している。これは8年前と比べてなんと 80%の増大であり、意図的に設計され工業的に製造されたナノスケール物質の潜在的なリスクについて我々が知らないことがまだたくさんあるという現状の懸念を反映している。

 おそらくナノテクノロジーの安全研究への投資は、この技術の安全性に関する公衆の信頼を広げることによって、当初の意図のひとつを達成したと主張することができるであろう。しかし現状の研究は、たとえ公衆の懸念が和らげられても、懸念はまだひそかに存続していることを示唆している。

 私は、公衆の関心の欠如の理由は単純であると気づいている。ナノテクノロジーの安全問題は、ジャーナリストやその他の評論家らがその問題にスポットライトを当てるべきであるということを認識していないので、公衆のレーダーに検知されていない可能性が高い。

リスクについての責任

 米国の現在の投資レベルを見れば、全国にナノテクノロジーについて一つや二つのことを知っている多くの科学者らがいると想定することは合理的であるように見える。そして、最終的には、触れられ、擦られ、又は引っかかれるかもしれない表面にカーボンナノチューブをスプレーするよう設計された応用に直面した人は、それに不適当な賛同を与えることに躊躇するであろう。

 ヴァンタブラック S-VIS の場合には今までのところ、そのようなナノテクノロジーの安全専門家がメディアの中には明らかに不在である。

 この関与の欠如は驚くべきことではなく、新規に出現するトピックスに公的にコメントすることは我々が科学者らにそれをするよう訓練すること、又は励ますことすらほとんどしていないことである。

 そして、安全性が研究されているのと同時に技術が商業化されている場合には、科学者、使用者、ジャーナリスト、及びその他の影響を及ぼす人々との間の明確なコミュニケーションのつながりが必要である。さもなければ、それ以外にどのようにして人々は、彼らが問うべき質問が何であり、どこにその答えがあるのかを知ることができるであろうか?

 2008年には、ライス大学の生物学及び環境ナノテクノロジーセンター(CBEN)及び、ウッドロー・ウィルソン国際学術センターの新興ナノテクノロジーに関するプロジェクト(PEN)(私はそこで科学顧問を務めた)のようなこの任務を真剣に担ったイニシアティブが存在した。これらや同様なプログラムは、安全で、責任があり、有用なナノテクノロジーの使用について情報に基づく公衆の会話を確実にするために、ジャーナリストやその他の人々と密接に連携した。

 2016年にはこれらに匹敵するプログラムは存在せず、私が知る限りでは CBEN と PEN への資金供給は両方とも数年前に終了した。

 私は 、これは変える必要があると主張したい。開発者と消費者は同様に、責任あるナノテク製品を確実にするために、そして予測できない健康と環境への危害を回避するために、何を彼らが問うべきなのかを知ることには、かつてより大きな必要性がある。

 開発者、消費者及びその他の人々との適切な関係を築くことについてその責務の一端は科学者自身にもある。しかしそれをするためには、彼らは、彼らに資金提供をする組織はもちろん、彼ら自身が働く研究機関の支援を必要としている。これらは新しい考えではない。学術研究がどの様にして一般の人々に利益をもたらすことを確実にするかについての長いそして現在行われている議論がもちろんある。

 現在までのところ、新たな技術は全て批判的な公衆の評価というレーダーの下にもぐりこみ易いという事実があるが、それは単純にリスクと便益について何を問うべきかを知っている人はわずかしかいないからである。

 潜在的なリスクについて知られていることと知られていないこと、そして人々が問いたいと望むかもしれない質問について、公的に話すことは、ありていに言えば、実際のリスクへの対応よりむしろ安全の認識にもっと依存するかもしれない投資者と消費者の信頼を維持する範囲を越えるものである。むしろ、それは社会的に責任ある研究と革新に関与することが何を意味するかについてのまさに核心に迫るものである。


訳注1:カーボンナノチューブがマウスに中皮腫

訳注2:Vantablack(ヴァンタブラック)
Technity 2014年7月15日 地球上で最も黒い新素材「Vantablack(ヴァンタブラック)」登場、黒すぎて空間に穴が開いたように見えるレベル

訳注3:トロイの木馬
ES&T 2007年4月25日 ナノはトロイの木馬 新たな研究がナノ粒子は有害金属を細胞内に運ぶことを示す



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る