NANO-DEV 政策概要 No.1 2012年4月
開発のためのナノテクノロジー
グローバル・サウス(途上国)におけるリスクとベネフィットの
民主的な管理のための枠組み


情報源:NANO-DEV project, Policy Brief Number 1, April 2012
Nanotechnologies for development,
Towards a framework for democratic governance of risks and benefits in the global South
http://www.maastrichtsts.nl/wp-content/uploads/2012/04/
Beumer-NANO-DEV-Policy-Brief-April-2012-Nanotechnologies-for-development.pdf


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2012年4月14日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/nano-dev/Policy_Brief_April_2012_global_south.html

 この政策概要は、開発のためのナノテクノロジーに関する文献をレビューする。これらの文献に基づき、NANO-DEV プロジェクトは開発とナノテクノロジーとの関係の理解に多くのギャップがあることを特定する。

 近年、数百億ドルがナノテクノロジー研究に投入されている。ナノスケールでの物質の理解と制御であるとして通常定義されるナノテクノロジーは、21世紀は”ナノの世紀”になると既に呼ばれているように、広範な影響を持つといわれている。世界中の科学者と技術者は現在、ナノスケールで物質が獲得するようになる新たな特性を調べている。
 ナノテクノロジーはまた、グローバル・サウス(途上国)の開発に寄与するかもしれない。ナノテクノロジーの新たな特性はまた、グローバル・サウスの人々が直面する問題、特に水、エネルギー、健康の分野の問題解決を提供すると言われている。例えば、水フィルター、エネルギー貯蔵システム、太陽発電、携帯診断テスト装置がナノテクノロジーを利用して開発され、または改善されるかもしれない。
 しかし、新たな機会を提起するまさに同じ特徴が新たなリスクをもたらす。人の体と環境へのリスクがあるかもしれなし、例えばナノテクノロジーに投資すること自身がリスクになり得るように見える。結局、ナノテクノロジーが望んだ解決をもたらすことも、既存のテクノロジーより良好又は安い方法であることもを保証するものではない。
 ナノスケールでの技術と開発との関連についてはまだ多くが未知である。開発のためのナノテクノロジーの潜在的な役割を理解するために、いくつかの問題に目を向ける必要がある。例えば、異なる利害関係者がどのようにナノテクノロジーについて考えることに関与することができるか? リスクとベネフィットはどのように考慮されるのか? 研究室はどのように、そしてなぜナノテクノロジーに関与するのか? そして、ナノテクノロジーはどのようにして研究室から市場に、あるいはひとつの地理学的状況から他に出て行くのか?
 この政策概要は、開発のためのナノテクノロジーに関する既存の文献をレビューする。これらの文献に基づき、NANO-DEV プロジェクトは開発とナノテクノロジーとの関係の理解に多くのギャップがあることを特定する。

ナノテクノロジー

 ナノスケールのテクノロジーは、非常に小さい。人の髪の毛の巾は約80,000ナノメートル(nm)であるが、ナノテクノロジーは1〜100nmの範囲で生じる現象を取り扱う。
 1980年代における顕微鏡はいくつかの革新を遂げたが、最も有名なのは前例のない方法で科学者がナノスケール物質を可視化し操作することを可能にした走査型トンネル顕微鏡の開発である。このスケールでは、ある物質はスケール効果と量子則の作用の組み合わせにより新たな特性を獲得する。

開発のためのベネフィット

 ナノスケールでナノマテリアルが獲得する新たな特性は、あらゆる種類の応用に利用できる。2000年に米ナノテクノロジー・イニシアチブが立ち上げられた後、何人かの評論家もまたナノテクノロジーの非西欧世界での応用という脈絡で注目を始めた。
 グローバル・サウス(途上国)について提起されたひとつの主要な問題は、ナノテクノロジーの世界的な不平等への影響であった(Cozzens and Wetmore 2010)。それは否定的に表現され、グローバル・サウス諸国は、この新たなテクノロジーの波が世界的な格差を埋めることに役立つより、むしろその溝を深めることになるという事態を避けるために、ナノテクノロジーに関与することが求められるというものであった。この脈絡において、何人かの著者が新たに出現している”ナノ格差”について既に言及していた(RS/RAE 2004)。
 もっと肯定的な展望をとる Mnyusiwalla, Daar and Singer(2003)、Meridian Institute (2005)、及びSalamanca-Buentello et al.(2005) などの研究は、特定のナノテクノロジーの応用に焦点を合わせていた。
 特に水、エネルギー、及び健康の分野で、改良された水フィルター、エネルギー貯蔵システム、、太陽発電、携帯診断テスト装置のような貧しい人々を助けることができるもっと安価で効率の良いテクノロジーを作り出すことに貢献できることが指摘されていた((Mnyusiwalla, Daar and Singer, 2003; Meridian Institute, 2005; Salamanca-Buentello et al., 2005))。
 貧しい人々に対する直接的なベネフィット以外に、グローバル・サウスにおける多くの評論家と政策策定者もまた、ナノテクノロジーを経済成長の源であるとみなしている。これらの新たなテクノロジーは、新たな演者のための機会を開きつつも、既得権益と 技術軌道(technological trajectory)をかく乱するかもしれない。

途上国におけるナノテクノロジー

 グローバル・サウスのいくつかの国は、この間、ナノテクノロジーに既に投資している。ICPC NanoNet は、ナノテクノロジーに関与しているラテンアメリカ、アフリカ、アジア、東欧、及びカリブ海地域の50か国以上を特定している。
 グローバル・サウスの諸国の中に大きな相違がある。インド、エジプト、ブラジル、南アフリカのようないくつかの国は、特化したプログラムを通じて相当な金額を投資している。これらの国は、しばしば、経済成長がおきている大きな国である。特化されたプログラムと戦略は強い政治的な支援によってもたらされている。
 グローバル・サウスの他の諸国では、事情は異なる。ナイジェリア、ケニア、ウガンダ、ジンバブエのような国は、ナノテクノロジーへの関心を表明しており、実際にある活動を観察することができる。しかし、一般的に、この活動は個人的な研究や付帯的な基金のレベルを超えるものではない。
 下の世界地図は2009年のナノテクノロジーに関する発表論文数を示している。この地図は、ICPC NanoNetにより編集されたナノテクノロジーに関する年次報告の数値を用いて作成された。


開発のリスク


訳注:ナノ・ハザード表示シンボル
コンテスト入賞作品
World Social Forum, Nairobi, 2007
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
nano/etc/ETC_070124_symbol.html
 しかし、ナノテクノロジーはベネフィットだけをもたらすものではないかもしれない。将来性あるこのテクノロジーの潜在的な影響はまた、開発を挫折させるかもしれない。例えば、ナノテクノロジーをそのように将来を約束させる同じ特性がまた人の健康と環境に新たなリスクをもたらすかもしれない。いくつかの研究があるナノマテリアルは有害であること、及び、グローバル・サウスの諸国もまたこれらのリスクに対処すべきことを示した。
 さらに、ナノスケールでの特性は希土類鉱物の特性を模倣するために使用されるかも知れないので、希土類鉱の主要生産国、通常はグローバル・サウスの諸国、の輸出高に影響を及ぼすかもしれない。
 ナノテクノロジーは、このようにしてグローバル・サウスの原料需要と、その結果として原料の輸出にマイナス影響を及ぼす(Schummer 2007)。
 一連の洞察に満ちた記事の中で、Noela Invernizzi と Guillermo Foladori は、ナノテクノロジーの技術的側面への熱狂ではなく、社会的な脈絡の重要性を指摘した(Foladori and Invernizzi, 2005; Invernizzi and Foladori, 2005; Invernizzi, Foladori and Maclurcan, 2008)。ナノテクノロジーの社会的に埋め込まれた特性を無視すると、開発に失敗し、リソースの無駄遣いをもたらすことになるかもしれない。
 もっと具体的には、 NANO-DEV プロジェクトは、開発のためのナノテクノロジーのガバナンスにおける4つの主要な課題を特定している。

  1. 革新の文化(Cultures of innovation
  2. 技術の移動(Travelling technology
  3. 知識の斡旋(Knowledge brokerage
  4. リスク・ガバナンス(Risk governance

 これら4つの課題は、ナノテクノロジーが開発に寄与することを目的に扱われる必要がある。

NANO-DEV

 これらの課題に目を向けることはナノテクノロジーが開発に貢献するために重要である。しかし、これらの課題が取り扱われているのか、取り扱われるべきなのかについては、ほとんどわかっていない。したがって、NANO-DEV プロジェクトは、これらの領域における開発のためのナノテクノロジーのガバナンスについての我々の理解の改善を目指している。
 大前提のひとつは、各国は先進的な技術に、彼等自身が文化的に特定な方法で取り組むべきであるということである。したがってこのプロジェクトは、4つの異なる文化的環境(インド、ケニア、南アフリカ、オランダ)における開発のためのナノテクノロジーを調査する。

主要なメッセージ:ナノテクノロジーは、グローバル・サウスの諸国にポジティブ及びネガティブ両方の影響をもたらす可能性がある。これらは先を見越して対応されるべきである。
  • ナノテクノロジーのポジティブな影響には、貧困者の問題に対する解決という形での直接的なベネフィットと経済成長という間接的なベネフィットがある。
  • ナノテクノロジーのネガティブな影響には、人の健康と環境への直接的なリスクと世界的な格差を深めるというような間接的なリスクがある。
  • 開発のためのナノテクノロジーを利用するための主要な課題には、リスクガバナンス、革新の文化、知識の斡旋、及び技術の移動がある。

我々について
 NANO-DEV プロジェクトは、マーストリヒト大学主導による3つの研究機関のパートナーシップである。プロジェクトにはマーストリヒト大学(オランダ)の他に、ハイデラバード大学(インド)、アフリカ技術政策研究ネットワーク(ケニア)が参加している。コンタクト詳細、結果、刊行物についての更なる詳細は下記にて入手できる。
http://www.nano-dev.org/


参照
Cozzens, S. and Wetmore, J. (Eds.) (2010). Nanotechnology and the challenges of equity, equality and development. Dordrecht: Springer; Foladori, G. & Invernizzi, N. (2005). Nanotechnology for the poor? PLoS Medicine. Vol. 2(8), pp. 810-811; Invernizzi, N. & Foladori, G. (2005). Nanotechnology and the developing world: will nanotechnology overcome poverty or widen disparities? Nanotechnology Law & Business. Vol. 2(3), pp. 294-303; Invernizzi, N., Foladori, G. & MacLurcan, D. (2008). Nanotechnology’s controversial role for the South. Science, Technology & Society. Vol. 13(1), pp. 123-148; Meridian Institute (2005). Nanotechnology and the poor: opportunities and risks; Mnyusiwalla, A., Daar, A.S. & Singer, P.A. (2003)‘Mind the gap’: science and ethics in nanotechnology. Nanotechnology. Vol. 14, pp. 9-13; Royal Society and Royal Academy of Engineering (RS/ RAE) (2004). Nanoscience and nanotechnologies: opportunities and uncertainties. Plymouth: Latimer Trend Ltd.; Salamanca-Buentello, F., Persad, D.L., Court, E.B., Martin, D.K., Daar, A.S. & Singer, P.A. (2005). Nanotechnology and the developing world. PLoS Medicine. Vol. 2(5), pp. 383-386; Schummer, J. (2007). The impact of nanotechnologies on developing countries. In: Fritz Allhoff, Patrick Lin, James Moor & John Weckert (Eds.).Nanoethics: the ethical and social implications of nanotechnology. Hoboken: Wiley, pp. 291-307.


関連情報:


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