2009年1月19日
新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)
 ナノテクノロジー製品のリスク評価
エグゼクティブサマリー及び委員会の意見


情報源:Scientific Committee on Emerging and Newly Identified Health Risks / SCENIHR
Risk Assessment of Products of Nanotechnologies
http://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_scenihr/docs/scenihr_o_023.pdf

訳:野口知美 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年6月23日
更新日::2009年7月10日(4. 委員会の意見
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/eu/SCENIHR_090119_Risk_Nano_Products.html

内容
エグゼクティブ・サマリー
1.背景
2.委託事項
3.科学的根拠
3.1はじめに
3.2物理化学的特性化と分析
3.2.1物理化学的特
3.2.2検出と分析
3.2.3生物学的テストのためのナノ物質調合
3.2.3.1分散の重要性
3.2.3.2標準ナノ物質、特性化、テスト項目準備
3.3暴露測定のための方法論の開発
3.4ナノ物質と生体系とのインターフェース
3.5ヒト健康問題
3.5.1ナノ粒子−タンパク質相互作用
3.5.2トキシコキネティクス
3.5.2.1一般的背景
3.5.2.2ナノ物質の移動
3.5.2.3静脈暴露後の体内分布
3.5.2.4経口暴露後の体内分布
3.5.2.5吸入暴露後の体内分布
3.5.2.6ナノ物質の除去
3.5.2.7トキシコキネティクスに関する結論
3.5.3カーボンナノチューブの影響
3.5.4遺伝毒性
3.5.5ナノ粒子の心臓血管系への影響
3.6環境問題
3.6.1環境的運命と挙動
3.6.1.1一般的原理
3.6.1.2環境的分布の予測のためのテスト方法
3.6.1.3分解と変換のためのテスト方法
3.6.1.4生体蓄積のためのテスト方法
3.6.2生物利用能と暴露
3.6.2.1一般原理
3.6.2.2実験的研究におけるナノ物質への暴露
3.6.2.3食物連鎖影響及び二次毒性
3.6.3環境的影響
3.6.3.1環境的テスト系
3.6.3.2試験管内(in vitro)での評価方法
3.6.3.3生体内(in vivo)での評価方法<
3.7ナノテクノロジー リスク評価
3.7.1関連する物理化学的特性
3.7.2 読み取り法(read-across)
3.7.3リスク評価の枠組みの開発
3.7.3.1SCENIHR アルゴリズムの開発
3.7.3.2データベースの欠陥に目を向ける
3.7.4リスク評価のための結論
3.8研究の必要性
3.8.1ナノ物質の特性化
3.8.2ヒト暴露の決定
3.8.3ヒトハザードの特定
3.8.4環境暴露
3.8.5環境ハザード
4.委員会の意見
5.少数意見
6.略語リスト
7.参照


エグゼクティブ・サマリー

 現在のところ、工業的ナノ物質の潜在的リスクを評価する手続きは、いまだ開発途中である。人や環境に及ぼされるかもしれない悪影響を特徴づけるのに十分な科学的情報が入手可能になるまでは、この状況が変化することは望めない。それゆえ、暴露量の推定とハザードの特定をともに行う手法についての知識をさらに発展させ、これを実証および標準化することが必要だ。これまでのSCENIHRの意見書(SCENIHR 2006, SCENIHR 2007a)(訳注1)で詳述べられているように、人および環境リスクに関連してまず懸念されることは、自由および低溶解性ナノ粒子(ナノ物質)についてである。また、粒子状物質への暴露(特に吸入暴露)は、自然発生したナノ粒子および(燃焼過程などで)偶然発生したナノ粒子によって生じる可能性もあるということを認識すべきである。

 工業的ナノ物質を特徴づけるにあたって、いくつか重要な点がある。ナノ物質は、製造者によって製造されるときに特徴づけられるべきである。その結果、この情報を利用して、ナノ物質(ナノ粒子)自体の安全性を評価し、化学物質安全データシート(MSDS)を作成することができるようになるかもしれない。さらに、ナノ物質は生体系で利用されるときに、安全性を評価するために特徴づけられるべきである。ナノ物質が体液と接触すると、タンパク質やその他の生体分子で覆われる可能性がある。生体系で利用するためにナノ物質の調合によって、特にサイズ分布といったナノ物質の特性が著しく変化するかもしれない。それはナノ粒子が凝集体(agglomerate)又は凝集塊(aggregate)になるからである。その他の重要な点というのは、ナノ物質が実際に製品に使用されるときの特徴および、消費者が暴露するかもしれないナノ物質の特徴である。後者の特徴づけは、特にリスク評価と関連している。現在、合意が形成されつつあるのは、ナノ物質を特徴づけるときに決定しなければならない物理化学的性質、そしてナノ物質をリスク評価するときに重要となる可能性のある性質についてである。(部分的に)可溶性であるナノ物質の場合、放出される可溶性種によって、その毒性が少なくとも部分的には決定される可能性がある。低溶解性または徐放性に関しては、当該物質の微粒子特性が有毒種の組織分布および局所放出に関連しているかもしれない。それゆえ、こうしたナノ物質をリスク評価するにあたっては、その有毒種を考慮に入れるべきである。

 標準ナノ物質が必要とされる理由は、当該物質の影響を評価することができるだけでなく、その運命や振る舞いをも評価できると考えられるからである。そうすると、これは当該物質の特性や特徴にも絡んでくる可能性がある。また、標準ナノ物質によって異なったナノ物質同士の比較もできるようになると考えられている。標準ナノ物質の中には入手可能なものもあるが、これらは主にサイズの認定を受けた球状のモデル材料であり、その主な用途は粒径を測定する器具の目盛りを定めることである。試験プロトコルを測定および標準化する明確なパラメータが欠如していることは、標準物質を製造する上で大きな妨げになっていると言える。

 「ナノ」とは何かという定義は現在、いまだ論議されているところである。一般的にナノ物質は、少なくとも1次元において約100ナノメートル以下のものであると定義されている。そして、現在提案されている定義のいずれにおいても、1次粒子/構造のサイズが出発点として利用されている。しかしながら、ナノ物質が微粒子型である場合、その粒子は単一粒子として存在しているかもしれないし、また凝集体/凝集塊としても存在しているかもしれない。ナノ物質によっては、粒子の大部分が実際に凝集体/凝集塊であるということもあり得る。こうしたことは、100ナノメートル・サイズを大幅に上回る次元を持つナノ粒子の凝集体/凝集塊はナノ物質と見なされないという誤解を生むことになるかもしれない(訳注2)。とはいえ、こうした凝集体/凝集塊はナノ物質に特有の物理化学的性質を保持しているのだ。その理由は、比表面積(SSA)が比較的大きいからである可能性が最も高い。それゆえ、ナノ物質の特徴を述べるときは、平均粒径だけでなく1次粒子のサイズも記載することが重要であり、さらに凝集体/凝集塊の存在についての情報も提示すべきである。平均粒径が1次粒子サイズからかけ離れている(すなわち大きい)場合、凝集体/凝集塊の存在が示唆されていると考えられる。サイズのみならず、BET法によって決定される比表面積もまた、粒子の特徴を表すための優れた測定基準である。というのは、比表面積は凝集体と1次粒子の状態の違いとは無関係であるからだ。したがって、物理的サイズに基づいた現在の定義に加えて、物質の比表面積が60u/g以上という制限(60u/gという値は単位密度の100ナノメートル固体球の比表面積に対応している)を設けることによって、この定義を拡大することを考慮すべきである。

 ナノ物質のリスク評価を制限することになっているのは主に、人と環境の両方に関する暴露・線量測定データで良質なものが全般的に欠如しているということである。ここで問題になっていることのひとつは、さまざまな基質におけるナノ物質の存在の確認およびその正確な測定を日常的に行うことが困難であるということだ。浮遊ナノ物質に対しては、他の暴露経路の場合とは異なり、暴露(量と数のサイズ分布)を測定するための分析機器を一般的に利用することができる。これは試験環境について特に言えることだ。しかしながら、採用している方法が主に(超微)粒子の有無を測定するものであり、存在する可能性のある粒子のタイプを区別するものではないため、日常生活状況においてバックグラウンド暴露と偶発的暴露とを区別することが通常不可能なのである。標準化された確実な測定技術の確立を進め、測定戦略を策定し、影響を受けやすい作業場におけるナノスケール粒子の選別/監視の実施を促す必要がある。現在、特に難題と思われていることは、環境中の工業的ナノ粒子を検出および評価することである。これと同様に、食品や消費者製品からの消費者暴露を見積もることも依然として困難である。工業的ナノ物質の存在に関する情報は、ひとえに製造者によって提供される情報(主張)にかかっているのだ。さらにまた、工業的ナノ物質を含む製品の用途および多種の製品の使用に関する情報が欠如しているために、暴露を見積もることが妨げられている。空気を測定する場合と同じく、消費者製品中の工業的ナノ物質を測定する場合にも、工業的ナノ物質がバックグラウンドであるか意図的に付加されたものであるかを区別するのに困難が伴う。工業的ナノ物質への暴露を包括的に評価するためには、どのように協働し、研究戦略を立てたらよいかということを明確にしていかなければならない。

 ナノ物質は体液と接触すると、タンパク質やその他の生体分子で覆われる可能性がある。タンパク質で覆われることによってナノ粒子の生物学的作用などの挙動が影響を受けるかもしれないのと同様に、ナノ粒子によってタンパク質の挙動もまた影響を受けるかもしれない。ナノ粒子は試験管内(in vitro)では、タンパク質のアミロイド原線維形成を促進および阻害する可能性のあることが判明された。このような実験は、ナノ粒子と特定の精製タンパク質を培養することによって行われた。生体内(in vivo)状況またはより複雑な体液中で競合的結合が存在する可能性のある場合でも、観察された核形成プロセスが起こるかどうかについては、まだ明らかにされていない。

 注目すべきなのは、肺管や胃腸管からはごくわずかな量(投与量の約1%以下)しか体循環に入らないということである。しかし、割合はごくわずかであっても、これによって大量のナノ粒子が全身に取り込まれることにもなりかねない。肝臓と脾臓は、体内に分配するための2大臓器である。特定のナノ粒子により、すべての臓器が危険にさらされる可能性もある。というのは、これまでに調査した臓器のすべてから、ナノ粒子の化学成分あるいはナノ粒子自体を検出することができたのである。このことは、ナノ粒子がこうした臓器に分配される可能性のあることを示唆している。このような臓器の中には、脳や生殖器系(すなわち睾丸)も含まれる。子宮内(in utero)胎児へのナノ粒子の移行については、相反する結果が観察された。トキシコキネティクスに関する知識は増加してきており、大きなナノ粒子よりも小さなナノ粒子の方がとりわけ広範囲の臓器に実際のところ分配されるということが明らかになった。鼻の嗅粘膜に付着したナノ粒子が脳に移行する可能性のあることも示唆されている。つまり、医薬品が脳に侵入する経路が形成される可能性もあるということだ。一方、脳アミロイド症について考えてみても、試験管内(in vitro)でナノ粒子がタンパク質の原線維形成を引き起こす可能性があることに照らし合わせると、こうして観察されたことによっていくつか懸念がもたらされることになるかもしれない。この分野について、さらなる研究が至急必要とされていることは確実である。

 大気汚染に含まれる粒子状物質の影響についての観察を鑑みると、工業的ナノ粒子が心臓血管系に影響を及ぼすかもしれないとの懸念が生じてくる。しかし、このことはこれまではっきりとは証明されてこなかった。ナノ粒子が心臓血管に危険を及ぼす可能性についての情報は、概ねかなり限定されており、拡充することが必要とされている。

 ナノチューブが有害なアスベストのいくつかの種類とよく似た特徴を持っていることが判明し、特定のナノチューブはアスベストと同じく炎症反応を引き起こす可能性があるということが証明された。こうした反応を引き起こす物質の主な特徴は、細長い繊維形状(20マイクロメートル以上の長さ)、高い剛性、非分解性(生体内持続性)である。ナノチューブが人に対して危険を及ぼすかどうか不明である理由は、このように具体的な特徴だけでなく、こうした構造体を吸入暴露するということに極めて重点が置かれていると考えられるからである。こうした特定のカーボン・ナノチューブによって中皮腫にかかる危険性についての研究が行われているが、その主な結論は、そうした危険性も除外できないということである。そのため、(いかなる化学組成になる可能性があっても)ナノチューブの製造者は、いくつかの特徴(長さ、剛性、生体内持続性など)が危険をもたらすかもしれないということを認識すべきである。よって、こうした特定の工業的ナノ物質の安全性を評価するにあたっては、慢性炎症や中皮腫が誘発される可能性を考慮に入れなければならない。

 通常の粒子の遺伝毒性効果は、直接的な遺伝毒性と間接的な(炎症媒介)遺伝毒性といった2つの作用によって促進される。ナノ粒子は炎症を引き起こしたり、細胞に侵入して酸化ストレスを引き起こしたりする可能性もあるため、こうした経路のいずれかを通じて作用するのかもしれない。ナノ粒子はサイズが小さいためミトコンドリアや細胞核のような細胞内コンパートメントに入り込むことができるということを示す証拠は、いくつか存在する。ミトコンドリアや細胞核の中にナノ物質が存在することによって、酸化ストレスが遺伝毒性を媒介すること、およびDNAと直接相互作用すること、それぞれの可能性を開くことになる。いくつかの工業的ナノ物質については、主に活性酸素種の発生に関連した遺伝毒性作用が報告されているが、その一方で相反する結果が得られたものもあった。
 工業的ナノ物質の製造、使用、廃棄が増加していることを考慮すると、環境暴露も同じく増加していることが予想される。人の健康リスクを予測する場合と同様に、さまざまな環境における生態毒性効果の可能性を予測する場合でも、環境中の工業的ナノ物質の運命や挙動を理解することが必要不可欠である。主として重要であるのが、環境内でのナノ粒子の放出、運命、暴露を評価することだ。環境リスクアセスメントをするにあたって、水の濃度を評価することは極めて重要である。分散したナノ物質の暴露濃度を評価するためには、環境中の粒子に影響を及ぼすプロセスについて詳しく理解する必要がある。しかしながら、こうしたプロセスについて現在得られる知識は不十分であるため、ナノ物質の環境運命を定量的に予測することはできない。

 ナノ物質の可溶性は、焦点をあてるべき重要な特性である。ナノ物質がどの程度、どのような速度で溶解するかについての知識は、以下の2つの点において極めて重要である。(i)こうした知識を用いて、環境中のナノ物質濃度や環境・生物内でのナノ物質の滞在時間を直接制御する。(ii)こうした知識を用いて、ナノ物質から発生した溶存種の濃度を測定する。現在利用することのできる溶解(速度)の標準的な測定方法によって、こうした知識が十分に得られるかどうかは疑問である。

 通常の(溶解)化学物質の暴露濃度を評価する場合と違って、オクタノール・水分配係数(Kow)は、水・固体分配を予測する場合にはあまり役立たない可能性が高い。水中のナノ物質の暴露レベルを予測するために別の理論を構築することは、まだなされていない。コロイド科学における確立された知識に基づけば、(海洋環境と比較して)淡水区画の水素イオン濃度(pH)やイオン強度、天然有機物の存在がどの程度であるかということが浮遊ナノ物質の残留レベルに影響を与える重要な要素となっていることが予想される。こうした要素や工業的ナノ物質の化学的性質によって、凝集の増加に伴う沈殿または反対に分散の増加が生じる可能性もある。

 さらに、現在、生物分解を測定するために使用されている方法(二酸化炭素の生成、生物量への組み入れ)は多くの場合、工業的ナノ物質には適用できないと思われる。

 いくつかのナノ物質(つまり量子ドット)は、あらゆる環境生態の間を移動することが証明されているが、このことは食物連鎖によって生物蓄積が起こる可能性を示唆している。単純な有機化学物質の場合、オクタノール・水分配係数(Kow)と生物蓄積または生物濃縮係数(BCF)との間の関係が確立されている。しかしながら、この関係がナノ物質にも適用できるかどうかは、不明である。というのは、これを評価するために利用することのできるデータが不足しており、さらに多くのデータが必要とされているからである。

 環境生態に対する毒性効果は、特に水生動物種を使用して証明されてきた。環境毒物学的運命・影響に関するテストにおける大きな問題のひとつは、環境毒性テストで通常使用されるさまざまな暴露媒体中でナノ物質がどのように浮遊または分散するかについての情報に一貫性がなく、これを広範囲に適用することができないということである。ナノ物質を沈殿物/土壌と混合するということは、その特性を経時的に明らかにすることと同様に、いまだごく初期段階の開発分野に属している。環境毒物学で通常使用される評価項目は死亡率、成長、授乳、生殖などであるが、これらはまた、ナノ物質による環境毒性を評価するためにも使用することができる。さらに、哺乳動物毒性に類似している特定のバイオマーカー、例えば酸化的ストレス、遺伝子損傷、遺伝子発現などによって、ナノ物質の毒性メカニズムについていくらかの知見が得られるかもしれない。

 さまざまな工業的ナノ物質による健康及び環境に対するハザードが証明されてきた。特定されたハザードによって示唆されることは、ナノ物質が人および環境に有害な影響を与える可能性があるということだ。しかしながら、すべてのナノ物質が有害な影響を与えるわけではないということにも留意すべきである。いくつかの工業的ナノ物質(カーボンブラック、二酸化チタン)は長期間使用しても、ほぼ間違いなく低い毒性しか示さない。小さければ小さいほど反応性が高く、したがって毒性も高いという仮説について、これまで公表されたデータによって実証することはできなかった。この点について、ナノ物質は通常の物質と同様に、有毒なものもあるかもしれないし、有毒でないものもあるかもしれない。ナノ物質の危険性を特定するための理論的枠組みはまだ広く適用することができないため、ナノ物質をリスク評価するにあたってはケースバイケースの対応策を取ることが推奨される。


09/07/10 追加
4. 委員会の意見

 通常の物質及びそれ以外の物質による人や環境への潜在的リスクを評価するためのリスク評価方法論は広く利用されており、ナノ物質にも通常適用されているが、ナノ物質に関連する特定の側面についてさらに解明することが依然として必要である。ナノ物質による人や環境への悪影響を特徴づけるのに十分な科学的情報が入手可能になるまでは、この状況が変化することはないであろう。暴露量推定及びハザード特定のための方法論は、さらに開発、実証、標準化する必要がある。最もリスクがあるがゆえに懸念されることは、液分布または浮遊粉塵において不溶性の単体(非結合)ナノ粒子が存在もしくは発生することに関連していると考えられている。

工業的ナノ物質の特徴づけ
 工業的ナノ物質を特徴づけるにあたって、いくつか重要な点がある。現在、合意が形成されつつあるのは、リスク評価をするために、どういった性質について決定する必要があるのかということである。動物実験系では、ナノ物質がその性質を変化させる可能性もある。具体的には、ナノ物質が部分的に溶解する、または部分的に凝集体/凝集塊となることもあるため、粒度分布が変化するのである。(部分的に)可溶性であるナノ物質の場合、ナノ物質から放出される可溶性種/溶解成分によって、その毒性が少なくとも部分的には決定される可能性がある。低溶解性または徐放性に関しては、当該物質の微粒子特性が有毒種の組織分布及び局所放出の可能性と関連しているかもしれない。それゆえ、こうしたナノ物質をリスク評価するにあたっては、その有毒種を考慮に入れるべきである。ナノ物質を使用する際には、ナノ物質が製造されるとき、実験系で利用されるとき、最終製品中に存在するときなど、広範囲に特徴づけを行うことが必要とされる。「製造されるとき」に特徴づけを行うことによって、当該製品自体の化学物質安全データシート(MSDS)を作成するための情報を得ることができる。実験系で「利用されるとき」に特徴づけを行う必要があるのは、ナノ粒子が凝集体/凝集塊になることによって、特にサイズ分布などのナノ物質の特性が著しく変化するかもしれないからである。特に重要な点は、ナノ物質が実際に製品に使用されるときの特徴、及び消費者が暴露するかもしれないナノ物質の特徴である。後者の特徴づけは、特にリスク評価と関連している。

 EUでは法律上、ナノ物質については、REACH規則(欧州議会及び理事会規則(EC) No. 1907/2006)における物質の定義が適用されている(欧州委員会2006)。しかしながら、ナノスケールの定義については、いまだ議論中である。さまざまな組織により提案されているナノスケールの定義では、約100ナノメートルの上限値が設けられている。ここで注目しておきたいのは、現在提案されている定義のほとんどにおいて、1次粒子/構造のサイズが出発点として利用されているということである。しかし、ナノ物質が微粒子型である場合、その粒子は単一粒子として存在しているかもしれないし、また凝集体/凝集塊として存在しているかもしれない。ナノ物質によっては、粒子の大部分が凝集体/凝集塊ということもあり得る。こうしたことは、外寸が100ナノメートルを大幅に上回るナノ粒子の凝集体/凝集塊は、ナノ物質として見なされないという誤解を生むことになるかもしれない(訳注2)。とはいえ、こうした凝集体/凝集塊はナノ物質に特有の物理化学的性質を保持しているのである。その理由は、比表面積(SSA)が大きいからという可能性が最も高い。それゆえ、ナノ物質の特徴を述べるときは、平均粒径だけでなく1次粒子のサイズも記載することが重要であり、さらに凝集体/凝集塊の存在についての情報も提示すべきである。サイズのみならず、BET法により決定される比表面積もまた、微粒子の特徴を表すための優れた測定基準である。というのは、比表面積は凝集体と1次粒子の状態の違いとは無関係であるからだ。したがって、物理的サイズに基づいた現在の定義に比表面積という制限を加えることによって、これを補足することを考慮しなければならない。単位密度の100ナノメートル固体球の比表面積は、60u/gである。

現在、標準ナノ物質が必要とされている。標準ナノ物質の中には入手可能なものもあるが、これらは主にサイズの認定を受けた球状のモデル材料であり、その主な用途は粒径を測定する器具の目盛りを定めることである。試験プロトコルを測定及び標準化する明確なパラメータが欠如していることは、標準物質を製造する上で大きな妨げになっていると言える。ここで注目しておきたいのは、生体系で利用するためには、ナノ物質の組成や特性に影響を及ぼし、その(有害な)挙動に変化をもたらすことのできる特定の化合物を加える必要があるということである。

人の暴露
 ナノ物質のリスク評価を制限することになっているのは主に、人と環境の両方に関する暴露・線量測定データで良質なものが全般的に欠如しているということである。ここで問題になっていることのひとつは、ナノ物質の存在の確認及びその正確な測定が困難であるということだ。浮遊ナノ物質に対しては、他の暴露経路の場合とは異なり、暴露(量と数のサイズ分布)を測定するための分析機器を一般的に利用することができる。これは試験環境について特に言えることだ。しかしながら、採用している方法が主に(超微)粒子の有無を測定するものであり、存在する可能性のある粒子のタイプを区別するものではないため、日常生活状況においてバックグラウンド暴露と偶発的暴露とを区別することが通常不可能なのである。これまで、粒子測定に関する情報のほとんどは、作業場での大気中測定によるものであった。作業所周囲の空気における工業的ナノ物質の定量的・定性的測定については、明らかにされてこなかった。外気の測定が可能だとしても、それは混乱したものであるかもしれない。例えば、カーボン・ナノチューブは燃焼の全過程において生じる可能性があるため、作業所周囲の場所でも検出されかねないのである。こうしたことは、浮遊する工業的ナノ物質の暴露レベルを明らかにすることの難しさを物語っている。標準化された確実な測定技術を確立し、測定戦略を策定し、影響を受けやすい作業場でのナノスケール粒子の選別/監視を実施することが必要である。現在、特に難題と思われていることは、環境中の工業的ナノ粒子を検出及び評価することである。天然水、沈殿物、土壌を媒体とした人や生態系への暴露について明らかにするためには、このことがさらに緊急の課題となってくる。

 食品や消費者製品からの消費者暴露を見積もることは、依然として困難である。工業的ナノ物質の存在に関する情報は、ひとえに製造者により提供される情報(主張)にかかっている。さらにまた、工業的ナノ物質を含む製品の用途及び多種の製品の使用に関する情報が欠如しているために、暴露を見積もることが妨げられている。空気を測定する場合と同じく、消費者製品中の工業的ナノ物質を測定する場合にも、工業的ナノ物質がバックグラウンドであるか意図的に付加されたものであるかを区別するのに困難が伴う。工業的ナノ物質への暴露を包括的に評価するためには、どのように協働し、研究戦略を立てたらよいかということを明確にしていかなければならない。主な論点は、実際の暴露条件を実験室テストで再現する上での問題、及び確固たる特定の測定手法を一般的に利用することができないという問題に集約することができるであろう。暴露評価をするにあたっては、ライフサイクルのそれぞれの段階を考慮しなければならない。

人に対するハザード
 ナノ物質は体液と接触すると、タンパク質やその他の生体分子で覆われる可能性がある。その影響が、ナノ粒子に対する生物学的反応の結果にも及ぼされるかもしれない。被覆タンパク質については、哺乳類系において最も広く研究されてきた。ナノ物質の安全性やリスクを評価するにあたって、ナノ物質の被覆が重要なのは明らかである。なぜなら、関連する生体環境におけるナノ粒子の特徴を明らかにすることが必要であると示唆されているからだ。ナノ粒子の被覆は、(ペグ化によって)循環時間を延長したり、特定の場所(たとえば脳治療のためにアポリポタンパク質E、腫瘍治療のために免疫グロブリン)を標的としたりするといった治療目的で利用される可能性もある。

 タンパク質で覆われることによってナノ物質の生物学的作用などの挙動が影響を受けるかもしれないのと同様に、ナノ物質によってタンパク質の挙動も影響を受けるかもしれないと懸念される可能性がある。いくつかのナノ粒子は、試験管内(in vitro)では、タンパク質のアミロイド原線維形成を促進及び阻害する可能性のあることが判明した。このような実験は、さまざまなナノ粒子と、精製されたβ-2ミクログロブリンまたはβ-アミロイドタンパク質とを培養することによって行われた。生体内(in vivo)状況またはより複雑な体液中で競合的結合が存在する可能性のある場合においても、観察された核形成プロセスが起こるかどうかについてはまだ明らかにされていない。

 既存のデータによれば、ナノ粒子が気道や胃腸管から体循環に入る可能性があるが、多くの場合はごくわずかな量(質量単位の投与量の1%未満)である。しかし、割合はごくわずかであっても、これによって大量のナノ粒子が全身に取り込まれることにもなりかねない。ナノ粒子の移動は、ナノ粒子のサイズなどの物理化学的性質や、入り込む臓器の生理状態によって決まるところが大きい。ナノ粒子が血液循環に到達すると、肝臓と脾臓は体内に分配するための2大臓器となる。循環時間が劇的に増加するのは、ナノ粒子が親水性になり、その表面がプラスに帯電したときである。例えばポリエチレングリコール(ペグ化)による被覆によっても、体循環での滞在時間は増加する。特定のナノ粒子によって、すべての臓器が何らかの危険にさらされる可能性もある。というのは、これまでに調査した臓器のすべてから、ナノ粒子の化学成分あるいはナノ粒子自体を検出することができたのである。このことは脳や睾丸について証明されたが、子宮内(in utero)胎児へのナノ粒子の移行については相反する結果が観察された。トキシコキネティクスに関する知識は増加してきており、これまでに使用された物質について言えば、大きなナノ粒子よりも小さなナノ粒子の方がはるかに広範囲の臓器に実際のところ分配されるということが明らかになった。

 鼻の嗅粘膜に付着したナノ粒子が脳に移行する可能性のあることも示唆されている。つまり、医薬品が脳に侵入する経路が形成される可能性もあるということだ。脳アミロイド症について考えてみると、試験管内(in vitro)ではナノ粒子がタンパク質の原線維形成を引き起こす可能性があるため、このような観察によっていくつか懸念がもたらされるかもしれない。この分野について、さらなる研究が至急必要とされていることは確実である。

 大気汚染に含まれる粒子状物質の影響についての観察を鑑みると、工業的ナノ粒子が心臓血管系に影響を及ぼすかもしれないとの懸念が生じてくる。しかし、このことはこれまではっきりとは証明されてこなかった。ナノ粒子が心臓血管に危険を及ぼす可能性についての情報は、概ねかなり限定されており、拡充することが必要とされている。

 カーボン・ナノチューブは、有害なアスベスト繊維とよく似た物理化学的特徴及び生体内持続性を持つものもあり、これらはアスベスト繊維と同じく炎症反応を引き起こす可能性のあることが証明された。こうした反応を引き起こす物質の主な特徴は、細長い繊維形状(20マイクロメートル以上の長さ)、高い剛性、非分解性(生体内持続性)である。このようなカーボン・ナノチューブを吸入暴露することによって人に危険がもたらされるかどうかについては、不明である。そのため、(いかなる化学組成になる可能性があっても)ナノチューブの製造者は、いくつかの特徴(長さ、剛性、生体内持続性など)が危険をもたらすかもしれないということを認識すべきである。よって、その安全性を評価するにあたっては、慢性炎症や中皮腫が誘発される可能性を考慮に入れなければならない。

 通常の粒子の遺伝毒性効果は、直接的な遺伝毒性と間接的な(炎症媒介)遺伝毒性といった2つの作用によって促進される。ナノ粒子は炎症を引き起こしたり、細胞に侵入して酸化ストレスを引き起こしたりする可能性もあるため、こうした経路のいずれかを通じて作用するのかもしれない。ナノ粒子はサイズが小さいためミトコンドリアや細胞核のような細胞内コンパートメントに入り込むことができるということを示す証拠は、いくつか存在する。ミトコンドリアや細胞核の中にナノ物質が存在することによって、酸化ストレスが遺伝毒性を媒介する、及び/またはDNAと直接相互作用する可能性を開くことになる。いくつかの工業的ナノ物質については、主に活性酸素種(ROS)の発生に関連した遺伝毒性作用が報告されているが、その一方で相反する結果が得られたものもあった。酸化ストレスに加えて、細胞分裂中の力学的干渉の可能性、及び遺伝毒性効果をもたらすその他の要因(つまりナノ物質からの金属放出)といったナノ物質に特有と思われる遺伝毒性メカニズムについても考慮する必要がある。

 人に対するハザードを特定するための主な論点は、個々のテスト系がナノ物質に対して適切であることを確保すること、及び特に現実化する可能性の高い懸念(心臓血管系への影響など)についての評価項目に対する適切な取り組みを確保することが必要であるということに集約できるであろう。

環境暴露
 ナノ物質の製造、使用、廃棄が増加することによって、環境暴露も増加することになるであろう。人の健康リスクの場合と同様に、さまざまな環境における生態毒性効果の可能性においても、環境自体の中にある工業的ナノ物質の運命や挙動が極めて重要になってくる。関連する暴露濃度を評価するにあたって大きな障害となっているのは、最も重要な2つの情報/知識の欠如だ。それは第一に、ナノ物質の環境への放出率に関する定量的知識の欠如である。第二に、周囲環境におけるナノ物質の濃度に関する知識がほとんど欠如していることである。また、放出率から濃度を推定するために利用することのできる理論もない。主な問題は、化学物質の分布や運命に関する確立された知識を通常物質の環境リスクアセスメントに関する現在のEUガイドラインに適用しているように、ナノ物質に対しても適用するためには、この知識を修正することが必要だということである。間違いなくKowは、ナノ物質がどの程度固体表面に付着するか予測するのにあまり役に立たない。

 ナノ物質の運命や分布を説明する仮説が徐々に発展してきているのは、コロイド科学における古くからの知識によるところが極めて大きい。ナノ粒子のコロイド挙動(凝集塊/凝集体化、沈殿作用)に影響を与える主な要素には、ナノ物質の物理化学的性質の他に、イオン濃度(pH)やイオン強度、天然有機物の存在といった環境感受性があると認識されている。ナノ物質のこうした特徴によって、水中でのナノ物質の沈殿または分散が増加する可能性もある。暴露量を予測するにあたって障害となっているのは、工業的ナノ物質を自然発生するバックグラウンド・レベルのナノ物質と区別することが難しいということである。環境リスクアセスメントを行うにあたっては、水の濃度を評価することが極めて重要である。分散したナノ物質の暴露濃度を評価するためには、環境中の粒子に影響を及ぼすプロセスについて詳しく理解する必要がある。しかしながら、こうしたプロセスについて現在得られる知識は不十分であるため、ナノ物質の環境運命を定量的に予測することはできない。

 ナノ物質の可溶性は、焦点をあてるべき重要な特性である。ナノ物質がどの程度、どのような速度で溶解するかについての知識は、以下の2つの点において極めて重要である。(i)こうした知識を用いて、環境中のナノ物質濃度や環境・生物内でのナノ物質の滞在時間を直接制御する。(ii)こうした知識を用いて、ナノ物質から発生した溶存種の濃度を測定する。どの程度、どのような速度でナノ物質が水中で溶解するかという知識は、環境運命やナノ物質の影響を予測する上で欠かせない知識である。現在利用することのできる溶解(速度)の標準的な測定方法によって、こうした知識が十分に得られるかどうかは疑問である。

 通常の(溶解)化学物質の暴露濃度を評価する場合と違って、オクタノール・水分配係数(Kow)は、水・固体分配を予測する場合にはあまり役立たない可能性が高い。水中のナノ物質の暴露レベルを予測するために別の理論を構築することは、まだなされていない。コロイド科学における確立された知識に基づけば、(海洋環境と比較して)淡水区画の水素イオン濃度(pH)やイオン強度、天然有機物の存在がどの程度であるかということが浮遊ナノ物質の残留レベルに影響を与える重要な要素となっていることが予想される。こうした要素や工業的ナノ物質の化学的性質によって、凝集の増加に伴う沈殿または反対に分散の増加が生じる可能性もある。

 いくつかのナノ物質(つまり量子ドット)は、環境生態の間を移動することが証明されているが、このことは食物連鎖の最後に位置する種において生物蓄積が起こる可能性を示唆している。主な論点は、環境中のナノ物質の分布を評価するのに適切な方法を開発すること、及びさまざまな環境媒体中のナノ物質のレベルを測定する可搬式の監視装置が欠如していることに集約できるであろう。

 さらに、現在、生物分解を測定するために使用されている方法(二酸化炭素の生成、生物量への組み入れ)は多くの場合、工業的ナノ物質には適用できないと思われる。

環境ハザード
 環境生態に対する毒性効果は、特に水生動物種の研究によって証明されてきた。環境毒物学的運命・影響に関するテストにおける大きな問題のひとつは、テストで使用されるさまざまな暴露媒体中でナノ物質がどのように浮遊するかについての情報に一貫性がなく、これを広範囲に適用することができないということである。暴露媒体、物質と媒体との混合、現実的な暴露を考慮することについては、特に焦点を当てる必要がある。こうした状況の下では、生態(毒物)学的研究におけるナノ物質の特徴づけが重要になってくる。ナノ物質を沈殿物/土壌と混合することというのは、その特性を経時的に明らかにすることと同様に、いまだごく初期段階の開発分野に属している。さらに、バックグラウンド・レベルのナノ物質が存在するため、これと被験ナノ物質とを区別する方法が問題になっている。

 環境毒物学で通常使用される評価項目は死亡率、成長、授乳、生殖などであるが、これらはまた、ナノ物質による環境毒性を評価するためにも使用することができる。さらに、哺乳動物毒性を評価するために使用されるバイオマーカーに類似しているものの中には、酸化的ストレス、遺伝子損傷、遺伝子発現などがあるが、これらによってナノ物質の毒性メカニズムについていくらかの知見が得られるかもしれない。

 環境ハザード評価のための主な論点は、ナノ物質の影響を特徴づけるための実験室テスト系の有効性確認が必要であること、及び特定のナノ物質による生態系への影響についての調査が必要であることに集約できるであろう。

リスク評価
 さまざまな工業的ナノ物質による健康及び環境に対するハザードが証明されてきた。特定されたハザードによって示唆されることは、ナノ物質が人及び環境に有害な影響を与える可能性があるということだ。しかしながら、すべてのナノ物質が有害な影響を与えるわけではないということに留意すべきである。いくつかの工業的ナノ物質(カーボンブラック、二酸化チタン)は長期間使用しても、ほぼ間違いなく低い毒性しか示さない。それゆえ、小さければ小さいほど反応性が高く、したがって毒性も高いという仮説について、これまで公表されたデータによって実証することはできないのである。この点について、ナノ物質は通常の化学物質/物質と同様に、有毒なものもあるかもしれないし、有毒でないものもあるかもしれない。ナノ物質によるハザードを特定するための理論的枠組みはまだ広く適用することができないため、ナノ物質をリスク評価するにあたってはケースバイケースの対応策を取ることが今もなお推奨されている。


09/007/10 追加
5. 少数意見

 なし



訳注1:SCENIHRの他の報告書
訳注2:凝集塊(aggregate)/凝集体(agglomerate)関連情報


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る