ECHA ニュースレター 2016年11月 第4号
ナノ物質: 天使か、悪魔か?

情報源:ECHA Newsletter, November 2016 Issue 4
Nanomaterials: angels or demons?

https://newsletter.echa.europa.eu/home/-/newsletter/entry/
nanomaterials-angels-or-devils-


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2016年12月29日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ECHA/
161100_ECHA_Nanomaterials-angels-or-demons.html

 欧州委員会は、ナノ物質の登録制度の代わりにナノ物質の観測所(observatory for nanomaterials)(訳注1)を設立することをなぜ決めたのか? この決定はヨーロッパの消費者にどのような影響を及ぼすのか? ナノ物質は実際に危険なのか? 我々はもう少し明確にするために、欧州委員会の企業総局化学物質ユニットの副長オットー・リンヘル氏及び欧州化学物質庁(ECHA)の副長官ユッカ・マルム氏から話を聞いた。

 ナノ物質は広く日用品中に含まれており、長期間残留する。欧州委員会は ECHA に対し、ナノ物質に関するデータと情報を収集するための観測所(observatory)を制定し運用するよう要請した。これに対する代替オプションは、産業側に消費者製品中のナノ物質を登録するよう求める登録制度を制定することであろう。観測所を設定するという決定は、観測所は有害なナノ物質から消費者と作業者を保護するための情報と力を持つことができないであろうと主張する利害関係者からの批判がある(訳注2)。

なぜ観測所なのか?

 近年、欧州委員会は、EU はどの様にナノ物質を取り扱うべきかを調査している。”ナノ物質は広範に使用されているので、ナノ物質を含む全ての製品を登録することは極めて煩雑で、コストが高くつくであろう。影響評価は初年度に50億ユーロ(約6,000億円)かかり、その後年間25億ユーロ(約3,000億円)かかると見積った。さらにその情報は消費者や作業者の助けにならないであろう。なぜなら第一に、そのデータベースは企業秘密情報を含んでいるので、彼らはそれらにアクセスできないからである。そして第二に、それらの情報では彼らはこれらの製品を使用することにリスクがあるかどうかわからないからである”と、欧州委員会のオットー・リンヘル氏は説明する。

 リンヘル氏によれば観測所設置の目的のひとつは、、利用可能な情報を利用者に合うようにフィルターをかけることである。”もしあなたが消費者にある特定の水彩絵の具がナノ物質を含んでいると告げたなら、彼らはその情報で何をするであろうか? 全ての種類の水彩絵の具を登録するより、一般的にナノ物質がどこで見いだされるのかの概要を示し、ナノ物質の存在が実際に彼らにとって何を意味するのか知らせることの方が重要である。彼らはその問題を真剣にとらえるべきであるが、同時に理由がない時には心配する必要はない”。

一か所にある情報

 ”観測所は新たなデータをもたらすことはないが、ナノ物質に関する既に利用可能な情報を一か所で収集し、容易に理解できる方法でそれを提示するであろう。ECHA にとっての重要な課題は、公平で客観的な方法で適格な情報を抽出し、提示することである。観測所は、ナノ物質について情報提供するだけの組織ではなく、車輪を再発明する(訳注:新たな付加価値が何もないものを作成する)理由はない。そうではなくて、それは情報を収集し、まとめ、提示する。例えば、観測所は研究プロジェクトが終了した後、そこから得られた情報が失われることがないよう、それらを維持する重要な役割を演じると、リンヘル氏は言う。

 リンヘル氏とマルム氏(ECHA)の両者は、観測所の内容は消費者と作業者にとって有用である必要がある。ナノ物質の問題は、非常に科学的であり、一般公衆が内容のどのようなことについても理解し、正しく解釈するのに役立てるものであり、コミュニケーションをはかるために特別の配慮が必要である。

我々は心配すべきか?

 いくつかの利害関係者らは、観測所はヨーロッパの消費者をナノ物質の潜在的なハザードから保護するためには十分ではないと声を大にした(訳注2)。リンヘル氏は同意しない。”私は、その懸念はナノ物質は数が少なく、未知で、潜在的に危険であるという、深い塹壕で防備された(強固に確立された)間違った見解に基いていると思う。実際に、例えば作業場の環境中に微小な埃が存在するという問題がある一方で、ナノ物質を含む日常生活用品の大部分にとって問題であるということを示すものは、たとえあっても少数しかない。私の基本的なメッセージは、登録するに値しないものを登録するということより、むしろ、適切な問題と潜在的なリスクを特定する作業に絞り込むことである”と、リンヘル氏はいう。

 マルム氏は利害関係者との会話を持ちたいと切に願っている。”多くの利害関係者やいくつかの加盟国は、観測所は彼らの懸念を扱うための手段としては十分ではないと考えている。観測所は新たな義務をもたらさないというようなことは事実であり、したがってデータのギャップを実際には埋めることができないが、それでも他の利用者には我々がどの様な情報を持っているのか、そして持っていないのかを理解するのに役立てることができる。我々はまた、現在の物質登録は市場にある全てのナノ形状物質をまだカバーしていないということを知っている。我々は、これらの安全面に関する情報が不足しており、私はなぜそのような情報の不足が懸念を引き起こしているのか理解している”と、彼は言う。

 マルム氏は、ナノ物質の安全性は REACH の下にどのように評価されるべきかに関する法的明瞭さが必要であると強調する。彼は、ナノ物質は他のどのような物質とも同じようにみなされる必要があるという OECD における共通の合意があると説明する。”このことは、ナノ物質のリスクを一般レベルで議論することはできないということである。我々はバルク形状のデータに自動的に頼ることはできない。全てのナノ物質は他のどのような物質とも同じように1件毎に評価されなくてはならない。あるナノ物質は有害かもしれず、あるものはそうでないかもしれない”。

 観測所は新たなデータを生成しないが、ヨーロッパの市民に付加価値をもたらすことができる。”多くの人々が知っているよりもっと多くの情報が利用可能になるかもしれず、そのような情報を示すことにより、我々はナノ物質についての理解を深めることができる”。

加盟国の登録制度

 いくつかの加盟国、例えばデンマークとフランスは、ナノ物質についての国家登録制度を創設した(訳注3)。このデータがいつの日か EU 観測所のデータの一部となるかどうかを言うにはまだ早すぎる。”我々は、彼らが生成しているデータをどのように最善に使用することができるかを、当該加盟国と討議することを望んでいる。国家登録は個々の会社からの届け出に基づいており、その詳細情報はしばしば企業秘密であるとみなされているので、我々は彼らが公開できることに限界があることを知っている。我々は少なくとも概要レベルの情報はEU観測所で使用することができるかどうか調査したい”と、マルム氏は言う。

次は何か?

 ECHA は現在、2017年の夏ごろの稼働が計画される観測所の第一段階を準備中である。対象ナノ物質か、それらの用途、安全問題、そして研究プロジェクトへのリンクに関する情報がウェブサイトに掲載されるであろう。

 欧州委員会と ECHA は、観測所は信頼性のあるユーザーに使いやすいナノ物質に関する情報源となり、一方、その制度により異なる背景と必要性を持つ人々がナノ物質の安全性と用途に関する情報を見つけることができることを期待している。”もし、 ECHA と観測所が一般公衆のために健全な情報源として受け入れられるなら、それはひとつの成功である。観測所は、健康と安全問題はもちろん、市場と製品の良き概要を含むべきである。それはまた、ナノ物質に関する議論の神秘を解き、ナノ物質の議論そのものに積極的な役割を果たすべきである”と、リンヘル氏は結論付けた。


訳注1: EU ナノ観測所立ち上げ関連情報
訳注2:利害関係者の反応
訳注3:各国のナノ登録制度


化学物質問題市民研究会
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