2020 Science 2009年8月18日
ナノテクノロジーは直面する荒波に準備ができているか?
アンドリュー・メイナード

情報源:2020 Science August 18, 2009
Is nanotechnology poised for the ride of its life?
Andrew Maynard
http://2020science.org/2009/08/18/is-nanotechnology-posed-for-the-ride-of-its-life/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年8月21日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/2020/090818_Is_nanotechnology_poised.html

 ”ナノテクノロジー”が肺疾患による2件の死亡事故と5件の発症に関連するという新たな研究が発表されたが、超微細の新興技術は、まだまだ荒波に直面するかもしれない。真のリスクはその利用を急ぎすぎ、その成果を乱用すらしていること、そして真の適切さが見過ごされていることである。

 新しい技術が死と関連する時には、決してよいニュースではない。

 ナノテクンロジーの新たな領域は、今までのところ、まずまず順風満帆であった。確かに、この技術が提供する奥義を極めた成果に関連する新たな健康リスクの可能性についての疑問は存在している。しかし実際には誰もこの技術から病気になる人はいなかった。

 今まではその通りであった。

 『European Respiratory Journal(欧州呼吸器ジャーナル)』に発表されることになっている、新たな研究[リンクはまだつながっていない](訳注1:Abstractが発表されている)は、中国の工場の労働者の中に異常な進行性肺疾患が7件あり、そのうち2件の死亡があったと報告しており、可能性ある原因は、著者がナノテクノロジーと不可分として関連付けるナノ粒子であるらしいとしている。

 この研究は、労働者の死という重要性を高める多くの感情的なそして政治的な議論の口火を切ることになる。すでに疑いのあった新たな種類の物質が関連しているとされ、そのジャーナルのプレスリリースの中で、匹敵するものとして毎年世界中で数万人の死亡と関連し続けるアスベストが引き合いに出されている。

 この研究をとりまく報道が勢いを得れば、ナノテクノロジーの反対者も賛成者も、ナノテクノ危険の証拠としてそれを誇示する、あるいはまだよく検討されていない、欠陥がある、的外れであるとして切り捨てる、という誘惑がそれぞれにあるであろう。しかし、どちらのアプローチも大きな間違いであり、長期的には、安全で、成功し、有益なナノテクノロジーの発展を危うくする。

 長年、ナノ粒子を含んでナノテクノロジーがもたらす物質は新たな健康リスクを引き起こすということが推測されていた。ある物質は、ナノスケールになると新奇な物理的及び化学的特性を示し始める。ナノサイズの粒子はもっと大きな粒子では近づけないような場所に入り込むことができる。そしてある物質については、粒子サイズ、形状、表面積は、異常な生物学的挙動に関連していた。実験室レベルの増大する多くの研究に裏付けられて、ナノ物質のあるものの潜在的な健康影響は単なる化学以上のものに依存することが明確になってきた。

 しかしナノ物質に関連する実際のリスクに関する確実なデータは、じれったいほどなかなか得られない。もっと適切には、工業的ナノ物質に暴露した後に、病気になった人は誰もいなかった。そして先を見越して潜在的なナノ物質関連リスクを回避することは大変見上げたことであるが、産業や政府は、被害の実体がなければ可能性ある危険を回避する真剣な措置をとりたがらないという悪評がある。

 このことは、新興テクノロジーに対して先を見越したリスク・マネージメント又は予防的アプローチを唱導するグループに対し、どのようにして意思決定者に悲劇が起きてからではなく、人々が病気で倒れる前に措置をとらせるかというジレンマをもたらす。これらのグループのあるものにとっては、この新たな研究は彼らが求めるもっと多くのリスク研究、より強い規制、ナノテクノロジーの商業化を急がないことについて圧力をかける上でまさに効果があるものとして見られるであろう。

 一方、産業と政府は、彼らがナノテクノロジーに投資した数百億ドル(数十兆円)が、金銭的にも、政治的にも、社会的にも利益を生み出すことを確実する既得権益を持っている。私は冷笑的過ぎるかも知れないが、肺疾患に関連することを示す研究がこの投資を損なう恐れがあるときに、彼らが傍観しているとは考えられない。少なくとも、新たな研究の科学的完全性を徹底的に検証するであろう。そして、もし不適切なことが見つかれば、欠陥があり妥当性がないとして切り捨ててしまいたいであろう。

 残念ながら、これらのアプローチのどちらも将来起こる同様な出来事を回避するのに役立たず、あるいは長期的にナノテクノロジーの発展を支援するのに役に立たないであろう。

 この新たな研究はナノ粒子の潜在的な健康影響についての増大する研究に新たに加わることになる。最終的にはある条件の下で、あるナノ物質に関連する潜在的な危険性を理解し回避するのに役立てる役割を果たすことは疑いない。しかし、それ自身では限界があり、不完全である。結局は、その研究は一般的にはナノ粒子の潜在的なハザードについてはほとんど何も言っておらず、ナノテクノロジーの潜在的な危険性についても何も言っていない。もし、この悲しい二人の労働者の死と彼らの5人の仲間の肺疾患があらかじめ定められたナノテクノロジーの議題に利用されるなら、職場の安全又は安全なナノテクノロジーに関する証拠に基づく意思決定を推進する動きではなく、データの冷笑的な悪用と同然である。

 欠陥があり妥当性がないとして捨て去ることもまた等しく、ばかげたことことである。真実は、市場に投入されるナノ粒子を含有する製品の数が増大しているこの時に、二人の労働者が死に、ナノ粒子が関与していたということである。この研究の詳細が知られるようになれば、人々はその発見が彼らにとって何を意味するのか、新興ナノテクノロジーと関連するリスクがあるのか、そしてそれについて政府と産業は何をしようとしているのか−について知りたいと思うようになるであろう。もし、ナノテク推進者がこの研究を軽視したり、さらには信用を傷つけるようなことをすれば、あちこちでで恐れを静めるよりもむしろ疑惑を呼び起こす結果となるであろう。そしてもう一度、証拠に基づく意思決定は、定められた議題の主張に味方するという危険をおかすことになるであろう。

 幸いなことに、中庸な方法がある。うまくいけば、ナノテクノロジーの推進者と反対者、及びその間の全ての人々が参加することである。そして、これは、科学に基づく、さらには社会的に責任ある方法で、その研究が評価され、それに基づいた措置がなされることである。

 これは完全な研究ではない。ナノ粒子への適用をもっと一般的にすることを妨げる主要な情報の欠如がある。さらに、それが提起したナノテクノロジーの安全な開発に関する疑問はその限界を超えていると私は信じる。この研究は、新興ナノテクノロジーにスポットライトを浴びせ、消費者、開発者、及び政策決定者にそれらがいかに安全に使用されるべきなかについて新たに考えさせるものである。報告されたこの悲劇的な疾病と死亡を取り巻く環境に関わりなく、この研究は、人々がナノテクノロジーに基づく製品を扱い使用する時に、彼らはどのように安全なのかと問いかけることを人々に促すものである。

 そして満足できる答えがなければ、人々はなぜかということを知りたがるであろう。

 この研究に対応すると見せかけることは人々を遠ざけ、安全で有益なナノテクノロジーの科学的情報に基づく開発に向けて進展を妨げるだけである。むしろ、安全で有益なナノテクノロジーに関心を持つ全ての人にとって、最終的には全ての人々の必要に資する科学に基づく進展に向けてともに働くひとつの機会となる。

 前進する方法を一緒に語ることは良いスタートであるが、それを効果的にするには情報に基づく行動に導かなくてはならない。あるナノ物質の潜在的なリスクに関する知識の欠如が現在あるのだから、これらは、資金調達が十分で、多くの既存の情報ギャップに目を向けた戦略的な研究に依存する。この新たな知識が生成されている間に−そのプロセスには数十年かかるであろうが−革新的な新たなアプローチが、可能な限り安全にナノテクノロジー製品を製造し使用するために必要とされるであろう。そしてその上さらに、意思決定者−製造者から労働者、政策決定者、消費者まで−は、ナノテクノロジーに関する明確で、妥当で、理解しやすい情報へのアクセスを必要とする。

 これらの線に沿ってともに働きつつ、最良の科学に基づき、それが触れる人々の懸念と熱望を無視しない進展を推進するために準備作業が設定されるであろう。

 悲劇的に、『European Respiratory Journal(欧州呼吸器ジャーナル)』で発表された研究の7人の中国人により経験された肺疾患は、もし認可された労働衛生に基づくやり方が守られていれば、恐らく防ぐことができたであろう。最終的には、これは人間の失敗の話であり、新興技術の問題ではない。もし、長期的なナノテクノロジーの便益を実現するということなら、目を向けるべき重要な疑問がある。その疑問とは、我々は効果的な回答を見つけるための考えと共同作業の準備ができているか? 準備ができていることを望む。


訳注1:Abstract
Published online before print August 20, 2009
Eur Respir J 2009, doi:10.1183/09031936.00178308
Exposure to nanoparticles is related to pleural effusion, pulmonary fibrosis and granuloma
Y. Song 1*, X. Li 2, X. Du 1
1 Dept of Occupational Medicine and Clinical Toxicology, Beijing Chaoyang Hospital, Capital University of Medical Sciences, Beijing, China (100020)
2 Dept of Pathology, Beijing Chaoyang Hospital, Capital University of Medical Sciences, Beijing, China


European Respiratory Journal Online 2009年8月20日
ナノ粒子への暴露は、肋膜胸水流出、肺繊維症、肉芽腫に関連する

アブストラクト

 ナノ物質は大きな便益があるが、新たな潜在的リスクもある。動物及び生体外(in vitro)実験ではナノ粒子が肺損傷やその他の毒性をもたらすことができることを示しているが、ナノ粒子を原因とするヒトでの臨床毒性に関する報告は今までは、なされていない。

 この研究は、ある労働者たちの不思議な兆候と、彼らのナの粒子暴露との関係を検証することを目的としている。

 ナノ粒子に5〜13ヶ月間、暴露した7人の女性(18〜47歳)は全員が呼吸困難と胸水で病院に収容された。免疫学的テスト、細菌学的、ウイルス学的及び腫瘍マーカー検査、気管支鏡検査、胸腔鏡検査、及びビデオ支援胸部手術が行われた。

 ナノ粒子を形成するポリアクリル酸(Polyacrylate)が職場で確認された。患者の肺組織の病理学的検査で、不特定肺炎症、肺繊維症、及び肋膜の肉芽腫が示された。透過型電子顕微鏡により、ナノ粒子が肺の上皮及び中皮細胞の細胞質とcaryoplasmに入っていることが観察されたが、胸液中にも見出された。これらの状況は、防護措置なしであるナの粒子へ長期的に暴露すると、ヒト肺に対する深刻な損傷と関連するかも知れないという懸念を引き起こす。

Keywords: Foreign-body granuloma, human, hypoxemia, pleural effusion, polyacrylate nano particle, pulmonary fibrosis


訳注:関連情報


化学物質問題市民研究会
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