トロントスター 2016年9月7日
グラッシー・ナロウズの143人とは誰か?
カナダ保健省は答えない

デービッド・ブルーザー、ジャイム・ポイソン

情報源:Toronto Star, September 7, 2016
Who are the Grassy Narrows 143? Health Canada won't say
By David Bruser News reporter and Jayme Poisson News reporter
https://www.thestar.com/news/investigations/2016/09/07/
who-are-the-grassy-narrows-143-health-canada-wont-say.html


訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2016年9月11日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/news/
160907_Toronto_Star_Who_are_the_Grassy_Narrows.html

 グラッシー・ナロウズのカナダ先住民は、出生時に連邦政府保健当局により水銀中毒のリスクがあると特定された少なくとも143人の住民の名前を明らかにするよう連邦政府に求めている。

 カナダ保健省(Health Canada)は現在までの所、1978年から1992年の間に調べられた多数の赤ちゃんのへその緒の血液を検査した事業計画に関し、個人情報への懸念を理由に、個人名を明らかにすることを拒否している。

 胎内での暴露もまた、身体調整機能の障害と発話障害をもたらすとしている最近の科学的報告書によれば、これらのサンプルで観察された水銀レベルは、脳の発達に影響を及ぼすのに十分に高いレベルであった。

 へその緒を検査をした赤ちゃんは、現在は成人しており、その時の検査結果は彼らを苦しめてきた原因を知る重要な手掛かりになるものであった。

 クリッシー・スワインは 1979年に生まれたが、彼女は自分が 143人のうちの一人なのかどうか分からない。

 ”私の年代の仲間には障害を持っている人がたくさんいるが、診断はない。彼らは、読み方や書き方を学んだことがないかのように、どもり、又は学習障害がある”と、左足が不随意に震えるスワインは述べた。彼女は時には口ごもりを感じ、もぐもぐ言う。”恐らく、検査の結果は我々をもっと助け、もっとよく理解するのに役立つことであろう”。

 グラッシー・ナロウズの支援者らは、彼ら自身の専門家らが新たな科学研究に照らして分析し、水銀がそのコミュニティの住民の健康にどのように影響を及ぼしてきたのかをよりよく理解することができるよう、カナダ保健省と州当局により収集されたオリジナルのへその緒データとその他の情報を入手しようと 20年以上にわたって取り組んできた。

 レビ・ココペナスは、事業計画の初年度の1978年に生まれたが、彼は自身がテスト対象者の一人なのかどうかを知らない。

 ”彼らは情報を差し控えるべきではない。コミュニティと人々は知る権利を持っている”と彼は述べた。

 1962年から1970年にドライデン製紙会社(Dryden Paper Co.)はイングリッシュ・ワビグーン川系に10トンの強い神経毒素を排出した。現在は所有者が変わっているその工場は、グラッシー・ナロウズの上流約 100キロメートルの場所にある。

 カナダ環境気候変動省によれば、水銀は環境中で分解せず、” 生体蓄積”として知られるように生物の体内に蓄積し、上位の捕食生物種に、より高いレベルの蓄積をもたらす。

 湖底のような湿気と低酸素の環境に住むバクテリアは、水銀を最も有害なメチル水銀に変換する。

 メチル水銀は、魚から人間まで、食物連鎖中で移動する。妊婦においてメチル水銀は、胎児の脳やその他の組織に蓄積する。

 臍帯血データを分析した最近の科学報告書が主導的専門家ドナ・マーグラー博士によって発表された。彼女は、水銀の影響に関する数十年間の科学的研究をレビューし、汚染のコミュニティへの隠された影響を明らかにした。

 マーグラーは、最近の科学が我々に告げることは、水銀中毒は以前には有害ではないと考えられていた低レベルにおいても起きるということであると書いた。これらの低レベルにおいても、胎児は、例え母親が中毒の症状を示さなくても、認識力のダメージに脆弱である。

 彼女は、グラッシー・ナロウズと近隣地域で得た臍帯血の結果の概要を示すグラフを含む 1996年のカナダ保健省のある報告書をレビューしたが、その報告書には個人名は含まれていなかった。

her_daughter.jpg(9126 byte)
クリッシー・スワインが彼女の娘タニシャ・スワインを抱く(2006年)。スワインは 1979年に生まれたが、カナダ環境省により1978年から1992年に実施された事業計画の一部として臍帯血の水銀レベルの検査を受けた1439人の一人かどうか、彼女は知らない。(Dave Sone)
 ”これらの臍帯血濃度で子どもたちの脳発達に影響を及ぼすとする科学的文献での総意がある”とその報告書は述べている。

 グラッシー・ナロウズは今年の1月に初めて臍帯血の”全てのデータ”を要求した。”この情報は、グラッシー・ナロウズの政府が人々の安全を守るために重要である”と要求書のひとつは述べた。

 政府へのもう一つの手紙は、臍帯血中の水銀に関するデータは、”我々がどの様な支援を必要としているかを決定するのに役立つであろう・・・。若い成人にとって、これはこの環境下で絶好の成功の機会である”と、述べた。

 しかし規制当局はいまだにそれを提供していない。

 7月中旬、トロントスターがカナダ保健省に質問書を送った1日後に、グラッシー・ナロウズの代表は、臍帯血データを持っているが個人を特定する情報は削除されたとするメールを規制当局から受けた。規制当局は、同じテスト対象者のその後の追跡調査のデータを1996年から持っているが、この調査についても個人を特定するすべての情報を発表することは差し控えるであろうとそのメールで述べた。

 これらのデータセット(トロントスターは、いつそしてどのくらい送られるのか判断することはできない)では、コミュニティの指導者らは重要なテスト結果をその所有者と照合することはできないであろう。  もしこれらの個人がそのことに同意するなら、テスト結果を対象者に提供すると申し出た。

 この計画にはどこかおかしいところがある。

 これらの人々は出生時に臍帯血を採取されたかどうかを知らないかもしれないし、告げられていないかもしれないので、そのような同意を得ること不可能ではないにしても、難しいであろうと、コミュニティの情報筋は述べている。

 カナダ保健省は先月、グラッシー・ナロウズの代表者へのメールで、プライバシーの問題を解決するために当局の研究倫理委員会で議論されており、”複雑な状況”にあると述べた。

 発表の直前に、規制当局はトロントスターに、テスト結果は当時、母親らと共有され、水銀レベルが高い時には助言が与えられていたと述べた。カナダ保健省はまた、臍帯血中の水銀レベルは調査期間を通じて下降したと述べた。

 ”カナダ保健省は、我々のコミュニティのこの情報を法的に所有しているのか?”と、先住民の健康を主張するグラッシー・ナロウズの住民ダシルバは述べた。”あるいはそれは、採血された人々に、・・・グラッシー・ナロウズに所属するものなのか? 自分の体についての情報に対して我々が何をでき、何をできないかをカナダ政府は我々に教えてくれたか?”

 グラッシー・ナロウズ及び近くのヴァバシムーン居留地(ホワイトドッグ)と密接に連絡を取っているとして、カナダ保健省の報道官は次のように述べた。

 ”コミュニティ、その指導者、及びそのメンバーを敬うためにカナダ保健省が彼らの質問、彼らが必要とすること及び彼らの期待について、コミュニティと会話を続けることが重要である。我々はコミュニティに手を差し伸べており、彼らと話し合うことを準備している”。

 1996年のカナダ保健省報告書は、この事業計画で二つのコミュニティから合計309の臍帯血サンプルが採取されたと述べた。

 アムネスティ・インターナショナルの先住民の権利専門家であるクレイグ・ベンジャミンは、カナダ保健省は迅速に動くべきであると述べた。

 ”プライバシー問題は、誠意をもって行動する政府がグラッシー・ナロウズの住民と同席すれば容易に解決することができる問題である”と彼は述べた。

 彼らが自身の健康を理解するために、そして彼らが必要とし価値ある治療を受けるために、彼らが必要とする情報を得ることを確実にするために、政府はその権限内で全てのことをする最高の責任がある。

 それは政府がグラッシー・ナロウズから採取した臍帯血だけの話ではない。
  •  カナダ環境省は1990年代を通じて毛髪の水銀濃度をテストし、1996年には以前にサンプルを採取した人々にフォローアップとして神経心理学的及び感覚運動のテストを実施した。
  • グラッシー・ナロウズの指導者らはまた、州の健康・長期治療省が毛髪及び指爪テストを実施し、1974年にはオンタリオ州ケノーラ近くの Lake of the Woods Hospital で母親と新生児を検査したと信じており、州健康及び長期治療省に情報開示の請願書を送った。
 同省は8月中旬、トロントスターに同省がこれらのデータを持っているかどうか調査しており、コミュニティのメンバーのプライバシーを尊重しつつ、グラッシー・ナロウズにできるだけ多くの情報を提供するであろうと告げた。
  • そして、1970年代の初めに省政府は、死亡したグラッシー・ナロウズとホワイトドッグの住民の少なくとも4人の脳と他の組織をテストした。事業計画の調査は猟師で旅行案内人のトーマス・ストロングの死亡の後に開始された。
 検死官事務所は同紙(トロントスター)に、ストロングの死亡事件をレビューした1973年の検死委員会の意見書を提供した。この42歳の男は、ワビグーン川の近くの野営地にある彼のテントの外で倒れていた。

 ストロングは急性冠動脈血栓症で死んだ。検死委員会は水銀がストロングの死の原因であったとは結論付けていなかった−当時のトロントスターの記事は、ストロングの血液サンプルはたぶん汚染されていたと述べていた−が、同紙が聞いた証拠は懸念を引き起こした。

 意見書には、”高レベルのメチル水銀を含む魚の過剰な摂取に起因する水銀中毒により引き起こされた人間への潜在的な危険があるように見える”と書かれていた。

 検死委員会はとりわけ、グラッシー・ナロウズとホワイトドッグの住民は毎年水銀レベルの検査を受けるべきこと、及び、高い水銀レベルであることが知られているグラッシー・ナロウズ又はホワイトドッグの住民の死は、検死官によって調査されるべきことを勧告した。

 水銀テストが関わる他の検死の真相について報道官は、トロントスターは情報公開法の下に申請書を提出しなくてはならないと述べて、検死結果を提供しなかった。


訳注:関連情報
訳注:関連ビデオ
  • The Scars of Mercury, September 3, 2011 (英文:90分)
     大類義(おおるい・ただし)監督による「カナダ先住民と水俣病」に関するビデオの英語版。カナダ・オンタリオ州ドライデンの製紙会社であるリード社は、苛性ソーダ製造プラントで使用する無機水銀を1962年以来イングリッシュ・ワビグーン川に排出。それがメチル水銀となり食物連鎖により下流160kmにあるホワイトドッグとグラッシー・ナロウズという2つの居留地の先住民の主食である魚を汚染していることが1969年に判明したカナダ版水俣病;1975年と2004年の原田正純医師等による現地調査;先住民同化政策や森林開発などによる先住民のアイデンティティー喪失や生活環境破壊などを報告する優れたドキュメンタリー・ビデオ。カナダ政府の対応:”水銀汚染”の存在は認めるが、”水俣病”の存在は認めない。”救済”はするが、”補償”ではない。

  • CBC News, June 4, 2012 Mercury poison legacy (英文:3分)



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る