赤屍蔵人。通り名「ドクター・ジャッカル」。運び屋界の押しも押されぬビッグネームにして、並ぶ者のない嫌われ者である。それに反して、護り屋及び壊し屋専門の仲介屋からの熱烈なスカウトも、後を絶たない。
そんな彼の最近の趣味は――
「馬車、今帰りました」
「おう」
数日ふらりといなくなったかと思うと、唐突にやってきて「今帰りました」。だが、その程度のことにいちいち難癖つけていてはキリがない。
部屋に入って来た服装と足下をまず視認。今日は返り血も浴びてないようだ。うるさく「風呂に入れ」と言わずにすんでほっとする。
視線を上にあげて――
「…………………今日は何を持って帰ってきた?」
深々と歎息して尋ねた。
「見てわかりませんか? 猫ですよ」
がたがた震えている三毛猫の、首輪をつかんで無造作に持ち上げ、
「可愛いでしょう?」
「……返してこい」
「拾ったんですよ」
「どこで?」
「帰り道に塀の上に落ちてたんです」
「それは……それは多分、落ちてたとは言わん……」
「なぜわかるんです?」
「とにかく。今日一日は置いといてかまわんが、明日になったら拾った場所に戻してこい」
「……」
「…………猫が欲しけりゃ買うてやるきに…」
「結構です。明日別のを探してきましょう」
名残惜しげに、恐怖のあまり半死半生の猫をごろごろ転がしつつ、赤屍は馬車の方には見向きもしない。機嫌を損ねたようだ。
その姿を見て、ふと、猫が得意げに鼠やら虫やらをつかまえて飼い主に見せに来る習性を思い出す馬車だった。
「……猫なら間に合うとるのになぁ」
「は?」
「気にしゆうな」
「馬車、今帰りました」
「………………………………返してこい……」
「これもだめですか?」
「どこから獲って来たか知らんが、今すぐ。今すぐ返してこい」
「買ってくれます?」
「欲しいんかっ?」
「面白そうじゃないですか」
「……それは買えん。欲しいなら誰ぞ女に作ってもらえ」
なぜかけっこう上手に抱いてあやしている赤屍の腕の中には――すやすやと眠る、人間の、赤ん坊。
「残念ですねぇ」
にこ、と腕の中の赤ん坊に笑いかけて赤屍は入って来たばかりの扉を開けて出て行く。
どこまでが本気で、どこまでが計算され尽くしたボケなのかが、長いつきあいの馬車にもさっぱりわからない。
万が一全部本気だったら――……そこまで考えて馬車はそれ以上の思考を放棄した。
「馬車、今帰りました」
「………………」
「これもだめですか? ……これはぜひ飼いたいんですけれどもねぇ」
「……それ以前に……そりゃ一体何やが?」
「見てわかりませんか? 銀次クンですv」
「……前に見たのとちぃと違うが……」
赤屍が片手で襟首を掴んで優雅に持ち上げているのは、どう見ても、一昔前に一世を風靡した――今日も良くたれている「アレ」だ。
タクシーの運転手という副業を持つ馬車は、意外に世相に詳しくなる機会が多い。クリスマスプレゼントにどでかい「アレ」の人形を抱えて乗ってきた客のインパクトを、馬車はよく覚えていた。
「なんぞ……たれちょうぞ」
素直すぎる感想を吐いた馬車に、赤屍は上機嫌で、
「近頃開発した新技だそうです。愛らしいでしょう?」
と、なんとなく、しかし確実に世にも恐ろしい、そんな感想を吐いた。
襟首を掴まれたままの、赤屍主張するところの「愛らしい銀次クン」は、気絶でもしているのか、たれたままぐったりと動かない。
さすがに度肝を抜かれて馬車がそれを見守っていると、焦れた様子の赤屍が馬車を覗き込んだ。
「で、飼っても良いですか?」
「ウチでか!」
「ちゃんと世話しますから」
なぜウチで! といいかけて言葉を飲み込む。赤屍は間違いなく本気だ。こうなるともうどんなに言葉を尽くして言い聞かせても、絶対に自分を曲げない。というより、ここでこれを断ると明日は何を「拾って」くることやら!
「――前の飼い主が引き取りに来たら、ここで喧嘩せんと外でやるな?」
「はいv」
どうやら話しの流れが良い方向に向かっているようだと悟った赤屍が、うきうきと返事をする。
「ちゃんと餌は欠かさずやるな?」
「はいv」
「苛めたりせんな?」
「はいv」
「なら……好きにせえ」
「ありがとうございます、馬車vvv」
銀次を放り出して心のこもった抱擁を御見舞してくれた赤屍に、馬車は天を仰いで、もはや癖になりつつある溜息を改めてついた。
<――と、言うわけやが>
電話の向こうで、訥々と一部始終を説明する声に、蛮はしばらく絶句してただ聞き入っていた。
かなり長く沈黙してしまっていたと思うが、相手も気持ちがわかるらしく、やはり黙って、蛮が喋り出すのを待っている。
なんとなく力を振り絞るようにして、蛮は力なく電話の向こうに尋ねた。
「……んで……銀次は……一体なにしてやがんだ……?」
この番号に馬車がかけてきたということは、銀次から番号を聞き出したに違いないのだ。
それに対して馬車の返答は簡潔だった。
<なにも>
「……へ?」
<俺の料理が気に入ったんか知らんが、毎日ようさん食って、赤屍と遊んで、けっこう上機嫌で過ごしとる>
「……」
<どうする?>
「……赤屍が飽きるまで遊ばせてやれ……銀次も本望だろ」
おかげでこっちは食費も浮くし。そんな思考が脳裏の隅をよぎったりする、彼は本質的に策士なのであった。
電話を切ると、たれ銀次で毬つきをしてみていた赤屍が顔を上げた。
「美堂クンは、何と?」
「――おまえが飽きるまで遊ばせてやれとよ」
「ああ…そうなんですか」
微妙にがっかりした顔の赤屍を見て、馬車は、銀次を取り返しに来た蛮と、一戦やらかすのを楽しみにしていたに違いないと推測する。蛮もおそらく、それを見越してああ返答したに違いない。
「……あのなぁ、」
「なんでしょう?」
「泣いとるぞ、そン小僧」
「……おや?」
手を止めると、たれ銀次がころころ、ぽん、ぽん、と弾んで転がっていく。よく弾むなぁ、と見守る大人ふたりの前でべろーんとたれたまま、
「ひどいです赤屍さん……俺はボールじゃありません」
しくしくしくしく、としおらしげに訴えた。
「苛めんと約束したろうが。部屋が湿っぽくなるぜよ」
「苛めてなんかいませんよ」
心外な、という不満の表情を眉のあたりにたちこめさせて赤屍が反論する。
「私はただ、銀次クンが『イイことして遊びましょう』と言ったものですから、私なりに遊ばせていただいただけです」
「……イイコト?」
ぴきーん、とたれたまま凍りつく銀次に、馬車の視線が突き刺さる。
「……な、なななななんでしょう」
「……ほぉう」
馬車はその場に屈み込んでじぃ、と銀次に視線を据えた。
「人ンくで人ン飼い猫にコナかけるたぁ、ええ度胸じゃの」
赤屍に聞こえないような低い声で囁きつつ、ん? と額をはじくと、「誤解でぇす」と銀次は再びめそめそと泣いた。
「問答無用」
襟首を掴んで軽々と持ち上げると、ぽん、と赤屍の膝に投げ出す。
「好きなように遊んでやれぃ。今日の小僧は晩メシ抜きぜよ」
「? なぜですか?」
「食欲がないそうやき、遊んでやれば元気も出よう」
「ああ、なるほど」
ニコ、と笑って赤屍は再び銀次を伸ばしてみたりひっぱってみたりつついてみたりと、思う存分遊び倒しはじめる。
飯の仕度をしに台所に入る馬車の耳に、楽しみで楽しみでしょうがない、といった赤屍の声と、力ない銀次の声が滑り込んできた。
「いくらでも遊んであげますから、たくさん食べて、はやく立派な雷帝になってくださいね、銀次クン」
「俺、どっちかっていうと、雷帝よりも、赤屍さんのお婿さんになりたいです……」
こらえかねたらしい、爆発的な哄笑が、台所の方から炒め物の音と共に聞こえて来る。
自分たちはごく真面目な会話をしていると信じきっている、赤屍と銀次は、不思議そうに、顔を見合わせて首を傾げた。
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