



(99/9/7掲載)
[バイヤー版のCD]
モーツァルトの死によって未完に終わってしまった「レクイエム」を、演奏可能な形に仕上げたのが、前回ご紹介したジュスマイヤーの仕事でした。しかし、いかんせん他人の作品を補作するなどということは、かなり才能のある人にとっても非常に困難なことなのです。(余談ですが、「ビッグコミック・スペリオール」に連載中の「味いちもんめ」は、原作者が死んでしまったのでべつの人が脚本を書くようになったら、とたんにつまらなくなりました。あ、ちょっと飛躍しすぎか。)ましてや、相手は天下の大天才モーツァルトとあっては、凡人ジュスマイヤーの手には余るものがあります。
したがって、初版の楽譜が出版された直後から、とくにジュスマイヤーのオーケストレーションについては、厳しい批判があびせられているのです。リヒャルト・シュトラウスやブルーノ・ワルターも、この版の欠点を公言してはばかりませんでした。
近年、自筆稿の研究法が飛躍的に向上したのに伴い、この曲の成り立ちについてはかなり正確な事が分かってきました。その詳細は前号のようになる訳ですが、このような状況を受けて、ジュスマイヤーが行った補作を徹底的に検証して、よりモーツァルトらしい作品に作り替えていこうという動きが起こってきます。
その先鞭をつけたのが、ドイツの音楽学者フランツ・バイヤーです。かれは学者であると同時に、オリジナル楽器のアンサンブルの草分けともいえる「コレギウム・アウレウム」でヴィオラ奏者として活躍しており、実践的な活動の中からジュスマイヤー版の矛盾を感じてきたのでしょう。
彼の仕事は、ジュスマイヤーのオーケストレーションを徹底的に洗いなおすことにありました。したがって、ジュスマイヤーが書いた箇所は、完膚なきまでに作りかえられてしまっています。ただ、全体の構造には手を付けてはいません。言ってみれば、尺を変えずに作ったリミックス・バージョンってわけですね。
では、具体的に見てみましょう。といっても、全部をご紹介するのは煩わしいだけですから、耳で聴いてはっきりわかるところだけ
。
■Kyrieの最後
バイヤー版では、フェルマータのあとにTp(Clと表示)とTimpが入っています。
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↑バイヤー版 |
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↑ジュスマイヤー版 |
■Rex Tremendaeの最初
バイヤー版では、「ジャン、ジャン、ブァー」という、木管とTbによる印象的な合いの手がなくなっています。ちなみに、以後発表されるすべての版で、この位置の音符は消えています。
■Lacrimosaの合唱パート
バイヤー版は、Lacrimosa、Sanctus、Benedictus、Agnus Deiの合唱パートについても細かい個所で改訂を行っていますが、はっきり区別がつくのはここの23小節目から。(この項については、山岸健一さんの報告が参考になりました。)
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バイヤー版 |
ジュスマイヤー版 |
[バイヤー版のCD]




