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(06/11/28作成)

(06/12掲載予定)

[ 改訂版(「のだめ」ネタ1) | 誤訳(「のだめ」ネタ3) | 人名(「のだめ」ネタ4)]


劇伴(日:げきばん 英:incidental music) 
 「劇」の「伴奏」のための音楽を、こう呼ぶのだそうです。鼻持ちならない「ガクタイ」用語の典型ですね。ここで言う「劇」とは、もちろん舞台で演じられる演劇の事もありますが、現在ではほとんど「映画」か「テレビドラマ」に限定されているようです。そうか、テレビドラマってのは「バラエティ」ではなく「劇」だったんだ。

 ハリウッドあたりのお金をかけた映画ですと、全てのシーンに必要な音楽をきちんと作曲家が、そのシーンの長さ(「尺」と言うそうです)に合わせて作ります。ジョン・ウィリアムスによって手がけられた「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」、そしてもちろん「ジュラシック・パーク」(2作目までですが)など、ほとんどクラシックと変わらないほどの重厚なオーケストレーションが施された曲は、そのまま独立してシンフォニー・オーケストラの演奏会のレパートリーになりうるほど、高い完成度を示しています。
 しかし、日本のテレビドラマなどでは、そこまで音楽にかける予算もありませんから、作曲家の仕事はいくつかのシチュエーションに応じた短い曲を何曲か作るという程度に留まっています。彼の仕事はそこでおしまい、あとは、その中からシーンごとにふさわしい曲を選んで流すという「選曲」担当のスタッフの仕事となるのです。これを、例えば半年間放送される連続ドラマなどでやられると、同じ曲を何回も何回も聴かされる事になってかなり耳に付いてきますよね。

 クラシック音楽を題材とした二の宮知子のマンガ「のだめカンタービレ」は、クラシック音楽ファンのみならず、そんなものを聴いた事もなかったような人たちをも巻き込んで、多くの読者を獲得しました。それがマスコミに取り上げられる事により、相乗的にその読者層は広がり、今となってはほとんど社会現象と言って良いほどのポピュラリティを得るまでになりました。そして、200610月からは、毎週月曜日の夜9時という晴れがましい時間帯で、11回連続のテレビドラマとして放映されるまでに至ったのです。
 このドラマは、特に音楽の面で、クラシック音楽ファンの注目を集める事になりました。ドラマの舞台は音楽大学、ストーリーの中では実際に登場人物が演奏する場面がふんだんに現れますから、そこにはもちろんクラシック音楽が用いられます。それだけではなく、各シーンに付けられる「劇伴」も、全てクラシック音楽が使われる、という徹底したポリシーが、話題を呼んだのです。実際にドラマが始まってみると、中には今までのドラマ同様、新しく作られたものも混ざっている事も分かり、若干の失望はあったものの、大半はクラシック音楽、それも、かなりコアな曲が使われており、ファンは安堵に胸をなで下ろすのでした。なにしろ、第1回目の最初に流れてきた曲がドヴォルジャークの「チェコ組曲」などという、かなりのマニアでもなかなか聴いた事のないようなマイナーなものだったのですから。こんなコアな音楽を「劇伴」として持つドラマが、18%とか19%といった高視聴率を上げているのですから、これはクラシック音楽ファンにとっては何とも晴れがましいような、しかし、にわかには信じがたい事態には違いありません。「月9」でこんなにクラシック音楽が流れてきていいのだろうか、と。

 そのうち、「クラシック」の中でも、2種類の音源が使い分けられている事が分かってきました。ドラマの中で実際に演奏している場面で使われる曲は、このためにわざわざ録音されたものだったのです。もちろん、中には「2小節で間違える」必要があるものもありますから、これはぜひとも独自に用意しなければならないものでしょう。これらの音源の一部は、演奏者のクレジットが付けられて、きちんとCDが発売されています(この中のものがそのままドラマで使われているわけではないようです)。


エピックソニー/ESCL-2882

そして、ドラマの中での情景を描写するという、いかにも「劇伴」然とした音楽には、既存の音源が使われています。お料理のシーンには「アメリカンパトロール」とか、深刻なシーンではプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」といった具合です。コントラバス奏者の女の子の場面には、コントラバスで演奏したクライスラーの「愛の悲しみ」などという、ちょっとひねったものも使われています。これらの曲は、今のところ演奏者に関するクレジットは何もありません。「名曲」だから、「パブリック・ドメイン」という扱いなのでしょうか。

 そんな、「劇伴」として使われているクラシック音楽の数々、聴いている人にとっては確かに曲名さえ分かれば、演奏している人など誰でも構わないものなのでしょう。こちらの曲も、いずれコンピレーションCDが出るはずですが、おそらくドラマで使われたものとは異なる演奏者のものが収録されているはずです。「クラシック」というのは、そういうものなのでしょうから。
 しかし、そんな「身元不明」の曲に交じって、グロッケンシュピールでイントロが演奏されているパパゲーノのアリアなどが聞こえてくれば、そんなのんきな事も言ってはいられません。詳しくはこちらを参照して頂くとして、モーツァルトのオペラ「魔笛」の第2幕で歌われる「恋人か女房があればEin Mädchen oder Weibchen」というパパゲーノのアリアでは、最近でこそグロッケンシュピールが伴奏に使われるようになりましたが、ちょっと前まではそれをチェレスタで代用する演奏がごく一般的だったのです。ですから、この選曲は、ドラマ用の曲としてはかなりマニアックなものに思われました。そこで、ひとつ、ここで使われた演奏が誰のものなのか特定してみようと思い立ちました。幸い、さっきのコンテンツを作るときにグロッケンシュピールが使われているものは殆ど集めたはずですから、そんなに難しい事ではないはずです。

 まず、ドラマの音楽の特徴を調べてみました。グロッケンシュピール版は殆どがオリジナル楽器によるものですから、最初はピッチの検証です。ところが、オリジナル楽器の場合、現在より半音近く低いピッチを採用しているはずなのに、これはA=440前後というモダンピッチだったのです。つまり、これはモダン楽器(つまり、現在の普通の楽器)で演奏されたものである事が分かります。
 もう一つ、ドラマの音楽には、そこだけでしか聴く事の出来ない大きな特徴がありました。それは、間奏の前の最後のフレーズ、
赤枠で囲った音符で、ちょっと気取って前の十六分音符を短く歌っているのです(この譜面はヘ音記号、フラットひとつの「ヘ長調」です)。「タン、タン」ではなく「タ、ターン」と跳ねているのですね。それを手がかりに「モダン楽器」のCDを片っ端から聴いてみたら、ありました。1991年録音のマッケラス盤で歌っているトーマス・アレンが、見事にこんな歌い方だったのです。声の感じもよく似ていますし、前奏でグロッケンがちょっと走り気味なところもそっくり、これに間違いないな、と思って、念のためテンポを確認してみました。ところが、これが合わないのです。この曲の頭のアウフタクトを除いた最初の音符から、この楽譜のフェルマータの次、拍子が変わった小節の頭までの時間を測ってみたのですが、ドラマでは37秒ちょっと(最後の部分が、「裏軒」のおやじの声でかき消されて、はっきりしません)なものが、このマッケラス盤では3904だったのです。


 せっかくいい所まで行っておきながら、最後の詰めで同じものを見つける事はできませんでした。その後、モダン、オリジナルを問わず、全てのグロッケンシュピール版CDを聴いてみたのですが、結局さっきの2つの条件を満たすものは手元にはなかったのです。しかし、念のためにと、1964年録音のベーム盤を聴いてみたところ、なんとそこからはグロッケンシュピールが聞こえてきたではありませんか。もちろん、今使われているようなキーボードグロッケンシュピールではなく、「鉄琴」としてのグロッケンシュピール、したがって、左手のパートではチェレスタを使っているのが分かります。という事は、こんな昔でもこういうやり方でスコアにある「グロッケンシュピール」という指示を守っていた人がちゃんといたのですね。

 そうなってくると、もっと時代をさかのぼって調べる必要が出てきます。そこで、まだ手元になかったものを全て入手してみる事にしました。その結果は、先ほどのコンテンツの通り、大部分はチェレスタでしたが、確かにグロッケンシュピールを使っている人もいたのです。それらを聴いてみたところ、テンポがほぼ同じものがやっと見付かりました。それは、1972年録音、サヴァリッシュ指揮のバイエルン州立歌劇場の演奏、パパゲーノを歌っているのはワルター・ベリーです。しかし、このサヴァリッシュの録音、ドラマ版に限りなく近いのですが、テンポが3794と、ごくわずか遅くなっていますし、楽譜で示した部分もちょっと違っています。ところが、この歌の2番(歌詞は同じ)では、まさにドラマ版通りの歌い方になっているではありませんか。しかし、ドラマ版のイントロは1番のものです。そこで、試しにCDでの1番のイントロに2番の歌をつなげて時間を測ってみました。そうしたら3713、これがまさにぴったり、ドラマ版と寸分違わないものだったのですよ。本当にそんなことをしたのかどうかは分かりませんが、現象的にはこうやって出来たものが、ドラマからは流れてきているのです。うーむ、深い!



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