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シソンヌ淳。
彼女は、アメリカ、ミシガン州のスミス大学で学んだ後、2013年にはブルーノ・ワルター指揮者奨学金を獲得、2014年には女性としては初めてドナテッラ・フリック指揮者コンクールで優勝します。それによって、ロンドン交響楽団の副指揮者に任命され、2015年から1年間そのポストにありました。同時期には、ルツェルンでベルナルド・ハイティンクのマスタークラスを受講します。その翌シーズンには、ロスアンゼルス・フィルで、ドゥダメル・フェローシップ・プログラムに参加します。そして、2019年には、ベルギーのアントワープ交響楽団の首席指揮者に就任して、「自分のオーケストラ」を手にするのです。 それ以外にも、2018年から2023年までは、ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席客演指揮者も務めていました。さらに、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、シュターツカペレ・ベルリン、フィルハーモニア管弦楽団、パリ管弦楽団、マーラー室内管弦楽団、クリーヴランド管弦楽団、そして、ウィーン・フィルとの共演も実現させています。もちろん、故郷の香港フィルでの指揮も行っています。 このアルバムの録音が行われたのは、2023年の8月、会場はアントワープのクイーン・エリザベス・ホールです。アルバムタイトルの「この全ての光輝くものたち」という曲を作ったのは、チャンと同世代、1989年生まれのアメリカの作曲家エリザベス・オゴネクです。ここでは、彼女の作品の前後に、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット(抜粋)」と、ラヴェルの「ダフニスとクロエ第2組曲」が演奏されています。 「ロメオとジュリエット」は、「第2組曲」から1曲目の「モンタギュー家とキャピュレット家」、2曲目の「少女ジュリエット」、3曲目の「ローレンス僧」が演奏された後、「第1組曲」から5曲目の「仮面」、6曲目の「ロメオとジュリエット」、7曲目の「ティボルトの死」が演奏され、また「第2組曲」に戻って5曲目の「分かれの前のロメオとジュリエット」、7曲目の「ジュリエットの墓の前のロメオ」という、8曲が演奏されています。いずれも、聴き馴れたナンバーですね。 チャンは、とてもキレの良いテンポとリズムで、全体的に引き締まった音楽を作り上げていました。「ティボルトの死」の最初の部分などは、そのリズムがとてもダンサブルで、一瞬、あのバーンスタインの「アメリカ(ウェストサイド・ストーリーの中のナンバー)」での軽快なリズムを聴いているような気になったほどです。 ただ、ちょっと気になったのが、ソロ・フルートのピッチの悪さです。それと、最後の曲のエンディングでのピッコロも、プロとは思えないお粗末さでしたね。これはライブ録音だったのかもしれません。 そして、タイトルの現代曲が続きます。3つの部分からできていて、両端はリズミカルで真ん中の部分がゆったり、という、よくある構成です。名前も分からないような打楽器がとても輝かしいサウンドを提供しているあたりがタイトルの由縁なのでしょう。最初の部分では、そのキラキラ感が満載、それだけで楽しめます。次の部分では、混沌とした情景が広がり、ザワザワとしたノイジーなサウンドに支配されていて、少し重たい感じ。そして最後の部分は、かなり重量級のリズムで始まって、打楽器の活躍があったあと、後半では木管楽器を中心とした複雑なポリフォニーが展開されています。それなりにシリアスな面もある、面白い曲ですね。 そして、最後はラヴェルの「ダフニス」です。ここでも、音楽を前に進ませようという指揮者の思いは強く感じられます。その勢いで最後の「全員の踊り」に入ると、とても溌溂とした音楽で、楽しめました。 ただ、「パントマイム」でのフルートの大ソロは、ちょっと線が細い感じがしました。2番奏者の方が、存在感のある音を出していたように聴こえましたね。 CD Artwork © Alpha Classics / Outhere Music |
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ここで演奏しているのは、中国系アメリカ人、ケヴィン・リー・シュンです。これは彼のデビューアルバムとなっていました。彼は、1994年にカリフォルニア州サクラメントで生まれました。8歳でリサイタルを行ったというのですから、いわゆる「神童」だったのでしょうか。しかも彼は、音楽の勉強だけではなく医学も学んでいるというのですから、すごいですね。彼は、スタンフォード大学医学部に在籍し、卒業後は精神科医としても活躍しているのだそうです。 もちろん、ピアニストとしても大活躍、アメリカだけでなく、カナダやヨーロッパ各地でもリサイタルを開催しています。現在はピッツバーグのデュケイン大学のピアノ教授を務めています。 さらに、多くの現代作曲家との交流も深く、彼らの新作を積極的に演奏しています。社会的な人権問題などをテーマにした作品などにも関わっています。 ですから、ファーストアルバムの曲として選ばれたのが、この、ジェフスキの「団結した人々は、決して負けない!」という激しいタイトルを持つ作品だったのも、納得です。このジャケットでは「The People United」となっていますが、正式にはその後に「Will Never Be Defeated !」という言葉が続きます。チリの革命の時に歌われたそういう曲がテーマになった、長大な変奏曲ですね。 この曲は、アメリカのピアニスト、アーシュラ・オッペンスが、作曲家のジェフスキに委嘱して1975年に作られたものだというのは有名な話です。ただ、初録音を行ったのは高橋悠治の方がほんの少し早かったようですね。 オッペンスは、この曲をいっぺんだけではなく、2回録音していました。さらに、最新のニュースでは、彼女はこの曲が作られて50年という今年の6月に来日してこの曲を含むコンサートを開くのだそうですね。それは、「初演の再現コンサート」となっています。ただ、初演時にはこの曲とベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」を演奏する予定だったのが、出来てきた曲があまりにも長かったので、この曲だけにしたのだそうですね(こちらを参照)。でも、案内を見ると、カップリングがベートーヴェンのピアノソナタ第32番のようですから「初演の再現」とはちょっと違うようです。もはや80歳を超えている彼女ですが、大丈夫なのでしょうか。 シュンさんの演奏は、さすがはこの難曲でデビューを飾るだけあって、なかなかのものでした。まずは、テーマが始まってしばらくすると、いきなり聴き馴れない表現で、ちょっと驚ろかせてくれました。楽譜の赤線の部分から急に、音が小さくなっていたのですよ。 ![]() ただ、この曲の中にあるピアノ演奏以外の指示、例えば、「口笛を吹け」といったようなところは完全に無視していましたね。さらに、最後の変奏の終わりの部分にある「5分ぐらいの即興演奏をやってもいいよ」という指示も、スルーしていました。あくまで音楽だけで勝負したい、という気持ちの表れなのでしょうか。 CD Artwork © Navona Records |
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1956年:3枚 例えば、あのカラヤンの1960年代と1970年代の年間の録音枚数が、ほぼ100枚ずつですから、平均すると1年に10枚「しか」作っていないことになりますが、それを、ドラティは1962年にはたった2か月間でクリアしていることになりますよ。なんたって、このあと1969年からは、彼は世界初となったハイドンの交響曲の全曲録音を、フィルハーモニア・フンガリカとともにたった3年で完成させることになるのですからね。正直、彼の録音はほとんど聴いたことがなく、ちょっと地味なイメージがあったのですが、少し見直してしまいました。もっと広く聴かれてもよい指揮者なのではないでしょうか。 ハイドンの場合は、レーベルがデッカでしたから、それは全曲CD化されていましたが、このマーキュリーのアイテムも、きっちり初出の形で聴けるようになったのは、とてもありがたいことです。以前出ていたCDボックスでは、オリジナルではなく、別のアルバムとのカップリングになっていましたからね。 ということで、1964年に録音された、このハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲も、やはりサブスクで聴けるので、聴いてみました。 ここでのヴァイオリン・ソロは、ヘンリク・シェリングです。この一連のセッションでは、多くのヴァイオリン協奏曲が録音されていますが、すべて、そのソロはシェリングが弾いていたようですね。 この協奏曲は、そのヴァイオリンのパートをフルートに直したバージョンもあって、それはよく聴いていました。最初に、作曲家の承諾を得て、フルート版を作ったのは、あのランパルですが、ゴールウェイなどは冒頭の低音のフレーズを、なんと2オクターブ上げて吹いていましたね。ですから、この曲に関してはフルート版の方になじみがあって、このオリジナルのヴァイオリン版は、逆にとても新鮮に感じられました。 ハチャトゥリアンはアルメニアの作曲家ですから、そんな中央アジア特有の民族的なファクターが、この曲にはあふれています。先ほどのど頭のフレーズにしても、ヴァイオリンのちょっとしたポルタメントのようなものが、得も言われぬ民族的なテイストを醸し出しているのですね。これは、フルート版を聴いているときには全く感じられないものでした。やはり、作曲家が最初に選んだ楽器にこそ、その思いははっきり伝わるのだな、という気持ちになりましたね。フルート版の場合は、表面的なテクニックの妙味にばかり気をとられてしまっていて、肝心の音楽の本質的なところがあまり感じ取ることが出来なかったような気がします。 第2楽章のすすり泣くようなテーマも、これはヴァイオリンのビブラートでなければ決して出せない味だな、と痛感させられます。 そして、フィナーレのまるでダンスのようなロンド主題は、まさにヴァイオリンの仲間の「フィドル」を弾く人が、ステップを踏みながら軽やかに弓をさばいているような音楽ではないでしょうか。こんな味は、フルートでは絶対に出せませんよね。 このヴァイオリン協奏曲が作られたのは1940年ですが、ランパルがフルート版を作ったのは1968年と、だいぶ後のことなのです。というか、ドラティたちがこの録音を行ったときには、まだフルート版は出来てはいなかったのですね。 この時は、ランパルはオリジナルのフルート協奏曲を作って欲しかったのでしょうが、作曲家はもう新しい協奏曲のような大きな曲を作ることは困難になっていたために、こんなんでよかったら、と、28年も前のヴァイオリン協奏曲からの改作を勧めたのでしょうね。 Album Artwork © Universal Music Australia Pty Limited |
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ハンガリーからアメリカに帰化したドラティは、1950年代から卓越した録音で知られるアメリカのマーキュリー・レーベルに多くの録音を残しています。初期には当時首席指揮者を務めていたミネアポリス交響楽団(現在はミネソタ管弦楽団)とのものでしたが、1956年から1965年までは、ロンドン交響楽団のシーズン・オフである6月から8月にかけて毎年集中的にセッション録音を行っていました。先ほどのボックスは、その成果です。そんな中に、録音媒体に普通の録音テープではなく35ミリ幅の磁気フィルムが使われているものがあったので、その中の2点を聴いてみることにしました。 この録音方式は、1960年初頭に実用化されたもので、映画を撮影するときに使うフィルムに磁性体を塗布して録音を行うというもので、テープよりも優れた音響特性を持っていました。災害時でも安心(それは「自衛隊」)。すでに専用のレコーダーもウェストレックス社によって製造されていました。 ![]() ![]() ![]() ただ、この35ミリ磁気フィルムによる録音方式自体は、何しろフィルム自体がとてもレアで高価だったこともあり、ほどなく姿を消してしまいました。このロンドン交響楽団とのセッションでも、「35ミリ」録音は1961年と1962年の2シーズンしか行われていません。その頃には、テープ・レコーダーの性能も、アップしていましたしね。実際、1962年の7月には、「35ミリ」とテープ・レコーダーとで同じものを録音し、それらを比較して、最終的に「35ミリ」からは手を引くことになったのです。このころは、マーキュリーはフィリップスの傘下に入っていましたから、その影響もあったのでしょう。 聴いてみた2点は、1961年6月に録音されたベルクの2つのオペラ、「ルル」と「ヴォツェック」のハイライトと、1962年7月に録音されたバルトークの「オケコン」です。 自身も作曲を行っていたドラティは、このベルクを録音した翌年には、シェーンベルクとヴェーベルンの作品も録音していますから、このような「現代音楽」も得意としていたのでしょう。ベルクのどろどろとしたオーケストレーションを真正面からとらえて、圧倒的なサウンドを聴かせてくれています。サックスやチェレスタ、そしてピアノといった特殊な楽器が、見事に浮き上がって聴こえてくるのも、さすがです。 そして、そこにヘルガ・ピラルツィクのソプラノが加わります。それは、半世紀以上前の録音とは思えないほどの、歪み一つないクリアで芯のある声でした。 バルトークは、ドラティにとっては直接教えを受けたという間柄ですから、そのキレの良い演奏には感服させられます。フィナーレに登場するヴィオラの「カンタービレ」のテーマも、甘さとは全く無縁の演奏が、背筋が凍るほどのインパクトを与えてくれます。こちらも、すべての楽器が瑞々しく聴こえてきます。 Album Artwork © Universal Music Australia Pty Limited |
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彼女は、1973年にリトアニアで生まれ、幼少から国内で音楽教育を受け、最終的にはヴィリニュスのリトアニア音楽演劇アカデミーを卒業し、その後はフランスのIRCAMを始めとして、世界中の音楽機関で研鑽を積みました。現在は、アメリカで、ニューヨークを起点として作曲活動を行っているそうです。 彼女は、これまでにオーケストラや室内アンサンブルのための作品など、広いジャンルでの作品を数多く世に送ってきましたが、その中には合唱のための作品もあります。このアルバムでは、そんな、無伴奏の混声合唱のための作品を4曲聴くことが出来ます。 これらの作品に共通しているのが、テキストを持たない、ということです。声楽曲や合唱曲では、テキストに音楽を付けて、それを「歌う」ということがほとんど「常識」になっていますが、彼女の場合は、そのテキストによって具体的なイメージが与えられることを避けるために、あえて母音唱にしたり、意味のない発声のみを使って曲を作っています。そのことによって、器楽曲と同じように、音楽だけでそのメッセージを伝えるという作業を行っているのですね。かつての「前衛」の時代には、そのような合唱曲もたくさんありましたけどね。 最初のトラックで歌われているのは、そのメッセージがすでに明確に限定されている、というケースです。それは、2022年に作られた、その年に起きた何とも理不尽な、ロシアによるウクライナへの暴挙へのプロテストという意味を込めた「アレテイア」という曲です。このタイトルはギリシャ語で「閉ざされていないこと」、すなわち「真実の暴露」という意味を持っています。彼女の母国のリトアニアも、かつてはソ連の支配下にあったのですから、これは深刻なテーマです。 曲は、女声だけによるすすり泣くようなクラスターで始まります。時折聴こえてくるグリッサンドでは、なにか深い悲しみのような感情が表現されているようにも思えます。そこに男声バートのうめき声が入ってくると、まるで激しい敵対関係を描いているようなシーンが眼前に広がります。そこでは、倍音を歌う「ホーミー」も使われていて、ちょっとあり得ない光景です。 そんな、音楽自体は流れるように連続していたものが、突然、「ハーッ」という、細かいフレーズに区切られたシーンに変わります。それは、あたかも「強い意志」を象徴しているような激しい音楽です。 それが終わると、「シー」という水の流れのような擬音が聴こえてきます。そして、ソプラノが、不安感の中にも、一筋の希望があるようなフレーズを歌い、曲は終わるのです。確かに、様々なメッセージをこの中から受け取ることは出来たような気がします。 2曲目は、おそらく、そのような技法をほぼ確立した頃の2018年に作られた「母音の歌」という曲です。こちらは、1曲目ほどの激しさはなく、もう少し静かで、キラキラしたものがある曲で、終わり近くになって、ちょっと感情が高まるようなところもあります。 3曲目が最も新しい作品で「ウルレーション(うなり声)」というタイトルです。その名の通り、全体に鳥の鳴き声のようなものを模倣したものが、メインのモティーフになっていて、それがパート間の呼び交わしとなって対位法的に展開されていたりします。 最後の曲が、この中でも最も早い時期、2010年に作られた「遠くの青」というタイトルの曲です。ここでは、まだ完全なクラスターにはなっておらず、きっちりとしたハーモニーが感じられる作り方になっています。5度跳躍の音型や、ほとんどメロディと言えるようなものまでありますから、とても聴きやすく心地よい雰囲気が味わえます。でも、作曲家はこんなハッピーなところ安住してはいなかったのですね。甘い饅頭より、辛い煎餅。 CD Artwork © Ondine Oy |
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さきおとといのおやぢに会える、か。
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