シソンヌ淳。

(25/4/22-25/5/10)

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5月10日

MOZART
HAFFNER-AKADEMIE
Anna Prohaska(Sop)
Herbert Schuch(Pf)
Riccardo Minasi/
Ensemble Resonanz
HARMONIA MUNDI/HMM902704


こちらこちらで聴いていたリッカルド・ミナージの指揮によるアンサンブル・レゾナンツのモーツァルトの第3弾です。
ミナージはモーツァルトの交響曲を、最後から順に録音していました。最初は「39、40、41」、その次は「36、38」でした。ですからここでは「交響曲第35番」、いわゆる「ハフナー」が演奏されているのです。
とは言っても、このアルバムのタイトルにはその「ハフナー」のあとに「アカデミー」という見慣れない言葉が付け加えられていますね。それは一体どういうことなのでしょうか?
この交響曲の「ハフナー」というのは、ポール・マッカートニーのベースではなく(それは「ヘフナー」)ザルツブルクの大富豪、ハフナー家に由来します。モーツァルトの父親のレオポルドと親交のあった一家なのですが、まず、1776年に娘さんの結婚式のためにモーツァルトはセレナードを作りました。それが、有名な「ハフナー・セレナード」K.250です。さらに、1782年には、息子さんに爵位が授与されたお祝いに、もう1曲のセレナードを作りました。これは、6つの楽章から出来ていたようです。さらに、翌年1783年に、モーツァルトがウィーンで主催している予約演奏会、つまり「アカデミー」のために新たな交響曲が必要になった時に、このセレナードからメヌエットと行進曲の2つの楽章をカットし、第1楽章と第4楽章に新たにフルートとクラリネットを加えて、交響曲に作り直したのです。それが、この「ハフナー交響曲」K.385なのです。
なお、元となった「ハフナー・セレナード第2番」は、カットされた行進曲は現存しますが、メヌエットは散逸しているために、復元は不可能のようですね。
ということで、このアルバムでわざわざこの曲のタイトルの後に「アカデミー」と付けたのは、ハフナー家に由来するセレナードが2曲と、交響曲が1曲あるために、交響曲であることをきっちり特定させるための方策だったのではないでしょうか。
それとともにユニークなのは、このアルバムではその「ハフナー・アカデミー交響曲」だけでなく、モーツァルトのいくつかのオペラの中からアリアが歌われているということです。おそらく、ミナージは、これからモーツァルトの交響曲のツィクルスを完成することなど全く考えてはいないはずです。ここで彼が行ったのは、とりあえず、その中で最も有名な最後の6曲を録音した後に、今度は同じ時期に作られたオペラ、「イドメネオ」、「後宮」、「フィガロ」、「コジ」、「ティト」のアリア(その前のレチタティーヴォも含めて)を一緒に聴かせることによって、モーツァルトがどれだけ劇的で複雑な情感を音楽で描けるようになっていたか、それは、まさに後のロマンティックなオペラの萌芽なのではないか、ということを知らしめたい、ということだったのではないでしょうか。いわば、「コンセプト・アルバム」ですね。
そのために選ばれた歌手が、アンナ・プロハスカです。彼女は、その卓越したテクニックと音楽性で、見事にそのコンセプトを具現化していました。彼女が歌うスザンナやフィオルディリージからは、小間使いや世間知らずのお嬢様とは一線を画した、確固たる人格を持った女性の姿がくっきりと伝わってきて、圧倒されてしまいます。
そして、「ハフナー・アカデミー交響曲」は、もう完全にヤバいことになっていました。以前のアルバムでもその兆候は見られたのですが、ここではそれがフルスロットルで迫ってきます。
まずは、第1楽章の始まり、ヴァイオリンの2オクターブの跳躍で、完全に聴くものの心を鷲づかみしてくれます。全ての音符にしっかり意味がこもっている、ということがはっきり分かるのですよ。それ以降は、全てのフレーズに、思いがけない仕掛けが満載です。そう言えば、かつてのアーノンクールが、こんな感じでさんざん「驚かせて」くれたものですが、それに比べると全く次元の異なるものが、ここでは起きていたのです。
終楽章などは、ティンパニの強打によって生まれる圧倒的なサウンドに圧倒されます。彼らの楽器はモダン楽器、もはや頑なにピリオド楽器にこだわるのさえ、愚かなことのように思えてきます。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.


5月8日

BRUCKNER
Symphony No.8 for Organ
Gerd Schaller(Org)
PROFIL/PH25002


史上初となる、ブルックナーの交響曲のすべての稿(バージョン)の録音というプロジェクトを、2024年のブルックナー・イヤーに向けて淡々と進めていた指揮者でオルガニストのゲルト・シャラーですが、その完成は、スタートは遅かったのに、あり得ないほどのスピードでなりふり構わず録音を行ったマルクス・ポシュナーによって、あと一歩というところで横取りされてしまいました。せっかくの偉業がポシャってしまったのは、悔しかったでしょうね。
このプロジェクトの中では、シャラーは、未完だった「交響曲第9番」の終楽章を新たに作曲して、フルサイズの交響曲に復元しています。それは2016年に完成するのですが、2018年に改訂が行われ、その年に出版されました。
さらに、その復元された交響曲を、オルガン用にも編曲したものを自ら演奏して、2020年に録音しました。このあたりは、他の指揮者にはできないことですね。その編曲作業はさらに、2022年に「交響曲第5番」、そして今回、2024年に録音された「交響曲第8番」へと続きます。
もしかしたら、シャラーはオリジナルのオーケストラ版に加えて、オルガン版でも交響曲ツィクルスを完成させようとしているのでしょうか。そうなれば、それは文句なしに世界初の偉業となることでしょう。
ブルックナーの交響曲を最初にオルガン用に編曲して録音したのは、おそらくトーマス・シュメクナーという作曲家でオルガニストだったのではないでしょうか。彼は1994年に、EDOTION LADEというオーストリアのレーベルに、交響曲第4番を自らオルガンのために編曲し、それを世界で初めて録音したのです(品番はEL CD 009)。
その編曲の楽譜は他のオルガニストにも使われています。2020年から2023年にかけてOEHMSレーベルにブルックナーの交響曲のすべてのオルガン版を録音しているハンスイェルク・アルブレヒトは、ほとんどのものでがエルヴィン・ホルン、それ以外はエーベルハルト・クロッツの編曲を用いていたのですが、2022年に「第4番」を録音した時だけは、このシュメクナーの楽譜を使っていました。そして、「第9番」では、シャラーの復元版をホルンが編曲したものを録音していたのですね。
交響曲第8番には、何種類かのバージョンがありますが、ここでのオルガン・バージョンのためにシャラーが選んだのは、第2稿のノヴァーク版のようでした。少なくとも、ハース版ではありません。
そして、彼が使った楽器は、これまでの「9番」と「5番」ではドイツの現代のビルダー、アイゼンバルトのオルガンでしたが、今回は、なんとその第2稿が作られた1890年にフランスのルーアンの教会に設置された、カヴァイエ=コルのヒストリカル楽器でした。なんでも、ブルックナーが1869年にフランスを訪れて即興演奏を行った時に、このビルダーの楽器の魅力に惹かれたのだそうですね。もちろん、この楽器とは別物ですが。
ですから、この録音を聴き始めると、まず、その独特な音色によって、フランスの楽器であることがすぐに分かります。おそらく、リード管がミックスされているのでしょう、その甘ったるい響きは、なんとも魅力的であると同時に、ちょっとブルックナーの音楽とは相容れないのではないか、という疑問が湧いてきます。
そこで、ドイツのオルガンで演奏された「9番」も聴いてみたのですが、こちらは一本芯が通ったようなくっきりとした音色ですし、おそらく会場の残響も少ないので、とてもすっきりした音が聴こえてきました。どうやら、今回のカヴァイエ=コルという選択は、あまり良い結果を生んではいなかったようです。
さらに、シャラーの編曲も、特に管楽器の扱いが、オーケストラ版を聴き馴れた耳には何とも不満が残ります。これは残響の問題でもあるのですが、絶対に聴こえてほしいフレーズが、埋もれてしまって全然聴こえなかったりするのですよね。
そして、シャラーの演奏も、なんかふらふらしていて、テンポが揺れ動いていることが多いのですよ。まあ、ヒストリカル・オルガンのアクションはかなり重たいので、なかなかコントロールが難しかったのかもしれませんね。

CD Artwork © Profil Medien GmbH


5月6日

TO INVOKE THE CLOUDS
Roy Amotz(Flute, Alto Flute, Flauto Traverso)
HORTUS/HORTUS 248


1982年にイェルサレムで生まれたロイ・アモツというフルーティストのソロ・アルバムです。彼は現在はベルリンを中心にソリストとして活躍していますが、同じイスラエル人だけで作った「テル・アヴィヴ木管五重奏団」を始めとして、多くのアンサンブルにも参加しています。
このアルバムでは、アモツは1本のフルートによる作品を取り上げていますが、モダンフルートだけではなく、バロック時代の楽器、フラウト・トラヴェルソも演奏しています。アルバムタイトルの「TO INVOKE THE CLOUDS」は「雲を呼び覚ますために」といった意味なのでしょうが、それはアルバムの中ほどでトラヴェルソによって演奏されている1949年生まれの作曲家ジョン・ソウの作品のタイトルです。
まずは、いきなり武満徹の「エア」で始まります。これは教会でレコーディングが行われたようですが、聴こえてくるフルートの音は、豊かな残響のせいか、とてもマッシブなサウンドとなって聴こえてきます。それで、この、よく知られている曲が、全く初めて聴いたような印象を与えてくれました。この、武満の最晩年の曲は、若いころの作品とは一線を画した穏やかなたたずまいを持っていますが、このサウンドによってそれがさらに顕著になっているように感じられます。
それに続いて聴こえて来たのが、なんと、有名なバッハのト長調の無伴奏チェロ組曲のプレリュードではありませんか。これも、フルートのバージョンはよく聴いていましたが、それがトラヴェルソ(ピエール・ノースのコピー)によって演奏されていて、全く異なるサウンドで聴こえます。ある意味、より妥当な楽器の選択と言えるのでしょうが、アモツの演奏は、このアコースティックスのせいなのか、全くトラヴェルソらしくないパワフルなサウンドでビンビン響いていましたね。その上に、ピッチが正確すぎます。
その次は、湯浅譲二という懐かしい名前の、ごく最近までご存命だった作曲家の「舞働(まいばたらき)II」という、まるで尺八を吹いているように聴こえる作品です。こちらは、モダンフルートでも、普通の楽器ではなくアルトフルートで演奏されていましたから、その尺八感は存分に味わえます。シエルシの「波止場」という曲も、アルトで演奏されています。
そのようにして、間にバッハのトラヴェルソによる演奏をはさみつつ、現代作曲家の作品が続々紹介されていきます。武満はもう1曲、「巡り」が聴けました。
そして、「スペクトル楽派」の作曲家として知られるトリスタン・ミュライユの「答えのない質問」という、ソロ・フルートのための作品もありました。正直、この「スペクトル楽派」というのがどういうものか、いまいち理解できていないのですが、この曲では微分音をかなりの頻度で使っているようですね。さらに、ハーモニクスも多用して、なんとも「儚い」サウンドとなっていますが、それはなんとなく尺八が連想されるようなサウンドでもありました。
最後から2番目に演奏されていたのが、ブナヤ・ハルペリン=カダリという人が作った「Ivsha」という曲です、これはヘブライ語で「ささやき」という意味のようですね。これは、このアルバムのために委嘱されたものですから、これが世界初録音になるのでしょう。ただ、ここでは、フルートの音は全く聴こえてきません。これは、「エレクトロニクス」による作品なのです。おそらく、実際にフルートで演奏された音がサンプリングされているのでしょうが、それは単なる素材として使われているようで、様々な変調が加わっていて、全く原型をとどめてはいません。最初のパートなどは、それがまるでヴァイオリンのフラジォレットのように聴こえます。時折聴こえる風のような音も、もとはフルートだったのでしょうか。それと同時に、最初から電子音で作られたフレーズが、かなりの存在感で聴こえてきますから、アモツ自身の存在感を保つ瞬間は、限りなく少なくなっています。
それが、いきなりトラヴェルソによる、今度はニ短調のチェロ組曲のプレリュードに変わると、その音色になにかホッとさせられます。

CD Artwork © HORTUS


5月4日

BRUCKNER & GESUALDO
Motets
Jonathan Sells/
Monteverdi Choir
SDG/SDG736


SDGレーベルからの、久しぶりのアルバムです。なんだか、ずいぶんご無沙汰だったような気がするのはなぜでしょう。それは、これととてもよく似た「SDGs」という言葉が現れたからです。なんてね。
そもそも、この「SDG」というのは、「Soli Deo Gloria」、つまり、「ただ神にのみ栄光」という崇高な意味を持つラテン語の略語で、日本語では「持続可能」で始まる、なんとも胡散臭くてお仕着せがましい環境保護運動とは縁もゆかりもありません。
もともとは宗教改革の時に基本的な信仰を表すために使われたいくつかの言葉の中の一つで、プロテスタントの作曲家であるヨハン・セバスティアン・バッハが、自作の楽譜の最後にサインとしてこの言葉を記していたことで、知られていました。そこで、バッハのカンタータの全曲録音を企てていたイギリスの指揮者、ジョン・エリオット・ガーディナーが、それまで所属していた「ARCHIV」というドイツ・グラモフォンのサブ・レーベルから離れて、2005年にロンドンで自らのレーベルを創設した時に、その言葉をレーベル名としたのですね。
そのレーベルを運営しているのは、「The Monteverdi Choir and Orchestras Limited(略称はMCO)」という組織です。それは、1964年にガーディナーによって創設されたモンテヴェルディ合唱団と、1968年に創設されたモンテヴェルディ管弦楽団(1978年にイングリッシュ・バロック・ソロイスツと改称)、1989年に創設されたオルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティークという2つのオーケストラを統括しています。そこでは、マイナー・レーベルとしての身軽さを武器に、粛々と創設者であり、指揮者でもあったガーディナーが演奏したいものを録音してきていたのです。
ところが、そのMCOが作られてから60年を迎えようとした2023年の8月、モンテヴェルディ合唱団とオルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティークを率いてのツアー中に、出演者のバス歌手の行動に対して不満を抱いたガーディナーは、舞台袖でその歌手に暴力をふるっただけでなく、それ以降のツアーの指揮をアシスタントに任せてボイコット、ロンドンに帰ってしまったのです。
それを受けて、MCOは2024年の7月に、ガーディナーの解任を決定します。その直後にガーディナーも退任声明を出しました。その時点で、MCOは新しい指揮者の元で再出発することになったのですね。
ところが、ガーディナーは、なんとその年の9月に、「コンステレーション合唱団」と「コンステレーション管弦楽団」という2つの団体を結成、その指揮者として活動を再開したのです。さらに、あろうことか、かつての同志、モンテヴェルディ合唱団たちのツアーに合わせて、彼らと同じレパートリーでの公演を同じ場所で1週間前に行うという暴挙を仕掛けてきたのですよ。信じられないですね。
その年は、まさにMCO、つまりモンテヴェルディ合唱団設立60周年と、ブルックナー生誕の200周年というダブルの記念年でした。そこで、ロンドンの教会で行われた、ブルックナーのモテットをプログラムにしたコンサートを行い、それが、新体制となったSDGレーベルからリリースされたのです。
ここで歌われているブルックナーのモテットは6曲、そして、それ以外にジェズアルドのモテットが7曲とアントニオ・ロッティの「Crutifixus」さらに冒頭では、パレストリーナの「Stabat Mater」をリヒャルト・ワーグナーが編曲したバージョンが歌われています。
合唱団のメンバーを見てみると、そもそも、メンバーの変動が激しいこの団体ですが、それぞれのパートに何人かは、2016年に録音された「マタイ受難曲」の時のメンバーがいましたね。そして、今回の指揮を行っているのは、その「マタイ」の時のバスのソリストで、かつてはこの合唱団のメンバーだったジョナサン・セルズです。
ここで歌われているブルックナーの6曲のうちの4曲は、1998年に録音されたDGのアルバムで聴くことができます。それを比較してみると、今回の演奏ではなにか焦点の定まらないもどかしさが感じられて仕方がありません。オチが決まらないんですね(それは「笑点」)。やはり、昔のガーディナーは確かに比類のない指揮者だったのでしょう。

CD Artwork © Monteverdi Productions Ltd


5月2日

BACH
Mass in B minor
Julie Roset(Sop)
Beth Taylor(MS)
Lucile Richardot(Alt)
Emiliano Gonzalez Toro(Ten)
Christian Immler(Bas)
Raphaël Pichon/
Pygmalion
HARMONIA MUNDI/HMM902754-55


バッハの「マタイ」、モンテヴェルディの「ヴェスプロ」、モーツァルトの「レクイエム」とヒットを飛ばしてきたピションとピグマリオンが、ついにバッハの「ロ短調」まで録音してくれました。
これはもう、ど頭の「キリエ」から、これまでどんな演奏でも聴いたことのない、「きれい」とは無縁な、なんとも熱く激しい音楽だったことに打ちのめされてしまいます。それからは、もうサプライズの連続です。このバッハのスコアから、こんなことまでできるのか、という個所は数知れず、もう完全に打ちのめされてしまいました。
特に、ドラマティックなシーンが続く「ニカイア信条」、つまり「クレド」の部分では、その表現の落差の激しさが極まっています。例えば、キリストが十字架に架けられ、埋葬されるというシーンを歌った「Crucifixus」では、冒頭から続くフルートと弦楽器の重々しいパルスが急になくなって通奏低音だけになった時に、合唱はとてつもないピアニシモに変わって、そのままほとんど聴こえないまでに小さくなっていくのです。
この部分、楽譜には、この時代としては極めて珍しい「piano」という指示がバッハ自身によって書き込まれています。彼らは、それに忠実すぎるまでに従っていたのでしょうね。
ブックレットでは、ピションは熱くこの曲について語っています。その中で彼は、やはり「クレド」に関して、「'Credo'の中の'Confiteor'から'Et expecto'を導き出す遷移部分では、身の毛もよだつような瞬間が待っている」みたいなことを言っていました。それで、それを楽譜で確認しようと、ベーレンライターの旧版と新版を見比べてみたら、そのあたりの曲の切り方が違っていました。
そもそも旧版の方は、「ロ短調ミサは、4つの曲をかき集めたものだ」という主張から、曲の番号も、その「ミサ」、「ニカイア信条」、「サンクトゥス」、「オサンナ以降」それぞれに、「1番」から振られているのですね。今さらですが、旧版の「Et expecto」が始まるページは、ミスプリント。「210」ではなく「201」です。
しかし、最近はその説は完全に否定されているので、新版では曲全体に通し番号が付けられています。カッコ内が旧版の番号ですね。
その際に、この「Confiteor」と「Et expecto」との境目も、変わっていました。構成としては「Confiteor」の歌詞で歌われていた部分は通奏低音だけで合唱が歌っているのですが、そのテンポが急に遅くなり、その3小節目の後半から「Et expecto」という歌詞に変わります。これが、ピションが言っていた「遷移部分」になるのでしょう。そしてしばらくしたら、いきなり管楽器と弦楽器が入ってきて賑やかな音楽になる、という風になっています。そこを、旧版では、にぎやかになった部分から曲が変わったということで、そこから小節番号も新たに始めています。しかし、新版では、この一連のシークエンスを一つの曲と扱って、小節番号もそのまま続けています。
ですから、それをCDにした時に、トラックの切れ目をどこに入れるか、という問題が出てくるでしょうね。ほとんどのものは遷移部分が終わったところで入れているようですが、テキストのことを考えると本当は遷移部分の前の方がいいはずです。現に、最近のCDでは、そういうものもありますし、なんと、旧版しかなかった時代のクレンペラー盤でも、前に入っていましたね。あいにく、このピション盤は、従来通りでした。ちょっとこれは残念ですね。もっとも、トラックの場所を決めるのは、指揮者ではないのかもしれませんが。
参考までに、あのジョシュア・リフキンのように、この2曲の間に切れ目を入れていないCDもありましたね。
今回は、なにしろ合唱のテンションの高さには圧倒されっぱなしでしたが、ソリストたちもそれぞれに頑張っていましたね。特に「アニュス・デイ」を歌ったアルトのルシール・リシャードは圧倒的でした。最近では男声アルトが歌ったりすることもあるようですが、彼女の場合はまさに「男勝り」の立派な声が素晴らしかったですね。
それと、「ベネディクトクス」のオブリガートのフルート(ジョージア・ブラウンでしょうか)も、トラヴェルソとは思えないほどの正確なピッチで、完璧でした。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.


4月30日

ALL THESE LIGHTED THINGS
Works of Prokofiev, Ogonek, Ravel
Elim Chan/
Antwerp Symphony Orchestra
ALPHA/ALPHA1038


1986年に香港で生まれた指揮者、エリム・チャン(陳以琳)の、実質的なデビューアルバムです。「セサミ・ストリート」ではありません(それは「エルモちゃん」)。
彼女は、アメリカ、ミシガン州のスミス大学で学んだ後、2013年にはブルーノ・ワルター指揮者奨学金を獲得、2014年には女性としては初めてドナテッラ・フリック指揮者コンクールで優勝します。それによって、ロンドン交響楽団の副指揮者に任命され、2015年から1年間そのポストにありました。同時期には、ルツェルンでベルナルド・ハイティンクのマスタークラスを受講します。その翌シーズンには、ロスアンゼルス・フィルで、ドゥダメル・フェローシップ・プログラムに参加します。そして、2019年には、ベルギーのアントワープ交響楽団の首席指揮者に就任して、「自分のオーケストラ」を手にするのです。
それ以外にも、2018年から2023年までは、ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席客演指揮者も務めていました。さらに、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、シュターツカペレ・ベルリン、フィルハーモニア管弦楽団、パリ管弦楽団、マーラー室内管弦楽団、クリーヴランド管弦楽団、そして、ウィーン・フィルとの共演も実現させています。もちろん、故郷の香港フィルでの指揮も行っています。
このアルバムの録音が行われたのは、2023年の8月、会場はアントワープのクイーン・エリザベス・ホールです。アルバムタイトルの「この全ての光輝くものたち」という曲を作ったのは、チャンと同世代、1989年生まれのアメリカの作曲家エリザベス・オゴネクです。ここでは、彼女の作品の前後に、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット(抜粋)」と、ラヴェルの「ダフニスとクロエ第2組曲」が演奏されています。
「ロメオとジュリエット」は、「第2組曲」から1曲目の「モンタギュー家とキャピュレット家」、2曲目の「少女ジュリエット」、3曲目の「ローレンス僧」が演奏された後、「第1組曲」から5曲目の「仮面」、6曲目の「ロメオとジュリエット」、7曲目の「ティボルトの死」が演奏され、また「第2組曲」に戻って5曲目の「分かれの前のロメオとジュリエット」、7曲目の「ジュリエットの墓の前のロメオ」という、8曲が演奏されています。いずれも、聴き馴れたナンバーですね。
チャンは、とてもキレの良いテンポとリズムで、全体的に引き締まった音楽を作り上げていました。「ティボルトの死」の最初の部分などは、そのリズムがとてもダンサブルで、一瞬、あのバーンスタインの「アメリカ(ウェストサイド・ストーリーの中のナンバー)」での軽快なリズムを聴いているような気になったほどです。
ただ、ちょっと気になったのが、ソロ・フルートのピッチの悪さです。それと、最後の曲のエンディングでのピッコロも、プロとは思えないお粗末さでしたね。これはライブ録音だったのかもしれません。
そして、タイトルの現代曲が続きます。3つの部分からできていて、両端はリズミカルで真ん中の部分がゆったり、という、よくある構成です。名前も分からないような打楽器がとても輝かしいサウンドを提供しているあたりがタイトルの由縁なのでしょう。最初の部分では、そのキラキラ感が満載、それだけで楽しめます。次の部分では、混沌とした情景が広がり、ザワザワとしたノイジーなサウンドに支配されていて、少し重たい感じ。そして最後の部分は、かなり重量級のリズムで始まって、打楽器の活躍があったあと、後半では木管楽器を中心とした複雑なポリフォニーが展開されています。それなりにシリアスな面もある、面白い曲ですね。
そして、最後はラヴェルの「ダフニス」です。ここでも、音楽を前に進ませようという指揮者の思いは強く感じられます。その勢いで最後の「全員の踊り」に入ると、とても溌溂とした音楽で、楽しめました。
ただ、「パントマイム」でのフルートの大ソロは、ちょっと線が細い感じがしました。2番奏者の方が、存在感のある音を出していたように聴こえましたね。

CD Artwork © Alpha Classics / Outhere Music


4月28日

RZEWSKI
The People United
Kevin Lee Sun(Pf)
NAVONA/NV6654


ジェフスキの名曲「不屈の民変奏曲」の、2023年に録音された新しいアルバムです。この曲に関しては、これまでにリリースされたアルバムは全て持っているはずですが、NMLのタイトルでも、それが全部ありました。それによると、これは14枚目のアルバムとなるのですね。もはや、簡単には輸入品のCDが手に入らなくなっているご時世ですから、ありがたいことですね。というか、手元にあるこれまでの13枚も、さっそく売り払ってしまいましょう。
ここで演奏しているのは、中国系アメリカ人、ケヴィン・リー・シュンです。これは彼のデビューアルバムとなっていました。彼は、1994年にカリフォルニア州サクラメントで生まれました。8歳でリサイタルを行ったというのですから、いわゆる「神童」だったのでしょうか。しかも彼は、音楽の勉強だけではなく医学も学んでいるというのですから、すごいですね。彼は、スタンフォード大学医学部に在籍し、卒業後は精神科医としても活躍しているのだそうです。
もちろん、ピアニストとしても大活躍、アメリカだけでなく、カナダやヨーロッパ各地でもリサイタルを開催しています。現在はピッツバーグのデュケイン大学のピアノ教授を務めています。
さらに、多くの現代作曲家との交流も深く、彼らの新作を積極的に演奏しています。社会的な人権問題などをテーマにした作品などにも関わっています。
ですから、ファーストアルバムの曲として選ばれたのが、この、ジェフスキの「団結した人々は、決して負けない!」という激しいタイトルを持つ作品だったのも、納得です。このジャケットでは「The People United」となっていますが、正式にはその後に「Will Never Be Defeated !」という言葉が続きます。チリの革命の時に歌われたそういう曲がテーマになった、長大な変奏曲ですね。
この曲は、アメリカのピアニスト、アーシュラ・オッペンスが、作曲家のジェフスキに委嘱して1975年に作られたものだというのは有名な話です。ただ、初録音を行ったのは高橋悠治の方がほんの少し早かったようですね。
オッペンスは、この曲をいっぺんだけではなく、2回録音していました。さらに、最新のニュースでは、彼女はこの曲が作られて50年という今年の6月に来日してこの曲を含むコンサートを開くのだそうですね。それは、「初演の再現コンサート」となっています。ただ、初演時にはこの曲とベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」を演奏する予定だったのが、出来てきた曲があまりにも長かったので、この曲だけにしたのだそうですね(こちらを参照)。でも、案内を見ると、カップリングがベートーヴェンのピアノソナタ第32番のようですから「初演の再現」とはちょっと違うようです。もはや80歳を超えている彼女ですが、大丈夫なのでしょうか。
シュンさんの演奏は、さすがはこの難曲でデビューを飾るだけあって、なかなかのものでした。まずは、テーマが始まってしばらくすると、いきなり聴き馴れない表現で、ちょっと驚ろかせてくれました。楽譜の赤線の部分から急に、音が小さくなっていたのですよ。
ここでは、「fp」という記号と、さらに「softer, legato」という指示がありますね。おそらくこれに忠実に従った結果なのでしょう。ただ、これまでにこんなことをやっていた人はなかったような気がするので、せっかくのサブスクですから全部聴きなおしてみました。そうしたら、1978年の高橋悠治と、2021年のヴァディム・ホロデンコの録音で、同じようなことをやっているのですよ。しかし、先ほどのオッペンスを始めとした他の人は、すべて普通に同じダイナミクスで演奏していましたね。おそらく、シュンさんは極力楽譜に忠実な演奏を心掛けていたのでしょう。
ただ、この曲の中にあるピアノ演奏以外の指示、例えば、「口笛を吹け」といったようなところは完全に無視していましたね。さらに、最後の変奏の終わりの部分にある「5分ぐらいの即興演奏をやってもいいよ」という指示も、スルーしていました。あくまで音楽だけで勝負したい、という気持ちの表れなのでしょうか。

CD Artwork © Navona Records


4月26日

KHATCHATURIAN
Violin Concerto
Henryk Szeryng(Vn)
Antal Dorati/
London Symphony
MERCURY/00028948471478 (SR90393)


アンタール・ドラティとロンドン交響楽団がマーキュリーに録音した一連のアルバムの続編です。前回は、それは1956年から1965年まで「毎年」と書いていましたが、正確には1958年にはセッションは行われていませんでした。ということで、それぞれの年に録音したアルバムの数を調べてみたら、こんな風になっていました。
1956年:3枚
1957年:6枚
1959年:6枚
1960年:8枚
1961年:6枚
1962年:10枚
1963年:6枚
1964年:7枚
1965年:5枚

例えば、あのカラヤンの1960年代と1970年代の年間の録音枚数が、ほぼ100枚ずつですから、平均すると1年に10枚「しか」作っていないことになりますが、それを、ドラティは1962年にはたった2か月間でクリアしていることになりますよ。なんたって、このあと1969年からは、彼は世界初となったハイドンの交響曲の全曲録音を、フィルハーモニア・フンガリカとともにたった3年で完成させることになるのですからね。正直、彼の録音はほとんど聴いたことがなく、ちょっと地味なイメージがあったのですが、少し見直してしまいました。もっと広く聴かれてもよい指揮者なのではないでしょうか。
ハイドンの場合は、レーベルがデッカでしたから、それは全曲CD化されていましたが、このマーキュリーのアイテムも、きっちり初出の形で聴けるようになったのは、とてもありがたいことです。以前出ていたCDボックスでは、オリジナルではなく、別のアルバムとのカップリングになっていましたからね。
ということで、1964年に録音された、このハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲も、やはりサブスクで聴けるので、聴いてみました。
ここでのヴァイオリン・ソロは、ヘンリク・シェリングです。この一連のセッションでは、多くのヴァイオリン協奏曲が録音されていますが、すべて、そのソロはシェリングが弾いていたようですね。
この協奏曲は、そのヴァイオリンのパートをフルートに直したバージョンもあって、それはよく聴いていました。最初に、作曲家の承諾を得て、フルート版を作ったのは、あのランパルですが、ゴールウェイなどは冒頭の低音のフレーズを、なんと2オクターブ上げて吹いていましたね。ですから、この曲に関してはフルート版の方になじみがあって、このオリジナルのヴァイオリン版は、逆にとても新鮮に感じられました。
ハチャトゥリアンはアルメニアの作曲家ですから、そんな中央アジア特有の民族的なファクターが、この曲にはあふれています。先ほどのど頭のフレーズにしても、ヴァイオリンのちょっとしたポルタメントのようなものが、得も言われぬ民族的なテイストを醸し出しているのですね。これは、フルート版を聴いているときには全く感じられないものでした。やはり、作曲家が最初に選んだ楽器にこそ、その思いははっきり伝わるのだな、という気持ちになりましたね。フルート版の場合は、表面的なテクニックの妙味にばかり気をとられてしまっていて、肝心の音楽の本質的なところがあまり感じ取ることが出来なかったような気がします。
第2楽章のすすり泣くようなテーマも、これはヴァイオリンのビブラートでなければ決して出せない味だな、と痛感させられます。
そして、フィナーレのまるでダンスのようなロンド主題は、まさにヴァイオリンの仲間の「フィドル」を弾く人が、ステップを踏みながら軽やかに弓をさばいているような音楽ではないでしょうか。こんな味は、フルートでは絶対に出せませんよね。
このヴァイオリン協奏曲が作られたのは1940年ですが、ランパルがフルート版を作ったのは1968年と、だいぶ後のことなのです。というか、ドラティたちがこの録音を行ったときには、まだフルート版は出来てはいなかったのですね。
この時は、ランパルはオリジナルのフルート協奏曲を作って欲しかったのでしょうが、作曲家はもう新しい協奏曲のような大きな曲を作ることは困難になっていたために、こんなんでよかったら、と、28年も前のヴァイオリン協奏曲からの改作を勧めたのでしょうね。

Album Artwork © Universal Music Australia Pty Limited


4月24日

BERG
Suites from Wozzeck and Lulu
Helga Pilarczyk(Sop)
Antal Dorati/
London Symphony
MERCURY/SR 90278(00028948470662)


BARTÓK
Concerto for Orchestra
Antal Dorati/
London Symphony
MERCURY/SR 90378(00028948471447)


このところ、サブスクでは、アンタル・ドラティがロンドン交響楽団を指揮したマーキュリー・レーベルのアイテムが、初出のLPと同じアートワークとカップリングで大量にリリースされています。CDでも、同じものが「ロンドンのドラティ」というタイトルの2つのボックスセットによる50枚以上のアルバムとなってリリースされています。
ハンガリーからアメリカに帰化したドラティは、1950年代から卓越した録音で知られるアメリカのマーキュリー・レーベルに多くの録音を残しています。初期には当時首席指揮者を務めていたミネアポリス交響楽団(現在はミネソタ管弦楽団)とのものでしたが、1956年から1965年までは、ロンドン交響楽団のシーズン・オフである6月から8月にかけて毎年集中的にセッション録音を行っていました。先ほどのボックスは、その成果です。そんな中に、録音媒体に普通の録音テープではなく35ミリ幅の磁気フィルムが使われているものがあったので、その中の2点を聴いてみることにしました。
この録音方式は、1960年初頭に実用化されたもので、映画を撮影するときに使うフィルムに磁性体を塗布して録音を行うというもので、テープよりも優れた音響特性を持っていました。災害時でも安心(それは「自衛隊」)。すでに専用のレコーダーもウェストレックス社によって製造されていました。
これが、そのレコーダーの写真です。この、専用のバンの中に、ミキサーと普通のテープ・レコーダーも設置されていて、録音現場からケーブルを引っ張ってくれば、どこに行ってもここがモニター・ルームになっていたのですね。確かに、1962年には、このバンをそのまま当時のソ連に運び、そこでバラライカのアンサンブルなんかを録音していましたからね。
さらに、そのマイクも、使われるのは3本だけというシンプルさです。
それは、ショップスのM201というマイク、レコーダーは3トラックなので、それぞれのマイクからダイレクトに録音されています。このマイクは、モノラルの時代から使われていたものなのですが、ステレオ録音を始めた当初は、同じものが入手できなかったので、サブの2本は「仕方なく」ノイマンのKM56やU47を使っていたのだそうです。
ただ、この35ミリ磁気フィルムによる録音方式自体は、何しろフィルム自体がとてもレアで高価だったこともあり、ほどなく姿を消してしまいました。このロンドン交響楽団とのセッションでも、「35ミリ」録音は1961年と1962年の2シーズンしか行われていません。その頃には、テープ・レコーダーの性能も、アップしていましたしね。実際、1962年の7月には、「35ミリ」とテープ・レコーダーとで同じものを録音し、それらを比較して、最終的に「35ミリ」からは手を引くことになったのです。このころは、マーキュリーはフィリップスの傘下に入っていましたから、その影響もあったのでしょう。
聴いてみた2点は、1961年6月に録音されたベルクの2つのオペラ、「ルル」と「ヴォツェック」のハイライトと、1962年7月に録音されたバルトークの「オケコン」です。
自身も作曲を行っていたドラティは、このベルクを録音した翌年には、シェーンベルクとヴェーベルンの作品も録音していますから、このような「現代音楽」も得意としていたのでしょう。ベルクのどろどろとしたオーケストレーションを真正面からとらえて、圧倒的なサウンドを聴かせてくれています。サックスやチェレスタ、そしてピアノといった特殊な楽器が、見事に浮き上がって聴こえてくるのも、さすがです。
そして、そこにヘルガ・ピラルツィクのソプラノが加わります。それは、半世紀以上前の録音とは思えないほどの、歪み一つないクリアで芯のある声でした。
バルトークは、ドラティにとっては直接教えを受けたという間柄ですから、そのキレの良い演奏には感服させられます。フィナーレに登場するヴィオラの「カンタービレ」のテーマも、甘さとは全く無縁の演奏が、背筋が凍るほどのインパクトを与えてくれます。こちらも、すべての楽器が瑞々しく聴こえてきます。

Album Artwork © Universal Music Australia Pty Limited


4月22日

MARTINAITYTĖ
Choral Works
Sigvards Kļava/
Latvian Radio Choir
ONDINE/ONE1447-2


Žibuoklė Martinaitytėという、初めてその名前を見たリトアニアの作曲家の作品を集めたアルバムです。そもそも、その名前をどのように読むのかが分かりません。いちおう、「ジブオクレ・マルティネイティーテ」というのが、最も信頼できる発音のようです。
彼女は、1973年にリトアニアで生まれ、幼少から国内で音楽教育を受け、最終的にはヴィリニュスのリトアニア音楽演劇アカデミーを卒業し、その後はフランスのIRCAMを始めとして、世界中の音楽機関で研鑽を積みました。現在は、アメリカで、ニューヨークを起点として作曲活動を行っているそうです。
彼女は、これまでにオーケストラや室内アンサンブルのための作品など、広いジャンルでの作品を数多く世に送ってきましたが、その中には合唱のための作品もあります。このアルバムでは、そんな、無伴奏の混声合唱のための作品を4曲聴くことが出来ます。
これらの作品に共通しているのが、テキストを持たない、ということです。声楽曲や合唱曲では、テキストに音楽を付けて、それを「歌う」ということがほとんど「常識」になっていますが、彼女の場合は、そのテキストによって具体的なイメージが与えられることを避けるために、あえて母音唱にしたり、意味のない発声のみを使って曲を作っています。そのことによって、器楽曲と同じように、音楽だけでそのメッセージを伝えるという作業を行っているのですね。かつての「前衛」の時代には、そのような合唱曲もたくさんありましたけどね。
最初のトラックで歌われているのは、そのメッセージがすでに明確に限定されている、というケースです。それは、2022年に作られた、その年に起きた何とも理不尽な、ロシアによるウクライナへの暴挙へのプロテストという意味を込めた「アレテイア」という曲です。このタイトルはギリシャ語で「閉ざされていないこと」、すなわち「真実の暴露」という意味を持っています。彼女の母国のリトアニアも、かつてはソ連の支配下にあったのですから、これは深刻なテーマです。
曲は、女声だけによるすすり泣くようなクラスターで始まります。時折聴こえてくるグリッサンドでは、なにか深い悲しみのような感情が表現されているようにも思えます。そこに男声バートのうめき声が入ってくると、まるで激しい敵対関係を描いているようなシーンが眼前に広がります。そこでは、倍音を歌う「ホーミー」も使われていて、ちょっとあり得ない光景です。
そんな、音楽自体は流れるように連続していたものが、突然、「ハーッ」という、細かいフレーズに区切られたシーンに変わります。それは、あたかも「強い意志」を象徴しているような激しい音楽です。
それが終わると、「シー」という水の流れのような擬音が聴こえてきます。そして、ソプラノが、不安感の中にも、一筋の希望があるようなフレーズを歌い、曲は終わるのです。確かに、様々なメッセージをこの中から受け取ることは出来たような気がします。
2曲目は、おそらく、そのような技法をほぼ確立した頃の2018年に作られた「母音の歌」という曲です。こちらは、1曲目ほどの激しさはなく、もう少し静かで、キラキラしたものがある曲で、終わり近くになって、ちょっと感情が高まるようなところもあります。
3曲目が最も新しい作品で「ウルレーション(うなり声)」というタイトルです。その名の通り、全体に鳥の鳴き声のようなものを模倣したものが、メインのモティーフになっていて、それがパート間の呼び交わしとなって対位法的に展開されていたりします。
最後の曲が、この中でも最も早い時期、2010年に作られた「遠くの青」というタイトルの曲です。ここでは、まだ完全なクラスターにはなっておらず、きっちりとしたハーモニーが感じられる作り方になっています。5度跳躍の音型や、ほとんどメロディと言えるようなものまでありますから、とても聴きやすく心地よい雰囲気が味わえます。でも、作曲家はこんなハッピーなところ安住してはいなかったのですね。甘い饅頭より、辛い煎餅。

CD Artwork © Ondine Oy


さきおとといのおやぢに会える、か。



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