「さてと、これでよし!と。」
加藤は犬の足をタオルで拭き終えた。
 「だから・・・本気か?一歩間違えば大怪我だぞ!それどころか!おい!聞いているのか!」
加藤は石塚に気を留める様子もなく、チビの前に座り込んで目線を合わせた。
チビは加藤を見て首を傾げた。

 「チビ!俺はお前を男と見込んで頼むんだぞ。いいか!今からお前は片時も離れず優李の側にいるのだ。つまり、ガードだ。だからあの変態が優李に近づいてきたらだな、お前はな、奴を・・・・・・殺せ!」
 「加藤、それはどういう意味だ!」
加藤は声のする方を見て、そこに高橋の姿を見つけると悪びれる様子もなく答えた。

 「ああ、高橋さん!いや、チビにですね特別任務を授けようと思って。ちゃんとマリアの許可は貰いましたから。」 それから高橋を睨みつけて言った。
 「止めたって無駄ですからね!あの変態には有効つうーことで。」
高橋は一瞬加藤の気迫に飲まれそうになったが踏みとどまって説得にかかった。

 「いいか?加藤、チビは猟犬として特別に訓練されているのだぞ。喉元に噛み付かれたら絶命ということもありえる。それともう一つ、相手は普通ではないのだぞ。逆に・・・・」
 「大丈夫、俺が援護しますから。任せてください!奴の首は俺らで取ります。」

 「なんならオレ等も手伝うぞ?」
3人組が声を掛けたので加藤は 「協力してくれるのか!」と嬉しそうに叫んだ。

 「駄目だ!」

高橋は彼らを怒鳴りつけてから、溜息をついた。
 「加藤、気持ちは重々理解する。だがな・・・・」

 「この騒ぎは一体何なの!」

外から戻ってきたジャンヌともう一人の女性は、この騒動をあっけに取られて見つめていた。
 「加藤がチビをガードに・・・・」
石塚が言った。
ジャンヌは溜息をついて、それから隣の女性を睨みつけた。
 「これが、今の状況よ!分かる?ディアンヌ。」

そこにいた人間は皆一斉にその女性に注目した。
彼女はその視線に一歩、二歩と後ずさりをした。

 「えーと・・・・皆さんかなりお疲れのご様子で・・・心からの同情と・・・お詫びを・・・・」
 「ディアンヌ、能書きはいい。正規のガードはなんと言っていたのだ?いつ来てくれると?」
高橋が聞いた。

 「日本に来るのは早くなりました。その・・・早くはなったのよ。あと・・・19日程待って欲しいと・・・・・」
 「19日!2日減っただけじゃないか!そんなもん!我慢できるか!!」
加藤が叫んだ。
 「ですから!私ちゃんと最初に言いました。今度の臨時のガードは覚悟してくれって!」
ディアンヌも負けずに叫んだ!
 「あんなのしか連れてこられないのですか!」
石塚も言った。
 「腕はいいでしょう?腕だけは!彼、戦っている間だけはまともだから。力があるから銀龍も毎日来ているでしょう?あと19日、皆さん、なんとか辛抱してくださらないかしら?」

 「もう4日も銀龍は来ていない!あの変態!退屈しのぎに俺達に何をしたか、あんた分かっているのか!」
加藤は叫んだ。
 「来ない?変ね?少なくとも3週間ぐらいは毎日腕試しに来てもおかしくない実力なのよ。」
 「実力なんてどうでもいいから、どうにかしてくれないと困る!」
坂本はこれ以上我慢できないといった表情で言った。  「おかしいわね?」
ディアンヌは首をかしげた。

 「この4日ほど、影がないぜ。」
3人組の一人が言った。
 「影?何だそれは!」
 「つまり、いつもならちょいと離れた所で見ているのさ。銀龍の影がな。いつも見張っている。それが無い。」
 「影が来てないのね?それは間違いないかしら?」
ディアンヌはそれを聞いて3人組に念押しした。

 「ああ、オレ等はこいつらとは違うんだぜ。」
3人組の一人の言葉にディアンヌは考え込んだ。
 「・・・あれかしら?また功名したいお馬鹿さんかしら?」
 「何だその功名したいお馬鹿さんって?」

 「えーとつまり、フランスのジャルジェ家にいる2頭の龍のどちらかに決闘を挑むのよ。自分の実力を試す為に。決闘は龍達にとってジャルジェ家の初代と交わした一番の約束です。もし決闘を挑んだのが銀龍なら、その間は・・・影ですらこちらには来ません。」
 「そ、そんな!じゃあ・・・そ、その間・・・こ、こっちには・・・そ、そちらをは、早く・・・な、何とかしてください!」
田口が叫んだ。
 「大丈夫!どうせ4日で終わるわ。所詮力試しよ。」
ジャンヌが不機嫌に言った。
 「どうして4日なのだ?」
高橋が尋ねた。

 「5日目からは止められないからよ。」
 「止められない?」
 「決闘は正式な作法に則ったもので、本来は龍に願い事をする為に1ヶ月間戦い抜くことが前提。だけど4日目が終わると龍が聞くのよ。“これ以上やっても無駄だから止めるか?”って。で、龍に泣きを入れて止める。馬鹿は人に迷惑かけるだけよ。」
ジャンヌが冷たく言った。
 「それで4日か。」
高橋は溜息をついた。

 「と、途中ですっぽかすなら・・・」 「だったら最初からやるなよな!」 「こちらはおかげでいい迷惑だ!」
皆口々に叫んだ。
 「それもありますけど!やめられるのは4日目までで、あとは1ヶ月戦い抜かないと止められないのよ。つまりその・・・戦い抜かないとそれは・・・」
 「死ぬという事ですか?つまり・・・命がけですか?それじゃあ最後のガードと同じってことですか?」
石塚が驚いて言った。
 「まさか!最後のガードの方がずっと楽です。」
 「ずっと楽ってそれは・・・・」
ディアンヌの言葉に一同は驚いて彼女を見つめた。

 「銀龍本体とやり合うのよ!今こちらへ来るのは所詮分身、最後の1年間は本体が来るけれど・・・全力を出すのは19、20歳それぞれの誕生日、合わせて2日だけよ。でも正式の決闘は違うの。銀龍は全ての力を使ってくるわ。それで1ヶ月よ!1ヶ月!20年ほど前にもあって・・・すごい腕前だったそうよ。でも11日しかもたなかったのよ。」
 「そういえば来なくなって今日で4日目だったよな。」
加藤が考え込みながら言った。
 「で、でも・・・今日これから銀龍がここへ来るかも・・・そ、それか明日に・・・」
 「明日も来なかったら?」
一同は押し黙った。

 「どちらにしろ、正気の沙汰ではないな。」
坂本は呟いた。
 「確認してみるけど、もしそうなら命がけで戦っている人間がいるのよ!理由はわからないけれど命を賭けるだけの事よ!ですから!それを酌んで!なんとか辛抱してもらえないかしら?」
ディアンヌは懇願した。

 「ガードの変更は?」
突然高橋がディアンヌに尋ねた。
 「今と同じだけの力があれば問題ないわ。それこそ、こちらからお願いしたいくらいよ!誰か当てがあるのかしら?どうなの高橋?」
 「高橋さん!じゃあ勇の奴!」
加藤が嬉しそうに叫んだ。
 「いや、ダメだった。」
 「お袋さんがフランスで倒れて入院している。当分日本へは帰ってこない。」 坂本が言った。
 「そ、それじゃあ・・・」

 「高橋、あなた勇に連絡取ったの?」
ジャンヌは驚いて高橋に尋ねた。
 「20日間だけだ。他の誰よりもいい。それに・・・」
彼は3人組をちらりと見た。

 「そうだった、ちょうどいい。ディアンヌ、是非聞きたい事がある。」
坂本は言った。
 「何かしら?」
 「勇には正規のガードをするだけの力があったというのは本当なのか?」

 「坂本、それは本当なの!」
ジャンヌはその言葉に驚いて叫んで、それからジャンヌは高橋を見て詰問した。
 「高橋!一体どういうことなの!!」
 「俺達もたった今、勇が正規のガードが出来る力があると聞いたばかりだ。それで・・・」

3人組を見て高橋が言った。
ジャンヌは彼らを睨んだ。

 「それはどういう事かしら?」
 「オレ等よりそちらの方が詳しいと思うぜ?」
彼らはディアンヌの方を見て言った。

 「ディアンヌ!」
 「当たり前でしょう!17歳とはいえ誕生日があったのよ。正規のガードが出来るくらいの力はあります!と言いたいのだけれど・・・実は2年前色々あって大怪我をして・・・その時力は使い切って、今は大した事はないの。」
ディアンヌはそう言うとため息をついた。

 「あの身体の傷!それではやはり力などないのだな。お前らやっぱり・・・・」
坂本は不機嫌に言いかけたのを遮って彼等は言った。
 「それほど大怪我ではない、傷ならとうに直っているはずだ。力も昔と同じだけある。証拠なら・・・オレ等は直接関わっていないが、木戸さんに聞けばすぐに分かる。」
 「それはおかしいわ。板倉から・・・千秋からちゃんと報告を受けているわ、以前のような力はもう無いと!」
ディアンヌは答えた。

 「おい!一体どっちなのだ!」
坂本は叫んだ。

 「力なんて無いでしょう?だって勇の奴しょっちゅう怪我していましたよ?あれじゃ、オレが見たって分かりますよ。」
加藤が言った。
 「そうだ!そう言えばお前らさっき何か言いかけたな?寄せないようにとか?」

 「龍は強大な力を持つ。その力を殺す為に使うのだ。つまり強大な力を負の力に変える。するとその負の力に引かれて色々な妖や・・・その他よからぬものが引き寄せられるから、龍には力を使わせない方がいい、分かるだろう?」
坂本の問いに3人のうち一人が答えた。
 「引き寄せられるって・・・よからぬものってそりゃ何です?」
加藤の言葉に少し考え込んで彼は続けた。

 「負の力は簡単に言うと・・・悪しき事柄を引き起こすものだ。龍はガードが力を出せば出すだけパワーを上げる、つまり力を使う訳だから・・・彼女のまわりに負の力が少しでも来ないように、戦うのに少しでも小さな力で抑えた方がいいだろう?ただでさえ龍以外にもトラブルだらけだ。精神的にもきついから少しでも負担が軽くなるようにだ。戦闘は手短に、力を使う時は一瞬で勝負をつけるだな。」
 「だが龍は?それで納得するのか?逆に・・・・」
 「だからよく怪我をしていたろう?あれはきっと、銀龍が何とか力を使わせようとしてだ。」
 「勇・・・あの馬鹿!」

 「ちょっと待ってくださいよ!それが本当なら、このままガードを続けさせられたじゃないすか!」
 「さあな?そちらさんとも話が食い違っているしな。さて一体真実は何処?か。」
 「あんた達! “やはりすべて嘘でした” などと言うつもりなら・・・ただじゃおかないわよ!」
ジャンヌは3人を睨みつけた。
 「まさか!オレ等は知っている事を話しただけさ。」

突然ディアンヌは、慌てた様子でジャンヌに声を掛けた。
 「ジャンヌ、申し訳ないけど私帰らせていただきますから!」
 「ホテルへ戻るの?」
 「帰国します!」
 「ちょっと、ディアンヌ!待ちなさい。」
自分を捕まえたジャンヌに腹立たしげにディアンヌは言った。
 「もう見え見えよ!黙っているのは!勇を自分のところへスカウトするつもりなのよ!それからあなた達!いっときますけど!板倉に絶対先は越させませんからね!」
彼女は3人組を睨みつけた。彼らは顔を見合わせて肩をすくめた。

 「今フランスなのね。本人に直接確かめたほうが早いかしら?それともジュールとミシェルに連絡取って先に仕掛けさせて確かめさせようかしら?」
 「ちょっと!二人がかりで?そんなに・・・勇はすごいの?」
ジャンヌはディアンヌに尋ねた。
 「勇の父方の家系に代々伝わる力よ!突然変異じゃないの。あなたでも分かるでしょう?この意味。それほど素質はすごいのよ!その上に!何といっても200年も狂わなかったのよ!200年!200年の孤独に耐えうるだけの強い魂!気を操って霊的な力にするのに素質は重要よ!だけどそれも意志の強さと強靭な精神力があってこそ。つまりそういう強い魂を持つものだけが本当に力を使いこなせるのですからね。」

 「ディアンヌ?」

 「私は、ボスみたいに “運命ですね!愛ですね!” なんていうつもりはないわよ。本人達に昔の記憶なんかまったくないし。でも、もしかしたら?という気持ちはやはりあったのよね。だって!勇は昔、命を捨てて優李を護ったでしょう?これで2年前と同じように力があったらもう!何があってもうちに引っ張るわよ!ジャンヌ見ててね。私、絶対!がんばるから!」
 「ディアンヌ!あんた何を言っているの?勇が命を優李の為に?200年も狂わなかった?何なのそれは!」
ディアンヌは心底失敗した、という顔をした。

 「えーと、あの・・・と、とにかく!急ぎで調べないといけないから後の件はよろしく・・・」
彼女はしどろもどろに言って立ち去ろうとした。

 「ディアンヌ、待ちなさい!」
ジャンヌはディアンヌを呼び止めた。

 「まだ話は済んで無いわよ。」
 「ジャンヌ!でも・・・急いでいるのよ!」
 「待ちなさい!どうやら上の思惑で何か色々隠されているみたいね?現場ではこんなに!こんなに大変なのにねえ、ディアンヌ?」
 「ジャ、ジャンヌ、別に隠していた訳じゃないのよ。勇の件は板倉が・・・千秋が勝手したのよ!これはしっかりと抗議して・・・・」
 「それだけではないでしょう!!話しなさい!勇が命を優李の為にとか、200年も狂わなかったとか!それが何か!」
 「えーとそれは・・・なんだったかしら?」

 「ディアンヌ!」

ジャンヌは横目で睨んだ。
 「あーどうしよう?困ったわ!」
 「言いなさい!」
 「そんなに・・・たいした事ではないのよ。ジャンヌ。」
 「なら言いなさい!」
 「で、でも・・・」
ジャンヌは例の流し目で彼女を見た。

 「ディアンヌあたしはね、ここ2週間程・・・特にこの4日間で辛抱・我慢・忍耐そういうものを総て使い尽くしたのよ!総てよ!分かるわね!この意味が!」
 「そ、それじゃあジャンヌ・・・・」
 「悪いが俺も話を聞かせてもらう。」
きっぱりと高橋が言った。
 「・・・と高橋・・・」
名前を呼ばれなかった人間が全員ディアンヌをじっと見ている。
彼女は思わずあとずさった。
 「ダメよ!もう絶対に・・・・・」
それから、ディアンヌは二人を見て言った。
 「こ、ここではなんだから・・・へ、部屋へ行きましょう。」

 「なんて事なの。それでは勇は・・・・」
ジャンヌは呟くように言った。

 「ジャルジェ家のあの有名な “黒い髪の男の絵”に関する事よ。資料も揃っている。黒龍も勇を見て間違いないと言っている。絵だけ見ても納得するわ。だって生写しですもの。」
ディアンヌは言った。
 「そうね・・・・そうと分かれば名前の件も、優李の勇に対する態度もね。24年も側にいて挙句の果てに・・・あの信頼の仕方も当然ね。勇まで生まれ変わりなんて・・・」
ジャンヌは溜息をついた。

 「もう一度言いますけれど!他言は無用よ。これを知っているのは、ほんの一握りの人間のみなの。それから!優李は何も知らないから。絶対黙っていてね。それともう一人、板倉もよ!ボスから彼だけには絶対!何があっても!話さないように言われているのよ!絶対ですからね!高橋お願いよ、この件はあなただから話したのよ。板倉の人間で知っているのはあなただけよ!」
 「それで・・・・君らのボスは、どうするつもりだったのだ。」
高橋はディアンヌに尋ねた。

 「勇にずっとガードさせるつもりだったみたい。“これで安心です。最後のガードはもう誰でもいいのですよ”って、嬉しそうだったの。」
 「ボスの気持ちは分かる。そうね、勇が続けられたら・・・そうだったかもしれない。それにしても板倉は何を考えていたのかしら!」
 「だから!自分の所へスカウトよ!切り札にするつもりだったのよ!」
ディアンヌの言葉にジャンヌは不機嫌に頷いた。
 「いや、そうではない。」
高橋はぽつりと言った。その言葉にジャンヌは考え込んだ。

 「そう・・・ね。2人の関係を知ったから続けさせなかったのね、多分そちらの方が正しいわ!悪知恵だけ働く馬鹿よ!醜いわ!了見の狭い男!臆病者で嫉妬深い!どうしようもないわ!」
ジャンヌは罵りの言葉を並べた。
 「でも、最終的には優李が勇にガードをさせるのを嫌がったのでしょう?」
 「ええ・・・まあ。」
ディアンヌの問いにジャンヌは曖昧に答えた。
 「それなら仕方ないでしょう?ボスも折を見て説得するつもりだったようだけれど、カードにもそう出ちゃって考え込んでいたから。」
 「ボスのカードに?」
 「ええ、ノエルの前後からだったかしら? カードと格闘していたの。龍とか色々邪魔していてなかなか分からなくて・・・“勇は、もう2度とガードは出来ません” って、落ち込んで・・・クレマン、勇をとても気に入っていたから。」
ディアンヌは肩をすくめた。

 「愛する人の為に生まれ変わって再び命がけで護るなんて!そりゃあロマンチックよ。でもね、過去に縛られていたら今を生きている意味が無いでしょう?過去は過去、今は今よ!さて、これで昔の話は全部よ。それともう一度注意しておくけど・・・他言は無用よ、分かった?」
ディアンヌは念押しした。
 「だったら!人前でうっかり話したりしないことね。あいつらどうするつもり?あたしはあいつらの面倒までは見ないわよ。」
 「お願い!何とか誤魔化して頂戴!コントレックス、今度は6ダースくらい送るから!ね!お願いよ!」
 「そうね。それなら考えても・・・」

 「ディアンヌ、確認したい事がある。」
突然高橋が言った。
 「何かしら?」
 「勇はどのくらいの力がある?」
 「さっき話さなかったかしら?」
 「もっと具体的にだ!」
イライラした様子で高橋は言った。

 「そうね・・・・あなたのところの木戸って人は当然分かるわよね。彼の実力について知っている?」
 「ああ、よく分かっている。」
 「彼よりもっと上よ。私の兄よりも力はあるかもしれない。」
 「アランより!それホントなの?」
思わず叫んだジャンヌにディアンヌは頷いてみせた。
高橋は尋ねた。

 「ディアンヌ、もう一つ聞かせてくれ!龍は優李をどうするつもりだ?優李は特別だから助かる、これで間違いないのか?」
ディアンヌとジャンヌは顔を見合わせた。それからディアンヌは答えた。
 「“ジャルジェ家最強の娘オスカル・フランソワの生まれ変わりで、今度はジャルジェ家初代リオン・フランソワの力も受け継いでいる。一人で立てる強い娘なら、どんな苦難も障害も叩き伏せるだろう。” 龍達は優李が生まれた時言ったのよ。」
 「それでは・・・どちらにも取れるな。」
 「ええ、その通りよ。優李は強い子だけど優しいから・・・・私達も皆心配しているわ。もしかしたら7人目と同じように?とね。でも、もう一つあるの、これが本当の切り札よ。勿論昂ではないわよ。」
高橋が怪訝そうにディアンヌを見つめた。

 「本当の切り札?」
 「これがある限り絶対に優李は大丈夫。でも知っているのはボスとムシューだけ。」
 「内容が分からない切り札か?」
 「ムシューの親族に利用されたら大変だから。先程話した龍の言葉だって秘密にされていた。それを嗅ぎ付けて“優李は特別だから絶対に助かる”という噂を流したの。ジャルジェ家の相続の、巨大な利権が絡んでいるから仕方ないけれど・・・誘拐に暗殺、それから財産目当ての求婚、おかげで優李がどれだけ酷い目にあったか。」
ディアンヌは目を伏せた。

 「つまり、優李はあと3年耐え切れば絶対に助かる。そしてこれは千秋君も知っている。これでいいのか?」
 「ええ。千秋は優李がオスカル・フランソワの生まれ変わりである事も知っているわ。」
高橋は考え込んだ。
ジャンヌはそんな高橋を暫く見ていたが、ディアンヌに向き直ると尋ねた。

 「ねえディアンヌ、もし勇に力があったらもう一度ガードさせてもいいかしら?」
 「それは勿論!私もそのつもりよ!ただボスの占いがちょっと・・・・」
 「所詮カード占いよ!読みきれない場合はいくらでもある。ボスはいつもそう言っているわよ!」
 「無理だろう。」
高橋が言った。

 「優李は説得する!勇に力があるなら何の問題もない!それに、分かっているでしょう?優李が本当は・・・」
ジャンヌを無視して高橋は聞いた。
 「ディアンヌ、正式な作法に則った決闘では銀龍にどんな頼み事が出来るのだ?」
 「どんなって・・・・そうね、どんな事でも大抵はできるかしら?死者を生き返らせるのは無理だと聞いたけど・・・」
 「“前の約束が絶対” あれはどうなる?この場合も有効か?」
 「ええ勿論。“前の約束が絶対” だから、それを反故にする事を願って戦えばいいのよ。」

 「・・・・・167年前の約束を反故にする。」
高橋は言った。

 「ええそうよ。これは過去にやった人間が何人もいるわ。でも・・・全員駄目だったわ。高橋、どうしたの?」
高橋は問い掛けに答えず、急いで携帯を取り出すと何処かへ電話をかけた。しかし相手が出ない所為か、少しするとすぐに携帯を切ってデイアンヌに尋ねた。
 「今すぐ調べられるか?決闘がされているのか。」
 「それはすぐ分かるけど・・・一体どうしたの?高橋、あなたさっきから変よ。」

 「馬鹿ね!何を考えているの!」

ジャンヌが突然、震える声で言った。
 「ジャンヌ、どうしたの?高橋?何よ2人とも!ねえ!」
 「勇は今フランスにいる。」
高橋は静かに言った。

 「だけど!勇が決闘などする理由がない。だって優李は助かるのよ!」
 「多分勇は何も知らない。俺達は千秋君から臨時のガードは部外者だから必要のない事は一切教えないように言われていた。」
 「167年前の件は、板倉自身が勇に話をしているわ!勇からも聞いた!12月に入る前に話を聞いたと・・・・・」
高橋は顔を歪めた。

 「内容は?すべて勇から聞いたのか?」
 「それは・・・でも!」
 「昂君では助けられないと聞いていたら?決闘の話を聞いていたら?千秋君の言う事なら勇は何でも信じるぞ。」
 「・・・・勇に力があるかどうか分からないわ!」
 「力はある!間違いない!そうだ・・・調べるまでもない、そうすればきれいに辻褄が合う。」
 「ノン!それでも勇はしない。普通考えれば分る!死ぬのよ?それにあの子、優李の事なんて・・・」

 「本当にそうなのか?少しでも優李の為に・・・しなくてもいい怪我までしていたような奴だぞ!それよりも所詮4ヶ月、俺達に分かったのか?24年もガードし続けて、挙句の果てに命さえもくれてやった奴の本当の気持ちが?」
 「・・・・記憶なんか無い・・・・」
ジャンヌは自分に言い聞かせるように言った。
 「先程の話じゃ200年も片恋で苦しんで・・・それでも勇は来た。たとえ記憶が無くても、勇は全部知っていたのだろう!それなのに・・・忘れたのか?初めて二人が会ったあの日の事だ。」
高橋は言った。

 「・・・あんなに優しい顔をした優李を初めて見た・・・・」
ジャンヌは言った。
 「違う!勇だ。君が言ったのだぞ、ジャンヌ!“嬉しいって顔をした。会えて嬉しい、とても嬉しい!” そういう風に勇は・・・・優李を見たのだぞ!」
高橋はディアンヌを見ると叫んだ。

 「調べてくれ!4日目までなのだろう!急いでくれ!頼む!」
 「わ、わかったわ。すぐに兄さんに連絡取るから!」

■登場人物について