『そなたの父も兄達も我の前に屍を晒したのみ。そなたのような小童に何が出来よう?』
悪逆非道の銀龍はリオン・フランソワに問うた。
 「では今日より1ヶ月、私と闘え。もしそれで我が命奪えるなら、私は小童である事を認めよう。」
 『笑止!そのような無駄骨、我がすると思うのか?』
 「我が力に恐れをなし、戦いを拒むというのならそれはそれで仕方なし。」
リオン・フランソワは不敵な面構えで笑った。
 『黙れ、小童!我が恩情分からぬか!』
 「ならば私を殺す事が出来るのか?」
 『そこまで死を望むならその願い叶えよう!ル・バルクの廃墟にてこの闘い受けようぞ。』
 「承知した。そして銀龍よ!もし私を倒せねば?」
リオン・フランソワは銀龍に問うた。
 『万が一、そなたの命を奪えぬその時には、我はそなたに服従を誓おうぞ。絶対の約束をもって。』
(ジャルジェ家覚書ヨリ)

 真夜中、それも目の前の小高い丘が墓地という場所の所為もあるのかも知れないけれど、アラスは信じられないくらい寒い場所だ。 北風が吹きすさんで・・・パリも寒かったけどそんな比じゃない。

 「なあ勇、絶対まずいぞ〜」
横にいるボリスが、井戸を調べているおれに震え声で尋ねた。
 「まずいって何が?あっと!ちょっと待ってボリス、もう少しで調べられるから・・・」
 「オレも多少霊感みたいなのがあるから分かるんだよ!大体ここはあの有名な大虐殺のあった・・・」
 「大虐殺って・・・なんだよボリス!それは!」
おれは調べるのを止めてボリスを見上げると、かわりにマリーが話し出した。

 「アラス市内には、レ・ボーヴという1000年以上前に掘られた洞窟があるんだけど、昔レ・ボーヴとここは繋がってたらしいんだよ。13世紀、百年戦争があった頃、レ・ボーヴから大勢の人が逃げて来てここから出ようとすると敵が待ち伏せしてて・・・つまり、分かるでしょ?出るんだよ〜〜〜」
マリーはブルッと身震いした。

 「出るって・・・ひょっとして・・・・・」
 「北フランスは古戦場跡がいっぱいあるからその手の話は多いけど、特にアラスのここは!フランスでも超有名な!心霊スポットだよ〜〜〜」
 「心霊スポット!!!マ、マジ!」
 「勇〜お前知ってて来たのじゃないのか?」
 「そ、そんなの知るわけないじゃん!」
先輩はそんな事少しも言ってなかったぞ!おれは慌てて辺りを見回しながら言った。

 「でも・・・おれさ、分かるからさ。いないって!多分・・・えーと・・・ちょっと・・・待って・・・」
それからもう一度慎重に辺りを見回して気配を探って、墓地の方も見たが・・・3体だ、いるけど・・・あれなら大丈夫だ。ああ、よかった!

 「大丈夫!いないよ。うん、いない。」
 「そうなのか?でもなあ・・・」
 「そうだよ!いなくても凍死だよお〜!」
心配そうに見つめるボリスとマリーにおれは笑いかけた。
 「大丈夫だよ。」
 「なんだかよく分からないけれど・・・・本当に本当なの?」
 「ああ、この井戸に間違いない。」

ベルサイユのジャルジェ邸は警備が厳しくてとてもじゃないが入り込めなかったけど、これで大丈夫だ。
 「ボリス、荷物ありがとう。」
 「・・・なあ、これに何が入っている?」
ボリスはおれに荷物を渡しながら聞いた。
 「着替えとシュラフとランタンと菓子とジュース。」
 「食料は・・・それだけ?」
 「何故かは分からないけど、そこにいる間は食べなくても平気らしい。」
二人は訳が分からないという様子で顔を見合わせた。だよな、さっぱり訳わかんないだろうな。おれだってよく分かってないしさ。

 「でもさあ、井戸はコンクリートで埋められているから中へ入れないよ。見れば分かるでしょ?」
マリーは懐中電灯で中を照らしておれに見せてくれた。
 「大丈夫だよ。それにしてもホント助かったよ。ボリス、マリー。もしおれ一人だったら、パリからリールまでTGVで行っちゃうとこだった。そしたらアラスのここまで絶対辿り着けなかったよ。本当にありがとう!」
 「冬休みにさ、二人でリールに引っ越した友達に会いに行くつもりだったから気にしなくていいよ。」
 「そうそう、アラスは途中だからさ。」
 「それでも君らには一生感謝する。あ!そうだ、うまくいったら明日にでも電話するから。」

おれは手を差し出した。マリー、それからボリスと握手する。
 「とにかく無事を祈る、連絡待ってるからさ。・・・でいいのか?」
ボリスの言葉におれは頷いた。
それから荷物を井戸の中に放り込むと、二人を見た。
 「これから起こる事は誰にも言わないで欲しい。まあ話した所で、誰も信じないと思うけどね。」
おれはそういいながら井戸の縁に乗った。それから二人に笑いかけて井戸へ飛び込んだ。

マリーとボリスは何が起こったのか分からなかった。慌てて井戸に近づいて懐中電灯を照らす。
だが中は空っぽで、勇も大きな荷物も何もなかった。

 「消えた!!!」

二人は顔を見合わせて叫んだ。
 「な、なんだよおー!これは!!」 「勇〜異世界探検って!ほんとかよ〜」

 顔を少し出してみると、沢山の白いばらの花の蕾が光に照らされて今にも開きそうなのが判った。いくらどうでもまだ日は昇っていないはずだ。それとも一瞬に感じた時間はそうではなかったのだろうか?急いで時計を見ると、まだ2時10分前だった。もう一度見回して・・・照明だ。分かりにくい所にいくつもあり―それはまるで太陽の光のような色で―花をライトアップしている為だ。

荷物を先に出して、それからもう一度周囲を注意深く見回した。見回りの気配は無い。 おれは今いる穴のようなものを囲んでいる石の縁に手を掛け、反動をつけて跨ぐと穴から出て急いで身を屈めた。 振り返って出てきた穴をみると、どうやらこれも井戸のようだ。
もう一度周囲を見回す。

井戸を中心に半径2メートルほどの円形の空間が空いていて、あとは一面のばら。そして、一ヶ所だけ狭い通路が伸びている。ばらは高さが1メートル近くはあるだろう。これなら通路の部分に注意すれば木が邪魔して外からはよく見えない。でも急がないと!1時間ごとに見回りが来るはずだ。
おれはもう一度注意深く周囲を見回し、目的のものを探した。

すると、高さが3メートルぐらいの何か棒のような細い物が揺れながら立っているのが目に入った。近づいていくと少しずつ幅が広くなって・・・何かの板というより紙のように薄いものだ。幅が広くなっている方へ回り込んで見ると、ようやくそれが古びた両開きの木の扉だと分かった。だけど厚みがまるでない。多分これで間違いないだろう。

おれは扉を見上げた。取手も何も無い、ただの木の板。丁番の所だけが黒く鉄か何かで作られているようだ。おれは左手で触れる、木の感触だ。すると扉は音もなくすんなりと内側へ開いた。
おれは荷物を担ぐと急いで扉の中へ入った。

おれが入ると、キィーと微かに音がして・・・振り返ると扉は勝手に閉まっていた。
正面を向くとそこは幅5メートル程の通路で、両側は壁になっていた。その壁の所々にロウソクのような明かりがぼんやりと灯っている。しかしそれ以外明かりはなく、周囲も真っ暗闇で様子はさっぱり分からない。上を見上げる。どうやら天井はないようだ。暗闇の夜空に星だけがチカチカ輝く。

おれは荷物の中からランタンを取り出すと明かりを付けた。
手に持ってあたりを照らすと、まわりの様子がすこしだだけはっきりした。 市松模様の石畳の床が続いていて、左右は壁。壁にはアーチ型の開口部がいくつかあるようだ。壁は高くて厚い。ここから外は野原のようだが真っ暗で分からない。

時計を見る。やっと午前2時を回った。日が昇るまで・・・まだ随分時間がある。
外とは違いこの中は暑かった。おれは手袋を取って、それから防寒着を脱いで床に置いた。それから荷物の中から木刀を取り出すと床に腰を下ろして壁に寄りかかった。

 口上は暗記した。
ちゃんと教えてくれるだろうか?教えてくれなければ話にならない。
もし教えてくれなかったら?

おれは小さくため息をつく。
考えても仕方ない。とにかく見つけないと。
おれは目を閉じた。それから小さく溜息をつく。

・・・ホント、自分でも呆れるよな。
金色の髪もサファイアの瞳も、それからよく響くちょっと低い声も・・・すぐにはっきり、何もかも思い出せる。
200年以上忘れられなかったから・・・当たり前かな?
大丈夫、絵がなくても忘れない。ちゃんと記憶の中にあるのだから。

 「思い出だけは誰も奪う事は出来ない。」

思わず口から飛び出した言葉に苦笑した。
笑っちゃうよな、おれってどうしようもない馬鹿だ。

だけど!
思い出の中のオスカルは・・・おれのだけのものだ。
誰にも渡さなくていい。
おれの・・・
オスカル。

 気がつくと・・・明るい。
慌てて腕時計を見ると・・・8時36分。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
おれは急いで立ち上がって周囲を見回した。

一面の草原、雲一つない青い空。草は鮮やかな緑色でどこまでも果てしなく続いていた。
おれの座っている石畳の床は、灰色と白の石が市松模様に斜めに貼られてた。左右の壁は分厚くて1メートルほどもあり、高さは5メートルぐらいか?白い石が積み重ねられて造られているようだった。その壁にはアーチ型の開口部が3メートルぐらいの間隔で開いていて、まるで・・・そうだ、回廊のようだ。だが、かなり古い造りらしくどちらの壁も途中で崩れていた。石畳の床だけが壁よりも長く伸びている。

そしておれは気づいた。何かいる、その端の崩れた壁の陰に・・・黒い大きなものだ。
おれは木刀だけを持つと、ゆっくりとそれに近づいていった。

それが何かすぐに分かった。でも銀龍ではない、去年の夏ジャルジェ邸で見た奴だ。
黒い龍、黒龍だ。
あの時は気づかれないようにシカトしたからあまりよく見なかった。
おれは初めてそれをしっかりと見つめた。

トカゲのような細長い身体に背びれがあって、四肢は細い身体に不釣合いなほど長くて大きくて頑強そうで、トカゲの足とは造りが違い駆けるように走れそうだ。それにコウモリのような翼。だけどあんな細い骨じゃない、太くて厳つい骨格だ。全身は黒くて硬そうな大きな鱗で覆われている。顔はヘビかトカゲに似ていて、頭部には背ビレと同じものが冠のようについていた。そして白目のない、青いビー玉のような目。

黒龍は4ヶ月前会った時と同様、その瞳孔の無い真っ青な瞳で無表情におれを見つめた。
おれ達は暫く見つめあった。
いきなり龍が溜息を付いた。いや本当にそうなのかは分からない、付いたような気がしたのだ。
まるでおれがどうしようもない愚か者だというように。
だけどもしそうなら・・・間違ってはいない。

黒龍はふいに顔を斜め左に向けた。おれはそちらを見た。
ずっと先、はるか彼方に鈍く光る何か塊があった。
おれはもう一度黒龍に目をやった。
だが、やはり龍は何もいわずおれを見ているだけだった。

おれは黒い龍の前を通り過ぎて、石畳から草原へ足を踏み入れた。
草は2、30センチほどの高さの何の変哲もないただの草だった。
草は風にそよいで少しだけ揺れ動く。
おれはその草の中を鈍く光る塊を目指して進んだ。

 おれは歩いた。ひたすら歩いて・・・それに近づいた。
先程見た黒いのと似ているが同じではない。だんだんと、姿がはっきりしてくる。
4ヶ月間戦った相手は、銀色の影のようなもので姿は今一つはっきりしなかった。
でも間違いない、今ここにいるのと同じ奴だ。
ただ一つ違う事、見ただけで分かる。力が桁違いに大きい。

身体は先程の黒いのよりかなり小さくて・・・それでも馬より一回りは大きいだろう。
全身が鈍い銀の鱗で覆われていて、翼は黒いのより大きく思えた。しかし今はたたまれているのではっきりとした大きさは分からない。
そして四肢の先には黒龍と違い牙と呼んだほうがふさわしい例の3本の爪があった。よく見ると爪は4本、鳥の足のように1本だけ他とは違い向きが異なって付いている。
龍は伏せて・・・眠っているように見えた。

おれはゆっくり近づいていき、、3メートル程離れた所で足を止めるとそれは顔を上げておれを見た。
目の色は黒龍と違って真っ黒だった。夜だった時のこの場所のように真っ暗な色・・・・

 『我が住処、足を踏み入れるは何者か。』
龍はおれに尋ねた。
 「わが名は、大木勇。お願いしたき儀が有り参上いたしました。」
おれは銀龍に向かって言った。

 『口上を』
 「ジャルジェ家初代、リオン・フランソワの残した古の作法に則り、われ銀のお方に闘いを申し込む。理由は167年前の約束の反故!願わくは、われに御名をお教えいだだきたい。」

長い沈黙の後、銀龍はとうとう身体を起こした。
銀龍はおれを見下ろして言った。

 『我が名はunknown name 闘いの件、承知した。今日より31日間、古の作法に則り受けて立とう。』

リール、アラス
リールは北フランスの大工業都市で、ユーロスターの主要停車駅でもある。アラスは、リールから50kmほど離れた場所。なお、レ・ボーヴという洞窟は実在しますが心霊スポットはフィクションです。
TGV
フランスの高速列車。日本の新幹線のようなもの(^_^;)ですが、最大時速300kmですので、早い!ロンドン〜パリ、ブリュセルを結ぶ国際線のユーロスターが有名ですが、国内専用TVGもあります。