『第5回東アジア国際シンポジウム2000』報告
        および報告に対するコメント
 

                           2001.1
                                               張  秉煥
                                               伊藤 征一
 

 『IT革命と北東アジア経済協力―情報通信産業の発展による新し
い地域ネットワークの形成―』をテーマとする『第5回東アジア国際
シンポジウム2000』(主催:東アジア総合研究所、台湾綜合研究院)
が、2000年8月21日に台北で開催された。

 本シンポジウムには、島根県立大学・北東アジア地域研究センター
張 秉煥(チャン ビョンファン)がコメンテータとして出席した。以
下にその発言内容を中心とする報告を掲載する。

 本報告は、環日本海経済研究所の『情報通信ネットワークによる
北東アジアの企業連携』プロジェクト専用ホームページに設けられ
た電子会議室に投稿されたものであるが、それに対するコメントを伊藤
征一が同電子会議室に投稿したので、それも併せて掲載する。
 

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『第5回東アジア国際シンポジウム2000』報告
 

                                                2000.9
                                                 張 秉煥
 

  島根県立大学・北東アジア地域研究センターの張 秉煥(チャンビョ
ンファン)と申します。先月台北で開催された、第5回東アジア国
際シ
ンポジウム2000でコメンテータとして出席させていただきまし
た。
シンポジウムのスケッチ、そして、その感想の一片を簡略に披瀝し
よう
かと思います。

  シンポのテーマは、『IT革命と北東アジア経済協力―情報通信産
業の発展による新しい地域ネットワークの形成―』でした。李登輝
前総統も出席され、出席者300人は大きな拍手で迎えました。日本、
韓国、台湾の学者や研究者、そして企業家が参加し、三日間有益な意見
交換は勿論友好の場を造りました。ただ、中国の参加予定者らは、台湾
との妙な問題ができ、参加できなかったことは、大変遺憾なことでした。

  第一セッションは、通貨危機後のアジア経済と自由貿易圏の展望でし
た。域内に自由貿易区を設立し、新たなアジアの経済秩序を確立してい
こうとの提案、東アジア地中海自由貿易圏の構想も提起されました。

  第二セッションでは、21世紀情報化社会に向けて邁進する台湾の発
展戦略、韓国のインターネットインフラと三星電子のインターネット戦
略、北東アジア地域におけるIT産業の集積可能性などが発表されました。
ただ、テーマに相応しい具体的な提案、ないし構想は提起されなかった。

  このテーマは社会的なニーズは高いものの、まだ理論的な裏付けや事
例が乏しい現実を無視するわけにはいかないというふうに思いました。
その故、環日本海経済研究所(ERINA)が中心になって研究調査され
ているこのプロジェクトへの期待感が高まるのではないかなと思います。

  下記の拙文は、私が第二セッションのコメンテータとして発表させて
いただいた原稿です。ざっと目を通していただければ光栄と存じます。

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  増田座長、ご紹介、どうもありがとうございます。座ったまま失礼い
たします。北東アジア地域研究センターの張 秉煥(チャン ビョンフ
ァン)でございます。第二セクションで発表された議論は、非常に意義
深い分析、そして提案がだくさん提起されたと思っております。

  限られた時間でありますので、私の発言は、二つ、つまり、『情報技
術投資(IT Investment)』『国際的なデジタル・ディバイド
(International Digital Divide)』に絞り、申しあげたいと思い
ます。

  まず、第一点です。情報技術のグローバルな普及は、先進国と途上国
間の経済関係ないし経済秩序に、どのようなインパクトを及ぼすか。特
に、域内の途上国における近代化ないし工業化のための投資と、新たに
要請されている情報化投資のバランスはどう取るべきか。

  途上国における情報技術投資は、先進国における資本深化(capital
deepening)のプロセスで行われる情報資本(information capital)の
蓄積と同調化(synchronize)されている現象を見せています。これに
着目すると、既存のいわゆる「第四世代工業化論」とか、ここにいらっ
しゃる東京経済大学の平川教授の「新工業化論」の構図などには、どの
ような意味合いを持っているのでしょうか。

  アメリカは勿論、日本と韓国でも、ニューエコノミー(New Economy)
への移行をめぐって、いろいろな議論が行われていますが、私は、これ
までの工業化段階における開発格差が温存することは見逃せないとは思
いながら、やはり情報技術を新たな「機会の窓」として、受け止めてお
ります。そういう中で、既存の工業化モデル論に鑑みて、いわゆるデジ
タル経済にふさわしい新たなメタ理論が出現されることを期待している
次第でございます。

  次の第二点は、国際社会における貧富格差に変容が起こるかどうか。
いわゆるデジタル・ディバイド(digital divide)の国際バージョンに
なるでしょうが…。過去、新国際経済秩序論(NIEO)とか新国際技術秩
序論(NITO)などから訴えた、国際技術移転と「技術二重ギャップ論は、
どのように塗り替えられるのでしょうか。これに対する国際協力のあり
方、そして域内の現状を踏まえたうえ、今後、どのように対応していく
べきかということです。

  過去100年間のデータに基づく、Easterlyという学者の研究結果
(1993)によりますと、一人当たり所得が相対的に低い水準に置かれて
いた経済は、相変わらず、その水準に留まっている蓋然性が高いとされ
ています。

  したがいまして、「持続的貧困」の状態に置かれている途上国におい
ては、情報革命への期待は少なくないです。例えば、ご存知のように、
世界銀行(World Bank)の報告書(1998)でも、開発格差の原因が、「知
識ギャップ」と「情報の問題」にあると指摘されているのです。

  言い換えれば、最近、情報技術の急速な発達で知識の獲得および拡散
スピードが加速化されている一方、新たな富の創出などのような肯定的
便益が、先進国に集中し、国際社会の貧富差を拡大させる恐れがありま
す。

  今後、情報技術産業における国際協力が一層求められることは、明ら
かな事実であり、新たな発展モデルの出現が、期待される時点ではない
かというふうに思います。

  ただ、素朴な例になるかも知れませんが、域内における情報通信産業
の発展のための国際分業モデルに対する探索は、もう産業現場では行わ
れてきているといえます。特に、ソフトウェア産業の場合、日本と韓国、
日本と中国、日本と台湾、韓国と中国において、大企業より中小企業間
の国際分業が行われています。

  これにつきましては、例えば、新潟県の環日本海経済研究所により、
『情報通信ネットワークによる北東アジアの企業連携』という研究調
査が去年から実施されており、私も韓国に関する部分について、若干
携わ
ったことがあります。その中間報告書が、この会場にも備えられて
いるそ
うです。ご参考にしていただければと思います。

  この調査の結果によりますと、北東アジア地域における情報技術産業
での国際分業の明るい可能性を提起しています。21世紀にむけて、新た
な国際的企業連携のモデルが、私は、これを「北東アジアITコミュ
ニティー」として提案させていただきたいと思いますが、その実例が、
どんどん出現することを楽しみにしている次第でございます。

   ちょっと長くなったので、終わらせていただきます。

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  『第5回東アジア国際シンポジウム2000』
   における張秉煥先生の報告に対するコメント
 

                                                2001.1
                                               伊藤 征一
 

  張秉煥先生から、表記の報告の全文を、環日本海経済研究所の「情報通
信ネットワークによる北東アジアの企業連携」プロジェクト専用ホームペ
ージに設けられた電子会議室ににご投稿いただきました。以下、その報告
を部分ごとに区切って掲載し(>のついた部分)、それぞれにコメントを
付してみます。

 島根県立大学・北東アジア地域研究センター張 秉煥(チャン
>ビョンファン)と申します。先月台北で開催された、第5回東アジア国
>際シンポジウム2000でコメンテータとして出席させていただきまし
>た。シンポジウムのスケッチ、そして、その感想の一片を簡略に披瀝し
>ようかと思います。

シンポのテーマは、『IT革命と北東アジア経済協力―情報通信産
>業の発展による新しい地域ネットワークの形成―』でした。李登輝
>前総統も出席され、出席者300人は大きな拍手で迎えました。日本、
>韓国、台湾の学者や研究者、そして企業家が参加し、三日間有益な意見
>交換は勿論友好の場を造りました。ただ、中国の参加予定者らは、台湾
>との妙な問題ができ、参加できなかったことは、大変遺憾なことでした。

  この会議については、1999年9月27日の日経新聞の9面に、「北
東アジア経済 IT活用し協力を」という囲み記事で紹介されています。
また、このテーマは、環日本海経済研究所(ERINA)の研究テーマで
ある、「通信ネットワークによる北東アジアの企業連携」そのものです。

>  第一セッションは、通貨危機後のアジア経済と自由貿易圏の展望でし
>た。域内に自由貿易区を設立し、新たなアジアの経済秩序を確立してい
>こうとの提案、東アジア地中海自由貿易圏の構想も提起されました。

  通信ネットワークよるコラボレーションは、そのまま自由貿易圏の構成
要素になると思います

> 第二セッションでは、21世紀情報化社会に向けて邁進する台湾の発
>展戦略、韓国のインターネットインフラと三星電子のインターネット戦
>略、北東アジア地域におけるIT産業の集積可能性などが発表されました。
>ただ、テーマに相応しい具体的な提案、ないし構想は提起されなかった。

>  このテーマは社会的なニーズは高いものの、まだ理論的な裏付けや事
>例が乏しい現実を無視するわけにはいかないというふうに思いました。
>その故、環日本海経済研究所(ERINA)が中心になって研究調査され
ているこのプロジェクトへの期待感が高まるのではないかなと思います。

  前にも述べたように、「IT革命と北東アジア経済協力-情報通信産業の発
展による新しい地域ネットワークの形成」というテーマは、環日本海経済
研究所(ERINA)のテーマである「通信ネットワークによる北東アジアの企
業連携」とまったく同じ問題意識によっています。しかしながら、「まだ
理論的な裏付けや事例が乏しい現実を無視するわけにはいかないというふ
うに思いました」と先生が言われるように、体系的なストーリー性のある
構想は、ほとんど無いといっていいのではないでしょうか。

  ERINAの調査研究は、この分野に、具体的構想を提起して、21世紀のI
T時代にふさわしい新たな北東アジア経済圏を構築しようと言うものです。
このプロジェクトの概要については、上記の『通信ネットワークによる
北東ア
ジアの企業連携』 にまとめてあります。今後、張先生にもぜひご
協力いただいて、実りある
成果を得たいと思っています。

>  限られた時間でありますので、私の発言は、二つ、つまり、『情報技
>術投資(IT Investment)』『国際的なデジタル・ディバイド
>(International Digital Divide)』に絞り、申しあげたいと思い
>ます。

>  まず、第一点です。情報技術のグローバルな普及は、先進国と途上国
>間の経済関係ないし経済秩序に、どのようなインパクトを及ぼすか。特
>に、域内の途上国における近代化ないし工業化のための投資と、新たに
>要請されている情報化投資のバランスはどう取るべきか。

 情報化投資は、それをどう使うかが重要です。情報化投資だけが突出し
ても、日本の公共投資のように人の通らないところに道をつくるようなこ
とにならないでしょうか。逆に、途上国の国内の情報化が不十分でも、
その国の従来型産業をうまく先進国のネットワークに組み込んでコラ
ボレーションを行うことによって、デジタル・ディバイドを解消する
ことができるのではないでしょうか。その上で、機が熟したところで、
国内のIT投資を行えば、砂が水を吸い込むように、ITが活用されるよ
うになると思います。これについては、『インターネット時代のモンゴ
ル産業の進むべき方向』 に述べてあります。

>  途上国における情報技術投資は、先進国における資本深化(capital
>deepening)のプロセスで行われる情報資本(information capital)の
>蓄積と同調化(synchronize)されている現象を見せています。これに
>着目すると、既存のいわゆる「第四世代工業化論」とか、ここにいらっ
>しゃる東京経済大学の平川教授の「新工業化論」の構図などには、どの
>ような意味合いを持っているのでしょうか。

>  アメリカは勿論、日本と韓国でも、ニューエコノミー(New Economy)
>への移行をめぐって、いろいろな議論が行われていますが、私は、これ
>までの工業化段階における開発格差が温存することは見逃せないとは思
>いながら、やはり情報技術を新たな「機会の窓」として、受け止めてお
>ります。そういう中で、既存の工業化モデル論に鑑みて、いわゆるデジ
>タル経済にふさわしい新たなメタ理論が出現されることを期待している
>次第でございます。

 前の文章で、途上国のオールドエコノミーを先進国のネットワーク
に組み込むことにより、従来型産業に国内IT投資に対する必要性
を十分認識させたところで、投資を行ったらどうかという提案をしま
した。しかし、一方で、従来型産業とは独立して、IT産業そのものを産
業として振興するという考え方もありえます。インドやシンガポール、マ
レーシアなどはそのような考え方に立っていると思われます。この点につ
いては、『IT産業そのものの振興』と『従来型産業のIT活用』と
をはっきり区別して考えるべきだと思います。インドでは、前者のうち
の「ソフトウェア開発」という労働集約型分野で、シリコンバレーの下請
け基地に徹しながら、輸出産業として成功を収めたと言えるでしょう。

 ただ、IT産業だけでは、その広がりはそれほど大きなものにはならな
いのではないでしょうか。従来型産業がITやネットワークを活用し、そ
の需要に応じてIT産業が発展していくというのが自然の姿だと思われま
す。環日本海経済研究所(ERINA)のプロジェクト では、前者
の「ソフトウェア開発の振興」と後者の「従来型産業のIT活用」の
両面から、わが国と北東アジア各地とのコラボレーションを推進する
ことにより、国際的なデジタル・ディバイドをトータル的に解消していこ
うと考えています。

>  次の第二点は、国際社会における貧富格差に変容が起こるかどうか。
>いわゆるデジタル・ディバイド(digital divide)の国際バージョンに
>なるでしょうが…。過去、新国際経済秩序論(NIEO)とか新国際技術秩
>序論(NITO)などから訴えた、国際技術移転と「技術二重ギャップ論は、
>どのように塗り替えられるのでしょうか。これに対する国際協力のあり
>方、そして域内の現状を踏まえたうえ、今後、どのように対応していく
>べきかということです。

  単純に、途上国にIT投資をするという発想では、デジタル・ディバイ
ドは解消しないと思います。前記のような、通信ネットワークによるコラ
ボレーションを通じて、従来型産業の技術水準の平準化を図ることは、デ
ジタル・ディバイドを解消するための効率的な方法だと思います。ネット
ワークはその構成要素のボトルネックを許しません。ボトルネックの
存在はネットワーク全体の機能を損なうため、ボトルネックが生じそ
うになれば必死になって、それを取り除こうとするでしょう。そのよ
うな技術平準化の力学が働いて、途上国の技術水準が引き上げられる
というメカニズムを利用すべきです。通信ネットワークによるコラボ
レーションによって、水が高きから低きに流れるような技術移転のメ
カニズムを作ることができると思います。また、このようなコラボレー
ションによって、国際社会における貧富の格差は着実に解消していくと思
います。

> 今後、情報技術産業における国際協力が一層求められることは、明ら
>かな事実であり、新たな発展モデルの出現が、期待される時点ではない
>かというふうに思います。

>  ただ、素朴な例になるかも知れませんが、域内における情報通信産業
>の発展のための国際分業モデルに対する探索は、もう産業現場では行わ
>れてきているといえます。特に、ソフトウェア産業の場合、日本と韓国、
>日本と中国、日本と台湾、韓国と中国において、大企業より中小企業間
>の国際分業が行われています。

>  これにつきましては、例えば、新潟県の環日本海経済研究所により、
>『情報通信ネットワークによる北東アジアの企業連携』という研究
>調査が去年から実施されており、私も韓国に関する部分について、若干
>携わったことがあります。その中間報告書が、この会場にも備えられて
>いるそうです。ご参考にしていただければと思います。

>  この調査の結果によりますと、北東アジア地域における情報技術産業
>での国際分業の明るい可能性を提起しています。21世紀にむけて、新た
>な国際的企業連携のモデルが、私は、これを「北東アジアITコミュ
ニティー」として提案させていただきたいと思いますが、その実例が、
>どんどん出現することを楽しみにしている次第でございます。

  この調査では、『ソフトウェア産業の振興』と、『従来型産業のIT
活用』の両面にわたり、わが国と北東アジア各地とのコラボレーションの
実例調査と提言がなされています。その中に、ハルビンの大学が作ったソ
フトウェア会社と新潟の事業協同組合との例があげられています。

  その例では、まずソフトウェア開発の分野で日中のコラボレーションを
成功させた中国側のソフトウェア会社が、さらに進んで、従来型産業の日
中コラボレーションのオーガナイザーの役割をも果たそうとしています。
日本の従来型産業が中国で適切な提携相手を自ら見つけ出し、そのコラボ
レーション活動を支援していくことが難しいため、その役割を中国のソフ
トウェア産業が担おうというものです。中国側のソフトウェア開発会社が、
自国の従来型産業の対日本窓口やIT活用の指導などを行って、オーガナ
イザーあるいはコーディネータの役割を果たそうというわけです。

  このようなコーディネート機能は、従来の発想であれば、日本の商
社が行ったはずですが、今回は中国側のソフトウェア会社がその役割
を担おうとしています。これまでソフトウェア産業は、従来型産業の
IT化を推進するため下請的に使われてきましたが、今後は、この例
のように、IT産業が従来型産業をオーガナイズして、ITを活用し
たビジネスモデルの主体者として、産業社会の主導権を握っていくこ
とが期待されます。この点については、『情報産業の役割変化―産業
社会の奉仕者から牽引者へ― 』を参照いただければ幸いです。

  以上、張先生へのコメントを行いながら、環日本海経済研究所の『情報
通信ネットワークによる北東アジアの企業連携』プロジェクトの考え方を
述べさせていただきました。

                              以上