情 報 産 業 の 役 割 変 化

           -- 産業社会の奉仕者から牽引者へ --

                                                                  99. 5. 5
                                                                  伊 藤  征 一
 
 

   最近のインターネット上のサービス商品をめぐって、サービス本体を提供する産業
とそのサービスをシステム面から支援する情報産業の間の主客関係が逆転しつつ
ある。従来は、サービス産業が情報産業を下請けに使って本業のサービスを提供し
ていたが、最近は逆に、「情報産業が従来型のサービス商品を自らの総合サー
ビスに組み入れてサービスの提供主体となる」という動きが見られるようになっ
た。情報産業は、従来型のサービス産業に使われる立場から、それを使う立場に変
りつつある。

  インターネット上では、銀行、証券、小売、旅行、情報提供などの基礎的サービス
は、単体で使われるよりも、複数サービスを組み合わせて統合サービスとして提供
するところに面白味がある。そのため、基礎的サービスそのものよりも、それらを
組み合わせて提供するコーディネータ機能が重要になる。このコーディネータの
役割は、システムを統括している情報産業が担うことになる。一方、基礎的サービス
の生産者はバックエンドに引っ込み、サービス部品としてコーディネータに使われる
立場となる。産業によっては、バックエンドの業務まで情報システムに代替され、消
滅してしまうことも考えられる。

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 (例1)マイクロソフトの旅行サイト

           『日経PC21』(1998年12月号)の記事「情報流通業としての代理店が旅行
       業会の構造を変えていく」によれば、アメリカではマイクロソフトがインターネット
       上に旅行サービス販売のホームページを運営しており、その1ヶ月の利用者は
       200万人、売上高は約2,400万ドルに達しているといわれている。このように、イ
       ンターネットを使って、旅行とは関係のない情報サービス業者が、旅行サービス
       の「流通分野」に参入しつつある。

          『 「将来のライバルは情報産業かもしれない」――。JTB(日本交通 公社)
       藤本誠専務はインターネットの普及が新たな競争相手を生 むと予想する。
     イテク産業の旅行業参入が現実的な問題として浮上してきたためだ。

        米国ではマイクロソフトが九六年に「エクスペディア」と呼ぶネット利用の旅行
      予約サービスを始めた。航空会社やホテルのシステムと結合し、予約のほかクレ
       ジットカードによるネット上での決済もできる。同社はサービスメニューの拡充に
       動いており、旅行業界で攻勢 を強めている。 ( 98.10.31付日本経済新聞)

          この場合、旅行業に関わる本来のサービス(ホテル業、交通業など)は大きな
   設備と独自のノウハウを必要とするため、情報サービス業者の参入は難しい。参
   入できるのは旅行サービスの流通分野だけである。しかし、インターネット時代に
   は、この流通を支配するものこそが、その業界全体のコーディネータ、インテグレ
   ータ、オーガナイザとして、指導的役割を果たすのである。

       すなわち、情報サービス業者は、インターネット上で旅行に関わる各種実務サ
      ービスのシステムを部品として取り込み、それらを組み合わせた便利な総合旅
      行サービスを提供することにより、この分野の主導権を握るようになる。このよう
      にして、汗を流す実務サービスが、知恵を出す流通サービスに奉仕する
      とになるのである。

          わが国ではリクルート社My ISIZE TRAVELや、YahooYahoo! Travel
       がこのような流通サービスを行なっている。

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  (例2) 小口株式売買を行うインターネットブローカー

        インターネットブローカーであるEトレードは、株式売買業務の受注からバッ
      クヤード業務にいたるほとんどの業務をコンピュータ化して、営業員無しで証券
      売買業務を行っている。

          『社長兼最高経営責任者(CEO)のクリストス・コトサコス氏は、「我々はハイ
    テクを取り込んだ証券会社ではない。たまたま証券市場をコンテンツにした
    ハイテク企業だ」と強調する。実際、店舗数ゼロ、営業担当者ゼロ、アナリストゼ
      ロの陣容は、伝統的な証券会社と似ても似つかない。社員数760人の大半はコ
      ンピュータ管理などのシステム要員で、売買取り次ぎのための注文の99%は一
     切人手を会さない』  (98.7.20付日本経済新聞)

         この Eトレードの業務では、従来型証券会社の機能が 「株式の売買機能」
      と「営業員によるコンサルティング機能」とに分解され、後者を切り捨てること
      により手数料の大幅引き下げが可能となった。

         インターネットの無い時代には、営業員が顧客と接する中で、「営業員によるコ
      ンサルティング機能」が受け入れられてきた。しかし、インターネットでサービスを
      提供しようとすれば、コンピュータ化できない人的サービスは切り捨てざるを得な
      くなる。情報産業は、これまで不明瞭な形で複合化されていたサービス業の
     諸機能を分解し、コンピュータ化されうる機能だけを切り取って、新たなサービス
      形態を創出しながら、従来型のサービス業を侵食していくことと思われる。

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  (例3) 金融ポータル・サイト

         ポータルサイトとは、インターネットに接続した際に、最初に出てくるように設定
      されているサイト(ホームページ)のことである。ポータル(Portal)という言葉は、
      玄関とか入り口という意味であり、ポータルサイトは多数のユーザーがインターネ
      ットの「入り口」としてインターネットにアクセスする際の拠点となるサイトである。

        多数のユーザに拠点として利用されるためには、ニュースなどの各種情報や検
     索機能などの便利な機能とともに、ショッピングやバンキングなどの各種サービス
     が一箇所に集約された魅力あるサイトでなければならない。そこに集められた各
     種機能やサービスは、必ずしも自ら提供する必要はなく、リンクなどによって他の
     サービス業者の機能を利用することができる。また、そのような魅力あるサイトで
     あれば、銀行やオンラインショッピングのサイトにリンクを張ることにより、高額なリ
     ンク料を取ることもできる。

         インターネットの金融ポータル・サイトは、リンク機能などを用いて金融機関など
      のサービスや情報を一同に集めて提供しており、その集客力に対して、サイトにリ
      ンクされた金融機関が広告料を払っている。すなわち、ポータル・サイトがショッピ
      ング・モールの役割を果たし、そのモールの中に金融機関が仮想店舗を出店し、
      家賃を払っているという図式である。

           『会員数1600万人のAOLで、最も人気の高いウェッブサイトは資産管理のた
      めの「パーソナル・ファイナンス」だ。昨年には複数の金融機関が一社当たり二千
      五百万ドルの広告料を支払い、同サイトにリンクした。ネット上では、頂点に立つ
      AOLに金融機関がぶら下がる構図になっている』  (99.3.2付日本経済新聞)

          『ネット経由で何らかの金融取引をしている米国人は、昨年夏時点で約3500
      万人。このうち33%がアメリカ・オンライン(AOL)、14%がインテュイット、11
      %がヤフー、6%がチャールズ・シュワブのサービスを利用している』  (サイバー・
      ダイアログ社調べ、99.3.2付日本経済新聞)

         AOLのケースは、ポータル・サイトが金融機関のサービスを部品として中間投
     入して、サイト上でトータル金融サービスを提供していると見ることもできる。その
    主体者は金融機関ではなく、サイトを運営する情報産業であり、サイトの裏
    側で従来型の金融機関が下請けとして使われているといえる。

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   (例4) PFM(Personal Finance Management) ソフトを使った
           ホームバンキング

         米国では、ホームバンキングがかなり普及しているが、その理由の一つとして、
      家計簿ソフトの一種であるPFM(Personal Finance Management) ソフトが
      及していたことがあげられる。すなわち、

         『サービスを利用するプラットフォームとして、PFM(Personal Finance
    Management) ソフトが既に普及していたことである。業界最大手のIntuit
      の「Quicken」やMicrosoftの「Money」に代表されるPFMソフトは、全米のパ
    ソコン保有世帯数のおよそ3割に普及している。米国では資金移動の80%
     が小切手によっておこなわれており、また税制面でも源泉徴収制ではなく個人が
     税務申告をしなければならないという事情もある。このため小切手の発行や小切
     手帳の管理を自動的に行えたり、非課税項目の金額算出や税金の計算を簡単に
     行えるソフトに対するニーズは非常に根強く、これらPFMソフトが普及してきたの
     である』  (渡辺保史 『プロバイダの登場がサービス充実と低料金化を加速』 日経
     デジタルマネー・システム、98.9.15)

        上記のPMFソフトの各種機能を有効に活用するためには、銀行からの情報を直
     接パソコンに取り込む必要がある。そのため、PMFソフトにホームバンキング機能
     が組み込まれるようになったのである。このPMFソフトをユーザ側のプラットフォ
   ームとして用いることにより、ホームバンキングの普及が促進されることとな
   ったが、その過程において、「クイッケン」や「マネー」などのPFMソフトのメーカー
    であるソフトウェア会社と銀行との間に、下記のような主客逆転の関係が生じるよう
     になった。

           『米国のネットバンキングで、特徴的な事は市場の主要なプレイヤーと
     して、銀行以外のサービス・プロバイダーが重要な役割を担っているという
      ことである。簡単に図式化すれば、オンライン金融の世界は次のような3層構造
      をとっている。
      まず、PFMソフトを開発・提供する「ソフト・メーカー」がある。次に、顧客に対して
     電子決済や情報提供サービスを行う「サービスプロバイダ」が存在する。そして、
    当の「銀行」は、顧客から見れば、これら二層の向こう側にかくれたバック
    エンドという位置付けになっている』  (同上)

          『米国の金融業界では、銀行が抱えていた顧客向けのデリバリ・チャネル
     を、PFMソフトやプロバイダが提供するオンライン・サービスが肩代わりす
     る傾向にある』 (同上)

         上記のネットバンキングは3層構造のサプライチェーンになっているが、その
      役はトータルサービスの企画・設計やデリバリチャンネルを握るソフトメーカ
    ーやサービスプロバイダであり、銀行のサービスは中間投入されるべきサービ
      ス部品にすぎないとみなすことができる。すなわち、銀行の業務が、「企画・設計」、
      「デリバリチャネル」 、「決済」に分解され、銀行固有の機能と主張されている「決
     済」機能以外は他のサプライヤーに奪われ、最後に残った「決済」機能は単品の
    部品として他のサービスに組み込まれていくのである。

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   以上のように、情報産業が自ら、あるいは既存のサービス業者のサービスを中間
投入しながら、新たな統合サービス商品を創造することにより、サービス提供の主体
者となることが可能となったのである。

   そこでは、従来型のサービス産業は、それらサービスのバックエンドとして存
在し続けるか、あるいはEトレードの例のようにバックエンドまで情報産業に取
って替られるかのいずれかの道を歩むことになり、トータルサービスの企画・設計や
デリバリチャンネルを情報産業に譲っていく。逆に、情報産業は、各種サービスシステ
ムを組み合わて新たなサプライチェーンを構築し、次々に複合的な新サービスを提供
するサービスの組立加工業者となる。かくして、情報産業は、ありとあらゆるサービ
ス部品をインターネット上で組み合わせて提供する、トータル・サービス・プロバイダ
として、サービス業界のリーダーの役割を果たすことになる。インターネットという標準
化されたオープンな世界の出現によって、こうしたサービスの組立て加工が容易に行
われるようになったのである。

   結論的に言えば、 『既存のサービス産業が情報技術を取り入れて新サービ
スを提供するのではなく、逆に、情報産業が既存サービスを中間投入した組
合せサービスを企画・設計・運用することにより、サービス産業全体の主導権
を握る』ことになるのである 。

   すなわち、情報産業は、他の産業の奉仕者として下請的に使われる立場から、他
のサービス産業のサービス商品を統合して新たな複合サービス商品を提供する主体
的事業者へと変貌していく。このような主客逆転の流れの中で、情報産業が新た
な産業社会の牽引者として主導権を握っていくことが期待される

                                                                                                   ー以上ー