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4/13(火)
 3日に静岡県富士市で初演を向かえた「西遊記〜天竺への道〜」の旅が始まった。最終的には役者達が凡ての仕込み・オペレートを行うのだが、今回は、しばらく音響スタッフとして同行して音のLevel修正等を行う(使用するMDにはある程度LevelやTimeを調整した音を入れておいて音を出した後余り役者に手の掛からないようにしてある)。

  13:48に大垣行きの快速に乗って岐阜を出た。大垣で米原行き普通、米原でひかり313号(といっても各駅停車)に乗って岡山へそこからサンライナーというワンマン運転の快速に乗って17:40頃岡山県笠岡市に着いた。
 途中で一寸した社会勉強もした。彦根の地場産業は「ブラジャー、ショーツ、ガードル」だそうだ。そして金光教は快速で笠岡の一つ前の停車駅「金光」に本部がある。金光駅のホーム観光案内に名所としてちゃんと「金光教本部」と有った。「金光教」は金光さんが教祖で出来たのだとばっかり思っていたが、何と正しくは金光という地に生まれたのであった。

 しかしまあ結構な長旅だった。衣類などの荷物は最小限にしたが、それにしてもコンピュータと周辺機器が重い!この重い荷物を持ってエスカレーターのない所での乗り換えや移動は結構辛い!
 駅から宿までは近いし階段があるわけではないので歩いた。まあキャスター付なので階段さえなければ大したことではない。笠岡は結構趣のある良い街だった。

 笠岡の駅に飾ってあったカブトガニ。この笠岡の名産というか特産品はカブトガニである。これはもう間違いない。どのくらい間違いないかというと笠岡で(多分)超有名な御菓子屋「玉利軒」には名菓「親子カブトガニ饅頭」がある。この事から見ても間違いない!(因みに嘘や出鱈目ではありません。本当に「親子カブトガニ饅頭」は売ってます。
 明治9年からこの地にある名門・笠岡市立笠岡小学校の大変立派な校門。明治5年に小田県庁がそこに置かれた時に代官所の門が移築されてここへやって来たとのことである。
大変由緒正しそうな商店が並ぶ由緒正しき商店街で見つけたカメラ屋さんのコレクション!本当に立派なものだ、と思う。
 同じ商店街で「西遊記」のポスターを発見。隣に写っているのは、下界における悟空の仮の姿。悟空はこの様な姿で世を忍んで下界を徘徊しているらしい。
 由緒正しき商店街から帰ったら、矢張り由緒正しき街の由緒正しきお宿には、これ又大変由緒正しい竈があった。このお宿「かどや」ではご飯はこの竈でこのお釜で御飯を炊いている。

 全体的に由緒正しき街なんだなあー、笠岡は。

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4/14(水)
 さっき知った所によると「親子かぶとがに饅頭」の他にも「夫婦かぶとがに饅頭」や「親子かぶとがに最中」「かぶとがに煎餅」等もあるらしい。まあホントに兎に角「笠岡」は、“かぶとがに”の街なのであった。その話を聞かせてくれた方の名誉の為にも笠岡市民皆様の為にも他に呉々もここだけの話として公言して頂きたくはないのだが、笠岡育ちのそのお方は、子供の頃、浜に流れ着いたカブトガニの尻尾を持って浜に叩き付けて遊んでいたらしい。天然記念物破損・虐待である。今は立派に更生され人の道を踏み誤る様な事はされていない。幼少時の残虐性というか、若気の至りとしてお許し頂きたいと、私からもお頼み申す次第である。

 さて本日はいよいよ由緒正しき街・笠岡での本番、旅の初日だ。本日は舞台裏というか音関係についてレポート致します。


 これが「西遊記」の音響の心臓部・ミキサーとMDデッキである。舞台下手の袖に組んである。
 使用しているマイクはPcc-160が5枚とオーディオテクニカのガンマイクを2本。
 Pccは舞台面に3枚と前の龍柱の所に上下1枚ずつ。ガンマイクは奥の龍柱の上から舞台奥を狙っている。
 同じく舞台下手、ミキサーに向かって左側には鳴り物各種が置いてあり、これを役者達が芝居に合わせて色々な音を出している。
 こちらはミキサーに向かって右側に置いてある大銅鑼。演出助手の譚先生が中国にて買って持ってきてくれた物。日本では考えられない位安かったらしい。しかしこの銅鑼は本当に良い音がする。
 上手袖にも少しではあるがこうして楽器・鳴り物類が置いてあって、役者は楽団員も兼ねていて大変なのだ。
 初公開!これが「金角銀角の唄」だ!一番上のトラックがカラオケ、真ん中が金角の唄、下が銀角の唄のFile。カラオケと歌のリズムのズレとか、2人のズレはこうして出来る限りの補整をして、何とか使えるものにしている。因みに音程も少々補整している。大した仕事をしていないように見える私ではあるが、結構やるときはやっているのである。
 で、どの位の唄になっているかは劇場にてご確認頂きたい。これでも結構苦労したのである。ホントだよ。

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4/15(木)
 笠岡の由緒正しき宿を9時半に出て高松へ向かう。笠岡から高松は結構近い。途中瀬戸大橋のPAで一寸景色を楽しんだりしながらも11時半には会場の香川県県民ホールに着いた。会館には13時入りなので、長めの昼食休憩を取り、一寸周りを散策した。(本当に一寸歩いただけなので断定するには早計だとは思うが)高松は結構な大都市なので、ある意味一寸取り残されたような感じになってしまった笠岡などの小都市のような風情は残っていない。面白味に欠けるきらいはある。

 さて高松といえば当然“饂飩”である。讃岐高松では朝昼晩、3食とも饂飩を食べるのが習わしである。饂飩を食べぬものは人間にあらず!寿司屋に行ってもファミレスに行っても饂飩は必ず食べる、との伝説がある。饂飩を全く食べずに、饂飩以外のものを食べている所を見つかると親族一同村八分になる場合さえ有る、と迄伝えられている。この件について余り茶化すと、沙悟浄の現世における仮の姿は、高松のすぐ近くの出身で讃岐に誇りを持っている方なので、そのお方に怒られるらしいのでこの位にしておこう。

 というわけで昼食は勿論“饂飩”であった。実際の話、高松にうどん屋は多い、本当に多い!他の地方から来た者から見れば「何故だ!」と言いたくなるほど多い。そこで最近他の地方にも見られるようになりつつある“セルフの店”に入って、おろしぶっかけうどんの小と半熟卵の天麩羅を食べた。天麩羅の種類も豊富でまめ天、半熟卵など余り見かけないものがある。
 さて味はと云うと流石讃岐うどんの本場!の筈なのに人を舐めたように美味くない!あヽ!哀号!矢張りうどん屋がトンでもなく多いので外れるときは外れるのだそうだ。そりゃあそうだわなあ。次には何とか当たりの店に入りたい。


 由緒あるお宿を出る前の朝食風景。三蔵法師の現世での仮の姿や羅刹女の現世での仮の姿が見える。
 瀬戸大橋。
 本日の会場“香川県県民ホール”は高松城趾の中にある。道を渡れば海で、フェリー乗り場である。
 海に大変近いので、お堀は海水で海の魚が泳いでいる。鯛だって泳いでいるのである。
 上は仕込みの様子。大変広い舞台で使用しない面積の方が広い位だ。小さな小学校の体育館の面積よりも舞台上の面積の方がありそうである。客席も3階席まで有り大変広い。


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4/16(金)
 9時半に高松国際ホテルを出て、松山に向かう。車中は殆ど寝ていた。昨夜は、劇団員とは別行動で高松の音響会社ステージドアの社長・太田さんと呑みに出かけ(まあ毎日の事であるが)しこたま呑んだ。地元の方と呑みに行くと美味しいものが食べられるのが嬉しい。ここだけの話だが何と饂飩は食べなかった。太田さんが村八分にならない事を祈るばかりである。しかし魚が美味しかった!特にサワラの刺身を初めて食べたが、入手が難しく仲々口に出来る物ではないと今朝知った。太田さん有り難う!話も面白かったし、本当に楽しいひとときを有り難うございました。

 愛媛では、観光客で有るか否かは一目で判る。ポンジュースを飲み、蜜柑を主食として育ち、暮らす地元の方々は、肌が蜜柑色である。食堂に入っても蜜柑メニューの多さには驚かされる。蜜柑定食、蜜柑饂飩、蜜柑カレー等々・・・・・・・・・な訳はない。私の歩いた地域(松山駅周辺)が悪いのかも知れないが饂飩が溢れる高松とは打って変わって余り食事を出来るお店がない。矢張り皆さん家に帰って蜜柑ばかり食べているんだろうか?謎である。結局昼食は、別段特に美味いわけでもない(笠岡で食べたラーメンのように特に不味い訳でもない)ラーメンと餃子であったが安かった!400円!ラーメン200円餃子200円!勿論消費財込みのポッキリ価格である。速い!安い!別に美味くない!でも財布に優しい!全く文句の言いようもないコストパフォーマンスでした。

 愛媛では教頭先生もいればすぐ判る。県の条例で赤いシャツを着ているのが教頭である事は、夏目漱石の名作(?)「坊ちゃん」に有る通りである。
 松山と言えば又正岡子規でもある。この地のインテリは、病気持ちで食うに拘りながら性格が悪い!  
       とは限らないです。愛媛の皆さん御免なさい。

 (松山駅ではなく、松山市駅周辺が結構な繁華街で賑わっていた)

 高松国際ホテルのロビーにあったうどん関係書籍。
 愛媛と言えば(取り敢えず)今は創部3年目で選抜初優勝した済美高校!会場から歩いて2分位というか昼食を取りに歩き出したら有った。(但し私は高校野球に興味はない。本当に毎年気付くと終わっている。)
 松山駅前の路面電車乗り場。この路面電車でマドンナに会いに道後温泉に行く、らしい。

 岐阜などの路面電車と違いチャンと軌道が確保されているし、停車場もチャンとしていて安全。
 左の写真は、ロープを使った新たな芸を考える現世における八戒。

 左下は、同じく新たな芸を追求する現世における銀閣。

 下は、新たな芸に苦悩する現世における三蔵法師!

 って云うか君らは早野凡平を目指しているのか?
 稽古風景。
 開演前に舞台裏では色々と準備されている。これがひとつ間違っていると、段取りが来るって本番中大変な事になる。

 上は下手、右上と右の写真は上手。
 左は松山のホテル「番町ホテル」のインターネットの接続機器。使いたいと言うと貸してくれます。無料です。ケーブルTVらしいし、チャンとブロードバンドです。これまでずっと携帯でメールチャックもこのページのアップロードも携帯でやっていたのでとても有り難かった、その割りにはUpしなかったけど。
 この点については、番町ホテルは結構お薦めです。


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4/17(土)
 松山の宿を9時出て広島県竹原市に向かう。四国から本州・尾道へはしまなみ海道を使う。まだ凡てが高速道路というか自動車専用道路というわけではないし、対向2車線の所も多く一寸時間が掛かった。追い越し車線のシルビアと走行車線の軽4が仲良く併走していたこともある。軽4は兎も角、追い越し車線のシルビアのおじさんは悔い改めて頂きたい。

 若干予定より遅れて会館に到着。近くのショッピングセンターの中の手打ちうどん屋で294円のうどんを食べる。なあんと高松のセルフの店より一寸マシ!(ホントに一寸だけどね)

 この街は、地方の小さな小さな街である。こう云う所は街並みに期待できる。矢張り有った、街並み保存地区と云うのが有って、昔の街並みが残されていて楽しい。

 偶には芝居に対する反応について書いておこう。日を追って受けが良くなってきている。昨日は初めて「三蔵の生い立ち」の所で拍手が来た。今日も来た。それより今日は、もう全体に反応が良い。芝居が(多分)上手くなってきてるんだと思う(まだまだだけど)。今日の受け、と云うかノリは一寸すごかった。基本的にノリの良い所なのかなあ?最後の「遊ぼ!遊ぼ!」と歌いながら役者達が手を振る場面では客席の子供も一緒に手を振っていた。初めての事だ。終演後の拍手もいつまでも止まないし、すんごい反応である。
 
 しまなみ海道のPA。
 竹原市出身の偉人“池田勇人”!政治家がまだ立派で清く、本当の意味で郷土の誇りだった頃の政治家(多分)。しかも正直、だから「貧乏人はむぎを食え」なんて言っちゃった(確かこの人だったと思う)。
 竹原おやこ劇場の宣伝カー。宣伝カーと言えば選挙、衆議院議員の補欠選挙中の竹原には今日将に「内閣総理大臣・小泉純一郎」が来ていた。
 
「売国奴!」と言って卵のひとつも投げられはしなかったんだろうか?池田先生は(多分)泣いて居るぞ。悔い改めよ小泉!
 街並み保存地区付近で見つけた「日の出写真館」。実は一番気に入った建物。
 こういう古めかしい建物がある細い路地は、とっても好き。
 竹原ゆかりの儒学者“頼山陽”の銅像。街並み保存地区には彼の祖父の家がある。

 左隅に見えるのは、穴から顔を出せば頼山陽として記念撮影が出来るベタなある意味懐かしいアレである。


 
 バラシ終了後おやこ劇場の方々と記念撮影。お疲れさまでした。それにしてもノリノリの方々でした。


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