野宮さんは臭い
焦げたガーゼの臭いがする
野宮さんはあまり授業に出ない
先生もどこか諦めているらしく
野宮さんのことをとやかく言わない
ある日の授業中
窓の外を眺めていると
旧校舎の屋上で
全身をぐらぐら揺らす
野宮さんが見えた
野宮さんは鉄の柵を越えて
倒れる直前のコマのように
心配なバランスで揺れていた
その日以来
屋上で揺れる
野宮さんを見かけるようになった
退屈な授業にうんざりすると
僕は屋上を見上げる
揺れる野宮さんを見て
目を回していると
つまらない授業は
あっという間に終わっているのだった
屋上から風が吹く
それは
揺れる野宮さんに恐れをなした空気が
一目散に逃げ出したせわしない足音で
耳を澄ますと
かすかにゴッゴッという音が聞こえてくる
きっと野宮さんの骨が削れた音なのだろう
それからも僕は変わらない
退屈な日々を退屈なまま
退屈とともに生きるだけだ
授業中は
屋上の野宮さんに目を回しながら
風に紛れた野宮さんの音を
探して過ごす
風の音と骨の音と教室の中の教師の声が
僕の中で一つにならないまま響くので
僕は必ず気分を悪くする
気分が悪くなると食欲がなくなるので
昼食代が浮きお金がたまる
この一連の流れを僕は野宮貯金と呼び
三万円たまろうかという頃
野宮貯金は終わりを迎えた
屋上で揺れていた野宮さんが
バランスを失い
転落して死んでしまったのだ
その時の音はとても大きく
風の音とも教師の音とも混じることなく
僕の全身に響いた
初めて聞いた野宮さんの大声だった
その日の夜
僕は部屋でガーゼを燃やしながら
回転イスでぐるぐる回った
野宮さん
野宮さん
野宮さん
野宮さん
臭いよ
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