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TOP mook 動物ジャーナル バックナンバー 動物ジャーナル74・災害時における公益法人の動物救護活動

■ 動物ジャーナル74 2011 夏  

  災害時における公益法人の動物救護活動

動物虐待防止会調査部


 「人心荒廃のもと──動物の殺処分廃止を求める要望書」のタイトルのもとに署名活動が始ったのは二〇〇九年秋、たちまち二万人弱の「良心の表明」が集った。当会の小さな部屋に保管するのは不安で、一次提出だけでも早くにと、相談を重ねていたが、政府の状況はと見ると、自らの志を謳うべき政治綱領すら作ることが出来ず、千鳥足を得意技とする政党による政権が続き、署名の受け手がいつ何時コケてしまうか分らない有様、普通の人の良心の結集である署名の提出はためらわざるを得ないと判断して何ヶ月か、そこに未曽有の大震災が発生した。
 想像を遥かに超える津波を伴った震災にやがて人災が加わり、今年の流行語大賞になりそうな「想定外」を政府筋は連呼し、愛鳥週間の頃には「実は震災翌日に炉心溶融が始っていました」、そして蝉の声が聞える頃になると「もっと早くから職員を派遣して情報収集すべきだった」と吐露するなど、そこには未曾有の国難に当るに必要な政府と官庁の一体感は全く見えず、とても一般人の感覚では理解し難い日が延々続いた。今もまだ改善の兆しすら見えていない。
 大変な辛苦を受けた方々と同じく、動物たちにも災難は容赦なく降りかかった。過去に倣って環境省は、特例財団法人日本動物愛護協会へ、震災で被災した動物に関する情報の収集と其の対応策について検討を要請、その結果、特例社団法人(当時)日本動物福祉協会・公益社団法人日本愛玩動物協会・特例社団法人日本獣医師会の三者を加え、緊急災害時動物救援本部が発足し、三月十四日から義捐金の募集も始められた。これらのことは同本部のホームページに告知された。
 準公的機関としての同本部の活動開始に並行して、民間の「動物に関心をよせる」人々も自発的に参入、その活動の様子は団体・個人を問わず、ホームページやブログに発表され、マスコミにも登場し、本が出版されるなど、ひろく伝えられている。

 大震災から半年近く経った今、どこがどのように動物を助け養い、経費をどのようにまかなったかその他を調査して結果を集積し、後のために指針を得られればと計画したが、時期尚早。流動する現状の把握もなかなか難しい。そのような中で、震災時の「活動様式」の原点とも思われる阪神淡路大震災を検証する必要ありと考えるに至った。阪神淡路の時は当会もいささか救援もし、救護センター閉鎖等について発言もし、資料もあるので、「活動様式」の理想を需めるには地の利を得ていると思う。

阪神淡路大震災

 95年に発生し、死者六千四百三十四名 行方不明者三名 負傷者四万三千七百九十二名もの被害を出した阪神淡路大震災。この時にも今回同様、総理府(現在の内閣府)の要請で「兵庫県南部地震動物救援東京本部」が設立され、日本動物愛護協会が事務局になった。
 現地の動物救護活動は、兵庫県獣医師会、神戸市獣医師会と日本動物福祉協会阪神支部が、兵庫県、神戸市等の指導協力を受けながらおこなうことになり、「兵庫県南部地震動物救援本部」と命名された後、神戸、三田、伊丹に動物の救護用センターと援助用ペットフードなどの受入れ場所が置かれ、動物の救護活動が開始された。

 この動きに対しては当初から救護本部に懸念を示す声が当会に寄せられていた。
 普通に考えれば、震災直後の混乱の中、活動自体が人的・経済的に困難を伴うことは誰が見ても明らかであり、救護本部設立は歓迎すべきで、それへの懸念とは妥当でない筈だが、危惧するにはそれ相応の理由があり、当会として耳を貸さざるを得なかった。
 その理由とは、震災前年の94年、週刊新潮(七月十四日号)と毎日新聞海外版で「日本動物福祉協会阪神支部が独自の思想を基に年間一万頭の犬猫を薬殺していた」と報じられたこと。そして、矢面に立たされた福祉協会阪神支部が

(1) 兵庫県南部地震動物救援本部の中核的位置にいること
(2) 従前から発言力のある松田早苗副支部長(当時)が薬殺を否定していないこと 
(3) 配下の阪神支部が指弾されたにもかかわらず福祉協会本部は反論も説明も尽していない

というものだった。
 確かに問題の記事では日本動物福祉協会の名誉総裁・常陸宮妃の写真が大きくスキャンダラスに掲載され、マスコミ特有のバイアスも感じられたが、普通の人が持つ社団法人や皇室というイメージと余りにもかけ離れた内容に、動物愛護団体って一体何なの?という声が出ても無理はないと思われた。 
 もしもこの記事が事実でなければ、当会へ伝えられる危惧の声も無視できたのだが、暫くして日本動物福祉協会の麻生和子理事長(当時。吉田茂元首相の三女、麻生太郎元首相の母)が会員宛に文書を郵送し、記事内の事実を概ね認めていたことが判明した。この文書の内容は 

(1) 名誉総裁・常陸宮妃華子殿下や会員の皆様に多大な迷惑と心労を掛けて申し訳なかった。
(2) 記事の一部に過大と思われる点があったが、犬猫の処分を認めざるを得ない現状があった。
(3) 支部活動の行過ぎについて今後は是正指導に努める。

というものであった。

(便箋一枚の書面はあくまで福祉協会会員向けであり、公益性が求められる社団法人としては問題ありと言わざるを得ないもので、例えば、営利を目的とした一般企業が何らかの不祥事を起した時に株主や内輪の関係者だけに謝罪すれば済むと考えている企業は極めて少なく事実上ゼロに等しい。これは94年当時においても一般社会における常識、普通の人の感覚であり、公益法人としての自覚は?である。)
 更に事の次第はどうあれ、支部活動の行過ぎを認め、今後は是正指導に努めると記している以上、何をどのように是正するかの説明もなく、記事を受けて招集された緊急理事会の結果も公表されることはなかった。また騒動五年後に発行された日本動物福祉協会の会報『JAWSレポート』には指弾記事に登場したフェニンガー・トシ子氏が「関係各位に迷惑をかけたが薬殺については信念でおこなった」と主張している。仮にこれが協会の本音であり、何ら恥じることがないのであれば、会を挙げて名誉総裁の力も借りて自らの主張を広く国民に訴えかけるべきではなかっただろうか?
 こういう福祉協会の言葉足らずの対応に対して敏感であってしかるべき救援本部参加諸団体即ち日本動物愛護協会、兵庫県獣医師会、神戸獣医師会や、兵庫県、神戸市等公機関も、薬殺騒動についての説明すら求めていない事が当会の電話問合せで判明した。そのため、この信じ難い現状、及び今後の展開について強い関心を持たずにはいられなくなったのである。

 そして震災から一年、全国から善意の物資や義捐金が引きも切らず送られ、多くのボランティアの汗に支えられて、兵庫県南部地震動物救援本部の活動が続く一方、救援本部に加わることなく、救援物資や義捐金の分配を受けることも出来なかった普通の人が、良心に動かされ、被災地を徘徊する犬猫を保護していた。これら多数の名もなき市民の方々の努力が実を結び始めていた頃、突然、被災ペットの救護所閉鎖へ「震災1年、役割終えた…」「善意裏切る」「時期尚早」「愛護団体など反対署名活動」(96年1月8日神戸新聞)と報じられ、これに対して「閉鎖に反対は筋違い」(96年1月10日神戸新聞)と動物救援本部側は反論した。その記事中に犬猫の薬殺騒動を起し、説明不足状況を引きずる福祉協会阪神支部が出ていたため、結果として火に油を注ぐが如くの様相に至り、二十日後には「ペット安楽死を勧める「動物救護センター」の本末転倒」(サンデー毎日第75巻第3号1996・1・28)という記事まで出る有様になった。
 当会にも「震災の年の十一月末で三田動物救護センターを閉鎖しようとしているが、撤回させられないか」また「安楽死と称して行き場所のなくなった犬や猫が薬殺されるのではないか」との声が寄せられ始めた。或る市民は(ご本人曰く)署名のイロハも全く知らず無我夢中で、救護センター閉鎖を理由に犬猫を殺処分しないよう、有志十名と共に一万名の署名を集め、兵庫県庁に出向いたと語られた。同様に被災した動物たちの行末を案ずる声は随処で聞かれた。

 ところが次第に、これらの視点とは異なる声も耳にするようになった。それは義捐金の管理と使途に関する指摘。そこで当会としては、調査に基づき本誌で複数回取上げ、報告した。

『動物ジャーナル12・95冬』
「どうなるのか?被災動物」青島[救護センター閉鎖阻止を(宮本加光氏アピール)付]
「兵庫県知事・神戸市長あて公開質問状」動物虐待防止会
『動物ジャーナル13・96春』
「依然として─どうなるのか?被災動物」青島
[前号公開質問状再掲、兵庫県知事返書、マスコミへの要請、神戸市長返書]
『動物ジャーナル14・96夏』
「震災後増えた猫捕獲について」
『動物ジャーナル17・97春』
「兵庫県営復興住宅の動物飼育問題申入れ書」

 右の数冊の中から義捐金関連部分のみを要約引用する。
[95年十二月十八日付 宮本加光氏「動物救護センター閉鎖についてのアピール」]より=義捐金の額がコロコロ変るのは管理不十分。/支出内容に疑問がある。/突然浮上した「被災ペット基金構想」は自ら定めた要綱第二条を無視し「次の災害時」へとはあきれる。/
[96年一月二十五日付 兵庫県知事、神戸市長への公開質問状]より=七千万円を定期預金にしたことにつき、救援本部から相談があったか。/いわゆる「基金」構想は義捐金募集時に示されていない。/収支報告の公示が必要。/これらについて、県や市はどう指導するか。
[二月九日付 兵庫県よりの返書]より=定期預金は救援本部が決定、一ヶ月更新で随時執行可能である。/「基金」は仮に残金があったらで、決定事項ではない。/昨年十月「阪神淡路大震災シンポジウム」資料で九月末現在の報告あり、本部は今後分も必要性を認識している。/今後も必要に応じて指導・助言をする。◇[二月二十二日付 神戸市よりの返書]も右とほぼ同内容につき省略。
[義捐金募集のモラルと責任について──マスコミ諸機関へのお願い]より=マスコミの報道によって募金されたのであるから、収支報告についてもとり上げてほしい。目的外流用もある気配なので。

 このような要望活動を続ける一方、当会有志も協力すべく、直接の管理者と思われる現地救援本部の上部組織である東京本部の事務局長・会田氏(現特例財団法人日本動物愛護協会常任理事)に電話で詳細につき問合せたが、残ったお金は将来の災害に使うの一点張りで、その具体的方法や公表については検討中との答えに終始した。

 震災が起きて一年四か月が経過し、最後に残った神戸動物救護センターも96年五月に閉鎖されたが、その後も市民から善意の義捐金は寄せられ、同年十月末までの総額は、二億六千四百七十九万
二千三十二円となった。その後、同年十二月に三百六万六千円を投じて活動報告書を制作した後、兵庫県南部地震動物救援本部は其の役目を完全に終了させた。
 その報告書には、当災害時における収支報告書も含まれているので、その一覧表を引用する。見られるように多くの市民から寄せられた善意の義捐金の使途が示されているが、例えば三田動物救護センターから謝金として十万円の支出、これが何を意味するかは不明で、億を超える金額の会計報告にしては正直なところシンプル過ぎる感じを否めない。
 また残額は約八千万円とあるが、この残金の具体的処理方法は記載されておらず、その後発生した新潟県中越大震災、三宅島噴火、更に大阪ブルセラ騒動(07年初頭に犬の繁殖業者が起した崩壊事件)等にも使われた模様である。
 「模様」と記した理由はこれを説明できるものがどこにも見当らず、現在公開されている資料が容易に入手できないからである。
 また今回の東日本大震災にも拠出されているのか?、そもそも残金が幾らはあるのか?、誰が管理しているのか?、少なくとも阪神大震災以降、発生した動物救護活動に参加した公益法人である日本動物愛護協会、日本動物福祉協会、日本愛玩動物協会、日本獣医師会はホームページを含めて積極的公開はしていない。
 更に監督官庁である内閣府や、災害が発生する度にこれらの公益法人へ協力を要請し、なおかつ監督官庁でもある環境省は、その経緯すら説明できなかった。

 そもそも義捐金とは一体どのような性質のものなのか? 人々は何を託して義捐金を送るのだろうか? そもそも公益法人とはどのような法人を指すのか? 
 公益団体を核とした阪神大震災の動物救援活動を振返ってみると複雑な気持を抱かずにはいられない。先のシンプルな会計報告にしても、それを許す環境があることが問題なのかもしれない。
 先日、ご年配の猫好きの方とお話しした時、その方は戦時中、お国のために自宅から徒歩で一時間半かけて軍需工場へ途中何度も怖い目に遭いながら毎日通ったが、敗戦後、米軍キャンプで働くようになり、大量に山積みされていたパイナップルの甘い匂いに心奪われ、明朗で真摯な将校に驚き、鬼畜米英はあっという間に消え去ってしまった。結局のところ、私はお上に弱く、物事を自分でよく考えず、従順で安易だったのかもしれないと吐露されたことが印象的だった。
 当時の時代背景を考えれば、国の方針に従わず、背くのが難しいことは容易に想像できるが、国への批判は勿論、誰もが自由に振舞える現在でも従順さは基本的には変らず、日本人なら誰もが持っているものなのかと考え込んでしまう。良かれと思って送った義捐金や寄付は単に送っただけダメで、使途に問題はないか、関心を持つ必要であるのではないだろうか。渡る世間に鬼はないではなく、嘆かわしいことだが、動物愛護の世界には渡る世間に鬼ばかりという側面があると思わざるを得ない。

東日本大震災

 阪神淡路大震災から十七年が経過した三月十一日、観測史上最大の地震が東北地方を襲った。震源から遥か離れた東京世田谷でも今まで体験したことない揺れを感じ、度胸の据わった年長の猫を除き、全ニャン緊急避難とばかりに箪笥の裏などの隙間に身を隠し、暫くの間出てこようとしなかった等の話を聞いた。
 その後、原発事故という人災に発展、半径20?以内の住人に避難指示が出され、避難指示の範囲が拡大していくにつれ、明らかに阪神淡路大震災とは異なる印象を多くの人が持った。特に放射能の線量が高いから避難しなさいと言われても犬猫を連れてとなると現実には相当の難儀が伴うことになる。
 環境省は地震発生当日、特例財団法人日本動物愛護協会へ、震災で被災した動物に関する情報の収集と対応策について検討するよう要請し、特例社団法人(当時)日本動物福祉協会、公益社団法人日本愛玩動物協会、特例社団法人日本獣医師会を加えた四つの公益法人を核に緊急災害時動物救援本部が設置された。この救援本部は三月十四日から義援金の募集を始めた。
 阪神大震災の後に新潟県中越大地震、三宅島噴火など幾つかの天災に対応し、災害対応の経験を積んできた公益法人で構成される緊急災害時動物救援本部に寄せる市民の期待は大きく、救援活動に不可欠な義捐金も順調に推移し、震災発生から僅か一か月で阪神大震災の義捐金総額を超える三億円(四月二十八日現在)に達した。集まった義捐金の配分については、早い時期に救援本部のホームページにその要綱が示された。放射能という見えない敵はあるものの、これまでの経験を生かし、震災への対応力が増していくのではないかという声も聞かれるようになった。

 その後、現地に被災動物を収容するシェルターが造られたが、運び込まれる犬猫が多く、新たなシェルターが必要になり、フードメーカーの支援を得て七月末に福島県田村郡三春町に設営し、特例財団法人日本動物愛護協会が主体となって運営に当っている旨アナウンスがあった。(31頁・朝日新聞電子版に掲載されたヒルズの広告参照)
その主要部分を引用すると左記の通り。

 動物愛護の公益四団体で構成される「緊急災害時動物救援本部」が、被災地である福島県田村郡三春町に「どうぶつ救援本部福島シェルター」を立ち上げ、財団法人日本動物愛護協会が主体となって、七月の下旬からシェルターの運営にあたっている。(2011/08/10 http://www.asahi.com/business/pressrelease/PRT201108100039.html)

 これが事実なら大変喜ばしい事だが、当会調査の結果、少なくとも八月十二日の時点でシェルターは稼働しておらず、その主な理由は費用上の問題であると判明した。
 また不思議なことに、緊急災害時動物救援本部のホームページには、このシェルターについての告知はないばかりか、活動全般の報告も五月二十二日以降更新されていない。(2011年8月28日 10 : 10 : 06 GMT )

 次回以降、この三春町シェルター問題をはじめ、義捐金返還要求騒動発生、大手テレビが義捐金使途に疑念を持つ声をとり上げるなど、設置当初から普通の人の感覚では理解し難い緊急災害時動物救援本部の動向について詳細に触れていきたい。

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                             お問合せ:03-3425-9610 動物虐待防止会