トップページ > ページシアター > ダンボールキッチン > 第18回 【公演データ】
下手より、本を抱えた遼太郎が登場。
遼太郎 ただいま。あれ先生、今日はお早いですね
覚 ああ…(新聞を広げる)
遼太郎 あの、また1本、短編を書いてみたんですが…
覚 …
遼太郎 お時間のあるときに、読んでいただけませんか
覚 …
アトム あ、いかんいかん。シチューに火ぃ入れるの忘れるとこやった
覚 (新聞から眼を外し)…ああ
遼太郎 ありがとうございます!
遼太郎、覚に自分の短編の説明を始める。
ナルコ、コンビニの袋を持って登場。そのまま自室へ行こうとする。
アトム おかえんなさい。あーまたコンビニなんぞで…
ナルコ 食べ物なんか買ってないわよ(袋の中を見せる)
アトム よっしゃよしゃ
覚 (説明を続ける遼太郎を遮り)ごちゃごちゃ言う前に持ってこい
遼太郎 はい、今すぐ…(去りかける)
アトム 待ってやリョータロさん
アトム、シェーバーを渡す。
遼太郎 ありがとう
アトム これ以上フクザツなの、持ち込まんといてや
ナルコ あんたが直したの
遼太郎 すごいよアトムさんは。どんな家電だって直しちゃう
ナルコ ふーん…
アトム また。大げさでんがなリョータロさんは
ナルコのコートの中から菓子パンが1つ落ちる。
遼太郎 ナルコさん、何か落ちた…
アトム (素早く拾って)あっ!『ダチョウウインナーパン』!
ナルコ、向き直りコートの前をはだける。ずらりと下がった菓子パンやスナック。
アトム うわっ!
ナルコ バーカ!
ナルコ笑って駆け去る。驚いて新聞から目を上げる覚。
覚 今笑ったの…ナルコか?
アトム へえ
覚 …そうか…久しぶりに聞いたな
アトム は?
覚 …あの子の笑い声さ
アトム …
電話が鳴る。アトム、取る。
アトム 森瀬でございます。は…いつもお世話になっとります。は…はあ。おります、少々お待ちください…
覚 誰だ
アトム …集英社の…
覚 (立ち上がり)遅いんだよ今ごろ
アトム (首を振り)それが、リョータロさんに…
遼太郎 僕?
頷いてアトム、受話器を遼太郎に渡す。
遼太郎 お電話変わりました。袴田ですが…はい…はい…
覚 どこの編集部だ
アトム ええと…谷村新二…
覚 谷村新二編集部?
俊、下手より。
俊 けっこう冷えてきたよ、外
アトム コーヒー、いれましょか
俊 紅茶にして
アトム ミルク?
俊 砂糖2つね
アトム へえ
覚 谷村新二編集部?
遼太郎、電話を切る。表情が消えている。
覚 なんの電話だったんだ
遼太郎 …知らせ…受賞…
覚 ジュショー?
俊 なんに?
遼太郎 …すばる…
アトム それや!
俊 はあ?
遼太郎 …第25回すばる新人文学賞…僕に、決まったと…
覚 …
俊 マジ!?すげえじゃん!
アトム おめでとう、おめでとうな
遼太郎、堰を切ったように泣き出す。
俊 (貰い泣きしながら)バッカ、泣くなよ
遼太郎 すみません…
アトム 先生にちゃんとご報告せな
遼太郎 うん
遼太郎、涙を拭いて覚に向かい合う。
遼太郎 先生…ようやく…ようやくここまで…ここまで…
覚 …
遼太郎 …本当に…ありがとうございました
覚 …
遼太郎、深々とお辞儀をするが、覚、微動だにしない。
遼太郎 先生?
俊 なんとか言ってやれよ父さん
覚、一歩前に踏み出し、口を開きかけた途端、その場に崩れ落ちる。
遼太郎 先生!
アトム 救急車や!リョータロさん、早よう!
遼太郎 は、はい!
呆然と立ちすくむ俊。
遼太郎、電話に飛びつく。
遼太郎 もしもし!?きゅ、救急車、救急車お願いします!
アトム 先生!先生、しっかり!
カヨと麻美が聞きつけて走ってくる。
麻美 どうしたのよ
カヨ センセ!
麻美 父さん!
覚を囲む人々の輪。みな、口々に覚の名を呼んでいる。
その輪から外れて俊、人形のように突っ立っている。
ナルコ、上手より。俊、ナルコ、そして覚を囲む人々の3つに明かりが絞られる。
やがて人が去り、俊とナルコのみキッチンに残って時刻はその日の午後へと移る。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)