「ダンボールキッチン」第17回 「ダンボールキッチン」第17回トップページ > ページシアター > ダンボールキッチン > 第17回 【公演データ】
カヨ あ、いたいた。あんたも飲みなさいよ！
アトム …はあ、でも…
俊 いいからいいから
俊、アトムにワイングラスを渡す。
アトム そいじゃ一杯だけ…俊さん千里さん、おめでとうさんです
千里 ありがとう
アトム、ワインを口に含む。
アトム …さすがにいいワインでんな。…ロマネ・コンティのエシェゾー？
夢子 （驚いて）当たり。よくわかったわね
アトム まぐれでんがな
夢子 まぐれでわかるようなワインじゃないわよ
アトム …
夢子 あの雑炊といいワインといい…あんたいったい何者よ
アトム （すまして）料理とワインの好きな鉄腕アトムでんねん
千里 雑炊？
俊 アトムがさ、毎晩夜食作ってて。これがまた旨いんだ
千里 ふーん
カヨ 昨夜はビーフシチューでしたよ
俊 肉がさ、口んなかでほぐれるんだよ、こう、ほぐほぐっと
千里 美味しそう
カヨ 私なんか４杯もおかわりしましたで
アトム カヨさんは食べ過ぎやがな。おかげでもう一回作り直しや
カヨ ホントだ。いい匂いが…（と向かう）
アトム まだ食べる気でっか
西条 そろそろ出ましょうか
夢子 ん…あれ？キーがない。ちょっと見てくるわ（いったん上手へ去る）
千里 俊さん、私もそろそろ…
俊 疲れただろ、少し眠ってから帰れば…
千里 うん、でも…お兄ちゃんの手伝いしたいし
俊 そう…じゃ送ってくよ
千里 ありがと
麻美下手より。外出から帰ってくる。
麻美 ただいま
俊 あ、おかえり
カヨ おかえんなさい
麻美 なにこれ。パーティでもあったの昼間っから
俊 ちょっとね。後で話すよ
千里 失礼します
俊、千里去る。同時に夢子が戻ってくる。
夢子 ごめんね…あ、麻美
麻美 うわ。開けたんだロマネ・コンティ
夢子 ねえ、うちの事務所にも来たわよ、レポーター
麻美 飲みたかったんだよなこれ
夢子 ワインはいいから。そろそろ限界よ、なんとかしてよ
麻美 はーい
夢子 それから、昨日たまたまあんたの出たやつ、オンエアで見たけど
麻美 なんだっけ
西条 『一泊５０００円でカニ食べ放題！激安・馬鹿うま網走の宿』
麻美 ああ特番の
夢子 ああいうの、断りなさいよ。イメージ悪くなって損するだけよ
麻美 仕事だもん、しょうがないっしょ
夢子 ドラマとか、せめてスタジオ収録のバラエティに使ってもらえば
麻美 簡単に言わないでよ
西条 夢子さん（腕時計を軽く叩く）
夢子 （頷いて）とにかくもう少し仕事は選びなさい。いいわね
西条、夢子去る。麻美、空のボトルを弄びながら。
麻美 仕事を選べ、か。そりゃ選べるわよね『森瀬夢子』なら
アトム …
麻美 …どうしようもない人…
アトム …
麻美 カヨさん。テイラー・ヴィンテージの５５年。残ってる？
カヨ （貯蔵庫を覗き込んで）ありますよ
麻美 冷やして部屋に持ってきて
カヨ でもこれは奥様の…
麻美 …だから飲むんじゃない
麻美、上手に去る。カヨ、アトムに肩をすくめて見せ、ワインを持って去る。
一人になったアトム、グラスやボトルを片付け始める。
上手から、覚がキッチンへ。
覚 ようやく静かになったか
アトム はあ
覚 （メモを渡し）さっきの件。電話はかけておいた。担当は佐藤という男だ
アトム …
覚 明日の１０時に行ってくれ
アトム …へえ…（メモをポケットにしまう）
覚 カクテル作れるか
アトム 少しなら…
覚 ウオッカで適当に頼む
アトム へえ
覚 電話ないか。集英社から
アトム ありまへんな
覚 最近の編集者は駄目だな
アトム どうぞ（カクテルを渡す）
覚 （受け取って）昔は面白かったよ。締め切り近くになると、担当が詰めててな。ライバル社どうしで酒を飲んだり文学論を戦わせたり…
アトム …
覚 それがいまや電話とファックスだ。いや、電話ならまだいい。最悪なのがパソコンだよ。若いやつは二言目には『パソコンで原稿をメールしろ』…冗談じゃない。これ以上わけのわからんキカイに踊らされるのは真っ平だ
アトム …
アトム、お代わりを作って覚のグラスに注ぐ。
覚 …お前は機械に強いんだったな
アトム 強いてほどでも
覚 そのうち私みたいな前世紀の遺物は、消えて行くんだろうな…
アトム …
覚 新しい才能が日々、出荷されて行くからな…
アトム、覚の前にビーフシチューの入ったボウルを置く。
アトム お酒ばっかだと体にようないから
覚 お前が作ったのか
アトム 残り物ですんまへんけど
覚、シチューを口に運ぶ。
覚 …旨いな…
アトム シチューは残り物の方がうまいんですわ
覚 …
アトム シチューに限らずそういうんは多いんとちゃいますか
覚 …確かにな。だが古くなったシチューは火を入れないと腐ってしまう…
アトム …
覚 人間も同じ…。取りつくカビの種類が違うだけだ
アトム …どんなカビが生えるんでっしゃろ
覚 …『嫉妬』
アトム …
覚 …このカビは、存外手強いぞ…
アトム …
（作：中澤日菜子／写真：広安正敬）