トップページ > ページシアター > ダンボールキッチン > 第19回 【公演データ】
俊、無意味に歩き回っている。
ナルコは、少し離れた場所に座り込んでいる。
電話が鳴る。俊、びくりと立ち止まる。俊とナルコの目が合う。
俊 お前取れよ
ナルコ …
俊 取れよ。取れ
ナルコ …
動かないナルコ。俊、ナルコを睨みながら受話器を取る。
俊 …もしもし…。(力を抜いて)…あ、どうも…。…いえ、今ちょっと…。…わかりました(切る)…違った
ナルコ …
再び俊、歩き回り始める。冷蔵庫を開けたり閉めたり、コップを手にとっては戻したりなど、意味の無い行動が混じる。
ナルコ …少しはじっとしててよ
俊 何?
ナルコ 見てるといらいらする…
俊 じゃあ部屋へ戻れ!
ナルコ …
俊 戻れよ!そうすりゃイライラしなくて済むぜ、さあ!
俊、乱暴にナルコの腕を掴んで引きずり出そうとする。
体を硬くして抵抗するナルコ。
ナルコ …恐いよ…
俊 …
ナルコ …お父さん…
俊 …
俊、ナルコから手を離す。
訪問を知らせるチャイムが鳴る。
俊、ドアフォンに飛びつく。
俊 はい。…すぐ開けるから…
ナルコ …(物問いたげに目を上げる)
俊 (玄関に向かいながら)千里
ナルコ …
千里、俊に連れられてキッチンへ。
俊 電話来るからここで…
千里 うん。…こんにちは
ナルコ …
俊 お茶、お茶いれよう
千里 私が…
俊 いいいい、座ってて
俊、茶筒を取り落とす。
俊 ご、ごめん俺…
千里 お茶、ほんとにいいから…
俊 …
千里 こっち来て座ろう
俊 …ああ…
俊、椅子に腰掛ける。知らず知らず体が小刻みに揺れる。
俊 ごめんねわざわざ…いやどうせ大したことないんだ。前にも一度、親父倒れたことあって…
千里 …俊さん
俊 そのときも慌てて救急車呼んだんだけど、結局ただの過労でさ。戻ってきてから大騒ぎ。『誰だ、救急車なんぞ呼んだ馬鹿者は!』…
千里 俊さん
俊 まったく人騒がせなジジイだよ。あの性格はいっぺん死なないと直らないな。いや死んでも直らないかも…
千里 …お父さんのこと本当に好きなんだね、俊さん
間。
俊 何言うんだよ。そりゃ死なれたら困るよ、でもそれは単に…
千里、俊の手を取る。
千里 無理しないでいいよ
俊 …
千里 痛いときはちゃんと痛がったほうがいい。でないとあとでもっともっと痛くなる…
俊 …
千里 …そのうち、痛みに心が負けちゃうよ…
俊 …うん…
千里 深呼吸して
俊 え?
千里 落ち着くから。さ。吸って、吐いて。吸って、吐いて…鼻で吸って口から出して…(俊、逆をやる。千里、吹き出す)違うよ、逆…
つられて俊も笑い出す。その様子をずっと見つめているナルコ。
知らず知らず深呼吸を始めていた。
と、再び電話が鳴る。俊の体が強張る。
千里 取ろうか?
俊 (首を振り、受話器を取る)もしもし…どうだった?…そうか…うん、うんわかったすぐ用意して持ってく。わかった、じゃ…(切る)
千里 なんですって?
俊 …
千里 大丈夫、俊さん…
俊 …軽い発作だって…狭心症の…
ナルコ 狭心症?
俊 念のため2、3日入院するけど…命に別状はないって…
千里 そう…
俊 当たり前だよ畜生…
千里 …
俊 まだ死なれてたまるもんか…
千里 …うん…
俊 (晴れ晴れした顔で)病院に着替え持ってかなきゃ。俺、用意してくる
千里 手伝おうか?
俊 いいよ、ここにいて
俊、2階へ駆け上がる。俊の姿を追った千里とナルコの目が合う。
千里 良かったね、ナルコちゃん
ナルコ …
千里 心配したでしょすごく…
ナルコ 気持ちがびろーん…
千里 え?
ナルコ …婚約おめでとう…千里さん
千里 …
ナルコ、去る。一人キッチンに残る千里。
転。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)