△ 「ダンボールキッチン」第13回


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舞台、急速に暗くなり、その日の深夜。
上手からそっとやってくるナルコ。隅の寝袋の様子を窺う。
冷蔵庫を開け、中にあるもの(ロースハムやケーキなど)を手当たり次第食べ始める。と、急に舞台明るくなる。アトムがキッチンの明かりを点けたのだ。
無言でアトムを睨むナルコ。

アトム きっと来ると思ってました
ナルコ …ここはあたしの家よ。何をしようと勝手でしょ
アトム 食べるななんて言いまへん。けどせっかく食べるんやったら…

アトム、電熱器で保温していた鍋から雑炊を茶碗によそう。
胡散臭そうに湯気の立つ茶碗を見つめるナルコ。

アトム アトム特製雑炊や。お口に合うとええんやけど
ナルコ
アトム 安心せい。毒なんぞ入ってへん
ナルコ …食べたって、どうせ吐くのに
アトム それでもええよ
ナルコ
アトム 吐いたってかまへん。あんたに食べてもらえればそれで満足なんや
ナルコ

ナルコ、雑炊の匂いをふんふんと嗅ぐ。思わず笑うアトム。

ナルコ 何よ舞台写真
アトム なんや野良猫みたいやなあ思て
ナルコ 悪かったわね、猫並みで

ナルコ、レンゲですくい口へ運ぶ。その様子を息を詰めて見守っているアトム。

ナルコ …そんなに見ないでよ
アトム あ、悪い悪い

アトム、斜に構えて熱心に見守る。

ナルコ …やめて。余計気になる
アトム そうか

ナルコ、雑炊を食べてゆく。

アトム …どうや?
ナルコ …おいしい…
アトム (ものすごくほっとして)えかった…
ナルコ 馬鹿みたい。雑炊一つに…
アトム そうか?
ナルコ そうよ
アトム そうかもなあ…
ナルコ

しばらくの間、無言で雑炊を口に運ぶナルコ。その横で物思いにふけるアトム。

ナルコ (ぽつんと)どう?うちの家族
アトム どうって…
ナルコ 変な家族でしょ
アトム 家族なんてみなどっか変なもんや
ナルコ でもうちは特別…
アトム
ナルコ …あたしね、お母さんのほんとの子じゃないの
アトム
ナルコ お父さんが、愛人に産ませた子…。…お母さんやお姉ちゃんと違ってブスなのはそのせい
アトム ナルコさんはブスなんかや…
ナルコ (鋭く)見え透いたお世辞はやめて
アトム いや…
ナルコ かえって傷つく…
アトム
ナルコ …居場所…
アトム へ?
ナルコ あたしの居場所。教えてあげようか

ナルコ、窓辺に立ってゆき庭の一角を指す。

ナルコ あそこ
アトム どういうことだか…
ナルコ あそこから眺めてるとね、この家の様子、まるでテレビドラマみたいよ。有名なのから無名なのまでいろんな俳優が出てくるホームドラマ。でも所詮はテレビ、あたしは見ているだけ、決してその中には入れない…
アトム
ナルコ …このドラマに、あたしはキャスティングされていないから…
アトム

ナルコ、上手に去りかける。

アトム 待ってるさかい
ナルコ
アトム こんな雑炊で良かったら、俺、いつでも作って待ってるさかい…
ナルコ

ナルコ、去る。
見送ったアトム、窓辺に立ち外を見やる。
上手より遼太郎、入ってくる。

遼太郎 あれ。まだ起きてたの
アトム リョータロさんこそ
遼太郎 自分のもの書けるの、夜しかないからね

遼太郎、鼻をくんくん言わせる。

遼太郎 なんかいい匂いしない?
アトム ああ、これでっしゃろ(雑炊を見せる)
遼太郎 作ったの?アトムさんが?
アトム 良かったら食べまへんか
遼太郎 食べる食べる。ラーメンでも作ろうかと思ってたんだ
アトム (よそいながら)大変ですな。作家ちゅうのも
遼太郎 僕はまだタマゴだけどね
アトム あ、そうだタマゴタマゴ…(冷蔵庫に走る)
遼太郎 なくても十分美味しいよ
アトム そうでっか
遼太郎 この家で、手料理食べるのなんて久しぶりだよ
アトム

旨そうに平らげていく遼太郎。その姿を見守りながら。

アトム …早く作家になれるとええね舞台写真
遼太郎 うん…。実は、もうすぐ応募した新人賞の発表があるんだ
アトム そら楽しみでんな
遼太郎 でもきっと落ちてる。先生が『まだ無理だろう』って
アトム わかりまへんで
遼太郎 通ったらいいなあとは思うけど…。それが先生への一番の恩返しだと思うから…
アトム
遼太郎 僕の人生を変え、そしてここまで導いてくれたことへの、ね
アトム
遼太郎 (照れて)やっぱおおげさかなあ、僕…
アトム (ゆっくりと首を振る)いんや

下手より、よれよれになった夢子、入ってくる。
遼太郎、西条と下手へ。すぐに二人、泥酔状態の夢子をかついで戻ってくる。
アトムも加わって苦労して夢子を椅子に座らせる。

夢子 お水…
アトム (遼太郎を制して)あとは僕が
遼太郎 いいの?
アトム がんばっていい小説、書いてくんなはれ
遼太郎 ありがと(去る)
夢子 ねえ、水…
アトム はいはいただいま(水を渡す)

夢子、飲み干して大きなため息をつく。

夢子 …俊は帰ってきた?
アトム いえ。まだ…
夢子 そう…

夢子、立ち上がりかける。アトム、思い切って声をかける。

アトム (思い切って)聞きました、ナルコさんの生い立ち
夢子 生い立ち?
アトム (頷いて)奥様のホントの子やないということや堕ろされかけたこと、それから…
夢子 (遮って)何の話をしてるの
アトム ですからナルコさんの出生の秘密…
夢子 秘密も何も、あの子はあたしが産んだ子よ
アトム ほんまに?
夢子 ほんまに
アトム …やられたあ。また騙されてしもた…
夢子 また?
アトム あ、いや…
夢子 …。ねえ誰がそんな嘘を?
アトム 本人ですがな
夢子 まったく…何考えてんだか…
アトム …そんじゃナルコさんはごく普通に…
夢子 もちろん。ただ…
アトム ただ?
夢子 『計画外』の子であったことは確かね舞台写真
アトム それ…ナルコさんには…
夢子 言うわけないでしょ。…なによ
アトム は?
夢子 なによなによなによ!
アトム な、なによてなによ?
夢子 あたしなら言い出しかねないって顔してるわね、あんた
アトム してまへん
夢子 してる
アトム してまへんて
夢子 してるわ。この、いやらしく下がった目じりめ…!
アトム 生まれつきですがな
夢子 わかってます。悪いのはあたし。何もかもあたし一人のせい…

夢子、ふらふらと立ち上がる。

アトム 部屋まで…
夢子 …そうやって自分は逃げていけばいいわ…
アトム
夢子 …死ぬまで、逃げて行け…
アトム
夢子 おやすみ…
アトム …おやすみなさい…

夢子、去る。立ち尽くすアトム。ナルコの『居場所』に向かって声をかける。
しばらく前から、ナルコ、そこで中の様子を窺っていた。

アトム 『このドラマにあたしはキャスティングされてない』いいましたな
ナルコ
アトム キャスティングされとるのに、出演拒否…
ナルコ
アトム …それが真実なんとちゃいますか
ナルコ …今夜のドラマは長いなあ
アトム
ナルコ でも長いだけ。…つまんない

ナルコ、リモコンを押す仕草。

ナルコ 消えろ
アトム …ドラマなんかやない
ナルコ 消えろ、消えろ!
アトム 証拠、見せたるがな!舞台写真

アトム、窓ガラスに突進。割れるガラス。ナルコの悲鳴。
アトム、倒れたまま動かない。

ナルコ …ちょっと…ねえ、起きてよ…(アトムを揺さぶる)
アトム …うう…
ナルコ (額から流れる血を見て顔がこわばる)…アトム…アトム!

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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