トップページ > ページシアター > ダンボールキッチン > 第14回 【公演データ】
突然の破壊音に遼太郎、カヨ、麻美飛び込んでくる。
遼太郎 どうしました!?
カヨ 泥棒かね!?
麻美 うわ何これ!
ナルコ アトムが…
麻美 アトム?
ナルコ アトムが…
アトム、むっくり起き上がる。
アトム いやあすんまへん。寝ぼけてもた
ナルコ …
カヨ はあ?
麻美 あんた、寝ぼけてガラスぶち破ったの?
アトム えらいすんまへん。弁償しますよってに
麻美 それはともかく、怪我しないように掃除しといてよ
アトム へえ
遼太郎 箒とチリトリ、取って来るよ(上手へ去る)
アトム ええよええよ、自分でやるから…(追って上手へ)
カヨ あたしゃ寝るよ、悪いけど
アトム (声だけで)起こしてすんまへん
麻美 うーさむ…とんだ鉄腕だわ
ナルコ ねえ
麻美 ん?
ナルコ …お母さんは…
麻美 寝てる
ナルコ …え?
麻美 爆睡中。水爆落ちても起きないよ
ナルコ …
麻美 なに、なんか用?
ナルコ …
麻美 …。早く寝なよ、あんたも
ナルコ …
麻美、去る。一人取り残されるナルコ。ややあってアトム、箒とチリトリを持ち現れる。アトムにっと笑う。
アトム つながったやろ。こっちとあっちの世界
ナルコ …あんた、馬鹿だわ…
アトム うん
ナルコ …本物の馬鹿よ…
アトム そう思う
ナルコ …怪我…
アトム かすり傷や
ナルコ …
アトム なあ。嘘は、やめようや
ナルコ …
アトム (笑って)騙されるほうも騙されるほうやけどな
ナルコ …嘘じゃないよ
アトム けど…
ナルコ …お母さんが35の時の子なの、あたし
アトム …
ナルコ …お兄ちゃんが小学校に上がって、ようやく本格的に女優復帰できるって喜んでた矢先に、妊娠に気づいた…
アトム …
ナルコ そんな時にできた赤ん坊…嬉しいと思う?心から喜べると思う?
アトム …
ナルコ (絞り出すように)…あたしは、いらない子なの。生まれてくるべきじゃなかった…
ナルコ、自分の膝に顔をうずめる。
アトム …さっき、雑炊旨いって言うてくれたやろ。あれも嘘かいな
ナルコ …
アトム どや?
ナルコ、小さく首を振る。
アトム …飯が旨い、遊んで楽しい。星が綺麗やなあ、熱燗飲みたいなあ…
ナルコ …
アトム そんなんでええんちゃうか
ナルコ …
アトム あんたは今、生きてる…大事なんはそれだけやと思うで
ナルコ …(顔を上げてアトムを見つめる)
冬の風が吹きすぎていく。
アトム (笑って)あかん。ホントに熱燗飲みたくなってきてしもた
ナルコ …
ごくわずか、ナルコの顔が和らぐ。
と、下手より俊、キッチンへ現れる。
俊 ただいま…
アトム 来たらあかん!
俊、割れたガラスを踏んで悲鳴を上げる。
アトム 遅かった…
俊 いってえ…
アトム ナルコさん、薬箱取ってきて
ナルコ あたしが?
アトム 早う早う
ナルコ、仕方なく下手に消える。俊、椅子に座る。
アトム、箒とチリトリでガラスをよけながらキッチンに上がる。
俊 泥棒でも入ったの?
アトム 単なる事故ですねん
俊 どんな事故だよいったい…
アトム どれ…(俊の傷を見る)
俊 (靴下を脱ぎながら)ここらへん。血が出てる
アトム こりゃまた大きいのんが…
ナルコ、薬箱とスリッパを持ってキッチンへ。俊に差し出す。
俊 サンキュー(スリッパをはく)
ナルコ あたし寝るから
アトム うりゃっ!(かけらを抜く)
俊 くう…(耐える)
アトム ナルコさん、消毒薬とバンソーコ
ナルコ …
アトム ナルコさん!
ナルコ (つっけんどんに渡す)はい
俊 うわ。痔の薬だぞそれ
ナルコ だって他にないもん
アトム (効能書きを見て)切れ痔用。オッケー
俊 オッケーじゃない!全然…
アトム ええからええから(塗る)
俊 はう…(耐える)
アトム (バンソーコを貼りながら)奥様、心配してましたで
俊 …
アトム あとでお部屋に…
俊 平気だよ。母さんだってもう慣れてる
アトム …
俊 千里と一緒になるのも、どうせ反対されるだろうって…
ナルコ 結婚するの?…あの人と
俊 (むっとして)あの人って…千里さんって呼べよ
ナルコ …
アトム (とりなすように)ずいぶんときょうだい仲がええですよね。今日も二人で踊ってはった
俊 そうそう。いつでも一緒だし
アトム 今どき珍しいこっちゃ
俊 でも俺わかるよ、晃冶さんの気持ち。千里は…なんていうか「特別」なんだ
アトム 「特別」?
俊 すげえ美人てわけでも頭が良いわけでもない。でもさ…一緒にいると気持ちが伸びてくんだ。びろーんて、何処までも…
アトム …
俊 …「ああ、俺は、こんな俺でいいんだ」って…
アトム ラッキーでしたなあ。そんな人と出会えて
俊 まあね
アトム けど晃冶さんは辛いでっしゃろな
俊 そう思う。最近たまにマジで恐いよ
アトム ははは。刺されたりして
俊 まさか。ははは…
間。
俊 …寝る
アトム 足、大丈夫でっか
俊 なんとか…おやすみ(去る)
アトム おやすみなさい
ナルコ (去っていく俊を睨みすえ)なにが「気持ちがびろーん」よ
アトム …
ナルコ 馬鹿みたい。いい歳して…
アトム …歳は関係あらへんよ
ナルコ …
アトム ナルコさんも、そのうちわかるて
ナルコ …
アトム さ。あとは片付けとくさかい、寝てくださいや
ナルコ …
アトム、ガラスを片付け始める。
ナルコ、薬箱を持ち、去りかけるが、踵を返し戻ってくる。
ナルコ …これ(大きなバンソーコを出す)
アトム ん?
ナルコ …あんたの分!(アトムの額に貼り付ける)
アトム あたた!…おおきに
ナルコ 水虫の薬、塗っといた
アトム えっ!?
ナルコ 嘘だよ、バーカ!
ナルコ、上手に去る。その姿を見送るアトム。
アトム ほんま…可愛くない…
口調とは裏腹に、楽しそうに口笛を吹きながら片付けを続ける。
転。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)