△ 「ダンボールキッチン」第11回


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森瀬家のキッチン。<2>の翌日、午後早い時刻。
板ツキで、カヨとアトム。カヨは椅子に座って新聞を読んでいる。
アトム、割烹着すがたで床の雑巾がけをしている。
キッチンの隅には古ぼけた寝袋が丸めて置いてある。

アトム 終わりました
カヨ ちゃんと拭いた?
アトム 拭きました
カヨ 窓も?
アトム ぴかぴかです

カヨ、立っていき窓ガラスに指を走らせ、その指先を見つめる。

カヨ オッケー。休憩にしよ
アトム はい
カヨ ねえ、あんたホントは誰なのさ
アトム だから鉄腕アトムですって
カヨ 頑固だねえあんた
アトム (笑って)カヨさんも相当シツコイですよ

寝乱れた姿の覚、上手より。

…水、くれないか
アトム はい(取りに行く)
カヨ センセ大丈夫ですか
…ああ。…遼太郎はどうした
カヨ そういえば見てないわ今日。探してきましょうか
いや、いい。いないならいいんだ舞台写真
アトム (コップを持ち)どうぞ
うむ。(一気に飲み干して)…誰だお前
アトム …昨日雇っていただいた、鉄腕アトムですけど
(カヨに向き直り)なんかの冗談か
カヨ センセ!センセが雇うって決めたんでしょうが!
そうだっけ
カヨ (呆れて)覚えてないんですか
うむ
アトム あのう、今さら出て行けとか…
(面倒くさそうに)言わん言わん(立ち上がる)
カヨ センセどこへ
もう少し寝る。遼太郎が帰ってきても部屋に入れるな
カヨ はい

覚、去る。

アトム さすが。大物ですねえ
カヨ いよいよやばいわ…

麻美、上手よりMDプレーヤーと時計を持って現れる。

麻美 カヨさーん、悪いけどこれ捨てといてくれる
カヨ いいんですか
麻美 久しぶりに使おうと思ったら動かないのよ
アトム ちょっと見せてもらえます?

アトム、カヨから受け取り調べる。

麻美 なに、こーゆーの詳しいの
アトム いえ、詳しいというほどでは…(見て納得し)ああ、これなら…。代えの電池と紙やすりありませんか
カヨ 裏の物置
アトム ちょっと行ってきます
カヨ ほい鍵
麻美 よろしくー

アトム、勝手口より去る。麻美、カヨに向き直る。

麻美 どう?何かわかった?
カヨ (首を振り)全然。意外と頑固ですわ
麻美 そう…
カヨ 麻美さんは?思い出しました?
麻美 ここまで出掛かってるんだけど…
カヨ 関西人だとは思うんですけどね
麻美 あたしもそう思う!かなり無理して標準語使ってるよね
カヨ たまにミョーなアクセントになりますよ

下手より夢子と西条。二人とも疲労の色が濃い。

夢子 ただいま…
麻美 お帰り
カヨ お帰りなさいまし

夢子、テーブルに突っ伏す。

夢子 …さすがにこの歳で徹夜はこたえるわ…
麻美 連ドラ?
夢子 (頷いて)だいぶ押しててさ…しかも昨日大遅刻でしょ
カヨ お風呂沸かして来ますね(上手に去る)
夢子 ありがと。…麻美、例の男は
麻美 いるよちゃんと。けっこう馴染んでる
夢子 何もない?
麻美 それどころか、かなり有能だよ
夢子 (寝袋を見て)ここで寝起きさせてるの
麻美 人目も多いしかえって安心でしょ
夢子 まあね…。…そうだ麻美
麻美 ん?
夢子 もうマスコミが嗅ぎ付けつつあるわよ
麻美 げ。マジ?
夢子 注意しなさいよ
麻美 今日もこれから仕事なんだよな
夢子 キャンセルできないの?
麻美 無理いわないでよ
夢子 どうせバラエティかお笑いでしょ。あなたがいなくても何とかなるわよ
麻美

カヨ、戻ってくる。

カヨ スイッチ入れました。すぐ沸きますから
夢子

アトム、勝手口から戻ってくる。動き出した時計とMDを片手に、もう片方の手に電熱器を持っている。

アトム 直りましたで
麻美 マジ?(受け取る)
夢子 どうしたの
カヨ アトムが直したんです
夢子 へえ
麻美 さすが科学の子
アトム あ、奥様
夢子 なに
アトム 夕飯どないしましょう
夢子 いいわ
アトム は?
夢子 作らなくていい。あたしまた仕事だし。あんたもでしょ
麻美 うん
夢子 覚さんはいつも夜食べないし、俊も帰ってくるかどうかわからないから
アトム でもナルコさんが…
夢子 あの子の分もいいわ。どうせ作っても食べないから
アトム 奥様!舞台写真
夢子 (うんざりした様子で)なによ
アトム おかしいと思いまへんか?育ち盛りの女の子が、いっつも一人でコンビニで買うたもん、食うてるなんて
夢子 あの年頃の子っていろいろと難しいのよ
アトム けど、食事でっせ。生きてく上で一番大切なことじゃないですか
夢子 本人がそうしたいって言うんだからしょうがないでしょ
アトム ほしたら叱ってでもちゃんと食べさせるのが親の…
夢子 (アトムを睨みすえ)…あなた、何様のつもりよ
アトム
夢子 文句があるなら出てって。わかった?
アトム …はい…
夢子 …。6時に起こしてね(去る)
カヨ おやすみなさいまし
麻美 お休み〜…
アトム
麻美 あーこわ
カヨ 奥様も大変なんだよ、いろいろと
アトム
麻美 ついに始まったんじゃないの。更年期障害!(去る)
カヨ 好きなもん食べていいって言われてるし。楽だよ
アトム そうですか…
カヨ (元気付けようと)そうだ、今夜お寿司にしない?
アトム 僕ら3人だけで?
カヨ リョータロには秘密。あいつ馬鹿正直だからさ。いちいち奥様に報告すんの『昨日は何を食べました』って
アトム (笑う)
カヨ (勢いを得て)『牛丼・並・280円でした』とかさ、『ちらし寿司。僕は梅でカヨさんは松』とかもう細かいの。作家よか銀行員目指したほうがいいよ、ありゃ
遼太郎 失敬な!舞台写真

遼太郎、貯蔵庫から首を出す。驚くアトムとカヨ。

カヨ あんたいつからそこに
遼太郎 先生を見習って僕もここで心の声に耳をすませていた
アトム 何かいいアイデアが…
遼太郎 (首を振り)聞こえてくるのは誹謗中傷罵詈雑言…
カヨ おおげさなんだってリョータロは
遼太郎 こんな悲しいキモチ、亀寿司の握り特上でなければ癒せない…(ふらふらと上手へ)
カヨ サビ抜きだね
遼太郎 ネギトロ巻きも入れて…(去る)
カヨ 生意気な。若いくせに
アトム リョータロさん、どこへ…
カヨ センセのところでしょ
アトム でもさっき入れるなって先生が
カヨ そうだった!リョータロ、リョータロベエエ!(上手に走り去る)

アトム一人。ため息をつき、冷蔵庫を覗く。あまりの貧困さに首を振る。
次に貯蔵庫に眼を移し、入り込む。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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