△ 「千年水国」第13回


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飼育室にあゆみとラジオの音。
佐都子、驚いて入ってくる。
胎児の部屋。水槽の前に、1台の古いラジオ。それは八嶋のラジオ。
佐都子、ラジオを止め、調べる。
そこへ。

榊原 「だからこれ以上は駄目だって!」
八嶋 「お願いします、そこを何とか」
榊原 「規則なの。無理なものは無理なの」
佐都子 「どうしたんですか」
榊原 「三村さん。いやね、八嶋君が突然やってきて、その、飼育室を見せろと」
佐都子 「飼育室を?」
八嶋 「勤務中にごめん。あゆみが…いなくなったんだ」
佐都子 「え…」
八嶋 「あの子、一度も外に出たことがないから、いるとしたらこの水族館のどこかだと思う」
佐都子 「…」
八嶋 「ちらっとでいいんだ。確かめさせてくれ」
榊原 「あのね八嶋君…」
佐都子 「飼育室は関係者以外立ち入り禁止です」
八嶋 「しかし…」
佐都子 「あゆみちゃんがいるわけが…」

佐都子の顔色が変わる。

佐都子 「…八嶋君。いつも持ってた古いラジオ、あれ…」
八嶋 「あゆみが持って出て行った。それが?」
佐都子 「…なんでもありません。とにかく」
榊原 「出てって出てって!」
八嶋 「三村さん、何か知ってるの?」
佐都子 「…」
八嶋 「そうだろ、中で何か見たんだろう?ねえ三村さん」
榊原 「しつこいな、君も!いい加減にしないと…」

ぎょっとする3人。いつのまにか背後に"鳩"が立っていた。

八嶋 「お前…」
"鳩" 「飼育室に私を入れなさい」
榊原 「はあ?」
"鳩" 「聞こえませんでしたか?飼育室に、私を入れなさいと言ったのです」
榊原 「あ、あんたいきなり何を…」
"鳩" 「誤解しないでください。私は頼んでいるのではない…」舞台写真

"鳩"、銃を構える。息を呑む榊原。

"鳩" 「…命令しているのです…」
"牡猫" 「動くな!!」

"牝猫""牡猫"、銃を構えたまま侵入する。

"鳩" 「静かに。言うことをきけば危害は加えません」
佐都子 「なにが目的ですか」
"鳩" 「地上に復活したサタンを無に帰します…」
佐都子 「サタン?」
"牡猫" 「隠しても無駄だ。隣にいるのはわかってる」
榊原 「何言ってるんだあんた。隣で飼育されてるのは、鯨の胎児だよ」
佐都子 「榊原さん」
榊原 「構うもんか。ほら、先月雲見海岸で保護されただろう、あの鯨さ」
"鳩" 「では何故、そうまでして隠すのです」
榊原 「え?」
"鳩" 「マスコミへの非公開、強固な情報統制…そうまでしてあなた方が隠し通そうとしているもの…それは一体、何なのです?」
榊原 「いや、だから…」
佐都子 「関係無いでしょう、あなた達には!さあ、さっさと出ていって!出て行かないのなら警察を呼ぶわよ!」
"鳩" 「…ふたつ、言っておくことがあります。一つ。我々はこの水族館の全ての出入り口を塞ぎました。つまり館内に残っている客は全員人質ということ…」
佐都子 「なんですって…」
"鳩" 「そして二つ目…今、仲間が館内のあちこちに爆弾を仕掛けています…小さいけれど強力な爆弾を…起爆装置は、私が持っています」
佐都子 「…」
"鳩" 「鍵を、開けなさい」
榊原 「三村さん…」
"鳩" 「さあ早く…」

佐都子、飼育室に続くドアを開ける。
あふれ出る音と光。
立ちすくむ人々。

八嶋 「これは…」
"牡猫" 「一体なんだこれは!!」
佐都子 「…ご覧の通り、鯨の胎児です」
"牝猫" 「し、しかしこの鯨には…」
八嶋 「エラがある…」
"鳩" 「…」
榊原 「ああそうさ、その通りさ!この鯨はな、母親の腹ん中で仮死状態だったところを発見されたんだ。それだけなら珍しい話じゃない。だがこいつは…羊水の中でエラ呼吸をしていたんだ!まるで魚のように…信じられるか?哺乳類である鯨にエラだぞ!?発表すればどんな騒ぎになると思う。だから俺達は…」
"鳩" 「水族館の奥深く隠した…」
榊原 「時期が来れば発表するつもりでいたさ!いくらなんでも永遠には隠せない」
"鳩" 「面白い…実に面白い」
榊原 「…」
"鳩" 「40億年の進化の旅を、逆に辿ろうと言うのか…昔、我々の遠い祖先が捨てた海に、お前はもう一度帰ろうと…」
佐都子 「…」
"鳩" 「…我々は失敗だったということか…」

"鳩"、静かに笑う。

八嶋 「…生きているのか」
佐都子 「生きてるわ。もうずっと…眠ったままだけど」

八嶋、水槽に近づいていく。足が、ラジオに当たる。

八嶋 「…俺のラジオ…」
佐都子 「…」
八嶋 「あゆみが来たのか、この部屋に!?」
佐都子 「いいえ…」
八嶋 「じゃあ何故…」
佐都子 「それは…」
"鳩" 「まだ見ないふりをするつもりか…?」
八嶋 「…」

"鳩"、八嶋に向けて銃を撃つ。衝撃で倒れる八嶋。

佐都子 「渉ちゃん!」
八嶋 「…大丈夫…当たってない…」舞台写真

その時、鯨が咆哮する。くぐもった叫びを上げ。

"牡猫" 「う、動いた!」
"牝猫" 「眼が、眼が開く!」

水のうねり、動く音。
そして鯨は歌い始める。
あの子守唄を。
八嶋が、あゆみに唄って聞かせた、懐かしいあの子守唄を…

八嶋 「…あゆみ…」

呆然とする八嶋。

八嶋 「お前なのか、あゆみ!!」

水槽にすがりつく八嶋。

榊原 「なんだこの唄!?」
佐都子 「…おはよう、あゆみちゃん…おはよう…」

"鳩"、青い粉末の入った小壜を榊原に手渡す。

"鳩" 「水槽に入れなさい」
榊原 「これは?」
"鳩" 「シアン化カリウム…青酸カリです」
八嶋 「何だって!?」
"鳩" 「彼女は生まれてきてはならない存在だった…だから帰すのです。彼女のやって来た虚無の彼方に」
佐都子 「どうして…」
"鳩" 「簡単なことです。我々と彼女は共生できない…海と陸が分かたれているように、ね」
八嶋 「そんなことはない、あゆみは俺達と一緒に暮らして行ける!」
"鳩" 「本当にそう思うのですか?」
八嶋 「…ああ」
"鳩" 「彼女が…我々を駆逐するために生まれてきたと知っても?」
八嶋 「…あんた、あゆみと会ったことあるだろう」
"鳩" 「…」
八嶋 「だったら、どうしてそんな馬鹿げたことが言えるんだ…」
"鳩" 「…入れなさい」

榊原、頷く。八嶋、榊原に向かって行く。

"牡猫" 「動くな!」

"牡猫"、銃で威嚇する。

"鳩" 「さあ…」
榊原 「あ、ああ…」

動き出す榊原。すかさず佐都子、体当たりをして小壜を奪い八嶋に投げる。

佐都子 「八嶋君!」
"牡猫" 「くそっ!」

"牡猫"、銃を撃つ。佐都子、腕を抑えて悲鳴を上げる。

八嶋 「サトちゃん!」

駆け寄る八嶋。その二人に狙いを定める"鳩"。

"鳩" 「壜を渡しなさい」
八嶋 「…」
"鳩" 「今度は、外さない…」
八嶋 「…」

"鳩"、引き金を絞ったその刹那。
手にナイフを持ち走りこんで来た弥生、"鳩"を刺す。 "牝猫"の悲鳴。

弥生 「…涙を流すのは疲れたよ、お兄ちゃん…」
"鳩" 「…」
"牡猫" 「畜生…」

"牡猫"、弥生を殴り倒し、銃を向ける。

"鳩" 「止せ!…もういい」
"牡猫" 「しかし」

"鳩"、"牝猫"に支えられて立つ。

"鳩" 「…覚悟は出来ているね」
"牝猫" 「はい」

"鳩"、水槽を振り仰ぎ。

"鳩" 「一緒に行ってもらいますよ…地獄の果てまでも」

"鳩"、起爆装置を押す。爆発音、地鳴り。倒れる人々。鳴り渡るサイレン。

八嶋 「お前、何を…」
"鳩" 「座して滅びを待つよりも、我々は自ら死を選ぶ…」
八嶋 「まさか…」
佐都子 「集団自殺!?」
榊原 「馬鹿なことを…」
"鳩" 「馬鹿なこと、か…」
八嶋 「…」
"鳩" 「いずれ世界は水に沈む…メシアを失った今、我々に残された道はもう…」
八嶋 「メシアなんていない!」
"鳩" 「…」
八嶋 「初めからメシアなんていないんだ。いるのは人間だけ。俺やあゆみやあんたと同じ、生身の人間だけだ」
"鳩" 「…」
八嶋 「…水が来るなら来るでいいじゃないか…きっと生きていく方法はあるよ…」
"鳩" 「…それが君の道か」舞台写真

八嶋、頷く。

"鳩" 「…長く、険しい道だぞ…」

"鳩"の体、大きく揺れる。駆け寄る弥生。

"鳩" 「…夕飯には間に合いそうにないな…弥生…」

微かに微笑み、"鳩"、息絶える。

弥生 「…お兄ちゃん…」

その亡骸に突っ伏す弥生。
"牝猫"、立ちあがり自分の胸に銃を突き付ける。

八嶋 「撃つな!」

"牝猫"、引き金を引く。銃声。倒れる"牝猫"。
佐都子の悲鳴。

"牝猫" 「…手を…」
八嶋 「え?」

弥生、"牝猫"の手を"鳩"の手に重ねる。薄く微笑む"牝猫"。

"牝猫" 「…"鳩"…」
八嶋 「死ぬな!死なないでくれ…」

"牝猫"、息絶える。放心状態の"牡猫"。

榊原 「駄目だ、廊下まで炎が…」
佐都子 「消火装置は!?」
榊原 「渇水で水なんかねえよ!」
佐都子 「八嶋君、何を…」
八嶋 「あゆみを助ける!」
榊原 「馬鹿かお前!」
八嶋 「あゆみを残してはいけない!」

再び爆発音。地鳴り。立ちこめる煙。咳き込む榊原。

佐都子 「苦しいよ…渉ちゃん…」
八嶋 「しっかりしろ佐都子!…畜生…畜生!」

八嶋、水槽の中のあゆみを見上げる。

八嶋 「…ごめんよ…お前を迎えに来たのに…こんなことになっちまった…」

ますます強くなる炎と煙。

八嶋 「そうだ…ミーナがありがとうってさ…ギスケを助けてくれて、ありがとうって…。ありがとう…さよなら」

八嶋、崩れ落ちる。その時。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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