△ 「千年水国」第14回


トップページ > ページシアター > 千年水国 > 第14回 【公演データ

<前一覧|次>

あゆみ 「ヤシマ…」舞台写真
八嶋 「あゆみ!お前どうして…」
あゆみ 「大丈夫。今、助ける」
八嶋 「え…」

あゆみ、微笑む。

あゆみ 「水なら、いっぱいあるじゃない…」
八嶋 「止せ、あゆみ!」

水槽の割れる音。あふれる水。急速に鎮まっていく熱と炎。
あゆみ、ゆっくりと崩れ、八嶋の腕の中に。

八嶋 「水を!誰か水をくれ!」
あゆみ 「…ヤシマ。あたし、海に帰ろうとしたの」
八嶋 「水だ…水を…」
あゆみ 「でも帰れなかった…あたしはやっぱりこの世界が好き…みんながいる、この世界が好き…」
八嶋 「…」
あゆみ 「…あたし、ここにいてもいいかな…」
八嶋 「当たり前だ!あゆみは…俺の大切な…大切な…」
あゆみ 「…よかった…」
八嶋 「あゆみ!行くなあゆみ!」舞台写真

あゆみ、震える手を八嶋に伸ばす。

あゆみ 「ヤシマ、あたし最後に気付いたの…」
八嶋 「あゆみ…」

あゆみ、花のように微笑んで。

あゆみ 「海は、あなたの中にある…あたしは、あなたの海に帰るよ…」
八嶋 「あゆみ!!」

あゆみ、逝く。
八嶋、絞り出すように。

八嶋 「…水をくれ…」

同時に、土砂降りの雨。世界の生まれ変わる、その始まりの雨。
ラジオ、静かに天気予報を流す。
ニューヨーク、雨。サンフランシスコ、雨。メキシコシティ、雨。リオデジャネイロ、雨。シドニー、雨。ジャカルタ、雨。シンガポール、雨。ハノイ、雨。北京、雨。モスクワ、雨。ロンドン、雨。パリ、雨。ベルリン、雨…
静かに、人々は消えて行く。
転。

土砂降りの雨の中、工事の音がする。
傘をさしたシズエとミーナ、立っている。ミーナ、小さな水槽を下げている。
遅れて八嶋と佐都子。佐都子は腕を包帯で吊っている。

八嶋 「すまない、遅れて」
ミーナ 「おっそいよ〜」
佐都子 「もう、あらかた済んじゃいました?」
シズエ 「ああ。あとは柱を残すだけ…」
八嶋 「ミーナ、それ…」
ミーナ 「ん?」

ミーナ、水槽を上げて見せる。

ミーナ 「こいつも、見ておきたいだろうと思ってさ。日吉荘の最後」
八嶋 「うん…」舞台写真

工事の音、大きく。見上げる4人。

八嶋 「…あっけないなあ…」
ミーナ 「あっけないねえ」
佐都子 「ついこの間まで住んでいたのに」
シズエ 「今はもう瓦礫の山…」
ミーナ 「いろいろ、ありましたな」
シズエ 「いろいろ、ありました」
佐都子 「夢を見てたみたい…」
八嶋 「夢、じゃない」
佐都子 「…」
八嶋 「夢、なんかじゃないんだ…」
佐都子 「…そうね」
ミーナ 「ああ、最後の1本!…3」
シズエ 「2」
八嶋 「1」

一際大きな音。やがて静寂。雨の音のみ響き渡る。

シズエ 「さてと。アタシんち近いから、お茶でも飲んでいくかい」
ミーナ 「アタシパス。引越しの片づけがまだ全然済んでないんだ」
八嶋 「俺らも、このあと病院に行かなきゃいけなくて」
ミーナ 「怪我?まだ痛むの?」
八嶋 「いや、そっちじゃなくて…」
ミーナ 「?」
八嶋 「(照れくさそうに)子ども、出来たんだ。まだ2ヶ月だけど」
ミーナ 「やったじゃん!おめでとう」
佐都子 「ありがとう」

ミーナと佐都子のしゃべる横で、佐都子のおなかをみつめているシズエ。

八嶋 「なにか見える?シズエさん」
シズエ 「…あの子の前世はたぶん…」

シズエ、八嶋を見上げてにっこりと笑う。八嶋も笑い返す。

八嶋 「俺も、そう思うよ…」
ミーナ 「じゃあここで」
佐都子 「さようなら。また会いましょうね」
シズエ 「いつかまた…」
八嶋 「それまで元気で…」

ミーナ、シズエ、去る。

佐都子 「さ、私達も行きましょうか」
八嶋 「ああ」

佐都子、歩き出す。八嶋、去りかねて立ち止まる。
そこに傘をさした女が通りかかる。八嶋と女の傘がぶつかる。

八嶋 「失礼」
「いいえ」

二人の目が合う。

「…このまま」
八嶋 「え?」
「このまま、雨が降り止まなかったとしたら…あなたは、どうしますか」
八嶋 「あの一体…」
「…どうしますか?」

八嶋、女の目を見つめ。

八嶋 「船を、作ります」
「船…」
八嶋 「乗った誰もが幸せで、心から笑いあえるような、大きくて丈夫でそして暖かい船…」
「…」
八嶋 「そんな船を、作ります…」

女、微かに微笑んで。

「…期待していますよ…」

女、静かに去る。
八嶋去りかねて立ち止まる、その背中に。

あゆみ 「ヤシマ」

八嶋あわてて周囲を見まわす。

あゆみ 「ヤーシーマ!」舞台写真

振り返る八嶋。その目が、大きな船と、その甲板に立つ人々、そしてその輪の中心で微笑むあゆみをとらえる。

あゆみ 「船が出るよ…ヤシマ」

微笑み返す八嶋。ゆっくりとあゆみの待つ船の上へ。
やがて船は動き出す。
新しい千年の始まりへと。
ヒトが生まれ変わる懐かしい記憶へと。

波音だけが遠くかすかに響く中、

ここに、
幕は、
降りる。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

<前一覧|次>


トップページ > ページシアター > 千年水国 > 第14回 【公演データ