△ 「千年水国」第12回


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"牝猫"、恐る恐るあゆみに近づく。

"牝猫" 「…あゆみさん…眠っているんですか、あゆみさん…」舞台写真

あゆみ、ゆっくり顔を上げる。だがその目にもう光は無い。

"牝猫" 「具合でも悪いのですか?」
あゆみ 「…」
"牝猫" 「あゆみさん?」
あゆみ 「ア、アユミ…ダレ?」

愕然とする"牝猫"。

"牝猫" 「ど、どうしたんです!?しっかりしてください!」

あゆみ、ただ無表情に"牝猫"を見つめるだけ。
そこへ。

"牡猫" 「足元にお気を付けください」
"鳩" 「気にするな…見えている」

"牡猫"と目隠しをした"鳩"が現れる。

"牝猫" 「"鳩"…」
"鳩" 「ご苦労でしたね」

"鳩"、あゆみに近づいていく。

"牝猫" 「"鳩"!どうも様子が…」
"鳩" 「…静かに」
"牝猫" 「ですが」
"鳩" 「邪魔をするなと、言っています」
"牝猫" 「…」

"鳩"、あゆみのそばに座り、ひれ伏す。

"鳩" 「長い長い間、お待ちしておりました…」舞台写真

"鳩"、目隠しを取り去り、あゆみの髪にオリーブの枝をさす。

"鳩" 「会いたかった…ノア」
あゆみ 「ノア?」
"鳩" 「あなたはお忘れかもしれない…けれども遥かな昔、私達は二人で、世界を救ったのですよ」
あゆみ 「スクウ…セカイヲ…」
"鳩" 「そして再び私達は生まれてきた…もう一度世界を救うために。新たなる千年を迎えるために…」
あゆみ 「…アナタ、ダレ…」
"鳩" 「私はあなたの眼…」
あゆみ 「…」
"鳩" 「空高く羽ばたいて、あなたの歩む道を見通す眼…」
あゆみ 「…」

"鳩"、あゆみの手を取る。

"鳩" 「さあ、参りましょう」
あゆみ 「ドコヘ?」
"鳩" 「あなたの、帰るべき場所へ」
あゆみ 「カエルベキ、バショ…」
"鳩" 「(頷いて)この部屋に、あなたの居場所は無い」
あゆみ 「…」

ふらふらと立ちあがるあゆみ。手を貸す"鳩"。
そこに。

ギスケ 「ほれ着いたぞ!」
八嶋 「たあらいまあ!」

酔いつぶれた八嶋を担いで、ギスケ現れる。
二人、中の人々を見てギョッとする。

ギスケ 「あゆみちゃん!」
八嶋 「なんだお前ら…」
"鳩" 「…この方は、我々がお連れします」
八嶋 「はあ?」
"鳩" 「この方を本来在るべき場所に戻します」
ギスケ 「な、何言ってる!あゆみちゃんの家はここだ、なあ渉!」
八嶋 「…」
ギスケ 「渉!!」
八嶋 「あ、ああ」
"鳩" 「そこをどいてください。できれば…手荒な真似はしたくない」
ギスケ 「お前こそ、あゆみちゃんを離せ!」
"鳩" 「どきなさい」
ギスケ 「渉、警察だ!」
八嶋 「…」
ギスケ 「渉!」

八嶋、弾かれたように飛び出そうとする。
"牡猫"持っていたスタンガンを八嶋に当てる。倒れる八嶋。

あゆみ 「ヤシマ…」
ギスケ 「渉!!てめえ…」

"牡猫"、向かってきたギスケにもスタンガンを当てる。ギスケも倒れる。

"牡猫" 「まずいことになりましたね」
"鳩" 「障害は覚悟の上です」
"牡猫" 「この二人、どうしますか」
"鳩" 「殺しましょう」
"牝猫" 「え!?」
"鳩" 「殺しましょう。顔を見られてしまった」
"牡猫" 「そうですね」
"牝猫" 「し、しかしそれは…」
"鳩" 「バケツの水で溺れさせなさい。その後風呂に水を張り入れておけば、泥酔して溺れ死んだと思われるでしょう」
"牡猫" 「それは良い考えです」

"牡猫"、八嶋を抱え上げる。

あゆみ 「ヤシマ…」
"牝猫" 「"鳩"!メシアはこの男性に良くなついていました!」
"鳩" 「それが?」
"牝猫" 「この男性も方舟に連れて行けば、メシアも落ち着き、方舟に慣れるのもたやすいかと思います!」
"鳩" 「…。わかりました。彼は一緒に連れて行きましょう」
"牡猫" 「こっちの男はどうします?」

"鳩"、冷たい目で見つめる。 "牡猫"頷き、ギスケを抱え上げバケツに頭を突っ込む。

"牝猫" 「"鳩"!!」
"鳩" 「時に犠牲も必要…」
"牝猫" 「…」
"鳩" 「…世界を救うためには…」
"牝猫" 「…」

ギスケ、苦しみ始める。無理やり押さえつける"牡猫"。
目を覚ます八嶋。

八嶋 「…ギスケ…ギスケ!!」

"牝猫"、再びスタンガンを八嶋に当てる。
八嶋、倒れるが気は失わない。

八嶋 「止めろ…止めてくれ…止めてくれ!!」舞台写真

あゆみ、"鳩"の手から離れる。
バケツの傍に行き、ギスケの体に手をかける。

あゆみ 「クルシイノ…ギスケサン…」
"鳩" 「待ちなさい」
あゆみ 「イマ、タスケテアゲルネ…」

音楽!光!
それはあの蝉を救った時と同じ。
ギスケの姿が消え、魚のゆるやかに水をかく音。
絶叫する"牡猫"。

八嶋 「…あゆみ…」
"鳩" 「今、何をした…何をしたのだ、ノア!」

あゆみ、にっこりと笑いながら。

あゆみ 「ギスケサン、サカナニカエテアゲタ」
"鳩" 「魚に…変える…?」
あゆみ 「(頷いて)ミズノナカデモ、モウ、クルシクナイヨ…」

あゆみ、"鳩"に近づこうとする。

"鳩" 「寄るなサタン!」
あゆみ 「サタン?」

"鳩"、叫び声を上げて逃げ出す。

"牝猫" 「"鳩"!」
"牡猫" 「お待ちください、"鳩"!」舞台写真

後を追い、猫二人も去る。
あゆみと八嶋。バケツの中からは水音が聞こえる。
八嶋、震えながらバケツの中を覗き込む。

八嶋 「…嘘だろ…嘘だろう!!」
あゆみ 「ヤシマ…」
八嶋 「…戻してくれ」
あゆみ 「…」
八嶋 「ギスケを人間に戻してくれよ!なあ、頼むよ、頼む…お願いだ…この通り…」
あゆみ 「モウモドラナイ…」
八嶋 「…ギスケえ…」

バケツの上に突っ伏す八嶋。

あゆみ 「ゴメンネ…ヤシマ」
八嶋 「…」
あゆみ 「アタシマタ、ヤシマヲカナシマセタ…」
八嶋 「…」
あゆみ 「…モウニドトカナシマセナイト…チカッタノニ…」

あゆみ、ゆらゆらと立ちあがる。

あゆみ 「カエル…」
八嶋 「…」
あゆみ 「ウミニ、カエルネ…」

あゆみ、ラジオを手に取り。

あゆみ 「…レイディオ…レイディオ」

あゆみ、去る。
入れ違いにやってくるシズエとミーナ。

ミーナ 「大変よ!今、大家が来て…」
シズエ 「このアパート、取り壊すって言うんだよ、しかも来月中に…」
ミーナ 「?どしたの?」
八嶋 「…ギスケが…」
ミーナ 「ギスケ?一緒じゃなかったの」
八嶋 「(首を振り)…ここに…」

シズエの顔色がさっと変わる。

ミーナ 「(覗き込み)あら〜かわいいお魚。これがどしたのさ」
八嶋 「…ギスケなんだ」
ミーナ 「は?」
八嶋 「ギスケ、なんだ…」
シズエ 「…」
ミーナ 「酔っ払ってるの?」
八嶋 「…『最後の方舟』に殺されかけて…あゆみが、変えた…」
ミーナ 「何言ってるのよ」
八嶋 「変えたんだ、ギスケを魚に!…俺は、この目で見た…」
シズエ 「…」
ミーナ 「…八嶋…」
八嶋 「…信じてくれ…本当だ…」
ミーナ 「ど、どうしようシズエさん、八嶋がおかしい…」

シズエ、八嶋の肩に手を置いて。

シズエ 「…あの子は、自分に出来ることをしただけ…」
八嶋 「…」
シズエ 「そうしてギスケは生きている…悲しむことなぞ何も無い…」
八嶋 「…」
ミーナ 「シズエさんまで…どうしちゃったのよ、もう」
シズエ 「…八嶋の言っていることは、本当だよミーナさん」
ミーナ 「だって…」
シズエ 「あたしも前に見た…溺れかけている蝉を、あの子が魚に変えるのを」
ミーナ 「そんな…そんな、じゃあ…このちっこい魚がギスケだっていうの!?」

うなずくシズエ。

ミーナ 「嘘よ、嘘嘘!みんなしてアタシをからかっているんでしょ!?ね?」

ミーナ、八嶋の顔を覗き込む。目をそらす八嶋。

ミーナ 「ギスケ!聞こえてるんでしょ、出てきなさいよ!悪ふざけはもうおしまい、いい加減にしないと怒るわよ!ギスケ!ギスケ!…ギスケ!!」

探し回るミーナ。

ミーナ 「能無しなんて言わないから朝帰りしてもいいから他の女と遊んでも許すからヘソクリネコババしても怒らないからお願いだよ出てきてギスケ!!」

ミーナ、くずおれる。

ミーナ 「…一人にしないで…アタシを一人にしないでギスケ…」

嗚咽するミーナ。
一際大きく水音。魚のはねる音。

ミーナ 「ギスケ…あんたなの…?」

ミーナ、這って行ってバケツを覗き込む。
再び大きな水音。ミーナ恐る恐るバケツに手を入れて。

ミーナ 「…せっかくヒトになれたのに、また魚に逆戻り…あんたらしいや…」

バケツに突っ伏すミーナ。

シズエ 「…。あの子は」
八嶋 「飛び出して行った…海に…」
シズエ 「海に?」
八嶋 「…帰ると言って…」
シズエ 「…止めなかったのかい」
八嶋 「…」
シズエ 「どうして」
八嶋 「…わからない」
シズエ 「…」
八嶋 「…わからない、俺にも…」
シズエ 「…」

うなだれる八嶋。シズエ、アパートの古い柱を撫でながら静かに。

シズエ 「…とうとう取り壊すんだってさ、このアパート。築40年っていうから、それもしょうがないやね。いつかこの日が来ると思っていたけど…それでも、やっぱり…」
八嶋 「…」
シズエ 「…あんた、このアパートに越してきて何年になるかい」
八嶋 「…」
シズエ 「あたしは、もう4年になるよ。でもね実は…30年ほど前に、一度住んでいたんだ、このアパートに」

顔を上げる八嶋。

シズエ 「結婚してすぐさ…その当時は柱も壁もぴかぴかで…ああ、こんな素敵なうちで新しい生活が始められるんだって、そりゃあ誇らしかったのを覚えているよ」
八嶋 「…」
シズエ 「そのうちに息子が生まれて…生活は苦しかったけど、楽しかったねえ。親子三人、この狭い部屋で…笑い声やら泣き声、おもちゃや食器の触れ合う音…いろんな音が響いて、賑やかなもんさ」
八嶋 「…」
シズエ 「アパートを出たのは、息子が小学生の時さ。さすがに手狭になってねえ。それからマンションだの一戸建てだの、いろんな家に住んだけど、あたしにはこのアパートが一番…一番だったよ…」
八嶋 「…」
シズエ 「それから30年、すっかりこのアパートのことなんか忘れていたのに…家を飛び出して当ても無くさ迷っているうちに、いつのまにかアパートの前に立っていたんだよ。あの時は驚いたねえ、自分でも」
八嶋 「…」
シズエ 「ボロボロになって今にも倒れそうだけど、アパートはちゃんとそこに在った。その時、ようやく悟ったんだよ。あたしの帰る家はここだ、もう、ここしかないんだってね…」
八嶋 「…」
シズエ 「…帰れる家があるんなら、帰ったほうがいい。そしてそこに自分を待っている人がいるなら…これ以上何を望むっていうんだい…」

ゆっくり立ち上がる八嶋。

八嶋 「ありがとう…シズエさん」
シズエ 「探しに行くんだね」

シズエ、頷く。

八嶋 「会って確かめるよ。本当に海に帰るのかそれとも…」
シズエ 「お前さんは?」
八嶋 「俺?」

八嶋、一つ笑って。

八嶋 「そんなの、決まってるじゃないか…」舞台写真

出て行きかける八嶋に。

ミーナ 「…ありがとうって、言っといて」
八嶋 「…」
ミーナ 「ギスケを助けてくれて、ありがとうって…」
八嶋 「…うん」

走り去る八嶋。ややあってシズエ、ミーナの肩に手をかける。
ミーナ、バケツを抱えふらふらと立ちあがる。

ミーナ 「アタシ、今までたっくさん男と暮らしてきたけどさあ」

ミーナ、微かに微笑む。

ミーナ 「…コイツが一番手のかかる男になりそうよ…」

静かに頷くシズエ。二人去る。
この空間、転。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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