△ 「千年水国」第10回


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ラジオから流れ出る音楽。
八嶋、帰ってきて無言でラジオを消す。その気配で起きるあゆみ。

あゆみ 「おかえり」
八嶋 「…寝るなら布団で寝ろよ。風邪引くぞ」
あゆみ 「…うん」

気まずい雰囲気が漂う。

あゆみ 「ヤシマご飯は?あたしカレー作って…」
八嶋 「悪い。食ってきた」
あゆみ 「そう…」

そこへギスケ、やってくる。こちらも入りにくそうに。

ギスケ 「俺だけど。入ってもいい?」
八嶋 「ああ」
ギスケ 「水、切らしちゃってさ。少しもらえない?」
八嶋 「いいよ」

行きかける八嶋。

ギスケ 「お、お前が行くの?」
あゆみ 「あたし取ってくるよ」
八嶋 「…」

あゆみ、いったん去る。
再び気まずい間。

ギスケ 「な、なんか空気、淀んでない?この部屋」
八嶋 「そうか?」
ギスケ 「窓くらい開けとけよ、クーラーないんだからさ」

ギスケ、窓を開ける。蝉、飛びこんで来る。驚くギスケ。

ギスケ 「うるせえな」
八嶋 「…やっぱりあゆみ、警察に連れて行くべきかな」
ギスケ 「なんだよ急に」
八嶋 「あゆみはどんどん賢くなっている。警察に預けてしかるべき所で生活した方がいい。…俺といたって、いいことなんて何もないんだ…」
ギスケ 「お前、あの子がこの部屋を出て行きたがってると、本気で思うのか」
八嶋 「…それは…」
ギスケ 「…何でもかんでも背負おうなんて思うな」
八嶋 「…」
ギスケ 「少しは、不真面目になれよ…俺やお前がいなくったって、地球はちゃあんと回っていくさ」
八嶋 「…」

ギスケ、素手で蝉を捕まえようとするが逃げられる。

ギスケ 「面倒くせえ。殺すか」

ギスケ、サンダルを脱いで振り上げる。飛びこんでくるあゆみ。

あゆみ 「止めて、可哀想だよ」
八嶋 「10日間の命だぜ」
ギスケ 「ヘイヘイ…しっかしいつまで続くのかね、この天気。元気なのは蝉くらい…」
八嶋 「陸には、一切雨が降らないんだろ」
あゆみ 「そう。全ての水の循環は海で閉じているの」
ギスケ 「どういうこと?」
あゆみ 「海から蒸発した水は、普通雲になって陸にも雨を運ぶんだけど、ここ最近は雨が海にしか降らないの。だから海、雲、また海の繰り返し。陸には一滴の雨も降らない…」
ギスケ 「嫌がらせみたいだな」
八嶋 「誰の」
ギスケ 「神様じゃないの」
八嶋 「なんで神様がいじわるするんだよ」
ギスケ 「知らねえ。おおかた、怒らせたんだろう。環境破壊に、人口爆発。動物虐待に」
あゆみ 「…進化の誤算」
八嶋 「え?」
あゆみ 「ううん、何でもない」

そこに、すごい音。階上で物が砕けたり、喚いたりする声。
八嶋、ギスケ、見上げる。戻ってきたあゆみも一緒に。

八嶋 「派手だな…」
ギスケ 「…うん」
シズエの声 「喝!」

ドアの閉まる音。車のエンジン音。ややあってドアが開く。立っているのはシズエ。

シズエ 「邪魔するよ」
八嶋 「いらっしゃい…」

シズエ、上がりこみ、タバコに火をつけようとする。が、ライターがなかなか点かない。
すかさずギスケ、火をつける。

シズエ 「ありがとうよ」

シズエ、上手そうに一服する。

あゆみ 「シズエさん、今の…」
シズエ 「ん?ああ悪かったね、大騒ぎしてさ」
あゆみ 「お客?暴れたの?」
シズエ 「(笑って)違うよ。半年に一遍来る、疫病神さ」
あゆみ 「疫病神?何、それ」舞台写真

そこへ酔っ払ったミーナを担いだ"牡猫"と"牝猫"。

ミーナ 「たっらいまあ!ギスケ、これブレゼントお!(バンダナを渡す)」
八嶋 「ミーナ!」
ギスケ 「ああ、もう…」
"牡猫" 「こんにちは」
シズエ 「どうしたんだね」
"牝猫" 「それが…私たちが駅前を通りかかったとき、ちょうどその、男性の方と…口論、されていて…」
八嶋 「口論?」
ミーナ 「だあって、やることやった後で『金は払わない』なんて言い出すんだもん、信じらんない!」
あゆみ 「それでミーナさん…」
八嶋 「喧嘩したのか?素性のしれない男相手に?」
ミーナ 「もっちろん!」
ギスケ 「馬鹿か手前!殺されたかもしれないんだぞ!」
ミーナ 「能なしに馬鹿っていわれたー!」
あゆみ 「それで?」
"牝猫" 「ええ…見るに見かねて割って入って…そのあとミーナさんが…」
あゆみ 「ミーナさんが?」
"牡猫" 「むかつくから、一杯付き合えと。そうしたら…」

全員、大鼾をかくミーナを見つめる間。

八嶋 「…こう、なっちゃったんですねえ」
"牡猫" 「…こう、なっちゃいました」
ギスケ 「えらい、すんませんでした」
"牝猫" 「いえ、こちらこそ」
"牡猫" 「じゃあ、私達はこれで」
八嶋 「あの、良かったらお茶でも飲んで行きませんか」
"牡猫" 「いえいえそんな」
"牝猫" 「滅相も無い」
ギスケ 「早…」

すかさず上がりこむ二人。目は、あゆみの一挙手一投足に注がれている。

あゆみ 「麦茶」
"牡猫" 「は?」
あゆみ 「麦茶で、いいですか」
"牡猫" 「え、ええ」
"牝猫" 「それは、もう…」舞台写真

あゆみ、去る。あゆみの行く方を見つめ続ける二人。

八嶋 「…あのう」
二人 「はい?」
八嶋 「そんなに興味深いですか、あの子」
"牡猫" 「い、いえ別に」
"牝猫" 「何故ですか?」
八嶋 「いやなんか…穴の空くほど見つめてらしたから、どうしたのかなって」

慌てる二人。

"牡猫" 「いやあ、実にそのう…か、可愛らしいお嬢さんだなあって。なあお前」
"牝猫" 「そうねあなた」
八嶋 「そんな。普通ですよ」
ギスケ 「そうそう、十人並」
八嶋 「だからお前が言うなって」
あゆみ 「失礼します」

あゆみ、二人に麦茶を配る。あゆみに振り回される二人。

"牡猫" 「と、ところで皆さん、今なにか悩んでいることはありませんか」
八嶋 「悩み?」
ギスケ 「そりゃもう。金がない、仕事がない、メジャーになれない…」
"牝猫" 「社会的な悩みですね」
"牡猫" 「あゆみさんは?」
あゆみ 「…あります。数え切れないほど」

"牡猫""牝猫"、大きく頷く。

"牡猫" 「わかります、わかりますその気持ち」
"牝猫" 「少し前の私達がまさにそうでした」
"牡猫" 「人は誰しも、そうやって悩み、苦しむんです」
"牝猫" 「でも、必ずその苦しみから抜け出る方法はある」
あゆみ 「そうでしょうか…」
"牡猫" 「実は私達、ちょっとした聖書の勉強会のようなものをやってまして…」
"牝猫" 「あら!そういえばこのすぐ近くにも、教室が」
"牡猫" 「ナイスチャンスだなハニー!」
"牝猫" 「そうねダーリン!」
"牡猫" 「あ、そうだ。もし良かったら」
"牝猫" 「これから行って見ませんか」
"牡猫""牝猫" 「さあ。さあ。さあさあさあさあ」

そこへ。

弥生 「行っちゃ駄目よ」
ミーナ 「あ、イノシシ!」
弥生 「それこそ、取り返しのつかないことになるわ」
"牡猫" 「"蝿"め…」
弥生 「イノシシでも"蝿"でもありません」
"牝猫" 「…」
"牡猫" 「何しに来た!」
弥生 「何しにこようが私の勝手。気をつけたほうがいいわよ、日吉荘のみなさん。親切なふりをして人の心につけこむのが『最後の方舟』の常套手段だから」
"牡猫" 「し、失敬な。何か証拠でも…」
弥生 「さっき金を取り損ねた相手、浅黒い大柄な男でかすかに大阪弁が入ってたでしょうミーナさん」
ミーナ 「そうそう。精力絶倫で2回もやっときながら金払わないんだよ」
弥生 「それは信者の一人で森という男。ホーリーネームは"オットセイ"…」
ギスケ 「ベタなホーリーネームだな…」
弥生 「ミーナさんと別れた後、教団施設に入っていくのをちゃあんと確認したわ。ちなみにそのバンダナは、教団の勧誘グッズ。裏に『"鳩"マイラブ』と書いてあるはず」
「げっ!!」

放り投げるギスケ。しかし拾いなおす。

ギスケ 「やっぱもらっとこ」
八嶋 「じゃ、偶然じゃなくて」
弥生 「すべて仕組まれたこと…この部屋に公然と侵入するためのね」
"牡猫" 「い、いい加減なことを言うな!」
"牝猫" 「私達の善意をそのように歪めて…」

ゆらりと立ちあがるミーナ。目がすわっている。

ミーナ 「…金、払え…」
"牡猫" 「し、しかし…」
ミーナ 「払えって言ってるんだ、オットセイ!」

ミーナ、"牡猫"に飛びかかって行く。慌てる人々。

ギスケ 「ミーナ!」舞台写真
八嶋 「止せよ!」

止めようとする二人の横で勝ち誇る弥生。

弥生 「いい気味…"鳩"にぜひ見せてやりたいわね」

"牝猫"、弥生の頬を思いきり引っぱたく。

"牝猫" 「サタンめ!」

"牝猫"、弥生に飛びかかって行く。弥生も負けじと組み付き返す。

シズエ 「これ止めんか、みっともない」
弥生 「うるせえくそババア!」
シズエ 「なんじゃと!」

シズエも乱闘に入っていく。滅茶苦茶になる舞台。呆然としているあゆみ。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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