△ 「千年水国」第9回


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舞台上に、佐都子。水槽を見下ろしながら考え事をしている。
やって来る榊原。

榊原 「三村さん、どこ?飼育室?」
佐都子 「あ、今行きます」

佐都子、あわててシャッターを閉め降りて行く。

榊原 「お疲れ。大変だったでしょ、あいつらのお相手は。それで、なんか言ってた?あいつら」

首を振る佐都子。

榊原 「そうだよな、外から調べるだけじゃ、わかんないよな」
佐都子 「…」
榊原 「さっき部長が言ってたけど、そのうち水産庁の試験場に移すかもしれないって」
佐都子 「え!」
榊原 「しょうがないよね、ここよりは設備、整ってるしさ。知ってる?アメリカがすでに噂を聞きつけて、合同調査隊を組織しようって政府に働きかけてるって話」
佐都子 「…」
榊原 「ま、いくらアメリカが噛んだって、わからないもんはわからないと思うけど…生体解剖でもしてみないかぎりは」
佐都子 「榊原さん!」
榊原 「やだなジョークジョーク…イライラしてるねえ…上手く行ってないの、八嶋君と」
佐都子 「どうしてその話に…」
榊原 「別にいいよ隠さなくても。気持ちわかるもの」
佐都子 「…」
榊原 「いい歳して定職にも就かず、フラフラしてさ…」
佐都子 「それは関係無いです、全然」
榊原 「じゃあ何が原因なの」
佐都子 「…」
榊原 「話してよ。僕で良かったら相談に乗るよ」
佐都子 「…」
榊原 「ね、三村さん。僕は君のことを…」舞台写真

せまる榊原にヒジテツをくらわせる佐都子。

佐都子 「あー!!大変!水槽のポンプ止めたままだわ。ちょっと見てきますね」
榊原 「え、でも僕が見たときにはちゃんと…」
佐都子 「…榊原さん」
榊原 「ん?」
佐都子 「観察するのは得意でも、されるのは好きじゃないです、あたし」
榊原 「ちょっと三村さん…」

佐都子、隣の部屋に飛び込みドアを閉める。榊原、苦々しそうにそのドアを見つめながら。

榊原 「…鯨にポンプか…神様も妙なことを思いつくもんだ…」

榊原、腹をかかえながら消える。ドアに背を預け、声を押し殺して泣く佐都子。
その佐都子を優しく包むように、青い光が満ちている。気泡の音。モーターのうなり声。巨大な水槽…ここは眠りつづける「鯨の胎児」の部屋。

佐都子 「…ごめんね、こんなところで泣いて。もうここしか無いから、あたしの居場所…」

佐都子、そっと水槽に手を這わせる。

佐都子 「…ずうっと眠ったまんまだね、お前…起きたくないの?そんなにこの世界で生きていくのが嫌なの?」

佐都子、水槽を見つめ。

佐都子 「その方がいいかもしれない。起きないで、ずっとずっとこのまま、永遠に夢の中…そうしたらお前は選ばなくて済む。どちらの世界で生きていくのか、選ばなくて済むよ…」舞台写真

部屋中に、くぐもった咆哮が聞こえる。
佐都子微笑して。

佐都子 「やだ、あくび?体が大きいからあくびも大きいねえ…。…ね、あたし昔から不思議だったの。なんでお前たちの祖先は、海に帰ったんだろう。海の中だけでは生きられないのに。そして陸に打ち上げられたら…死んでしまうのに。どっちつかずだよねえ。中途半端っていうかさ。…きっと今までに1頭くらいいたよね、死ぬ間際に後悔したヤツ。自分の重みでゆっくりと海底に沈みながらさ…"アーナンデオレハウミニナンゾカエッチャッタンダロー。オカヘアガッテイレバコンナコトニハナラナカッタノニ。スクナクトモ…スクナクトモサイゴニクウキヲムネイッパイスウコトガデキタノニナア"ってさ…」

再び、くぐもった咆哮が聞こえる。

佐都子 「…笑ってるの?楽しい夢でも見てるのかな…」

佐都子の空間、転。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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