△ 「千年水国」第6回


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その頃二人の部屋の様子を伺っていた女(都築弥生)がいた。
弥生、"牝猫"が飛び出して行ったのを確かめ、八嶋の部屋をノックする。

八嶋 「またかよ」
ギスケ 「今日はやたら多いな」
ミーナ 「アタシ出ようか」
シズエ 「あんたは寝てなされ」

八嶋、ドアを空ける。

八嶋 「どなたですか…」舞台写真

弥生、すかさず部屋に入りこむ。

八嶋 「ちょ、ちょっとあんた…」
弥生 「静かに!怪しいものではありません」
八嶋 「怪しいよ、どう考えても…」
弥生 「静かに!…隣で"牡猫"が聞き耳を立てているかもしれません」
ギスケ 「"牡猫"オ?」
ミーナ 「ペット禁止よ、ここ」

この間弥生は壁に耳をつけて隣の物音を聞いている。

弥生 「…どうやら眠ったみたい…」
八嶋 「あのさあ、いきなり人の部屋に入りこんでおかしな真似しないでくれる?」
弥生 「失礼しました。私、こういうものです」

弥生、八嶋に名刺を渡す。

ミーナ 「だあれ」
八嶋 「…フリーライター 都築弥生」
シズエ 「横文字は嫌い」
ミーナ 「で。その記者さんがうちに何の用?」
八嶋 「俺んちだ!」
弥生 「…先ほど、男女が1組、こちらに現れましたよね?」
佐都子 「それが何か?」
弥生 「なんて言ってました?」

顔を見合わせる6人。

ギスケ 「…隣に越してきた小早川だって…」
弥生 「それ嘘です」
ギスケ 「嘘?」
弥生 「偽名です、明らかに」
佐都子 「どういうこと」
弥生 「彼らは『最後の方舟』というカルト教団の最高幹部です。『最後の方舟』では、信者から戸籍名を剥奪します。そして代わりに教祖が新しい名前を与える。ちなみに彼らの名前は猫。"牡猫"と"牝猫"です」
ギスケ 「え…動物占い?」
シズエ 「喝!」
弥生 「占いではなくて、そう、ホーリーネームのようなもの」
佐都子 「ふうん…」
ギスケ 「で、その何とかの方舟がどうしてうちの隣に越してきたわけ?」
八嶋 「俺んちだってば!」
弥生 「そこまでは…。ただ、猫二人が動き出したのが先週の金曜日。それから今日まで、ものすごいスピードで様々な事態が進行しています」
佐都子 「先週の金曜日?」
ミーナ 「あ、あゆみが来た日だ!」
弥生 「何かありました?」
八嶋 「この子…あゆみがこの部屋に来た日なんです。でも…関係、ないと思うなあ」
ミーナ 「偶然じゃないの。カルトの人だって住むとこ位は必要でしょ」
弥生 「だったらいいんですが…でもくれぐれも気をつけて。彼らは破壊的カルトですから」
ギスケ 「何それ」
弥生 「個人の人格を否定し、教義の刷り込みを行い、反社会的行動を取る宗教のこと。すでに何組もの家族が『最後の方舟』に娘や息子を奪われたと被害届を出しています。教祖は"鳩"と呼ばれる男で、彼の展開する終末論には…」
シズエ 「聞きたくないねそんな話は」
弥生 「え?」
ミーナ 「シズエさん…」
シズエ 「カルトだかナルトだか知らないけど、信じたい人間が信じたいものを信じてるんだ、それでいいじゃないか」
弥生 「で、でも相手はマインドコントロールを行っているんですよ」
シズエ 「また横文字かい」
弥生 「しつこい勧誘を受け、マインドコントロールされ、やがては人格をも破壊されてしまう…これは一種の暴力です、現代の狂気です!だからこそ私はこうしてペンの力で彼らと戦い…」
シズエ 「…あんた、良い大学出てるだろ」
弥生 「は?」
シズエ 「多少の挫折はあったかもしれないけど、おおかた自分の目指したように生きてる…収入も、社会的地位も」
弥生 「と、突然何を…」
シズエ 「…あんたにゃわからない。どんな怪しげな宗教でも、すがらずにはいられない、そんな弱い人間の気持ちなんか。そしてそれがわからなければ…あんたには一生、その『最後の方舟』とやらは倒せないよ」
弥生 「そんなことはありません!私は信者とだって何回も会っているし、現に私だって、私だって…」
シズエ 「頭で考えてもわからないことが、この世には多いんだよお嬢さん。あんたは光さえ与えれば、この世から影は無くなると思ってる…確かにそれで消える影も多かろう。でもそれが正しいことかどうかは別物さ。影の世界でしか息の出来ない、そんな人間だっているんだよ」
弥生 「そんな…そんな詭弁、誰が信じるものですか!」
シズエ 「信じなくても構わない。言ったろう、信じたい人間が信じたいものを信じればいいってね」

弥生、シズエを睨んでいるが、憤然と立ちあがり。

弥生 「わかりました、今夜はこれで失礼します。でもきっといつかあなた達にもわかるわ。私の警告が正しかったことが」

弥生、飛び出して行く。
唖然として見送る一同。

ギスケ 「突風のような女だな…」

弥生、戻ってくる。

弥生 「何か起こったら」
「うわ!」
弥生 「電話頂戴。ケータイでも構わないから」

再び去る。ようやく静かになる舞台。

シズエ 「あれは、イノシシじゃな。前世イノシシ」
佐都子 「ね、どう思う、彼女の言ったこと」
八嶋 「どうって…」
佐都子 「ホントだとしたら怖くない?隣にそんな人が住んでるなんて…」
八嶋 「でも、追い出すわけにもいかないだろう」
佐都子 「そりゃそうだけど…」

あゆみ、くしゃみをする。

ミーナ 「あゆみ、寒い?」
あゆみ 「うん…」
八嶋 「カゼひくから早く寝なさい。ああ、トイレトイレ…」
あゆみ 「ん…」
佐都子 「ちょっと渉ちゃん…」
八嶋 「明日にしよう、サトちゃん。このままじゃあゆみが風邪をひく」
佐都子 「でも…」

八嶋、佐都子に構わずあゆみの世話をやきはじめる。

ギスケ 「俺達も戻ろうぜ」
ミーナ 「そうね」
ギスケ 「ささ、師匠」
シズエ 「歩ける歩ける構わんでエエ」
ミーナ 「じゃーねおやすみ」
八嶋 「おやすみ」

ギスケ、シズエ、ミーナ去って行く。
取り残される佐都子。努めて明るく。

佐都子 「…渉ちゃん、あたしさ、今夜は…」
八嶋 「帰る?こんな時間だもんな」
佐都子 「…」
八嶋 「気をつけろよ、駅前の暗いとことか。最近この辺も物騒でさ。先月も強盗が3件。世紀末だね」
佐都子 「…でも送ってくれないんだ…」舞台写真
八嶋 「ん?なに?」
あゆみ 「ヤシマ、歌ってよ」
八嶋 「また?いい加減卒業しろよ子守唄」
あゆみ 「だって安心するんだもん」
八嶋 「結構こっぱずかしいんだからな、一回だけだぞ」
あゆみ 「早く早く」

八嶋、子守唄を静かに歌う。
聞き入るあゆみ。その二人の姿を見つめる佐都子。
ややあってその場を去る。
歌い終わって八嶋、振り向く。

八嶋 「やっと寝たか…お待たせ送るよサトちゃん。あれ…」

しかし既に佐都子の姿はない。

八嶋 「サトちゃん?」

八嶋の空間、転。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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