△ 「千年水国」第7回


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大勢のざわめき声。やがて拍手。舞台上には黒衣の人々。
その輪の中心に"鳩"が佇んでいる。手には「旧約聖書」。

"鳩" 「…創世記第6章7節『そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥にいたるまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」』同じく17節『わたしは今、いのちの息あるすべての肉なるものを、天の下から滅ぼすために、地上の大水、大洪水を起こそうとしている。』同じく18節『しかしわたしはあなたと契約を結ぼう。ノア、あなたは方舟に入りなさい。』同じく19節『またすべての生き物、すべての肉なるもののなかから、それぞれ2匹ずつ方舟に連れて入り、あなたといっしょに生き残るようにしなさい。それらは雄と雌でなければならない』…やがて地上には、四〇日四〇夜雨が降りつづき、全ての陸上生物は滅亡してしまった。たった一つ、方舟に乗ったノアの一族を除いては。これが世に言う「ノアの大洪水」です。…皆さんの中には、これをただの伝説と笑い飛ばす方もおられるかもしれない。けれども、私は声を大にして叫びたい。滅亡は近い、第二の大洪水はもうそこまで来ていると。私にはそれがわかる。この目で視るよりも明るくこの手で触れるよりも確かに、破局の到来を感じ取ることができる」舞台写真
聴衆1 「"鳩"、その破局は回避できないのですか?」
"鳩" 「できません。何故ならそれは神の意志だからです」
聴衆2 「"鳩"、ふたたび地上に水が満ちるのですか?」
"鳩" 「その通りです。陸地は水底に沈み、わずかに残った土地を巡って人々は争い、やがて死に絶えるでしょう」
聴衆3 「"鳩"、どうしたら滅亡から逃れられるのですか?」
"鳩" 「その答えはたった一つ…方舟に乗ることです。『最後の方舟』に乗り込むしか、滅亡を逃れる手だてはありません」
聴衆4 「"鳩"、乗り込む術を教えてください」
"鳩" 「世俗を離れ、財産を捨て、身一つでここに来なさい。そうすればあなたに、私は名前を与えましょう。新しい名前…それは、かつての洪水でノアと共に方舟に乗り込んだ動物の名前です。継ぐべき名前を得たあなたは、やがて新たな種となる…聖なる種、来るべき千年王国を築くための選ばれた種に」
聴衆3 「"鳩"!」
聴衆2 「"鳩"!」
聴衆4 「"鳩"!」
聴衆1 「あなたこそメシアだ、"鳩"!」

"鳩"、ゆっくり首を振る。

"鳩" 「私はメシアではない。メシアは、他にいる。水の脅威から我々をお救いくださるメシア…」
聴衆2 「それでは"鳩"、あなたは何者なのでしょうか」
"鳩" 「私は、伝道者…道を伝えるもの」
聴衆3 「道を伝えるもの…」
"鳩" 「オリーブの枝をくわえて戻った鳩が新たな大地の存在をノアに告げたように、私の務めは道を照らすこと…人々が道を過たぬように、暗き淵に決して引き込まれぬように…」

拍手。歓声。興奮が"鳩"を包み込む。
やがてその熱も引いていく。聴衆が去った後にたたずむ"牝猫"。
"牝猫"、疲れ果てた様子の"鳩"にそっと呼びかける。

"牝猫" 「"鳩"…"鳩"」
"鳩" 「(顔を上げ大儀そうに)あなたですか、"牝猫"」
"牝猫" 「申し訳ありません、お疲れのところを」
"鳩" 「構いません。何か変化がありましたか」
"牝猫" 「え…いえ、あの…」

"鳩"、無言で答えを促す。

"牝猫" 「…特には」
"鳩" 「…」
"牝猫" 「す、すみません、お忙しいのに、わ、私これで…」
"鳩" 「せっかく来てくれたんだ、少し話でもしていきませんか」

"牝猫"、顔をぱっと輝かせ。

"牝猫" 「はい!」舞台写真
"鳩" 「"彼女"にはまだこれといって変化はないのだね?」
"牝猫" 「はい。見た目はごく普通の女性です。ただ」
"鳩" 「ただ?」
"牝猫" 「恐ろしい勢いで賢くなっていきます。砂地に水が染み込むように…その様を見ているとまるで…」
"鳩" 「まるで?言ってご覧、怒らないから」
"牝猫" 「ヒトを超えようとしている…そんな風に、思えます」
"鳩" 「それは当たり前だ。"彼女"は我々を救うべきお方なんだから」
"牝猫" 「違うんです!…なんていうか、"彼女"は我々とは違う…本当なら、決して出会うべきではなかった種族…そんな気がしてならないんです」
"鳩" 「…」
"牝猫" 「ご、ごめんなさい!出過ぎたことを言いました。やっぱり私帰ります」

"鳩"微笑んで。

"鳩" 「あなたはさっきから、謝ってばかりだよ"牝猫"」
"牝猫" 「だって…」
"鳩" 「気にすることは無い。たぶん慣れない俗世暮らしで疲れているんだ」
"牝猫" 「そうかもしれません」
"鳩" 「ところで、"牡猫"とは上手くやっていますか?」
"牝猫" 「え…」
"鳩" 「今回は、俗世とはいえ良い機会だ」
"牝猫" 「…」
"鳩" 「楽しみにしていますよ、"子猫"の誕生を」
"牝猫" 「"鳩"、私は…」
"鳩" 「行きなさい。"牡猫"があなたを待っている」
"牝猫" 「…」
"鳩" 「それがあなたの歩むべき道です」
"牝猫" 「…失礼します…」

去りかける"牝猫"の後姿に。

"鳩" 「"蝿"に注意なさい」
"牝猫" 「…」
"鳩" 「…あなたがたの周りを飛び回っています。ぶんぶんと、相も変わらず、愚かな女だ…」

"牝猫"、一礼して去る。
しばらくの間。やがて。

"鳩" 「わかっていますよ。そこにいるのでしょう」

舞台上方に、女がいる。

"鳩" 「高みの見物ですか…いい身分ですね」
「…」
"鳩" 「あなたが何を企んでいるのか、私にはわからないし、知りたいとも思わない。けれどこれだけは言っておきます」
「…」
"鳩" 「…私たちは、滅びない。どんな苦難が待ちうけていようとも、必ず乗り越えて次の千年を迎えてみせる!」
「…」
"鳩" 「…例えそれが、神の意志に反しようとも、ね…」

"鳩"、女、消える。この空間、転。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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