△ 「千年水国」第5回


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ドアの外にたたずむのは、"牝猫"と"牡猫"。

八嶋 「誰だろう、こんな時間に…」

八嶋、ドアを開ける。

八嶋 「はい」
"牡猫" 「こんばんは。あの、私ども、今日隣の部屋に引っ越して参りました小早川と申します。ご挨拶に、と思いまして。こちらが妻の明子です」

"牝猫"、頭を下げる。

八嶋 「それはどうもご丁寧に。八嶋です、よろしくお願いします」舞台写真
"牡猫" 「あの、そちらの皆様はどういう…」
ミーナ 「このボロアパート、日吉荘の住人。201号室、ミーナですよろしく」
ギスケ 「その居候のギスケ」
シズエ 「202号の近藤です」
佐都子 「あたしは部外者。八嶋君の友人です」
ミーナ 「友人だって」
佐都子 「うるさいなあ」
"牡猫" 「その、お若い方も…」
ミーナ 「ああ、あゆみ?ほらごあいさつごあいさつ。教えたでしょう」
あゆみ 「(恐る恐る)初めまして。あゆみ、です」
"牝猫" 「あゆみさんも、八嶋さんのお友達?」
ミーナ 「違うわよ、この子はねえ、八嶋くんが拾ってきたの」
"牡猫" 「拾ってきた?」
八嶋 「やめろよ、誤解招くだろう」
ミーナ 「だってホントのことじゃん」
"牝猫" 「それはまたどういう」
佐都子 「大したことじゃないんです、ちょっとしたことで知り合って、ね?」
ギスケ 「そうそう」
シズエ 「その通りじゃ」
ミーナ 「で、アタシが色々教えたげてるの。この子キソクソーシツ…(うまく言えない)」
"牡猫" 「それは、大変だ…」
"牝猫" 「ぜひ詳しく伺いたいわ」
ミーナ 「いいですとも。いらはいいらはい」
八嶋 「よせよ、酔っ払ってるだろ、お前」
佐都子 「意外。ミーナさんてお酒弱いんだ」
ミーナ 「弱くない弱くない酔ってない酔ってない」
佐都子 「まがもこまがもまごまがもひまごまがもハイ」
ミーナ 「(倒れて)ぐう」
八嶋 「というわけで、今夜は…」
"牝猫" 「あのでも」
ギスケ 「お引き取りください」
"牝猫" 「さっきの記憶喪失…」
"牡猫" 「("牝猫"を遮って)わかりました。夜分に失礼しました。行くよ明子」
"牝猫" 「でも…」
"牡猫" 「…行くよ」
"牝猫" 「…はい…」

"牡猫"、深深と頭を下げ、静かにドアを閉める。
いったん去る二人。

佐都子 「行っちゃった…」
八嶋 「なんか、キモチワルイ夫婦だったな」
ギスケ 「お前もそう思った?」
佐都子 「仮面」
八嶋 「え?」
佐都子 「仮面、被ってるみたいだったよね。感情や生気がなくて」
八嶋 「…」
シズエ 「何者なんじゃろう」
ミーナ 「はい!ミーナさんわかりました!」
八嶋 「言ってみろ」
ミーナ 「あのヒトたちは何にも食べてないんです。だから」
八嶋 「だから?」
ミーナ 「勘定がない!」
八嶋 「…」

一人オオウケしているミーナ。

あゆみ 「どうしよう。ミーナさんの言ったことわからないよヤシマ」
八嶋 「わからない方が幸せだ」

舞台別の空間。
言い争っている"牡猫"と"牝猫"。

"牡猫" 「落ち着いてくれよ"牝猫"」舞台写真
"牝猫" 「私は落ち着いています、とても冷静です」
"牡猫" 「だったら…」
"牝猫" 「ただ納得がいかないと言ってるんです。なぜあのまま引き下がったのか」
"牡猫" 「初めての訪問にしては収穫が多かった。あれ以上しつこくつきまとっては逆効果だ」
"牝猫" 「しかし、突っ込める時にできるだけ突っ込んでおいたほうが…」
"牡猫" 「それは間違いだ。人は、一度不信感を持った相手には容易に心を開かない。"鳩"の歩んできた道のりを知らないわけでもあるまい?」
"牝猫" 「(激昂して)当たり前でしょう!私は、『最後の方舟』がまだ数人しかいなかった頃から"鳩"と共に歩んできたんです!」
"牡猫" 「静かに。声が大きい」

怒りに震える"牝猫"。そのまま"牡猫"に背を向ける。
ため息をつく"牡猫"。"牝猫"に擦り寄る。

"牡猫" 「…悪かったよ、僕も言い過ぎた」
"牝猫" 「…」
"牡猫" 「ね…機嫌直してくれよ…」

"牡猫"、そのままゆっくりと"牝猫"を背後から抱きしめ、うなじに唇をつける。
振り払う"牝猫"。

"牝猫" 「やめてください」
"牡猫" 「どうして?僕達は"鳩"に祝福された"聖なる番"だ」
"牝猫" 「わかっています、そんなことは」
"牡猫" 「だったら何故、僕を拒むのだ」
"牝猫" 「…」

"牡猫"、再び"牝猫"に手を伸ばす。

"牡猫" 「…ここは方舟の中じゃない…周りには誰も居ない…」
"牝猫" 「…」
"牡猫" 「ここならいいだろう…」

"牝猫"、咄嗟に立ちあがる。

"牡猫" 「何処へ行くんだ」
"牝猫" 「"鳩"に会って来ます」
"牡猫" 「はあ?」
"牝猫" 「今日の出来事を報告せねば…」
"牡猫" 「それは明日で良い」
"牝猫" 「私は今日、"鳩"に報告したいのです」
"牡猫" 「おい…」
"牝猫" 「今晩は戻らないかもしれません」

"牝猫"、飛び出していく。

"牡猫" 「…どら猫め…」

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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