△ 「Postscript」第七場


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静かな曲が流れる。藍が薄明かりのなか歩いてくる。さまざまな電話の音、伝言ダイヤルのメッセージ、ツーショットなどの音がかぶる。藍、電話をかける。しばらくしてつながる。

電話の声 「はい、もしもし。」舞台写真
「あの、伝言を聞いたものなんですけど。高橋さんですか?」
電話の声 「あ、どうもこんにちは。なまえは…。」
「藍子っていいます。」
電話の声 「アイコちゃんか、かわいい名前だね。」
「ありがとう。いま、お仕事中ですか?」
電話の声 「ううん。今日は会社休みなんだ。アイコちゃんは家からかけてるの?」
「そう。でも携帯からかけてるからちょっと途切れるかも。」
電話の声 「ふーん。アイコちゃんは一人暮らし?」
「うーん、実はわたし結婚してるんです。家の電話でかけると記録が残っちゃうんですよ、それで携帯からかけてます。」
電話の声 「そうなんだ。じゃ年いくつなの?」
「23です。」
電話の声 「結構、若くして結婚したんだね。」
「高橋さんは、おいくつなんですか?」
電話の声 「実は、31歳。」
「結構年上の方なんですね。独身?」
電話の声 「いいや。僕も結婚してるよ。」
「そうですか…。」
電話の声 「それで、今日はアイコちゃんは暇なのかな。」
「ええ…。大丈夫です…。」
電話の声 「じゃあ、電話で長話ってのもなんだから、これから会ってみない。」
「ええ…。いいですよ。」
電話の声 「アイコちゃん何処すんでるの?」
「中野です。」
電話の声 「だったら、一時間後に新宿駅の東口あたりで良いかな。ついたら、電話入れるよ。携帯の番号とか教えてくれない?」
「あ、あたしついたら電話しますよ。」
電話の声 「そお、こっちは改札のあたりで待ってるよ。」
「わかりました。じゃ、一時間後に新宿で…。」
電話の声 「必ずきてよね。」
「はい。それじゃ。」
電話の声 「また後で。」

藍、ハケる。同時にあかね、入る。あかね、腰掛ける。
草剪飛び込んでくる。

草剪 「あ、スミマセン。今日のレッスンなんですけど、教室どこですか?」
あかね 「クラスは、どちらですか?」
草剪 「北京語初級の2です。先生は、除先生です。」
あかね 「あ、はい。3階の12号室です。…もうはじまっちゃてますよ。」
草剪 「ちょっと電車の中でうとうとしてたら、終点まで行っちゃてたんです。」

あかね。くすくす笑う。

あかね 「あの…。よだれのあと付いてますよ。」舞台写真
草剪 「え!!!ほんとっすか?うわー恥ずかしい。」
あかね 「早く行かないとレッスン終わっちゃいますよ。」
草剪 「あ、いけね。」

草剪、走り去る。ハケの直前で思い直し、あかねのところに戻ってくる。

草剪 「あの、これ…、今度、学祭あるんですけど、そのチケットなんです。」
あかね 「はぁ…。」
草剪 「僕達のサークルで、CGの展示とかやってるんでよ…。良かったら観に来ませんか?」
あかね 「草剪さんって、何のサークルやってるんですか?」
草剪 「アジア文化研究会です。」
あかね 「へぇ。」
草剪 「CGは、僕の趣味です…。中国の墨絵とかに興味あるんですよ。それで、アジア文化研究会に入った。コンピュータは昔から好きだったんで、学祭に合わせて作品を作って見たんです。」
あかね 「ふ〜ん…。」
草剪 「暇だったら来てみてください。」
あかね 「終わっちゃいますよ」

草剪、ちょっと腕時計を見て。

草剪 「うわ〜、やばい、あと10分で終わっちゃうよ…。それじゃ、あかねさん、ぜひ来てくださいね…」

走り去る、草剪。ちょっと怪訝な顔をするあかね。後方のハケより、ミドリ入る。あかねとミドリはそれぞれ別の方向を向いている。チャットまたはメール交換の空間を抽象的にした感じの舞台。ここのミドリ=四郎。

あかね 「そんな訳で、いちこにはいま、ストーカー君がいるんです。」
ミドリ 「名前、知ってたくらいで、ストーカーってちょっとかわいそうなんじゃないの?」舞台写真
あかね 「だって、あたし、会社で“あかね”なんて一度も呼ばれたこと無いし、バッチにだって苗字しか書いてないのに…。」
ミドリ 「それぐらいは、調べたんだろーね。でも、中国のCGなんて面白そうな人じゃない…。」
あかね 「うーん…。四郎さんだって、彼女にストーカーがいるって知ったらそんなこと言ってられないと、思うけどなぁ。」
ミドリ 「僕は、彼女いないよ。それに…、心配してるつもりだよ。」
あかね 「え。」
ミドリ 「一度も、合ったことのない、いちこ、いや、あかねさんに、こんなこと言うのおかしいのかも知れない…、でも、僕はあかねさんと、付き合ってみたい、そう思っている。」
あかね 「四郎さんが、そう言ってくれてうれしいです。私も…四郎さんのこと好きです。でも…なんて言ったら良いのかなぁ…あたし、実は男の人とちゃんと付き合ったことないの…、でも、四郎さんは今までの感じと違う、うまくやっていけそうに思う。なんでだろ…、とっても落ち着くんです。」
ミドリ 「急に答えを出さなくて、いいよ。僕のほうこそ会ってみたら、あかねさんの理想に合わないかも知れない…。」

あかね、嬉しそうに微笑む。

あかね 「ちょっと怖いけど楽しみです、四郎さんと会えるの。待ち合わせは、新宿駅の東口、改札前でいいんだよね?」
ミドリ 「そうだよ。改札についたらあかねさんのケータイに電話かけるよ。」
あかね 「じゃ、楽しみにしてます。」
ミドリ 「こちらこそ…、」

言葉を、反芻するミドリ。あかねにこやかに舞台を去る。下手階段にロッカー登場。階段にラフに座り込む。ミドリ、舞台中央へ。ここから、ミドリはミドリ自身へ。ミドリのセリフにロッカーがあたかもテレビに向かって、話し掛けるようにセリフを言う。

ミドリ 「中学時代。あかねに告白されたときは、びっくりした。ファーストキスもあの時。突然のできごと…、家に帰ってもボーっとしたまま。あの時のあかねの唇の感触…まだ覚えている。一生、忘れられない。」

静かにうなずくロッカー。ミドリはロッカーを気にせずそのままセリフを続ける。

ミドリ 「何にも考える事もできないまま、約束の日が来る。私達は死ねなかった。五郎君が死んだ……。あれから、あかねとも、藍とも、話さなくなった。約束の命日以外は…。」
ロッカー 「…最初に合ったのはあの時だったね…。」
ミドリ 「なんであんなことになっちゃたんだろう、なにが悪かったんだろう。なんにもわからなかった。わからなかった…。 高校時代、ごく普通の楽しい日常、日のあたる明るい道。でも…、ずっと心の奥に引っかかるもの…、それは、最初、ほんとに見えなかった。だんだん、だんだんそれは、大きくなる。」舞台写真

ロッカー、鈍い笑いを浮かべる。

ミドリ 「やっと気づいたの、大学の時よ。その時、一瞬あかねの顔よぎった。すべてはあの時に戻っていった…。女の子が好きなんだ。我慢し切れなくなってた。そんなことをしている自分が想像できなった。怖かった、とても。怖かった…。」
ロッカー 「…君は本当は、幸せだったんだ…。」
ミドリ 「普通に生きようと思った、就職して仕事がんばって、結婚して子供生んで、平穏で明るい人生を行こうって…。」
ロッカー 「強い人間なんてどこにもいない…。」 ニヤっと笑うロッカー。ミドリはロッカーセリフを気にせず進める。
ミドリ 「強い人間だと思ってた。何でもできるって…。」
ロッカー 「長い長いトンネル……。」
ミドリ 「長い長いトンネルを抜けた気がした。」
ロッカー 「明るい日差し…。」
ミドリ 「また、明るい日差しがあって、」
ロッカー 「大きな青い空…」
ミドリ 「大きな青い空が広がってる。深呼吸をした時の冷たい空気の感触に、すべてが目覚めていくのを感じた。」

ロッカー、静かに降板する。

ミドリ 「そして、壊れた、なにもかも…。」

雑踏の音大きく入る。すべてのハケから、あかね、藍、ロッカー、中年男、草剪歩いてくる。いつのまにか、ミドリは後ろを向いている。ややって、男3人は動きながらハケに消える。女3人がゆっくりと歩く中、携帯電話の音、唐突にCUT IN。3人歩くのをやめ舞台前方客席に振返って、視線を集めていく。携帯電話の音が鳴り響くなか、照明フェードアウト。

(作:川村圭/写真:池田景)

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